自分はかつて主人公だった   作:定道

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30話 七夕まつりガラル式

 

「ラビ!!“火炎ボール“で敵の注意を引きつけて!!」

 

 ダンデさんを中心としたシュートシティでの防衛戦は順調に進んでいる。

 

 四人一組で一匹の幻影ポケモンと戦い、確実に一体ずつ数を減らすのに成功している。ワイルドエリアの巣穴での戦いとほぼ同じ要領なので、ガラルのトレーナーはこの形の戦い方を十分に理解している。

 

 幻影ポケモン達の数と大きさを見た時には絶望を感じたが、彼等はなぜか一定の数しか街中には進行しない。ローズ委員長が街の被害を減らす為に加減をしているのか?

 真意は分からないが自分達に有利な要因なのは事実だ、緩やかではあるが戦況は私達の方へと傾いて来ている。時間をかければ勝利を得られるだろう。

 

 被害が出てない訳ではない、街の入口付近の建物はかなりの棟数が破壊されてしまった。私達が入口付近にたどり着いた時には既に警察に加えて、ボールガイ達やおじさん達が住民の避難誘導を行っていた。人やポケモン達には被害は出ていないと信じたい。

 

 私はホップと兄さんとマリィと組んで戦っていた、ユーリ君は超能力で事態を引き起こしている装置を探す為にスタジアムに残った。戦力的にこちらに来れないのは痛いがダンデさんとマグノリア博士の判断だ、正しい采配のはずだ。

 

「くそー!!ダイマックスが使えないのは辛いぞ!!頼らない戦い方も練習しておくべきだった!!」

 

「あたしもアニキに教わっておくべきだった!!戦いにくか!!」

 

「丁寧に有利タイプをぶつけるしかないよ!!先は長いから力押しは出来るだけ避けよう」

 

 兄さんの言っている事は正しい、ダイマックスが使えない以上はタイプの相性を利用して有効打を与えるしかない。

 だが、いざと言う時にはダイマックスがあるという環境に慣れてポケモンバトルして来た私達にこの状況は辛い。自分達の切り札の一つが奪われているのは、精神的に大きな重圧となる。

 

 戦闘に入る前にダンデさんがみんなに警告した、この戦いにダイマックスは使えないと。

 元々ダイマックスはムゲンダイナが由来の力、ブラックナイトの状況下で使うのは危険で、ムゲンダイナ達に力やポケモンの制御を奪われる可能性があるらしい。

 

 この戦いに参加しているのは殆どがガラル地方のトレーナーだ。多くの人は私達と同じでどこか戦いにくそうにしている。戦いを破綻させる程ではないがもどかしさを感じている。

 

「………リザードン、“フレアドライブ“」

 

「おい!?ピジョット!“ぼうふう“!」

 

 “メガ進化“と呼ばれる変化をしたレッドさんとグリーンさんのポケモンが幻影を撃破した。

 

「レッド!!それをやるなら一言言え!!合わせにくいんだよ!!」

 

「………ごめん」

 

 “ぼうふう“の勢いに乗ったリザードンの“フレアドライブ“、一歩間違えれば自分達がダメージを受けてしまうだけのコンビネーションを軽々と決めている。

 衝撃のダメージも“はねやすめ“で癒やしているので実質的にダメージは0に等しい。

 

 やはりと言うべきか、レッドさんとグリーンさんは凄い。見覚えの無いおじさん達と組んで幻影ポケモン達を次々と倒している。あのおじさん達もかなりの強さだが、二人のコンビネーションの前には霞んでしまう。

 そして、二人に動揺は全く見られない。危機的な状況の経験値が私とは違う、ダイマックスの有無もカントー地方出身の二人には問題ではないのだろう。

 

「おいおい!!ダイマックスも天候変化も使えねえ!!やりにくいなあダンデ!!」

 

「泣き言かキバナ!?疲れてるなら休んでいてもいいぞ!!俺がお前の分まで倒すからな!!」

 

「馬鹿言うんじゃねえ!!オレさまが不利な状況でも大活躍!!見ているファンはその姿に大喜びだぜ!!」

 

 ダンデさんはキバナさんと組み、レッドさん達と同じぐらいの速さで敵を次々と倒している。軽口を飛ばしながらも的確な支持に淀みは無い。二人のジムトレーナー達のサポートを十二分に活用して力を発揮している。

 きっと見ている人達を不安にさせない為に明るく振る舞っているのだ、人々の恐怖が少しでも和らぐようにと。

 

「まったくノイジーな幻ですね、落ち着いて試合観戦も出来ない。行くぜみんな!!スパイクタウンの力を見せるぜ!!」

 

「「「おおおぉぉぉーーー!!!」」」

 

 ネズさんはダイマックスの無い戦いも、エール団達との連携もばっちりだ。ジムリーダーとしてバトルも集団の勢いを完全にコントロールしている。

 

「ウオオ!!街を守るために粘るぞ!!農業もバトルも粘り腰なんじゃあ!!」

 

 ヤローさんのワタシラガが幻影を刈り取る。

 

「行くわよソニア!!幻影を世界の果てまで流し去ります!!」

 

「当然よルリナ!!決勝戦楽しみにしてたのに!!絶対に許さないんだからね!!」

 

 ルリナさんとソニアさんが幻影を流し去る。

 

「ファイナルトーナメントの邪魔は許されない無い事だ!!燃え盛れ!!マルヤクデ!!」

 

 カブさんのマルヤクデが幻影を燃やし尽くす。

 

「ぼ、僕の友達の!強いトレーナー達の邪魔をするのは許さない!」

 

「その通りですオニオン、私達の愛の力で無粋な幻影を打ち破りましょう」

 

 オニオンくんとサイトウさんがゲンガーとカイリキーの連携で幻影を打ち砕く。

 

「まったく、年寄りを出しゃばらせるんじゃないよ。ブラックナイト………まったくピンクじゃないねえ」

 

 ポプラさんのマホイップが幻影すら惑わし屠る。そういえばビートが居ない?トーナメントを観戦に来なかったのか?

 

「悪い子達にはお仕置きしなくちゃねえ!!行くよ!!マクワ!!」

 

「ええ母さん!!ガラルを乱す彼等を許す訳には行きません!!」

 

 メロンさんとマクワさんが幻影を凍らせて押し潰す。

 

 ジムリーダーが、トレーナーのみんなが一丸となって戦っている。

 大丈夫だ!このまま行けば必ず勝てる!シュートシティを守り抜く事ができる!私達のジムチャレンジの終わりを悲しみなんかで終わらせてたまるもんか!

 

『『みんな!!装置を見付けた!!スタジアムの天幕の上だ!!くまきちはマグノリア博士を連れて来てくれ!!』

 

 ユーリの思念がシュートシティに響いた。やっぱりユーリは非常事態には凄く頼りになる、自分の役割を迅速に果たした。

 

「本当だぞ!!モニターにでっかい装置が映っている!!流石ユーリだぞ!!」

 

 ホップの言葉に私も破壊を免れた街頭モニターに目を移す、トーナメントを放映するために街中のいたる所に大型モニターが存在する。私達が映し出されるモニターもあればスタジアムを映しているモニターもある。

 

 それを見たみんなの高揚で場の雰囲気が高まる、近づいて来た勝利の気配に私の心もに勇気が湧いてくる。ホップ達の表情も明るい。

 そうだ、ガラルはブラックナイトなどには負けない。私達トレーナーは希望を見失ったりはしないのだ。

 

「みんな!!気を引き締めよう!!勝利は近づいたが!!まだ終わってないぞ!!」

 

 ダンデさんの一喝に私は気分を改める。士気を高めるのは悪くはないが、目の前の戦いを疎かにしては取り返しのつかない事になる。

 誰一人の犠牲も出さずにブラックナイトを終える。そうすればトーナメントの続きが出来るかもしれない、あの時は大変だったねとみんなで笑って語り合えるだろう。

 

 そう思った、スタジアムの光景を見る前には。

 

 モニターに映し出された光景。ユーリ君とミカンさんが抱き合い、ミカンさんは光となって消えた。最初は“テレポート“かと思った、突然人が光って消える現象なんてそれぐらいしか思いつかなかった。

 だが、アクロマと呼ばれた男が現れて解説を始めてその認識に疑問を持った。そんなはずは無いと思いながらも不安がよぎった。

 その不安は現実だった、ユーリ君の様子にそれを悟ってしまった。

 

 そして私の心の中には、先程までの高揚も高まった士気も存在しない。

 戦場の空気から私以外の皆も同じ気持ちだという事が伝わって来る。戦う手を止める者はいないが、先程までの希望に満ちた空気はすでに無い。

 ユーリ君の悲しみと絶望が私達にも伝わってしまった、締め付けられる様な胸の痛みまで伝わって来る。

 

 戦況は崩れてはいないが敗北を予感してしまう、見えて来たはずの勝利を見失ってしまった。

 

「みんな!!聞いてくれ!!戦いは!!」

 

 ダンデさんの叫びを最後まで聞くことはできなかった。

 

 唸り声が響いた、今まで聞いた事がない様なポケモンの叫び声。南の空からより深い暗黒の雲を伴ってムゲンダイナと呼ばれるポケモン達がシュートシティに辿り着いた。

 

「あれが、ムゲンダイナ!?大きすぎる!!」

 

 誰の呟きかは分からないが、その場にいる全員の気持ちを代弁していた

 とぐろを巻いた腕の様な異様な姿、紫の表皮から漏れ出す赤いガラル粒子の光。伸ばした腕の先、開かれた手の平が私達に向けられている。

 

 大きすぎる、明らかにダイマックス………いや、キョダイマックスをしている?ダイマックスの源だけにその力も特別なのか?

 恐ろしい力の奔流に巨大な威容、伝わって来るOPに乗った意志も異様で読み取れない。

 だが、少しだけ分かる。彼等は何かを求めてここまでやって来た、自身でも理解できていない衝動を埋めようとここまでやって来たのだ。

 

「おかしい!!技が上手く発動しない!!OPが吸収されている!?」

 

 兄さんの声に私も異変に気付く、ラビの“火炎ボール“の威力が明らかに落ちている。普段の半分の力も出ていない。

 

「まさかムゲンダイナか!?彼等はそんな能力まで持っているのか!?」

 

「ブラックナイトという天候下での特性か!?どちらにせよこのままじゃ不味いぞダンデ!!」

 

 やはりこの現象はムゲンダイナ達が引き起こしているのか?これでは私達の戦力は半減どころでは無い。巨大な幻影達を倒せていたのは相性を考慮した強力な攻撃あってこそだ、タイプと攻撃力の源でもあるOPを奪われてしまっては………

 

「お前ら!!全力で防御しろ!!ヤバイのが来るぞ!!」

 

 グリーンさんの叫び声に上を見る。ムゲンダイナ達の手の平を中心に途轍もないエネルギーが収束している、技を放つつもりだ!!

 

「みんな!!固まって防御体制だ!!ありったけのOPを防御に回せ!!」

 

 号令に従い、ホップ達と固まって“まもる“を全力で展開させる。やはり技がうまく発動しないがそれでも全力を注ぐ。

 

「来るぞ!!」

 

 4匹のムゲンダイナから無数の赤い光の奔流が降り注ぐ!こんなにも凄まじいエネルギーに耐えられるのか!?

 

『やらせはせぬぞ!!!』

 

「レックス!?」

 

 蒼い光が視界一杯に広がる、光の中心にはレックスの小さな姿が見えた。蒼い光が私達ごと地上を包み、降り注ぐ赤い光を全てをはねのける。

 恐らく1分程度は続いた光の攻防が終わり、私は周囲の様子を確認する。私もラビも傷一つ付いてはいない、近くのホップ達も同様だ。

 もう少し視点を広げると、反れた光が地面と何体かの幻影を襲ったようだが、トレーナー達と街は無事のようだ。

 

『無事か!?皆のものよ!!』

 

『負傷した者はいないか!?周囲を確認してくれ!!』

 

 レックスとダンデさんの思念にもう一度周囲を見渡す。

 やはり、負傷者は見当たらない。無事を知らせる思念が続々とその場に木霊する。

 

『よし!!間に合ったのである!!』

 

『ありがとうレックス!!おかげで助かった!!』

 

 レックスが思念でダンデさんとやり取りしながら私達の方に近づいて来た。

 

『皆のものよ!!これから余の力を皆に分け与える!!そうすればムゲンダイナに干渉されずにダイマックスが出来る!!』

 

「本当かレックス!?それなら!!」

 

 再び希望が見えてきた、それなら勝機が見い出せる。

 

『そしてマサルとホップよ!!剣と盾を掲げて誓うのだ!!お主らの心の内を彼等に届けろ!!二人の王は願いに答えて目覚めるはずだ!!偽らずに心の全てを願いに乗せるのだ!!』

 

「レックスこれか!?」

 

「まどろみの森で手に入れた剣と盾だね!!」

 

 ホップと兄さんは古びて朽ちた剣と盾を取り出した。前に見た時はお告げのせいで胡散臭いなんて言ってしまったが、今はそれらが本物である事を祈る。

 

『ザシアンの剣が歪められた時空を切り裂き!!ザマゼンタの盾はガラル粒子の侵食を防ぎ止める!!技の正常な発動が可能になるのである!!』

 

「凄いぞ!!それなら勝てる!!」

 

 何故レックスはそんなに詳しいのかと言う疑問は置いておこう、今の私達に必要なのは希望だ。

 

『ザシアンの切り裂く力!!ザマゼンタの守り抜く力!!誇り高き戦いの為の力である!!彼等も共に戦ってくれる!!』

 

『だが!!余の力の本質は恵みを与える物!!皆に力を与えている間は余が自ら戦う事出来ぬ!!』

 

 レックス自身が戦えないのは厳しい、彼は私が見てきたどんなポケモンより強い。仕方のない事でも歯痒く感じる。

 

『だから頼む戦士達よ!!皆が優しさから絶望を宿したのは承知している!!余も同じ気持ちだ!!だがもう一度立ち上がってくれ!!ガラルを愛する気持ちを共に奮い立たせるのだ!!』

 

 聞こえてくる、伝わってくる、皆の立ち向かう気持ちが。レックスを介して思念に乗って私を更に奮い立たせる。

 

「レックス………ユーリは?」

 

 マリィが不安に揺れた声でレックスに問いかける、ユーリが置いて行かれてしまうのではないかと言いたいのだろう。

 

『マリィよ、ユーリを信じてあげてくれ。ユーリは必ずや立ち上がる。余が力を分け与える時には余裕が無い、ユーリが立ち上がっても言葉をかけてやれぬのだ」

 

「………分かった、信じる。ユーリは何時だって立ち向かうけんね」

 

『ホップ、マサル、ユウリ。そなた達にも頼む。ユーリが立ち上がった時は見守ってくれ、間違った力を使っていたらそれを伝えてやってくれ』

 

「分かったよ、レックス」

「任せろ!!今まで通りだぞ!!」

「分かった、やってみる」

 

 レックスは私達に微笑みで返事をして飛んで行く。放たれる蒼い光が私達を包み込む。

 続々とダイマックスを始めるポケモン達、いつもの赤い光ではなく蒼い光がポケモン達をダイマックスさせる。私もラビをキョダイマックスさせる。

 

 ホップと兄さんが剣と盾を掲げた、光に包まれたそれが宙に浮かぶと遠吠えと共に現れた2匹のポケモンが剣と盾と融合する。

 

「これが……ザシアン?」

 

「こいつがザマゼンタか?格好良いぞ!」

 

 ザシアンとザマゼンタが再び遠吠えをあげた、ブラックナイトとムゲンダイナから感じていた圧力が和らいだ気がする。

 

『みんな!!技が出せるようになった!!もう一度力を合わせて立ち向かおう!!ムゲンダイナは俺達が引き受ける!!』

 

 ダンデさんは皆に声をかけるとムゲンダイナへと向き直った。レッドやグリーンさんもムゲンダイナの相手をするようだ。

 

「ザシアン、僕と一緒に戦ってくれるかい?」

 

「ザマゼンタ!皆を守りたいんだ!頼む!」

 

 2匹は頷くとムゲンダイナ達に駆けて行った、それを追うホップと兄さん。

 

「あたし達も行こうユウリ!!マサル達だけじゃ心配だからね!!」

 

 そうだ、戦いは待ってくれない。ユーリ君を信じるならただ立っていてもしょうがない。やって来るユーリ君に格好悪い姿を見せる訳にはいかない。

 彼の友達なら、彼のライバルでいたいなら、立ち止まってはいられない、歩みを止めている暇などありはしない。

 

 置いてかれるのはゴメンだ、私は負けず嫌いなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 探す、探す、探す。

 

 僕が集めた数々の道具の山の中から、求める物を必死で探す。必ずこの中にあるはずだ。

 懐かしい甲冑、スイッチの隠されたカイリュー銅像、ワープパネルにバリア発生装置。雑多な収集品の中から一番価値のある物を探す。

 

「見つけた………」

 

 あった、カードフォルダも近くに落ちていた。僕の相棒達が眠るボールが収まった箱だ、5つのボールが中に収めてある。

 震える手で箱を開ける、テレパスで毎日呼びかけてはいたが実際に箱を開けるのはいつ以来だろう。

 

 懐かしくも見慣れたボール達、オーキスの眠るハイパーボール。アルファ、オメガ、デルタ達の眠るマスターボール。

 そしてキラが眠るモンスターボール、星形のシールがデコレーションされた僕の初めての相棒のボールだ。

 

 このシールはミカンが貼ったものだ、最初はハート形のシールを貼ろうとしていたので何とかこっちで勘弁してもらった。

 キラのキラキラとした輝きに混じって現れる星形のエフェクトに、ミカンは大喜びしていた。その様子に僕もキラも満足してずっとシールはそのままにしている。

 

 キラは僕と同じぐらいミカンが大好きだった。彼女の周りをキラキラと飛び回った後、ご褒美に抱っこしてもらうのがお気に入りだった。

 それがもう叶わないと知ったら、キラはどんな気持ちになるだろう。僕と同じ気持ちに決まっている、僕と生まれたときから一緒にいるキラはきっと僕と同じ願いを抱いてくれるだろう。

 

 ボールを丁寧に腰のホルダーにセットする、僅かに揺れた胸のふわふわちゃんをあやす様に撫でてあげる。

 そして立ち上がる、それに気付いたくまきちとマグノリア博士がこちらに駆け寄って来る。

 

 悲しそうな顔で僕を見るくまきちを撫でてあげる、まるでダクマだった頃の様な幼い表情だ。もう一度くまきちを優しく撫でてボールに収める、ヘビーボールをホルダーにセットする。

 

「ユーリ?貴方は………」

 

 マグノリア博士が泣きそうな顔で僕を見ていた、博士には本当に心配と迷惑をかけてばっかりだ。申し訳なさと感謝の気持ちで一杯だ。

 

「博士、ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」

 

 僕は綺麗に笑えたと思う、何も心配も悲しむ必要も無い。だから大丈夫、僕は素直に笑えたはずだ。

 

「ユーリ?………いけません!!貴方は!!」

 

「このスタジアムは危険です、北の広場まで送りますね」

 

 博士を北の広場のゴミ箱と“サイドチェンジ“させる。男の子を送り届けた時にゴミ箱の位置は把握していた。

 自分以外の無機物と有機物を入れ替える本来の効果から逸脱した技を、肉眼で捉えられない位置まで行使する事が可能になった。

 

 さっきまでは出来なかった、サイコパワーの出力が足りなかったからだ。昔でも出来なかっただろう、繊細な超能力の制御を見に付けていなかったから。

 

 今は違うサイコパワーの出力は元に戻った、ミカンが望んでくれたおかげだ。繊細な制御を習得出来たのはガラルでの旅のおかげだ。

 とてもいい気分だ、怒りを抑えた“じこあんじ“も解けてしまっているはずだが怒りなんて感じない。先程の悲しみで塗りつぶされてしまったのだろう。

 何も心配はいらない、本当にいい気分だ。絶対に大丈夫と分かっていれば人はこんなにも安らげる。必ず叶う未来を、僕の未来視は幸福な未来を捉えている。

 

 今の僕ならどんな願いだって叶えられるだろう、どんな未来だって掴めるだろう。だから何の心配もいらない、不安や悲しみなんて必要無い。

 

「ユーリ君!!信じていましたよ!!貴方なら必ず立ち上がると信じていました!!」

 

 スタジアムに唯一残った男が僕に声をかけてきた、僕はそいつに向き直る。奇妙な髪型の男アクロマは満面の笑みで僕を見詰めていた。

 

「アクロマ」

 

 こいつとの付き合いは中々に長い。何故かホウエンでもうろちょろしてたし、シンオウとカロスでも出没した。やたらと僕に絡んできては意味の分からない講釈をたれてきた。

 そして、ゲームと一緒でプラズマ団にも協力しているようだった。ゲーチスの古い知り合いらしい、聞いたら素直に教えてくれた。

 

 未だにキュレムを巡るプラズマ団の残党達の事件は起きてはいない。ソウリュウシティが凍りついたなんてニュースは流れていない。スパイクタウンをプラズマ団の残党が襲った事からも活動は活発化しているようだが、こいつがトップに立っているのかは不明だ。

 

 掴みどころのない人物でこいつの考えは全く理解できない。自身の研究に並々ならぬ熱意を感じるが、真意は全く分からない。

 数式数式うるさいNも、思わせぶりな七賢人も、愛と平和の女神もプラズマ団の構成員は理解しがたい人物が多い。

 ゲーチスが一番素直で分かりやすい、あいつは純粋に邪悪で欲望に素直なだけだ。

 

 そしてその訳のわからないアクロマは、僕にとんでもない事をしてくれた。本当によくやってくれたと思う。

 

「アクロマ、お前には感謝しないとね」

 

「ユーリ君!!分かってくれたのですね!!」

 

 本心だ、僕はこの男に感謝しないといけない、

 

「だからお前の望みを叶えてやるよ、僕の力で」

 

「ええ!!ええ!!なんて光栄なのでしょう!!わたくしの望みとは!!ユーリ君の!!」

 

「大丈夫、言わなくていいよ」

 

 やっぱり言葉だけじゃ限界があるもんな、心と心の触れ合いってのは確実で手っ取り早い。急いでいる時にはそっちのほうがいい。

 

「ユーリ君?」

 

 不思議そうに僕の名を呼ぶアクロマを、オーラを纏った右足で蹴り飛ばす。大体1割ぐらいの力で丁寧に。

 

 轟音を置き去りにしてアクロマは観客席へと飛んで行く、西側の観客席に大きな穴が空いてしまったが問題無い。

 スタジアムには僕とアクロマしかいない、スタジアム全体を僕の“バリアー“で覆ってその上からかぶせるように“あくうせつだん“で通常空間から切り離した。

 今やスタジアム敷地内は僕の支配する空間だ、いくら壊しても街に被害は出ない。瓦礫どころか埃一つスタジアムから漏れ出しはしない。

 

 いくらスタジアムを壊しても問題無い、壊したら直せばいいのだ。元に戻らないものなどあるはずがない、あってはならない。

 

 アクロマが落ちた先に“テレポート“する。こいつの会う度に更新されている超能力を機械で増幅した防御膜には毎度感心する、少しひびが入って中が揺れた様だが本当に頑丈だ。

 いくら優しく蹴ってやったとはいえ、僕の蹴りに耐えられるのは本当に凄い。商品化しないのかな?皆がこれを装備してくれればかなり安心できる。

 

 中身は少し衝撃で朦朧としているようだが問題無い、死ななければ治す事は容易い、今度は左足で蹴ってあげよう。

 アクロマは飛んで行く今度は北の天幕に向かって、観客席ににもう一つの穴を開け屋根をぶち抜いて例の装置に激突した。

 

 音より速く飛んだアクロマが装置を貫通して上空の僕の“バリアー“に激突する。

 遅れて響く爆発音、更に遅れて天幕が崩壊してスタジアムに落ちてくる音が響いた。僕の頭上の天井も落ちてくる、アクロマの元に移動する。

 

 アクロマは僕が粘性を持たせた“バリアー“に逆さまに張り付いていた、垂れる前髪が少しおかしくて笑みが溢れる。

 防御膜は健在だが少し頬を切ってしまっている、頬から血が垂れて崩落したスタジアムへと落ちていった。

 

 悪い事をしてしまった、急いで“いやしのはどう“で治してやる。

 まだこいつと心を交わしていない。こいつの願いを理解してやらなくては。

 

「アクロマ、お前の願いを教えてもらうよ」

 

 12層の防御膜を紙のように破り、アクロマの胸に手を沈める。

こいつも超能力者なのは分かっている、壊れない程度に覗かせてもらおう。

 

「がッ!?がああああああ!?」

 

 少し苦しそうだが問題無い、望みを叶える時は何時だって胸が痛むものだ。他でもないこいつ自身が僕に教えてくれたのだ。

 

「うーん、可能性の観測?人類の革新?ムゲンダイナの真の姿?」

 

 駄目だな、壊れない様に優しく触れ合うとどうしても断片的になる。やっぱり心を通わせられるのは親しい人だけだな。大嫌いなこいつの心を僕自身が拒んでしまう。

 

「まあ大体分かったよ、僕とムゲンダイナが戦えばいいんだろう?それをお前は特等席で見たいんだな?」

 

 簡単に叶えてやれそうで安心する。僕の望みと比べて比較的に簡単に叶えてやれる、ムゲンダイナと戦うのは予定通りだ。

 ムゲンダイエネルギーを秘めた伝説級のポケモンが4匹、しかも相手はどんどん強くなって合体までするらしい。

 

 最高の相手だ、限界まで強くしてOPを模倣すれば僕の超能力は更に力を増すだろう。力は強ければ強いほど良い。

 

 何せキラと一緒にお願いするのだ。ミカンが元に戻りますようにと星にお願いする。

 莫大なエネルギーを要求されるだろう。キラが貯める千年分か?あるいはもっとか?

 問題は無い、ムゲンダイナは4匹も居る。1匹千年分でも合わせて四千年は賄えるはず、完璧な計算だ。

 

「じゃあそろそろ行くか、みんなの事も心配だからね」

 

 アクロマを伴ってシュートシティの入口に“テレポート“しようとして、眼下の崩壊したスタジアムに気が付いた。

 

「忘れる所だった、このままじゃ危ないよね。ちゃんと元に戻さないと」

 

 “ときのほうこう“の応用で空間内の時間を元に戻す。壊す前にちゃんと自身の支配する空間内に収めれば、OPを持たない無機物の復元は大した力なんて必要は無い。アクロマの知識にあったクラス14程度の出力があれば可能だろう。

 

 僕の眼下でスタジアムの時間が巻き戻る。壊れた瓦礫や破片が元の姿へと帰っていく。

 

 “あくうせつだん“で切り離した空間を元に戻し、覆っている“バリアー“も元に戻した。例の装置はもちろん戻していない、それを除けばほぼ元通りだ。

 食品やOPを保有している鉱石なんかがあったら駄目になっているかもしれない、それは後で弁償しよう。

 

 元通りだ、崩落したスタジアムはすっかり元に戻った

 

 つまりはミカンだって元に戻る。それが証明されたも同然だ、何も問題などありはしない。何の心配をする必要も無い。

 

 だけど空は暗いままだ、暗闇の雲はまだまだガラルを覆っている。ブラックナイトは依然として続いている。

 

「青空も元に戻さないとね、ローズさんは悪い人だな」

 

 解決したら一発ぐらい殴っても許されるだろう、そして許してあげるのだ、そうすれば元通り。

 

「元通りにならない物なんて、何一つありはしない」

 

 それを僕は今日学んだのだ、僕の手の中で大人しくなったこの男のおかげで学びを得た。

 

 だから何の問題も無い、心配など必要無い。

 

 

 


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