自分はかつて主人公だった   作:定道

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32話 長男だから変化できた

「この感覚………監視者自らガラルまで来た?明らかな越権行為のはずだ、やはりポケモンの考えは読めませんね」

 

「考え事とは余裕だな!!イツキ!!」

 

 俺の指示でミュウツーのツヴァイが放った“シャドーボール“がイツキのアーマードミュウツーに激突する。

 相性ほど効いた様子は見られない、動きは阻害されているが弱点タイプを無くして耐久力を上げるアーマーか?ツヴァイの攻撃に耐えられる程の高性能なアーマーなんてあり得るのか?

 

「………グリーン、目的は時間稼ぎ」

 

「分かってるよ、焦るなって言いたいんだろ」

 

 アーマーの耐久力を生かした時間稼ぎの戦闘、回避と防御に徹されるとこちらが焦る程術中に嵌っていく。落ち着いて数の利点を生かして立ち回るべきだ。

 

 頭では分かっていても心は逸ってしまう。残した戦場の事も当然気になるが、モニターで確認する限りムゲンダイナは無力化できた。ユーリの様子がおかしく、ジガルデと戦闘しているのは問題だがそれはあいつ等に任せるしかない。

 たぶん俺が焦る原因はイツキの事だ、俺はあいつが裏切った事実に自身が思っている以上に衝撃を受けている。短い間ではあるが共に修業して切磋琢磨したライバルの裏切りがメンタルに影響を与えている、ポケモンバトルに僅かな支障が出る程度には。

 今するべきは裏切りの理由を問いかけることではない、イツキを速やかに無力化して拘束して戦場に合流することだ。

 

「ようやくですね、ムゲンダイナ達が一つになりました。奴等がやって来ますよ」

 

「………あれは!?」

 

 モニターが映す戦場ではムゲンダイナが拘束されたまま赤い光に包まれた、まるで繭の様にムゲンダイナ達を覆い隠して鳴動している。

 

「やれやれ、ユーリ君にはそのまま監視者を倒してもらいたかったのですが仕方がない。どうせ、あのバランサー気取りのポケモンは越権行為で大幅に弱体化するでしょう」

 

 くそ、やはり強引にでもこいつらを無力化するしかない。ムゲンダイナ捕獲の為のOPの温存を優先して取り返しがつかなくなるまで事態が進んだら元も子もない。

 

「レッド!!やるしかねえぞ!!」

 

「………わかった!!」

 

 俺とレッドは自身のOPを戦闘中のミュウツー達に注ぎ込む。逆流してくるミュウツーのOPからも焦りが感じ取れる、ツヴァイもむこう戦場の事態の深刻さを超能力で俺以上に感じ取っているのだろう。

 

 緑と赤の光に包まれたミュウツー達が姿を変えていく。俺のツヴァイとレッドのゼクスがそれぞれ俺達の身体的特徴を模したかの様に“キズナへんげ“を果たした。

 

「一気に決めるぞ!!」

 

「………合わせていく!!」

 

 レッドのゼクスがサイコパワーを貯める、俺のツヴァイに“サイコフィールド“を展開させて“かなしばり“でアーマードミュウツーの動きを止める、同じミュウツー相手じゃ一瞬の拘束しか不可能だがレッドが俺との連携を外す訳がない。

 

「ゼクス“サイコブレイク“!!」

 

「チッ!防ぎなさい!!ミュウツー!!」

 

 腕のアーマーを切り離して逃れるミュウツー、もちろんそう来るよな!?

 

「逃さねえよ!!“ワイドフォース“!!」

 

 ヨロイじまで覚えたサイコフィールド下で威力を増す広範囲の超能力波はこのタイミングなら避けられない!!

 

「くそっ!?」

 

 イツキが慌てて“ひかりのかべ“を貼らせようとしてるが遅い!半端な防御で防げる威力じゃない!

 

「悪いが止めさせて貰うぞ!弟達よ!」

 

「なっ!?」

 

 突如アーマードミュウツーの前に現れる白い穴、そこから出てきたポケモン3匹が“ワイドフォース“を力場で防いでかき消した。

 

「………久しぶりだね」

 

「レッド!挨拶してんじゃねえ!」

 

 俺とレッドは突如現れたポケモン達を知っている、3匹とも昔から何度も交戦しては邪魔をされている。

 3匹とも種族はミュウツーだ、6匹のミュウツーシリーズの1号と3号と5号で個体名はアインス、ドライ、フュンフ。

 争いを嫌い行方をくらませた4号のフィーアを除けばすべてのミュウツーがこのスタジアムに揃った。

 

 イツキの発言を信じるならアーマードミュウツーはオリジナルのミュウツー。6兄弟は双子島で行われた“ジェミニプロジェクト“で生まれたコピーポケモン、流石に7匹以降が作られているとは思えない。破壊の遺伝子はツヴァイ達の望みで全て処分した。俺とレッドで各地に散らばった全ての現存品を一つ残らずにだ。

 

「遅いですよ、サカキはどうしたのですか?」

 

「黙れ、助けたのはオリジナルへの敬意が理由だ。それにサカキなら来ない」

 

 サカキが来ない?トレーナーなしでもこいつ等は強敵ではあるが流石に力は落ちる、数的に不利ではあるがいけるか?

 複数のポケモンを出すのはザコ相手には有効だがこいつ等クラスだとOPの無駄になる、ツヴァイだけに全力を注ぐしかない。

 

「レッド、気合入れろよ。連携を途切れさせずに一匹ずつ戦闘不能にするぞ!」

 

「………わかった!」

 

 見せてやるよ、カントー地方最強のコンビネーション。サカキがいねえのが逆に残念だぜ。

 

「まあそう逸るな弟達よ、今日は珍しい物を見せてやろうと思ってな?お前達も好きそうな物だ」

 

 1号のアインスは相変わらずよく喋る、わざわざ思念ではなく空気を超能力で震わせて人間と変わらない発声方法でこちらに意思を伝えて来る。

 俺とレッドへはともかく、ツヴァイとゼクスには自分が兄だとという姿勢を貫いている。

 毎度戦う羽目にはなるが何かしらのコミュニケーションを取ろうとして来る、少しずれているのはポケモン故か?

 

「この白い穴の先、ウルトラスペースは異なる世界へと繋がっていてな。そこで珍しい物を手に入れた、お前達も気に入ると思う」

 

 ウルトラホールにウルトラスペース、じーさん達から話には聞いていたが実物は初めて見た。本当に別世界に繋がっているのか?

 

「なんだ?お土産でもくれるのかアインスお兄ちゃんよ」

 

「………異世界のポケカノ?」

 

 そんな物はねえ………とも言い切れ無いのか?似て非なる世界には共通点も多いと聞いている。

 

「フェルム地方と呼ばれる地があってな、そこで素晴らしい力を手に入れた。この“黒共鳴石“を使って実現する“キョウメイ“の力だ」

 

 アインスが取り出した“黒共鳴石“が奴の身体へと消え、アインスが光に包まれる。これはメガ進化の光?

 光が晴れるとアインスの身体は大きく変化していた。身体は黒く染まり尻尾の先が黄色く光っている、さらに左肩から黄色く光る鉱石が鋭く飛び出している。“黒共鳴石“とやらと融合したのか?

 くそっ、肌で感じる。OPの高まりが奴のプレッシャーを大幅に強化させた。

 

「あっちのミュウツーは人間などを庇って“黒共鳴石“に侵食されていたが私は違う。使いこなす事でこんな事も可能だ、よく見ていろ」

 

 アインスがドライとフュンフに手をかざす、2匹が先程と似た光に包まれる。まさかポケモン同士で?

 晴れた光から現れたドライとフュンフはそれぞれ違う変化を遂げていた、身体は小さくなったがサイコパワーの波動が増したドライ。身体を大きくさせて筋肉質になったフュンフ。

 間違いなく“メガ進化“だ、ポケモンとトレーナーのキズナの結晶をポケモン同士で再現したのだ。

 

「そうだな、リザードンに習ってミュウツーX、ミュウツーYとでも名付けようか?素晴らしい兄弟のキズナだろう?」

 

「それが見せたい物か?自慢が終わったのなら帰ってくれ?俺達は忙しいんでな」

 

 不味い!見せかけだけの紛い物じゃない!?奴等が本当に力を増したのが分かる!トレーナーとしての勘が敗北の予感を告げている!

 

「ツヴァイ!ゼクス!トレーナーなどと居なくてもキズナは得られるのだ!兄弟で一緒に暮らそう!戻って来るのだ!」

 

 ツヴァイとゼクスに説得された振りをして貰ってこの場から離脱して貰えば敵はイツキだけになるか?どうすれば勝利できる?どうやって勝利してユーリ達の所へ行く?

 

「ワタシハ“ツヴァイ“!!“グリーン“ト共ニ最強ヲ目指ス者!!」

「ワタシハ“ゼクス“!!“レッド“ト共ニ最強ヲ模索スル者!!」

 

 ツヴァイ……

 

「我ラハ生マレタ意味ヲ選ンダ!!」

「我ラノ冒険ノ旅ハ途中ダ!!」

 

 俺様らしくなかったか?

 

「「我ラハ既に“キズナ“ヲ得タリ!!故ニ我ラハ此処ニ在リ!!」」

 

 あーくそっ、かっこ悪い事考えちまった。あのガキのせいだな。

 

「………グリーン、やろう!」

 

 レッドの奴がこっちを見てくる、腹立つから今は俺を見るな。

 

「分かってるよ、そこの世間知らず達に見せてやろうじゃねーか」

 

 土壇場で勝算だとか、小細工とか余計な事を考えちまった。

 

「この俺様達が!!世界で一番強いってことをなあ!!」

 

 負けそうな時にトレーナーがやるべきはポケモンと自分を信じて勝利を目指すだけだ!バトル以外の事なんて考えてる暇はねえ!

 

 お前もトレーナーだろうユーリ?一人で突っ走るんじゃねえぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『“サウザンアロー“!!』

 

 ジガルデから緑光の矢が放たれる。昔カロスで犬の様な形態の時にフレア団のポケモンに放ったのとは較べ物にならない威力と量だ。

 

「“サウザンアロー“」

 

 僕とジガルデの“サウザンアロー“同士が暗黒の空を埋め尽くす程に無数の緑光の矢となって激突する。互いに追尾する矢を高速で飛び回りながら次々と撃ち合う。

 真の力を開放したジガルデの容姿はまるで人型ロボなので、空中を高速機動しながらの弾幕戦はロボット対決してる気分だ。

 

 相殺しきれなった矢は僕に到達する事はなくオーラに阻まれる、ジガルデの方も緑のオーラで防ぎダメージはなさそうだ。

 やりにくい相手だ。心情的にも傷つけたい訳ではないし、実力的にも加減すればダメージはない、有効打を与えたいなら全力に近い力を解放しなくてはいけない。

 

 ジガルデの方も恐らく手加減している、怒りっぽくて人間を下に見る発言が多い彼だが性根は善良なポケモンだ。彼は守護のためにしかその力を振るわない。

 

 本当に警告しに来てくれたのだろう。アルセウスと知り合いなのは知らなかったが共に長い時を生きてた伝説達でそれはおかしくはない。

 自分の管轄と言っていたカロスからガラルまでわざわざやって来ての忠告が普通じゃない。恐らく先程の発言は真実だ、アルセウスは本当に僕を殺しにやって来るのだろう。

 

 因果を歪める、それはミカンを取り戻すために僕がキラの力を行使する事だろう。昔なぞのばしょでアルセウスが忠告していた僕が望んで因果が歪んだと言ってたやつだ。

 しかし、ゲームと異なった結果を歪めるというならミカンはどうだ?彼女がアサギシティでジムリーダーをするのが本来の流れではないのか?

 

 間違ってもゲームでのジムリーダーミカンに殿堂入りの経験はないだろうし、レジスチルを繰り出してなど来なかったはずだ。

 ならば彼女を取り戻す行為はむしろ歪みを直す行為ではないのか?それともジガルデとアルセウスの知識と僕の知識に齟齬があるのか?

 

 まあ無駄な考察だ、ゲームの事なんて僕は既に知識欲以上の価値を見出してはいない。大体僕が決勝戦に進出している時点で主人公であるホップの因果を歪めているだろう。

 そんな下らない事を気にするのは止めたのだ。隕石の問題以外で僕が気にするべき事などない。

 金と銀も、黒と白の続編も僕がどうこう考えるべき問題ではない。

 

 全力で生きるのだ、一人の人間として好きに生きる権利を行使する。そして僕は遠慮などせずにミカンを取り戻して彼女と再び共に生きてみせる。

 

 ふと、父さんとの電話を思い出す。こんな緊迫した場面でポケモンと直接戦っている僕は果たしてポケモントレーナーなのか?

 違うな、ポケモントレーナーじゃない。やはり僕はポケモントレーナーに向いていないのだろう、知識も精神性もトレーナー失格の僕がジムチャレンジに参加するべきではなかったのだ。

 

 分かっている、ホップ達とダンデさん、ソニアさんにマグノリア博士、オニオン達ジムリーダーに加えてジムトレーナー達。

 この戦いに挑んだ全ての人達の頑張りを踏みにじり、怯えてこの様子を見守っている人々を危険に晒して期待を裏切っている。

 

 だけど、ミカンを取り戻す事だけは譲れない。この戦いが終わったら僕はポケモントレーナーを辞める、罪に問われるならそれを大人しく受け入れて償おう、

 だがそれは取り戻した後の話だ、今の僕は絶対に止まりなどはしない、相手が誰であろうと邪魔などさせない。

 

『小僧!!大人しくしろ!!』

 

 ジガルデの大きな両手が僕を拘束しようと迫る、それを避けずにオーラで力場を形成して防ぐ。

 赤と青のボール状の力場に包まれた僕をジガルデが両手で持つ、まるでポケモンと人間の立場が逆になった様な光景だ。

 

「聞け!!少女を諦めろと言っているのではない!!別の方法を使えと言いたいのだ!!」

 

 少しだけ決意が揺らぐ、ジガルデは根拠のない嘘なんて言うはずがないからだ。

 

「それはつまり、因果とやらを歪めずに僕がミカンを取り戻せる都合の良い方法が存在すると言う事かな?」

 

『………そうだ!!全てを失わない道はそれしかない!!このタイミングまで待ったのもそのためだ!!』

 

 多分ジガルデやアルセウスは僕の紛い物の未来視と違って本当に未来の分岐が観測出来るのだろう、枝分かれするルートを見る感覚で。望んだ未来は選べないが結末の種類は分かる、そんな所だろう。

 だけどこれだけ近づき、オーラに触れてくれれば未来が読めない僕でもジガルデの感情ぐらいは読み取れる。

 

「その方法は僕がやろうとしている方法に比べて確実?成功の確率はどれくらい?」

 

 伝わる、ジガルデの動揺が伝わって来る。やはりそんな都合の良い話はないみたいだ。

 

「………確かに成功率は低いだろう、だがその道なら傷つく者は少ない。私が想像出来る最良の未来だ」

 

 やはり正直に話してくれる、ジガルデはどこまでも誠実だ。

 

「僕には確信がある、キラと共に願えば確実にミカンを取り戻せる。だからその提案には乗れない」

 

「違う!!その道の先には悲劇が待っている!!お前は命を落とすかもしれないのだ!!」

 

 アルセウスに勝てるのかは正直分からない、一度対峙した時は警告だけで見逃して貰った。普通に力負けする可能性は大いにあるし、OPの大小を超えた特殊な能力を持っている可能性もある。

 

「でもミカンは助かるでしょう?それともアルセウスはミカンまで殺しに来るの?」

 

「それは無い!!アルセウスはそんな事をしない!!だが!!」

 

 やはり嘘はついていない、聞きたい事は全部聞けた。

 

「じゃあ問題ないよ、全力で抵抗はするけどそれは仕方がない。報いってやつさ」

 

 悪い事をすれば自分に返って来る、子供だってそんな事は理解できている。それに文句など言えないだろう。

 

「お前は!!残された者の悲しみを考えた事があるか!?お前が行方を眩ませて多くの者が悲しんだのを忘れたのか!!次は取り返しがつかないぞ!!永遠に続く悲しみを彼等に与えるつもりか!?」

 

「それは………」

 

 随分と胸に響く言葉だ、揺らぎそうになる決意をグッと堪える。

 

「じゃあアルセウスを倒せば大丈夫だよ、そうすれば何の問題も無い。その為にはムゲンダイナの力も必要なんだ、だから邪魔しないでくれ」

 

「小僧!!」

 

「そもそも永遠の悲しみを消す為に願って取り戻すんだよ?リスクとしてそれは当然だ」

 

「………ならば!!お前の力を奪うしかないな!!戦えぬほどに弱れば決断せざるを得まい!!」

 

 こうなるか、やっぱり力が無いと何もできない。

 

「全力で防御しろ小僧!!“コアパニッシャー“!!」

 

「ジガルデもね、“こんげんのはどう“」

 

 至近距離で僕のオーラを纏った水の波動と、ジガルデの爆発的なオーラが衝突する。互いに衝撃が上空に逃げるように調節しながらできうる限りの力を込める。途轍もないオーラの圧力が僕にのしかかる。

 

『ぬうっ!?』

「ぐっ!?」

 

 身体をその場に留めきれずに吹き飛ばされる、このままでは一直線に吹き飛んでムゲンダイナを捕らえている蔓に激突してしまう。

 急いでブレーキをかけようとする僕を蒼い力が優しく包み、蔓に激突する事なくそのまま地面へと運ばれる。

 

 この力の持ち主が誰かなんて僕には分かりきっている、いつもより深くて強大だが相棒の力を間違えるはずがない。

 

「遅くなってしまった、すまぬユーリよ。少し遠くまで見ておったのでな」

 

「レックス………」

 

 レックスが何をしているのかは分からない、僕が来たのにレックスが話しかけて来ないなんておかしいとは思っていた。

 もしかしてムゲンダイナの覚醒を抑えていたのかもしれない、そう思ったが放置していた。

 

 今の僕をレックス達に見てほしくなかったからだ、だからくまきちもボールに入れた。ユウリが僕に向かって叫んだのも無視をした。

 彼等はきっと僕を止める、だから話したくなかった。彼等に失望されるのは恐怖だからだ、トレーナーから逃げようとしている僕をライバルである彼等に知られたくなかった。

 

 レックスは僕を見詰めている、蒼い光を纏って僕の前に静かに佇んでいる。

 

『余は色々考えたのだ、ユーリに何をしてやればよいのかを』

 

 レックスの声音は穏やかだ、僕への信頼がこもった優しい響きが、今の僕には何よりも辛い。

 

『言葉を尽くして側にいてやることは容易い。しかし、困難と悲劇に立ち向かわんとするお主に必要なものは他にもあると気付いたのだ』

 

「そうかな?今の僕は一人でも大丈夫だよ?」

 

 本心だ、心の底からそう思っている。何の問題もない。

 

「自身の今と未来を肯定する事をお主はガラルで学んだ、だが過去の己を頑なに否定するお主はそのままだ。それでは昔のお主は置いてきぼりではないか?」

 

「僕の過去?大丈夫だよレックス、僕の力は戻ったんだ。今度は正しく力を使って見せるよ」

 

 僕は自信を完全に取り戻した、ミカンのおかげだ。だからミカンにお礼を言わなくてはならない。

 

「力の話ではない、お主の心と行いの話だ。大地を通じて余は過去を見てきた、お主とお主に関わった人々の過去を見てきた」

 

「………それで?レックスは何が言いたいの?」

 

「確かにユーリは随分と調子に乗っておったな。その行いに眉をひそめる者もおった、怒りと嫉妬を覚える者もおった」

 

「そうだね、自覚してるよ」

 

 いまさら何が言いたい?そんな事はカンムリせつげんで嫌と言うほど省みた。

 

「だがユーリよ、お主に感謝している者も大勢おったぞ。人間もポケモンも区別なくお主は随分と多くの者をその力で助けていたな、余も鼻が高いのである」

 

「それは………格好付けていただけだよ。超能力を持っていたからできた事だ、力がなかったら見て見ぬ振りをしたはずだ」

 

 主人公は人助けして当たり前、そんな世の中を舐めた幼稚な思考で好き勝手やっただけだ。褒められる様な行為ではない。

 

「余はそう思わんよ、お主は超能力がなくてもきっと人を助けた。困っている者に手を差し伸べる事が出来る優しい男だ」

 

「レックス、やめてくれ」

 

「力を持っている事は素晴らしいと余も思う、多くを救えて脅威と悪意を払う事が出来る」

 

「………」

 

「だが、優しい事の方が尊いと余は思う。理不尽や悪意に晒されても優しく在れるのはとても素晴らしい強さだ」

 

 止めてくれ、僕はそんな大層な人間ではない。力に溺れる愚か者なんだ。

 

「自覚がなくともユーリはそれを体現しておったぞ、感情と記憶はなにも生き物のみに記録される訳ではない。大地に刻まれた人々の想いには確かにお主の優しさは存在していた」

 

「違うよ」

 

「過去と現在と未来は繋がっている、お主は省みるあまりに昔の自分を捨てすぎている。少しは未来へ連れて行ってやってくれ、確かにあった優しさを置き去りにしないでやってほしい」

 

「置き去りになんてしてないよ………これから僕はミカンを救うんだから………」

 

 それも優しさだろう?別に過去にこだわる必要なんて無い。

 

「ふむ、やはり言葉だけでは難しいな。心だけでも周囲が見えなくなってしまう。どちらかしか選ばない極端さは良くないのである」

 

「レックス、もう良いかな?僕にはやらなきゃいけない事があるんだ」

 

 これ以上レックスと話をしていると僕は変わってしまう、そんな気配を感じる。

 

「ならばユーリ、これを受け取ってくれぬか?余が大地を通じて集めて来た記録だ、過去の光景が詰まっている」

 

 レックスの右手に蒼い光が集まる、それを僕の前に掲げた。

 

「これは心ではない、あくまで過去の光景だ。ひたすらに世界を見守って来た大地の視点は究極の客観視である、世界の主観でもあるがな」

 

 駄目だ、これを受け取ってはいけない。

 

「これを見てユーリが何かを感じて初めて心の一部となる、ただの記録や光景から心を生み出せるのは人とポケモンが持つ素晴らしい力だ」

 

 そんな力は今の僕には必要無い。大事なのは現実をどうにかする力だ。

 

「お主はまだうずくまっている、立ち上がらせるのはお主自身の心だ。周囲の人々が共にいて手助けはできても、結局は己自身でしか立ち上がる事はできない」

 

 僕は立ち上がっている、具体的な方法でミカンを取り戻すのだ。

 

「だがな、余はユーリを信じておる。お主が過去の自分を許して再び立ち上がる事を信じている」

 

「レックス、それを僕に見せるのが君の望みなのか?」

 

「うむ、余の頼みはそれだけだ。後はユーリ自身の心が決める」

 

 ………仕方がない。他ならぬレックスの願いだ、叶えてあげよう。

 

 これを受け取って過去の光景とやらを見てあげよう、そうすればレックスは納得してくれるはずだ。

 

 それが終わったらムゲンダイナを真の姿にする、それを倒して僕は更に強くなる。後は弱った彼等を捕獲すれブラックナイトは終わる。

 そして、キラと一緒に願うのだ、ミカンを元に戻してほしいとお願いをする。ジラーチの願望を成就させる能力を発動させてミカンを取り戻す。

 もちろんキラを眠りにつかせたりはしない、ムゲンダイナの無限のエネルギーを使えば千年の眠りなど必要ない。

 

 願いが叶えば僕は再びミカンに会える、キラだってミカンに抱っこして貰えるだろう。みんな笑顔で再会して全ては元通りだ。

 やって来るアルセウスだって倒して見せる。僕の力で撃退してOPを模倣すればさらに僕は強くなる、何度アルセウスが襲撃に来ても撃退できるようになる。

 

 それを成せば僕は最強の力の持ち主だ、真に無敵の超能力者へとなれる。

 

 それが実現すればアクロマの様な狂人共に大事な人達を近付ける事も許さずに撃退できる様になる、最強の力で全ての悪意を跳ね除ける。

 それが未来だ、僕の力で親しい人もポケモンも全てを守ってみせる、それが正しい力の使い方だ。

 

 ゆっくりとレックスの手に触れる、蒼い光が僕の中へと緩やかに流れ込み全身を満たしていく。

 意識が遠くなり世界に溶け込む。探知をする時よりもっと広く、もっと深く世界に意識が溶け込んでいく。

 

 懐かしい光景が見えた、アサギシティだ。

 

 潮風と船人を灯台で誘う港町、自分が生まれた街を僕は見ていた。

 

 

 

 


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