自分はかつて主人公だった   作:定道

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 主人公うじうじの集大成 後編です 


34話 無理だがそのまま道理を蹴っ飛ばせ!!

 ユウキの冒険の旅は僕のホウエンでの旅とは違い、ミシロタウンから自分の足で大地を踏みしめて始まった。

 ラティに乗せてもらって先を急いだりはせずに、一つ一つ順番に街から街へと旅していった。

 

 さらにハルカちゃんと共に各地の生息するポケモンの分布の調査とジムへの挑戦を同時にこなしていた。

 オダマキ博士から受け取ったキモリを相棒にして各地のジムを順調に攻略するユウキ、トウカでは父さんを訪ねて来たミツル君がラルトスを捕獲するのを手伝っていた。

 

 トウカの森ではアクア団に襲われていたデボンの研究員を助け、カナシダトンネルではハギ老人のピーコちゃんをマグマ団から取り戻していた。

 僕の知識にもある光景、ゲームと同じ様にユウキは人を助けているのか?自身でも気付けない内に主人公としての行動をとっているのか?

 笑顔でお礼を受け取るユウキから答えは返ってこない、これは過去の光景だユウキが返事をするはずがない。

 

 ユウキの旅は僕が知識で知り得た物と非常に似通っていた、アクア団とマグマ団は僕がアルファとオメガを手に入れている事を知っているはずだがホウエンで活動を続けていたし、ユウキは多くの人やポケモンを傷付ける彼等と旅の先々で戦っていた。

 

 世界がそう定められているからユウキは戦っているのか?敵のいない冒険の旅など娯楽としては退屈だからユウキは戦わされているのか?

 僕にとってユウキとは守るべき存在だ、泣き虫でお化けの苦手なユウキ、僕を慕っていつも後ろをくっついて来た。

 そんな可愛い弟が誰かを楽しませる為に困難に挑まされていたら、僕は許せなかっただろう、こんな気持ちでこの光景を見れなかっただろう。

 でも違った、ユウキは苦しんで旅などしていなかった。時に悪意や悲しみに出会って悩む事はあったが冒険の旅を投げ出したり誰かを憎んだりはしていなかった。

 

 ユウキは笑っていた、旅の途中でポケモン達と、ハルカちゃんやミツル君と、助けたり助けられたりした人々と。テレパスを使わなくても分かる、あの子の兄である僕には分かってしまう。

 あの子の笑顔は強制されたものなどではない、この星で父さんと母さんの子として、僕の弟として産まれて過ごして来たユウキが自分の意思で人を助け、自らの勇気で悪意と戦い、自分で育んで来た優しさで友達を作ったのだ。

 

 あの子が優しいのは当然だ、母さんがそうあれと教えてくれるのだから。

 あの子に勇気があるのは当然だ、父さんがそうあって欲しいと名付けたのだから。

 あの子が困っている人を助けるのは、あの子が困っているいるポケモンを助けるのは、あの子が誰かに手を差し伸べるのは………僕が教えたからだ。

 

 僕みたいな主人公になりたいのなら、困っているみんなを助けてあげなくてはいけないと得意気に語ったのだ。

 ユウキはポケカノの主人公みたいで兄ちゃんは凄いと喜んでいた。当然だ、僕は彼の様になろうとあんな振る舞いをしていた。

 

 “ポケットモンスター カントリーノート“、視聴者にポケカノと略されて親しまれているアニメ、マサラタウンから旅立つ主人公のサトシが相棒のピカチュウと共に各地を冒険する物語。

 サトシは各地で相棒と共に人を助けて悪と戦う、最強のトレーナーを目指す旅の途中で様々な人と出逢って困難に立ち向かっていく。

 知識の中とは違うサトシの物語、この世界での少年少女がトレーナーへの憧れの源泉とする冒険譚。

 ユウキとミカンが再放送されたそれを夢中で見ていた、僕もそれを見て感銘を受けた。全ての地方で愛されるポケカノの主人公である彼の冒険の旅は、多くの少年少女に旅への憧れを抱かせるのに相応しい出来だった。

 

 彼の行いを参考にして人やポケモンを助けた僕の行動が彼に似ているのは当然だ、ユウキとミカンに良く思われたかった僕は彼が体現する主人公を模倣したのだ。

 そんな僕の真似事の主人公の教えを信じ、ユウキは誰かを助け笑顔にしてあげられるトレーナーに成長したのだ。

 

 ユウキは超能力を使えない、だけどトレーナーとしての力を使って相棒達と共に問題を解決していた。助けられた人も助けたユウキ自身も笑顔にしていた。無敵の力がなくても人を助ける、それはまさしく主人公の行いだった。悲しい事や苦しい事があっても最後は笑顔を作れる心の強さ。

 助けられた人が笑顔に、助けた自分も笑顔に、それが本当の救うという行為ではないのか?理想論に少しでも近づこうとする意思を勇気と呼ぶのではないのか?

 

 僕が反対を押し切り最強の力を使ってミカンを救った後、僕が笑顔でいて欲しいみんなは笑ってくれるのか?

 

ミカンは?チームのみんなは?

父さんや母さんやユウキは?

レックス達は?オーキス達は?

ホップは?マサルは?ユウリは?マリィは?

ソニアさんやダンデさんは?

マグノリア博士やマスタード道場の皆は?

オニオンは?サイトウさんは?

レッドさんは?グリーンさんは?

 

 そして何より自分は笑顔でいられるのか?周囲を顧みずに力を強引に使った僕は笑っていられるだろうか?

 答えは決まっている、笑顔でいられるはずがない。僕が力を行使すれば僕の理想は永遠にたどり着けない場所となるだろう。

 

 だがどうすればいい?ジガルデの提案に乗ればそこにたどり着けるのか?確実ではない未来を僕は捉えられるのか?

 恐ろしくてたまらない、僕なら出来ると自信など湧いては来ない、ユウキと違って僕は偽物だ。

 

 目の前の光景は進んで行く、ユウキの旅が進んで行く。ユウキの旅の光景はミナモシティへと移り変わった。

 ユウキはミナモシティでハルカちゃんとミツル君と共に居た。3人は街のポケモンセンターでモニターを見ている、大勢の人がモニターの前に集まって真剣にそれを見つめている。

 モニターに映っているのは僕だった、ブラックナイトで起こった全てをモニターは映していた。僕がレックスの手を取り蒼い光に包まれているのを誰もが注視していた。過去と今は繋がっている、1秒でも前ならそれは過去なのだろう。

 

 見ている人々の表情は暗い、みんながガラルの行く末に絶望を感じて恐怖を表情に宿している。

 そんな中でもユウキの表情に絶望はなかった、笑顔でなくとも何かを信じる面持ちでモニターを見つめている。何を信じているのがすぐに分かって僕の胸は締め付けられそうになる。

 僕の絶望と凶行を見てもユウキは信じてくれているのだ、僕が正しくミカンを救い、ブラックナイトを打ち払うことを。

 

 当の僕は過去を見て怖じ気づいているのに、ユウキは僕が主人公として立ち上がるのを信じてくれている。

 

 ユウキがハルカちゃんとミツル君に、周囲の人々に呼び掛けた。自分の兄は必ず立ち上がる、ガラルとムゲンダイナを救ってブラックナイトを終わらせると断言している。

 それを信じていなそうな人もいる、無責任な発言に眉をひそめる人もいる。

 だけどハルカちゃんとミツル君はそれを信じた、ユウキに助けられた事のある人達がそれを信じた、ユウキを知らずともその力強い言葉を信じた人もいる。

 

 暗かった表情を希望を見出したものへと変える人がいる、それを見て安心する人もいた。

 それが広がってポケモンセンターの暗い空気に少しだけ明るさが戻った。ユウキの信じる気持ちが伝播したのだろう、ユウキを通じて僕を間接的に信じる気持ちを持ったのだ。

 

 こんな光景を見せないで欲しかった、僕は信じるに値しない人間だ。そう思う恐怖の中にも少しだけ温かい物が湧き上がる、だけど僕はそれを信じきれない。

 ユウキは誰かに笑顔と希望を与えられるが僕にそんな力はない。

 

 光景がまた移り変わる、ホウエンのトウカシティで父さんが母さんの肩を抱いてテレビを見ている。病院のガラス越しに注いでいたのと同じ眼差しで、溢れんばかりの想いを乗せて僕を見ていた。

 

 今度はジョウトのアサギシティに光景が移り変わった、チームのみんながグラサンの実家である食堂に集まりテレビを見ていた。

 チームのみんなは誰一人として絶望していなかった、僕が必ずミカンを救う事を信じて、拳を固く握りしめながら僕を見ている。

 

 灯台に光景が移り変わる、ミカンのお父さんがマルチナビを両手で握りしめながら僕を見ていた。隣ではアカリちゃんが彼に寄り添う様にして僕を見ていた。

 

 家族も仲間も僕を見ている、失う恐怖に信じる事で必死に抗っていた、僕が立ち上がるのを信じてくれている。

 胸が苦しい、熱い想いが涙になって溢れ落ちてくる。今の僕は果たして実体なのか精神なのか、どちらにせよ僕から涙が溢れて来る。

 

 光景が巡る、様々な地方の様々な人やポケモンを映し出す。

 カントー地方を、ジョウト地方を、ホウエン地方を、シンオウ地方を、イッシュ地方を、カロス地方を、ガラル地方を、僕が旅した土地の人々が映し出される。

 

 タマムシマンションの管理人の老婆の光景が。

 シオンタウンの墓守の老人の光景が。

 セキチクシティのくノ一の光景が。

 キキョウシティでひこう使いのトレーナーの光景が。

 ヒワダタウンでヤドンと共にいる少女の光景が。

 タンバシティで格闘家とその妻の光景が。

 とある秘密基地でのカウボーイハットの男の光景が。

 カイナシティのコンテスト会場でアイドルの光景が。

 フエンタウンの新米ジムリーダーの光景が。

 ソノオタウンのフラワーショップの店員の光景が。

 トバリシティの格闘家の少女の光景が。

 ハクタイシティ地下通路の中年の光景が。

 ヒオウギシティのノーマル使いの青年の光景が。

 タチワキシティのミュージシャンの少女の光景が。

 サザナミタウンの別荘の超能力者の少女の光景が。

 ハクダンシティの写真家の女性の光景が。

 ミアレシティで発明家の少年の光景が。

 メイスイタウンで3人の少年少女の光景が。

 カロスの雑踏でポケモンと共にいる大男の光景が。

 ターフタウンのウールー達の光景が。

 ラテラルタウンのゴーストポケモン達の光景が。

 スタジアムで僕が助けた男の子と母親の光景が。

 

 他にも様々な人々の光景が飛び込んで来る、よく知っている人もいれば覚えの薄い人もいる。

 共通していたのは見えた人々がみな絶望していなかった事だ、モニターを通じて僕を見る彼等の表情には確かに希望が宿っていた。

 

「そうだ………」

 

 彼らには共通点があった、かつての僕が旅の途中で手助けをした事がある人々だ。超能力を使って彼等の悩みを解決できる様に力を貸した事がある人達だ。

 

 解決できた問題がほとんどだったはずだ、でも中には解決できない悩みもあった。

 だけど、手助けの終わりには、彼等との別れの時には、問題が解決できた時には………彼等はお礼を言ってくれた。力を貸してくれてありがとうと僕に感謝の気持ちを贈ってくれた、感謝を伝える彼等は笑顔で僕を見ていた。

 

 それを聞く僕も笑顔だった。自分の力が誰かを助けたのが誇らしく、困っている人を笑顔に出来たのが嬉しかったからだ。

 ポケウッドでマリィを助けた時に自分が笑っていたのはよく覚えている、マリィが笑うのが苦手だからと手本を見せるためにと大げさ笑顔を作った。マリィは自分の指で口角を上げて笑顔を作っていた。

 

 今の僕には出来ていないことを昔の僕は成し遂げていた。考え足らずで世間知らずでも、主人公気取りで調子に乗っていても、確かに誰かと自分を笑顔にする力を持っていた。

 

 レックスが力よりも尊いと言ってくれた優しさを、僕は誰かに届ける事が出来ていたのだ。

 

 涙が止まらない、膝が崩れて跪いてしまう、かつて僕が優しさを伝えた彼等が、今は僕を信じて希望を抱いて僕を見守ってくれている。

 

 そんな彼等に僕は何を見せようとしていた?強大な力でムゲンダイナに無理矢理言う事を聞かせる自分をか?周囲の静止を無視して力を行使する自分をか?歪みを正しに来るアルセウスを撃退する自分をか?あるいは彼に殺される自分をか?

 

 自覚してしまった、僕はそんな姿を彼等に見せたくない。家族や友人や仲間、共に笑い合えた人達の期待を裏切りたくは無い事に。

 全てが終わって再会した彼等とは笑顔でいたい。それが出来るのは自分の行いに胸が張れる時だけだ。

 

 主人公の様にハッピーエンドを手に入れなければならない。

 

 歪みを作る事なくミカンを救い、ブラックナイトを終わらせてガラルも救う。

 そしてムゲンダイナも救う、主人公は暴れるポケモンを追い詰めなどしない、想いを伝えて友達になるのが主人公だ。

 

 だけどそれでも怖い、失敗するのが怖い、期待を裏切ってしまうのが怖い、ミカンを失うのが怖くてたまらない、どうやっても自分の中の恐怖を拭えない。

 

 過去の自分を少しだけ許せた、だけど今の自分はどうだ?正解の道に気付いてなお怖じけ付く自分を許してもいいのか?

 

「怖いよレックス………僕は………」

 

「ふむ、ユーリは泣き虫よな、一緒に旅した余はよく知っているのである」

 

 レックスの返答に驚いて顔を上げる。

 

 いつの間にか過去の光景は消え去り、僕は現実でも跪いて泣いていた。レックスはそんな僕の頭に手を置いて僕を優しい目で見ていた。

 

「どうだったユーリよ?少しは過去を許せる気持ちになったか?」

 

 なったよ、レックス。過去の僕は馬鹿だけど正しい事も出来ていた、主人公気取りでも誰かの助けになれたのは事実だったよ。

 

「ふふ、ようやく気付いたな。お主は一度そうだと思うとなかなか頑固な奴だ、気付かせるだけでも一苦労である」

 

 レックスが僕の思念を読み取って返答する、レックス喜びの思念が手の平から伝わって来る。

 

「………でも怖いんだよレックス、僕は本物の主人公に成れる自信がないんだ」

 

 僕の力は本当にジガルデの提案を実現できるのか?ムゲンダイナを救う事は本当に可能なのか?ミカンを取り戻す事ができるのか?

 

「ユーリよ、お主はまだ勘違いをしておるな。何故お主一人で事を成そうしておるのだ?周りを見てみろ」

 

 レックスに言われて気付く、僕とレックスの周りには大勢の人とポケモンが集まっていた。戦いに参加したトレーナーとポケモン達がみんなで僕達を見ている、その表情に絶望はなかった。力強い眼差しがそこにはあった。

 

「ユーリよ、恐怖を感じるのは悪い事ではない。恐怖を抱かぬ者などいない」

 

「………いいのかな、本当に?」

 

「それから目を背けなければよいのだ、お主は確かに己の恐怖と向き合っている。かつてムゲンダイナと相打って恐怖のあまりに忘却を選んだ余とは違う、お主の勇気は既にそこにある」

 

「レックス………」

 

 レックスは信じてくれている、僕の勇気を信じてくれている。それを思うと僕の胸に力が湧いて来る。

 

「それとユーリよ、いい事を教えてやろう」

 

 ………?

 

「主人公とは一度打ちのめされるものだ、その後に復活して全てを解決する。ポケカノ2期を見ていないのか?」

 

 ………そうだねレックス、立ち上がるのも主人公の役目だ。

 

「レックスのおかげで100回は見てるよ」

 

「ふふ、そうであったな」

 

 涙を拭って立ち上がる、少しふらつく僕をレックスが支えてくれた。

 

『ようやく頭が冷えたようだな小僧、私の話を聞く気になったか?』

 

「ジガルデ………」

 

 空中にはジガルデが浮いていた、過去を見ていた僕は隙だらけだったのに何もせずにいてくれた。

 

「ありがとうジガルデ、僕が立ち上がるのを信じてくれて待ってくれたんだね」

 

『勘違いするな小僧、私は合理的な判断をしたまでだ。どうせ立ち向かうお前を弱らせるのは作戦の成功率を下げるだけだ』

 

 それでもありがとうジガルデ。

 

「聞かせて欲しい、歪みを生まずにミカンを救う方法を」

 

 どんなに低い成功率でもやると決めたのだ、どんな方法でも動揺はしない。

 

『それは無理だ、そんな方法は無い』

 

「はあ!?」

「なぬ!?」

 

 周囲もざわつく、今更ちゃぶ台をひっくり返されて流石ににみんな焦っている。

 

『静かにしろ!!最後まで聞け!!あの少女を取り戻すなら歪みそのものは必ず生まれる!!その事実は変えられない!!』

 

 んん?つまり歪みを生んでも問題の無い解決方法があるのか?

 

『………ふぅ、そもそもお前が願い、少女と一つになった事実を無かった事にすると何が起こると思う?』

 

「それは………」

 

 キラの願いを叶える能力が発動して、僕が光ってミカンが出てくる?

 

『時を渡る事はできても、時空を歪める事ができても、事実を巻き戻す事は不可能だ。お前がスタジアムを復元させたのとは訳が違う、あれは無機物を直しただけで事象の巻き戻しではない』

 

 確かにあれは自分のツクツクボウシ空間内で物を修復しただけだ。生物と無機物の違い、OPの有無が問題なのか?

 

『それを無理矢理叶えようとすれば、お前の願いは世界を融合させる。あの少女が消えていない世界とこの世界を重ね合わせてつじつまを合わせようとするだろう、それは途轍もない因果の歪みとなる』

 

「そんな事が………」

 

 ちょっとスケールが大きすぎて想像出来ない、世界の融合って何?

 

『だから解決方法は一つだ!お前はウルトラホールを開きウルトラスペースの中に世界を作れ!そこで少女と共に世界を壊せば全ては解決だ!』

 

 ………ウルトラ?穴?宇宙?世界

 

「ごめんジガルデ、ぜんぜん理解できない」

 

『くっ!?何故理解できん!?』

 

 今の説明で分かる人がいるのか?周囲も困惑に包まれている、

 

「もうジガルデ!!そんな説明じゃわかんないでしょ!!」

 

「僕が説明するよジガルデ、その方が早いと思う」

 

 突如空間が歪み、中から声が聞こえて来る。僕は声の持主達を知っている。シンオウ地方での多くの時間を共有した。

 

「コウキ?ヒカリ?何でここに………」

 

 シンオウ地方で共にギンガ団と戦った2人がそこにいた、ディアルガとパルキアを伴っている。彼等の力を借りてここまで来たのだろう。

 

「もう!!何では酷いよ!ユーリ君を助けに来たに決まってるでしょ!相変わらず空気を読めないんだから!」

 

「ヒカリ……」

 

 やはり全てが間違いではなかった、僕が2人に与えた物が確かにあって、それを2人は返しに来てくれた。

 

「再会を喜びたいけど手早く説明するね?まずウルトラホールは空間に出来る白い穴の事、ウルトラスペースとはその中に広がる空間と世界の事だよ、僕らの世界と別の世界を繋ぐ通り道でもあるかな?」

 

 そんな物が本当にあるのか?でもナナカマド博士の助手をしているコウキは博学だ、彼からは旅の途中色んな事を教えてもらった。彼の言う事に間違いは無いと思える。

 

「どうやってウルトラホールを開くのコウキ?僕の超能力?それとも………」

 

 そういえばアクロマも白い穴から現れた、あれもウルトラホールか?戦場がよく見える適当なビルに縛って置いてきたあいつを連れて来て開かせるか?

 

「君が首から下げているポケモン、彼が進化すればウルトラホールを開き、ウルトラスペースを移動する力を得る。ナナカマド博士も言っていたから間違いない、今回たどり着きたいウルトラスペースは機械で開いただけの物だと不安定すぎて駄目なんだ」

 

『何故私では無くナナカマドなのだ!?』

 

 ふわふわちゃんがそんな力を持っている?凄いポケモンなのは分かっていたけど異世界に渡る力だとは………

 

『小僧!!星の子の今の姿は休眠状態のようなものだ!!お前のサイコパワーを注ぎ込んでやれば必ず進化出来る!!』

 

「はいはいジガルデ、説明は僕に任せてね?次は世界を作るの部分だ。何も本当に星を作れという意味じゃないよ?ウルトラスペースはこの世界より肉体と精神の境界が不安定になる空間だ、そこでユーリはキラにお願いして心を具現化した世界を作り出す、その中でユーリはミカンに会えるはずだよ」

 

「心の具現化?そんな事が可能なの?」

 

「キズナオヤジさんが言うにはユーリは世界の輪郭を認識する術を持っている、探知で世界に溶け込む時にも無意識にそれに触れているはずだってさ。感覚的な事でちょっと僕にはアドバイスできない、心当たりはない?世界の輪郭は“たま“で出来ているらしい」

 

「そういえば、ルミナスメイズの森でボールガイ達も………」

 

 探知の時に何か何時もと違う物を見なかったかしつこく聞いてきた。恐怖と焦りで深く考えていなかったがラテラルタウンでの探知の時に僕は今までで一番深く潜った気がする、あの感覚の事か?

 

「心当たりはあるよ、多分大丈夫」

 

「よかった、その際の注意事項なんだけど………」

 

「8000光年は離れてから願いごとしてね!!バーネット博士に計算して貰ったから必ず守る事!!」

 

 8000光年?百万光年じゃなくて?

 

「はいはいありがとうヒカリ、静かにしててね?そこは僕達が知らせるよ、君がウルトラスペースに行く間に空間の維持と位置の把握、帰還の際の誘導をディアルガとパルキアにお願いする。ユーリは世界を作る事に集中してくれれば大丈夫だよ」

 

「そっか、ありがとう ディアルガ、パルキア」

 

「グギュグバァッ!!!

「ぱるぱるぅ!!!」」

 

 相変わらず独特な鳴き声だ、この2匹はあまり思念を使いたがらない。

 

「そして世界を作ったら、そこはユーリとミカンさんの心が合わさったものだ。2人で望んで世界を脱出すれば2人の世界は壊れる。合わさった心は再び2つに戻り、それぞれの世界を取り戻す。つまりユーリとミカンさんの肉体は元に戻る」

 

 世界を壊す物凄く罪が重そうな響きだ。

 

「因果の歪みはどうなるの?ジガルデはどうやっても生まれるって………」

 

「だから8000光年離れる必要がある、それだけ離れれば短い時間の具現なら、ユーリの体感で一時間程度なら他の世界と融合は出来ない。脱出する時には世界が壊れるから歪みも一緒に消えてなくなる」

 

 それを聞くと素晴らしい解決方法に思える、だけどジガルデが言っていた成功確率が低い理由はなんだ?

 

「コウキ、問題点は制限時間以外にもあるの?教えて欲しい」

 

「それは………」

 

『少女の意志の問題だ小僧、お前と自ら望んで一つになったのだ、素直に元に戻るとは限らん。2人の心で創った世界は片方の意志だけではどうにもできん』

 

 ミカンの意志………正直今の僕には分からない。何でも知っていたと思っていた幼馴染の心の内を僕は推し量る事が出来ない。僕の心にミカンはいるはずなのにおかしな話だ。

 

「ユーリ、結末は3つある。2人で望んで世界を壊し、この世界に2人で帰還する大成功の結末、ミカンさんが元に戻るのを拒否してユーリだけ戻って来る失敗の結末、最後の結末は………」

 

『少女がお前と共に永遠に心の世界に残りたいと願った場合だ、この結末ではお前と少女のどちらもこの世界には帰って来ない。そしてその結末こそが最も可能性の高い未来でもある、少なくとも私にはそう見えている』

 

 そっか、言いにくい事を言わせてしまった。

 

「良く分かったよ、ありがとうジガルデ、コウキ、ヒカリ」

 

 結局は僕がミカンを説得出来るかどうかにかかっている、自ら望んで僕と一つになったミカンは果たして何を思っているのか?

 ミカンの想いは今も胸を温めている、だけどそれだけだ。言葉もなければ意志も乗っていない温もりしか伝わって来ない。

 

「ミカンと話をしてきます、心だけじゃなくて言葉も交わさないと分かり合えない」

 

『ふん、それでいい。最初から素直に従っていれば良かったのだ』

 

 その通りだとも思う………でも一度間違ったのも必要な事だったのかもしれない。過去の自分の全てを許せない僕が、過去の強い僕を望んだミカンを説得できるとは思えないからだ。

 

『問題はもう一つある、お前が星の子を進化させる程にサイコパワーを使えばムゲンダイナは必ず姿を変える。一つとなってより強力になり、再び暴れ出すだろう』

 

「そんな!?それじゃあ………」

 

 どうする?先程の4匹の状態でみんなはギリギリだった、さらに強力になれば………

 

『ユーリよ、もう忘れたのか?お主はまだ一人で全てを成そうとするのか?』

 

「レックス………」

 

 レックスに諭されてもう一度周囲を見渡す、みんなが僕を待っていた。

 伝えなきゃいけない、彼等にお願いをしなくてはいけない。僕の言葉で彼等に助けて欲しいと伝えるのだ。

 

「僕は………僕は!!ミカンを取り戻したいです!!だから!!力を貸してください!!僕が戻って来るまでムゲンダイナを抑えてください!!どうか!!どうかお願いします!!」

 

 声を精一杯張り上げ、頭を下げる。力を貸して欲しいなら素直に頼むしかない。

 周囲の人々の中ならダンデさんが僕に歩み寄って来る、僕を真っ直ぐ見つめて僕の肩に手を置いた。

 

「ユーリ君、決断してくれてありがとう。君の想いは確かに受け取ったよ」

 

「ダンデさん、さっきは………」

 

 ダンデさんの必死の想いを無下にした、彼の言葉に耳を傾けようとしなかった。

 

「君は力に溺れずに勇気ある決断をした、俺はその心意気に答えようと思う」

 

 誰かに自分を肯定してもらう、それは自信へと繋がる。みとめてもらうのは勇気をもらうのと同義だ。

 

「ありがとうございます、ダンデさん」

 

「だが忘れないでくれ、そもそもブラックナイトの原因は委員長だ。チャンピオンである俺には責任があるが君には無い。君が責任を感じる必要は無い」

 

 ダンデさんは本当に格好良いな、僕もダンデさん見たいな大人になりたいと思える。先頭に立つ者として

 

「だから君はミカン君を救う事に専念してくれ!!ムゲンダイナは俺達が引き受ける!!ムゲンダイナに俺の心を伝えて見せる!!」

 

「「「オオオオオオォーーー!!!」」」

 

 周囲からトレーナー達の同意の叫び声があがる、一つの目標に向かって束ねられた感情が熱を帯びるのを感じる。

 周囲の人達が力を貸してくれる、その事実が僕を笑顔にする。力よりも尊い物を大勢の人から受け取った。

 

「全てが終わったら決勝戦の続きをしよう!!最高のバトルをガラルのみんなに!!世界のみんなに!!そしてミカン君にも見せてあげようぜ!!」

 

「はい!!」

 

「いつでも良いぞユーリ!!余も再びみんなに力を与えよう!!」

 

「バシロッス!!」

「バクロッス!!」

「エレーレ!!」

 

 レックスもリーザもイースもエレンも僕に力を貸してくれる、最高の相棒達だ。

 

「べあーま!!」

 

 くまきちがボールから飛び出し、雄叫びをあげる。くまきちは決勝戦の続きを望んでいる、叶えてあげなきゃいけない。

 

「ユーリ君!!絶対帰って来なきゃ駄目だよ!!私がリベンジできなくなっちゃうからね!!」

 

 ユウリらしい激励だ、帰らなきゃいけない理由がまた増えた。

 

「そうだぞ!!兄貴との決勝戦も見たいし俺も戦いたい!!待ってるからなユーリ!!」

 

 ありがとうホップ、最高の決勝戦を見せなきゃいけない。

 

「ユーリなら楽勝だよね!!未来視のユーリは勝利を捉えるからね!!」

 

 マサルの期待に応えるためにも、僕は未来を見よう。ミカンと共に帰って来る未来の光景を。

 

「ゆ、ユーリ!!マリィも助けられた時は笑顔やったけんね!!練習したから今度みんしゃい!!」

 

 マリィの笑顔、当時は指で無理矢理口角を上げていた。自然な笑顔もぜひ見たい。

 

「んん!?」

 

 あれ?おかしい?なんでマリィが笑顔の話を知っているんだ?もしかして過去の光景って…………

 

「レックス!!」

 

「どうしたユーリよ!?」

 

「過去の光景って僕だけが見てたんじゃないの!?」

 

「余の射程は半径50kmである!!その中にいた人々は全て見たはずである!!それがどうかしたのか!?」

 

「ぐぇ………」

 

 赤裸々ってレベルを超えている、そりゃみんな同情して力を貸してくれるはずだよ………

 切り替えよう、ここまでくれば恥ずかしがることなんて無い。僕の全力を世界に見せつけてやればいい。

 

「ふわふわちゃん、頼む!!」

 

 胸のふわふわちゃんに力を注ぎ込む、ふわふわちゃんからも強い意志が僕に伝わって来る。僕の助けになりたいと想ってくれる純粋な気持ちが僕の胸を奮わせる。

 ふわふわちゃんが輝きその姿を巨大な物へと変えていく、進化はただしく成された。

 

 ブラックナイトに月が昇る、僕を誘ってくれる優しい月の化身が空へと羽ばたき空間に白い穴を出現させた。

 

 ムゲンダイナ達を包む繭が赤く輝き出す、無限の竜達が力に呼応し変貌を遂げる。

 

 ブラックナイトは続いている、だが夜明けは近い。


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