自分はかつて主人公だった   作:定道

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36話 金の玉だ!!

 ふわふわちゃんは進化した、コウモリの様な威容、三日月を象った様な翼の縁取り、翼膜の内側にはまるで星空を思わせる様な輝きが広がっている。

 

「マヒナペーア!!」

 

 ふわふわちゃんが鳴き声をあげる。力が増しても伝わって来る無邪気な想いは変わっていない、僕への信頼がこもった優しい気持ちが伝わって来る。

 

「ふわふわちゃん!!頼む!!僕を導いてくれ!!」

 

 ふわふわちゃんは頷き、額に目の様な紋様が光る。上空に穴が空いた、白い空間の穴がブラックナイトの空で異質な光を放っている。

 あれがウルトラホールに違いない、アクロマが出てきたものよりもはるかに大きな異世界への扉がそこにはあった。

 

 ふわふわちゃんが僕の前に降り立ち背中を向ける、僕は彼女の背に乗り上空へと舞った。

 次の瞬間、赤い光が戦場を眩しく照らす。遅れて聞こえてくる異質な叫び、僕のテレパスでも読みきれないムゲンダイナの慟哭が戦場に響き渡る。

 何を伝えたいのか分からない、発したムゲンダイナ自身も自分が何を言いたいのか理解していない。ただひたすらに何かを求める鳴き声が僕達にムゲンダイナ達の孤独を感じさせる。

 

 先程の手のような巨体とは違う、まるで騎士だ。竜の様な頭部の鎧を纏った騎士には長い骨の様な尻尾、まるで竜人、鎧の隙間から漏れ出る赤い光がその実に秘める力を僕達に伝えて来る。

 

 ムゲンダイナ達は1つになった、まるで人間を真似たかの様な新しい姿へと変貌を遂げた。その巨体は天にまで届かんほどでジガルデすら小さく見える。

 

「まさか!?幻影まで生み出せるのか!?」

 

 ダンデさんの叫びで戦場に幻影ポケモン達が再び出現したのに気付く、先程倒した幻影が復活した?ムゲンダイナの力か?

 何故かスタジアムの方からも力を感じた、どこか懐かしくも知らない感覚だ。

 

 一気に苦しくなった戦況が僕の決意を揺らす、ある程度加勢してからウルトラスペースに向かうべきか!?

 

『小僧!!立ち止まるな!!ここは私達に任せて進め!!』

 

 ジガルデが蒼い光に包まれてダイマックスする、そのまま力強くムゲンダイナへと立ち向かって行く。

 

『キズナとは共にいる事だけを指すのではない!!離れていても無くなったりはしない!!』

 

 ジガルデ………

 

『信じるのだ!!それが人とポケモンの力だ!!』

 

 戦場では次々とダイマックスしたポケモン達が幻影に立ち向かっている、伝わって来る思念には絶望など無い。恐怖はある、戸惑いもある、だがそれ以上に強い意志が戦場にはあった。

 

「行こう!!ふわふわちゃん!!」

 

 ウルトラホールの横にはディアルガとパルキアが居た、それに乗るコウキとヒカリが突き進んで行く僕に声をかける。

 

「8000光年離れたら咆哮で知らせる!!それまでは迷わず真っ直ぐ進んでくれ!!」

 

「帰って来るときも咆哮が聞こえる方に向かって!!絶対帰って来なきゃ駄目だよ!!」

 

 2人の言葉を背に僕とふわふわちゃんはウルトラホールへと飛び込んだ。振り向くことはしないしその必要はない、僕は必ず帰って来る。みんなはブラックナイトに負けたりはしない。

 

 

 

 ウルトラスペースの中を進む、かなりの速度で飛んでいるがまだ合図は聞こえない。途中には様々な色のウルトラホールや、電撃を放つエネルギーの塊などが漂っていた。

 まさに異世界同士を繋ぐ宇宙と言わんばかりの光と危険に満ちた空間、ウルトラホールの先には異世界の様子が少しだけ映っている。

 僕達の世界と似たような景色もあれば、似ても似つかない世界もあり、見た事が無い様な生物が映っている、あれはポケモンなのか?

 

 ふわふわちゃんと宇宙を進む、コウキがここは肉体と精神の境界が不安定になると言っていたがその意味が少し分かった。

 僕が深く探知する時と同じ世界に溶け込む感覚が僕を包んでいる、夢と現実的の狭間にいるようなあやふやな肉体の頼りなさがが進めば進む程に強くなって行く。

 自分を見失わないのはふわふわちゃんのおかげだ、彼女のオーラが僕を護っている。それがなかったら自分が何物なのかを見失っていたかもしれない。

 

 進むに連れて、ウルトラホールやエネルギー塊も少なくなっていった、少しだけど恐怖を誘う孤独な宇宙空間は静寂に包まれていた。生き物の気配も風や生命の息吹がまったく感じられない。

 

『グギュグバァッ!!!』

 

 合図だ!!ディアルガの独特の鳴き声が聞こえて来た。

 

 ふわふわちゃんに止まってもらい、腰からモンスターボールを手に取った。星のシールがデコレーションしてあるボールを手にとって見つめる。

 シロガネ山の戦い以来、キラは目覚めていない。恐らく僕が必要以上に無駄遣いしたOPを補うためにキラは自らの力を振り絞ってくれた、自力では目覚められない程に消耗してしまった。

 繋がり自体は消えていないのは分かっていた、キラの中には僕が、僕の中にはキラが宿っている気配は感じていた。それを呼び覚ます程の超能力を失った僕にはどうする事も出来なかった。

 

 今の僕なら呼び覚ませるだろう、力を注ぎ込めばキラは目を覚ましてくれるとはずだ。

 少しだけ感じる恐怖、目覚めたキラは僕に愛想を尽かしているのではないか?そんなはずが無いと分かっていても少しだけ怖い。

 

「キラ………頼む」

 

 モンスターボールを両手で握りしめて呼びかける。僕のサイコパワーのオーラに全力で込めて願う、僕の精一杯の想いをキラに伝える。

 

『僕と一緒にミカンを迎えに行こう』

 

 ボールから光が溢れる、赤と青のオーラからキラキラとした輝きが勢い良く飛び出した。生まれた時から見慣れている相棒の輝きが美しく瞬いている。輝きの主は宙を飛び回ると僕の顔面目掛けて飛んで来た。

 

「ぶっ!?」

 

『ユーリ!ユーリ!』

 

 喜びの思念が顔面越しに伝わってくるが少し息苦しい、僕は両手で優しくキラを引き剥がした。

 

「久しぶり………でいいのかな?キラ、遅くなってごめんね」

 

『寝てた!!たくさん寝てた!!』

 

 そうだね、よく眠る子だけどこんなに寝てたのは初めてだ。変わらない無邪気な笑顔に少しだけ目頭が熱くなる。

 

『ユーリ、ミカンは?ミカンはどこ?隠れてるの?』

 

 辺りをキョロキョロと見回すキラ、眠っていても近くにミカンが居たのを感じ取っている。僕の中のミカンの気配を隠れているのだと勘違いしている。

 

「キラ、ミカンを迎えに行きたいんだ。一緒に行くかい?」

 

『行く!むかえに行く!』

 

 キラは嬉しそうに僕の周りをキラキラと飛び回る。何も変わっていない、僕とミカンを大好きでいてくれるキラの気持ちに我慢が出来なくなる。

 

『ユーリ泣いてる?いじめられた?お腹いたいの?』

 

 キラが僕の涙に気付き心配そうに見つめてくる、小さな手で涙をぬぐってくれる。

 

「嬉しいんだよキラ、僕は大丈夫だよ」

 

『そーなの?泣いてるのにうれしい?』

 

 僕も変だと思う、嬉しくてたまらないのに涙が溢れてくる。ミカンはどうかな?キラの光が見えているのかな?

 見えているならきっとミカンも泣いているだろう、見えていなくてもミカンは泣いているだろう、ミカンは寂しがりやだから。

 

「キラ、きっとミカンは泣いて待っている。僕達が来るのを待っていると思うんだ」

 

『ミカンも泣いてるの!?はやく行かなきゃ!!』

 

「ミカンは少し遠い所にいるんだ、近いはずなのに遠い場所にいる」

 

『なぞなぞ?』

 

 確かになぞなぞみたいな言葉だ、だけどそう表現するのがしっくり来る。一つになったはずなのに僕とミカンの距離は離れてしまった。

 

「迎えに行く為にはキラの力が必要なんだ、一緒にお願いしてくれ!頼むキラ!」

 

『いいよ!願いごとしよう!ユーリとキラでミカンをむかえに行こう!』

 

 キラが輝き出す。僕が産まれた日と、ユウキが産まれてオーキスと出会った日と同じ輝きがウルトラスペースにキラキラと光を放って瞬きはじめる。

 想いを乗せる、輝きの中でミカンを想う。僕とミカンの心で世界の輪郭を描く、まん丸のたまを思い浮かべて願いを宇宙に写し出す。

 

 自分が世界に溶けていく感覚、今までで最も強くそれを感じる。

 

 だけど自分を見失ったりはしない、光の中にキラを感じる、ふわふわちゃんを感じる、未だに眠る相棒達の気配も感じる。誰かを感じられればそこには自分がいる。だから僕はここにいる。

 

 光が消えていく、気が付くと僕はふわふわちゃんに乗って空を飛んでいた。

 

「ここは………」

 

 見覚えがある………なんて言葉では表せない、ここはアサギシティだ。夕暮れの故郷の空を僕は飛んでいた。

 

 僕とミカンで作った心の世界、だからこそ生まれ故郷のアサギシティを模して作られたのか?自分の心なのにそれが分からない、そういう物だと思うしかないのか?

 

『ユーリ………なんかへん。また眠くなっちゃう』

「マヒナァ………」

 

「キラ!?ふわふわちゃん!?とにかく地上に降りよう!」

 

 僕の超能力で補助しつつ地上に降り立つ、苦しんでいる訳ではなさそうだが明らかに様子がおかしい。

 キラを抱っこしつつ、ふわふわちゃんの頭を撫でる。コレはなんだ?力が抜けている?違うな、休眠状態に誘導されていると表現するのが一番正解に近そうだ。ともかくキラとふわふわちゃんをボールに入れよう。

 

『ごめんねユーリ、おむかえ行けない………』

「ぴゅーい………」

 

 申し訳なさそうに眠りに付く2匹を撫でてからボールへと収める。残念だけど僕1人で行くしかないようだ、

 周囲を見渡す、ここはアサギシティの大通りだ。普段なら帰宅する人や買い物する人で賑わいをみせているの通りのはずだ。

 

「人がいない?ポケモンもいない………」

 

 当然ではあるのか?僕とミカンの心で作った世界なら他の人間やポケモンはいなくても当然か?

 だがそれだけではない気がする、それ以外にも何か違和感の原因が………

 

「風だ、潮風が吹いていない」

 

 心細くてつい声に出してしまう。頬を撫でる風の感覚も、運ばれて来る潮の匂いもこのアサギシティには存在しなかった。

 人もポケモンもいなければ風も吹いていない港街、僕の生まれ故郷のはずなのにそれに気付くと別の場所に思えてくる、

 ミカンは僕に会いに来る様子は無い、夕暮れの光だけが僕を迎えてくれる。だけどミカンはこの街のどこかに必ずいるはずだ。

 

「多分あそこだ、間違いない」

 

 夕焼けに染まった灯台を見つめる、きっとミカンはあそこで泣いている、そんな気がした。

 

 

 

 僕は超能力で飛んだりはせずに歩いて灯台へと向かった。急がなくてはいけないのは分かっているがこの街にミカンを知る為の何かがあるような気がしたのだ。

 街並みは僕の記憶と変わらないように思える、隅々まで調べてる訳ではないが今のところおかしい場所は見当たらない。

 

「あっ……」

 

 灯台の近くの商店街の外れ、そこに懐かしい建物を見つけた。お婆ちゃんが一人で切り盛りしていた小さな雑貨屋さんだ。

 ミカンと灯台へ遊びに行くときは何時もここに寄っていた、少しだけ置いてあるお菓子を買いにこの店に通っていた。お婆ちゃんは僕達がお菓子を買うとおまけでもう一個お菓子をくれた。

 

 今にして思えばお婆ちゃんは僕達の為に店にお菓子を置いてくれていたのかもしれない、だかその真相を知ることは出来ない。

 僕達が6歳になって少し経った頃に雑貨屋さんは無くなってしまった、お婆ちゃんが体調を悪くして店を続ける事が出来なくなったからだ。お婆ちゃんは治療のために息子さん家族の住むコガネシティへと行ってしまった。

 旅の途中のコガネシティでお婆ちゃんを探した事がある、だが僕の超能力を駆使しても見つける事は出来なかった。

 

 今ではこの場所に2階建ての民家が建っていたはずだ、なのにこの世界では雑貨屋さんがあの頃と変わらずにそこにあった。

 中に入ってみるとやはり無人だ、で昔より少し狭く感じる。店内は夕焼けに照らされて主のいないまま静寂を保っていた。

 この場所に雑貨屋さんが建っているのを望んだのは僕か?それともミカンか?答えはミカンに聞けば分かるのだろうか。

 

 灯台の入口に着く。小さい頃に超能力で飛んで頂上まで行った時に管理人のお爺さんにこっぴどく怒られてた苦い経験がある、それ以来僕はこの灯台は自分の足で登る事にしている。

 一年ぶりの灯台の中にも人はいなかった。観光客は新しい灯台の方へ行くので人気のないところではあるが管理人もいない、無人の灯台を1人で静かに登って行った。

 

 灯台の頂上にアカリちゃんはいなかった、だけどミカンはそこにいた。あの頃と同じで膝を抱えて座り込むミカンの表情は見えない。

 

「ミカン」

 

 名前を呼ぶと少し肩が震えた気がした、返事は返ってこない。

 

 僕はミカンにの隣に座り込んだ、この場所だと影になって夕焼けすら僕たちを照らしてはくれない。

 

「すごい探したよ………ていうのは変かな?ずっと一緒にいたはずなのに宇宙を通らなくちゃここまで来れなかったんだ。おかしいよね?ものすごく遠回りだ」

 

 少し笑いながら語りかける。ミカンから返事はなく表情も見えない、膝を抱えて俯いたままだ。

 

「色々話したい事があったんだ、ミカンの話も聞きたかった。僕がミカンといない間に僕がどんな事をしていたか教えたかった、ミカンがどんな事をしてたのか知りたかった」

 

「………知ってるよ、ユーリが何をしていたか」

 

「ミカン?」

 

 表情は見えない、俯いたままミカンがポツリと返事をしてくれた。

 

「ここにいる間にずっと見ていた、ユーリがガラルで旅する様子を、ユーリがジムチャレンジする様子をずっと見ていた」

 

 僕のジムチャレンジの様子?アサギシティではなくて?僕の記憶を見たと言うことか?

 

「ユーリは楽しそうだった、ガラルで友達になった人達、仲間になったポケモン達と一緒に旅をしてた。色んな景色を見て、いろんな物を食べて、色んな人に出会っていた。本当に楽しそうだった」

 

「そうだね、ガラルでの旅は本当に楽しかった」

 

 僕のガラルでの旅の光景をミカンは見たのだろう、僕が自分の過去の光景を知ったように。僕の心の中にいたならそういう事も出来るのだろう。

 

「ユーリは私が側にいなくても笑えるんだね、ユーリは私が知らない人とでも仲良くなれる」

 

「ミカン?」

 

 ミカンの声が震えている、何かを堪えるように声を絞りだしている。

 

「私は………私は駄目だよ、ユーリがいないと笑えないし、ユーリが知らない人とは仲良くなれない。私の………私の旅には何もなかった」

 

「ミカン………そんな事は………」

 

「私はね………ジョウトで旅をしても何も見てなかった。私に親切にしてくれた人達にだって突き放す態度で接した、ユーリみたいに困っている人を助けたりしなかった。ガラルでも同じで何も見てないし何も得ていない、ユーリと一緒に居られるなら、それでいいと思っていたから」

 

「ミカン………」

 

 本当に何も得る物はなかったのか?旅の途中で学んだ事は何もないのか?そんな事はないと思う、ミカンは優しい女の子だ。

 

「アサギシティのみんなにも酷い態度をとった、チームのみんなを避けて、ユーリのお母さんやセンリさんやユウキ君も避けて、近所の人も避けて、お世話になって来た人達に背を向けた。私もみんなを捨てればユーリとまた一緒に居られると思ったから」

 

「捨てる?なんでそんな事を………」

 

 僕がみんなを捨てた?僕が行方不明になっていたのをそんな風に思っていたのか?

 

「ユーリが私を捨てて行ってしまったと思ったの、ユーリは身軽になりたいと思ったじゃないかって、帰ってこなくなったのは私達の期待が嫌になったんじゃないかって、弱い私達を守るのに疲れちゃったんじゃないかって」

 

「ミカン、僕はそんな事思ってないよ」

 

 そんな事を思うはずがない、僕の考えが足りなかっただけだ。こんなにもミカンを追い詰めていたなんて………

 

「うん、ユーリはそんな事を思ってなかった。ユーリは生まれて初めて負けて悩んで苦しんでいた。私はそんな事も分からなかった、無敵のユーリが自分の力を疑ってるなんて思いもしなかった、ユーリの事ならぜんぶ知っているつもりだったのに」

 

「ごめんねミカン、僕のせいだ。僕が格好をつけてたせいで勘違いさせたんだ。ミカンもレックスの力で過去の光景を見ただろ?それで分かったはずだ」

 

「レックス君の力?過去の光景?………ごめんね、ユーリの言っているの事がわからない」

 

「えっ!?」

 

 ミカンには見えなかったのか?半径50kmも射程があるのに僕の心の中は射程外なのか?

 

「ごめんね………やっぱり私はユーリの事がなにも分かってない、強くなればユーリがまた一緒にいてくれると思って殿堂入りしたけど、それも間違いだったね」

 

「ミカン、わからなくも大丈夫だよ、混乱させてごめんね」

 

 僕と一つになってから外の様子は見えていないのか?ムゲンダイナや幻影達も見ていない?僕達のためにみんなが力を貸してくれた事も?

 

「ミカンはどこまで外の様子を覚えているの?僕とスタジアムの天幕で会ってからの記憶はどう?」

 

「私が………委員長の演説でアクロマさんに騙されてたって気付いて……ユーリに知らせなくっちゃって会いに行って……ユーリを抱きしめて………ユーリの力が戻るように願って………そして」

 

「そして?」

 

 やっぱりアクロマの奴はミカンに色々吹き込んでいたんだろう、僕と“キズナヘンゲ“するように誘導したんだ、あの前髪野郎め。

 

「そして気付いたらここにいた、それからずっとここでユーリの旅を見ていた。ここはユーリの心の中なのかな?ユーリの記憶が見えたからそう思ったの」

 

 ミカンがようやく顔を見せてくれた、目を真っ赤に腫らして泣いていた。ミカンはやはり1人で泣いていたのだ。

 

「ここは僕とミカンの心が合わさった世界だよ。キラにお願いして作ったんだ、ミカンを迎えに来たんだ」

 

「私の世界も………そっか、このアサギシティが私の心なんだね、多分海の向こうがユーリの心、私は海の向こうでユーリの旅を見たの」

 

「海の向こう?」

 

 灯台から海の向こうを見る、あれは………カンムリせつげん?間違い無い、世界樹と神殿のある山が見える。

 

「向こうにはね人もポケモンも居たしアサギシティもあった、みんな楽しそうだったよ?きっとあれがユーリの見てる世界なんだね」

 

「僕の世界………」

 

 どうなんだろう?向こうには家族がいて、友達がいて、仲間がいるのかな?僕の心には彼等が住んでいるのだろうか?僕が思う彼等が。

 

「でも私のアサギシティには誰もいない、私が捨てちゃったから誰もいない。チームのみんなも、ユウキ君も、ユーリのお母さんもセンリさんも、アカリちゃんも、街のみんながいないの………父さんもいない」

 

「捨てたから………みんないない?」

 

 そんなに簡単に心から捨てられるのか?自分の中の彼等を追い出せるものか?そんなはずはない。

 

「ユーリは来てくれたんだね………嬉しいよ………だからね」

 

「ミカン………」

 

 ようやく分かった、ミカンが何を思っているのか。僕にこれから何を言うのかも。

 

「私はここに置いて行って、私の場所はここにしかない」

 

 ジガルデ、君の懸念は杞憂だったよ、ミカンは誰かを不幸になんかしない、僕を閉じ込めたりなんかしないよ。

 

「ミカン、そんな事言わないで一緒にここを出よう、キラも迎えに来てくれたんだよ?また眠っちゃったけどね」

 

 なんでキラとふわふわちゃんが眠くなってしまったのか分かった。

 ミカンは誰かに自分を見てほしくなかったのだろう、だから眠らせた、意識的なのか無意識なのかは分からないがここは心の中だ、その主なら可能だろう。

 

 さっき僕が自分が力を振るうところをホップやレックス達に見られるのを恥じたように、ミカンは自分を許せないでいるのだ。アクロマに騙されて間接的にブラックナイトの手助けをしてしまった自分を。

 なら僕がミカンにしてあげる事は決まっている、レックスやみんなが教えてくれた。

 

「駄目だよ………私に帰る場所なんてないよ。だからここにいさせて?ユーリの心の隅でいいから私を置いて?お願いユーリ………」

 

「ミカンが側にいてくれるのは嬉しいよ、でも心の中じゃなくて隣にいて欲しいな。この中からじゃ外が見れない、僕はミカンと一緒に新しい景色が見たい、一緒に知らない物を見に行こうよ」

 

「お願いユーリ………私はここでいいの。私の知っている物に囲まれてユーリの中に居たいの………」

 

 やはり見せてあげないと駄目だろう、レックスがしてくれたように僕もミカンに自分を許せる様に気付かせてあげよう。

 

 レックスを想う、大地から記憶を辿ったなら、記憶の積み重ねで出来ている心で出来たこの世界でも可能なはずだ。

 僕の右手に蒼い光が集まる、この世界からミカンの過去を集める、ミカンの過去の旅を読み取って行く。

 

 ………やっぱりそうだ、ミカンは優しいままだ、力より尊い物を確かに持っている。

 

「ミカン、これを僕と一緒に見よう。僕の知らないミカンの旅を君の口からも教えて欲しい」

 

 僕は蒼い光を隣のミカンに差し出す、ミカンはそれが何なのかわからずに戸惑っている。

 

「私の………旅?ユーリと一緒に?」

 

「うん、行こうよミカン。きっと自分を許してあげられる、ついさっき僕も教えて貰ったんだ、過去の自分の許し方を」

 

 ミカンは蒼い光を見て怯えている、きっと自分を見つめ直すのが怖いのだ、その気持ちはよく分かる。

 

「大丈夫だよミカン、怖いなら僕も一緒に行くよ。昔見たいに手を繋いで行こう」

 

「あっ……」

 

 そのままミカンの手を取る、一つになっている僕らなら一緒に過去を見れるはずだ、さっきミカンが僕の記憶を見たように。

 ミカンのジョウトの旅が巡る、ガラルでの旅が巡る、僕と手を繋ぎながらミカンは自分の旅を見ていた。僕も一緒にミカンの旅を見ていた。

 

「やっぱりミカンは全部捨てたりしていないよ、ジョウトでもちゃんと人を助けてる。武とは己と他者を護るための力、活人拳の教えをちゃんと体現してるよ」

 

 ジョウトの各地でミカンは先を急ぎながらも、ロケット団の残党に脅されたり襲われていた人をちゃんと助けている。見て見ぬ振りなんてしていない、助けを求める人の声にちゃんと応えている。

 格闘家だったミカンのお母さんの教えを、人を活かすための活人拳の教えを守っている。僕が母さんとの約束を守るように、ミカンも拳を正しく振るっている。技の名前は物騒だけど。

 

「それにガラルでもちゃんと人を助けてるね、プラズマ団の残党やアクア団にマグマ団、見覚えのない組織もいるけど悪い奴等からガラルの人を護っていたんだね」

 

 仮面とバトルアーマーを付けて颯爽と現れるミカンはまるでヒーローだ、トーナメントでミカンの人気が高かったのは強さだけが理由ではなかったようだ。

 

「アクロマさんに言われてやってただけだよ………あの人の計画の邪魔になる人達をユーリに危害を加える悪い奴等だって吹き込まれただけ、馬鹿な私は騙されてただけ、ガラルの人を護った訳じゃ………」

 

「そうなの?でもジョウトでは誰かに言われた理由ない。それにお礼を言ってる人は嬉しそうだよ?安心した顔で笑顔でミカンにお礼を言ってる。ミカンは人を笑顔にしてるよ、凄い事だ」

 

「それは………」

 

「ジョウトでお礼を言われたミカンは笑ってるよ。お互いが笑顔だ。ガラルでもきっとそうだね、仮面はやっぱりよくないかな?ミカンの笑顔が見れない」

 

「私、笑えてた?気付かなかった………」

 

「みんなで一緒にカレーを食べた時にも笑ってたよ?口元だけ見えてたからね、カレーもおかわりしてたし」

 

 ミカンはカレーが大好物だ、特に辛口を好む。そういえばミカンのお父さんだけ甘口を食べていた、ミカンのお母さんはカレーを作る時には両方の味を作っていた………僕も甘口の方が好みだったな。

 

「それは………お、美味しかったから………」

 

「ソニアさんは料理が上手だからね、また頼んで作って貰おうよ、みんなで一緒に食べよう」

 

「………駄目だよ、私はガラルに酷い事をした。騙されてローズ委員長の企みに手を貸してた」

 

 悪いのはあの前髪野郎とローズさんだと思うけど、ミカンはそれでは納得しない。責任感の強いミカンは少し極端なところがある、一度思い込んだらそれを翻すのは難しいのだろう。

 

「悪い事をしたと思ったなら謝りに行こう、僕も一緒に謝るよ」

 

 灯台の管理人に怒られた時にも、ミカンは僕と一緒に謝ってくれた。小さい頃と、色んな人に怒られて謝る時にはミカンは一緒にいてくれた。だから僕がそうするのは当然だ。

 

「………謝って済むことじゃないよ、取り返しがつかない」

 

「取り返しはつくよ、今もみんなが懸命にムゲンダイナを止めている。まだ間に合うよ、僕達も一緒に行こう」

 

「ムゲンダイナ、あの子達を………」

 

 ミカンはムゲンダイナを知っているのかな?アクロマの元に居たなら見る機会もあったのかもしれない。

 

「隣に居てほしいんだ、ミカンには隣に居て欲しい」

 

 偽らざる本音を、素直に伝える。心だけでは足りないのだから。

 

「ユーリ………」

 

「離れてもキズナは無くなったりしないよ、だから僕と一緒にここを出よう。心の中じゃなくて、僕の隣で笑顔で居てほしい」

 

 昔と同じ様にミカンを抱きしめる、ミカンは泣きながらも受け入れてくれる。

 

 気が付くとアサギシティは夜になっていた。夕暮れは終わり夕焼けの光はすでにない、だけど僕達は暗闇に包まれてはいなかった。

 

「あっ………」

 

 アカリちゃんがそこに居た、彼女の放つ光が僕らを包んでくれている。見慣れた優しい光がそこにはあった。

 アカリちゃんだけじゃない、アサギシティには光が灯っていた。人々の営みが生む街の明かりが、アサギシティ自慢の夜景が夜の街が美しく輝いている。

 

「全部終わったらアサギシティにも一緒に帰ろう、みんなに心配かけてごめんって一緒に謝ろう。アカリちゃんに会いに灯台にも行こう」

 

 きっと現実の輝きはもっと美しいはずだ、そうに決まっている。

 

「あの輝きを確かめに行こうミカン。ここはゴールじゃない、僕達の旅はまだ途中だ」

 

「………うん」

 

 ミカンは笑って返事をしてくれた、涙でくしゃくしゃの笑顔だけどとても綺麗だ。

 

『行こう!!いっしょに帰ろう!!キラキラ見に行こう!!』

 

 ボールからキラが飛び出す、僕らの上を飛び回るとミカンの胸に飛び込んだ。ミカンはそれを受け入れてやさしくキラを抱きしめている。

 

「マヒナペーア!!」

 

 ふわふわちゃんもボールから飛び出す、すり寄せて来る頭を僕は頬で受け入れる。

 そして海の向こうからこちらへ飛んで来る影を見つける、僕はそれが誰だか知っている。僕の中で眠っていたもう一人の兄弟だ。

 

 赤と青のオーラを纏ったオーキスが、灯台の前で静止する。久しぶりの再会は心の中だった、もう一人の僕はやはり僕の中で僕を見守ってくれていた。

 

『行くのだろうユーリ?ポケモントレーナーとして』

 

 オーキスの思念が響く、やっぱりオーキスは僕の事を僕以上に理解している、もう一人の僕はなんでもお見通しだ。

 

「そうだねオーキス、超能力者じゃなくてトレーナーとしてムゲンダイナ達にも贈り物をしよう」

 

『デルタ達の欠片も集めておいた、奴等もボールの中でウズウズしている。久しぶりに我等の力を合わせる時だ』

 

 そうだね、でもそれだけじゃないよ。

 

「新しい仲間もいるんだ。この子はふわふわちゃん、元の世界にもまだ仲間がいるよ、戻ったら紹介するね」

 

「ぴゅーい♪」

 

『知っているさ、眠っていても私達はお前と旅をしていた。私達は常に共にある、離れていてもそれは変わらない。そうだろう?』

 

 僕はガラルを旅してようやくそれに気付いた。でもオーキスは最初から分かっていた、やっぱりオーキスは頼りになる。

 

「行こうミカン!みんな!僕達を待っている人達の所へ!」

 

 アサギシティ夜の灯台にみんなの声が響く、僕たちが死ぬまでいたい場所はここじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イベルタル!!“ダークオーラ“に集中だ!!みんなを強化しろ!!攻撃は牽制でいい!!」

 

「ゼルネアスもお願い!!“フェアリーオーラ“を絶やさないで!!」

 

 戦場に加勢に来たカルムさんとセレナさんのポケモンのオーラは“あく“と“フェアリー“の技を強化してくれる、牽制と言ってるけどその攻撃は確実に幻影達を撃破している。

 ポケモン達が強力なのもそうだが指示を出している2人も凄い、無駄無くOPを誘導して攻撃と援護を同時にこなしている。

 

「サーナイト!!“ダイフェアリー“」

 

 メガ進化をしながらダイマックスしたカルネさんのサーナイトはムゲンダイナに有効なダメージを与えている。今の戦場での軸は間違いなくあの人だ、やはりチャンピオンは凄い初めてのはずのダイマックスを使いこなしている。

 

 レッドさんとグリーンさんには疲労が見られる、スタジアムで激戦を繰り広げていたから仕方がない。モニターで見てたけどあの状況を切り抜けた後に戦えているだけでもおかしいのだ。

 

「ザマゼンタ!!無理しちゃだめだぞ!!援護を中心に立ち回るんだ!!」

 

「ザシアン!!攻撃は確実に離脱出来るタイミングだけでいい!!君達が倒れたらまた技が出せなくなる!!」

 

 ホップと兄さんも辛そうだ、伝説のポケモン達を指示するのは消耗が激しいのだろう。初めてで特殊な力を使っていればなおさらだ。

 ダンデさん達も懸命に戦っているがやはり疲労の影響が出ている、僅かではあるが指示に精彩を欠いている。

 

 理由はムゲンダイナだ、一つになったムゲンダイナの厄介な所は再生能力、与えたダメージも倒した幻影も直ぐに復活してしまう。巨体と攻撃力も危険だがそこが一番の問題だ。

 

 ユーリ君はまだ帰って来ない、ウルトラホールの横で控えるコウキさんとヒカリさんの顔にも焦りが見られる。時空の制御は私の想像以上にOPを消耗するのかもしれない。

 

 そういう私もラビの指示に限界が来ている、隣のマリィも辛そうだ。闘志を失っている人はこの場に一人もいないが現実的な限界が訪れようとしている。

 何かが、場の流れを変える何かが必要だ。帰って来たユーリ君が戦える保証はない、ウルトラスペースの移動と世界の創造?で消耗しているかもしれない。

 

 戦況を変える一手が私には思いつかない。誰でもいい、何かをもたらしてくれれば………

 

「ちょ!?あれ何!?えっ、えっ!?お婆さま!?」

 

 ソニアさんの驚きの声、戦場ではなくシュートシティを見て驚いている。地響きを伴った足音が聞こえた方角に私も目を向ける。

 

「うえっ!?な、何!?」

 

 300人はいるであろう人の集団がシュートシティからこちらへもの凄い勢いで走って来る、全員が手には光る玉をもって汗をかき息を切らしながも全速力だ。手に持ってる玉は………モンスターボールじゃない?何だあれは?

 驚きの理由は人数だけではない、集団はほぼ全員が中年男性………要はおじさんで構成されていた。何故かボールガイ達も大勢混じっている。あの偽マスコットはあんなに存在してたの?30人は確実にいる。

 

「きんのたまおじさん達だぞ!!まだガラルにたくさん残ってたんだ!!」

 

 駆除しきれていなかったのか?あんなに潜んでいたなんて………

 

 そしてソニアさんの動揺の理由は彼等が担いでいる御輿だ、何故か中央の人達は御輿を担いでいる。

 御輿の上には3人が堂々とした姿勢で立っている。作衣を着たお爺さん、ピンクのスーツを着たおじさん、そして…………マグノリア博士だった、それを見てソニアさんは口を開けたまま放心している。

 

「みんなー!!これを受け取るボル!!とっておきのプレゼントボル!!行くボル!!」

 

 先頭のボールガイの宣言を合図におじさん達が手に持った光る玉を次々と私達に投擲してくる。放物線に光の尾を描いてトレーナー達に降り注ぐ謎の玉、上手くキャッチ出来ずに激突しているトレーナー達も何人かいた。

 

「マリィ危ない!」

「きゃっ?」

 

 私はマリィと一緒にその光る玉を避けた、何故か気持ちが悪いので咄嗟に避けてしまった。得体の知れない玉が2つ地面に転がり光りを放っている。

 

「凄いぞ!!力が溢れて来る!!消耗したOPが回復してるぞ!!」

 

「えっ………ホップ使っちゃたの?」

 

 ホップの手に輝きを失った玉、“きんのたま“が握られていた。やっぱりあれか………しつこく押し付けられそうになった経験がトレーナーになら誰にでもある。

 

「凄い!!これならまだ戦える!!」

 

「に、兄さんまで………」

 

 兄さんの手にも使用済みの“きんのたま“が握られている。そういえば兄さんは昔、おじさんから嬉しそうに“きんのたま“を受け取って母さんに怒られてたな………

 

 マリィは嫌そうに地面の光る玉を見つめている。周囲を見ても多くの男性トレーナーは回復した力を喜んでいる様だが、女性トレーナーの顔は曇っている。

 サイトウさんは玉を使おうとするオニオン君を羽交い締めで止めている、メロンさんはマクワさんの掴んだ玉を手ではたき落としている、カルネさんなんて完全に玉を無視している。

 

「何をしてるボル!?それはデルパワーとOパワーがギュギュッと詰まった“きんのたま“ボル!!おじさん達の特別な“たま“ボルよ!?ユウリ選手!!マリィ選手!!早く使うボル!!」

 

「え、えぇ………?」

 

 ボールガイの一人が私達に向かって叫ぶ。正直嫌だ、生理的に受け付けない。だけどホップ達は本当に回復しているようだし戦況的にはとても有り難い、私が望んだ戦況を変える一手のはずだ………はずなのだ。

 

「ユウリ、貴女が戸惑う気持ちも分かります、最初はみんなそうなのです。だけど受け入れてください、今は一刻を争うのです」

 

「ま、マグノリア博士?」

 

 マグノリア博士が御輿に乗ったまま私に声をかける、薄々気付いていたが御輿に乗っているという事はマグノリア博士はこの集団の………

 

「ほらほら!!“ゴールデンボウル“ガラル地方責任者で最高幹部“銀の杖のマグノリア“のお墨付きボル!!シルバースタッフの智慧を信じるボル!!急ぐボルよ!!」

 

「銀なの?金なのに?」

 

 訳がわからない、いつの間にか隣に居たソニアさんなんて放心して白目を剥いている。ダンデさんに告白して返事を保留された時と同じぐらいショックを受けている。

 

「ゆ、ユウリ!しょ、しょんなか!!女は度胸ばい!!」

 

「あっ!?」

 

 マリィが止める間もなく地面の玉を力強く握ってしまった、光に包まれるマリィは目を瞑ってそれに耐えている。

 しょうがないので私も足で地面に転がる玉をつつく、足先から光が私を包み疲労とOPが回復していくのを感じる。

 

「ソニア、貴女には私の跡を継いで貰おうと思っています、だから玉を受け入れるのです」

 

 隣では白目のソニアさんの胸にマグノリア博士が玉を押し付けている、意識が薄そうなのがせめてもの救いだ。ソニアさんは………きんのたまおばさんになってしまうの?

 

「これで戦況は元通りや!!後は坊主を待ってこれを使うんや!!」

 

 御輿に乗っている作衣のお爺さんが懐からボールを取り出す、見た事のないモンスターボールだ。あれでムゲンダイナ達を捕まえろと?黄金に輝いてるのが少し嫌だな………

 

「オウッ!!ひしひし感じやす!!バリバリ覚悟完了のマイブラザー!!キズナの近づく気配を察知でございやす!!」」

 

 もう一人の御輿の上の不審人物が叫び出す、リズムに乗った意味不明な言動だ…………ん?キズナが近づく!?

 

「それって………まさか!?ユーリ君!?」

 

「きりゅりりゅりしぃぃ!!」

 

 上空に目を向ける、白く輝くウルトラホールの奥から龍の雄たけびが聞こえて来た。ムゲンダイナの物ではない力強い雄叫びだ。

 

「デルタ!!“がりょうてんせい“!!」

 

 ユーリ君の声が聞こえた、悲しみでも絶望でもない力強いトレーナーの技の指示が戦場に響いた。

 黄金を纏った龍が穴から現れる、雄々しく巨大な緑の龍が力強くその身を天に翻す。

 龍はそのまま天空へと昇り、凄まじい乱気流を伴って暗闇の雲を打払って行く、黄金の流星となってガラルの空に一筋の軌跡を描いて行く。

 

 一部だけ晴れたブラックナイトの隙間から夕焼けの光が私達を照らす、懐かしい温かさが私の心を再び奮い立たせる。

 私達の信じる気持ちは報われたのだ!彼は戦場へと帰って来た!

 

 ブラックナイトに終わりの時が来た、暁が訪れ夜明けはすぐそこまで迫っている。

 


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