列車に揺られて、ブラッシータウンを目指す。窓の外には見慣れた雪景色が広がっている。
「モキュー!?ピュー!?」
膝の上のふわふわちゃんが生まれてはじめて食べるアイスクリームに感動と驚きの声をあげている。
「ふむ、遠くから眺めていたときも感心したが実際に乗ってみると想像以上の素晴らしさだ、これ程大勢の民を乗せ、愛馬達に勝るとも劣らない乗り心地。余は敬服するばかりである」
レックスもご機嫌だ、リーザとイース、それにエレンと一緒に村長宅から持ってきたポケウノで遊んでいる、レックスはさっきからずっとビリだ。レックスはカードゲームが弱い、手札の様子を顔に出しすぎだ。
その点エレンはポーカーフェイスで強い、そもそも変化するフェイスではない。顔の点が点滅するぐらいだ………と思ったらモールス信号?
こいつ、リーザとイースにモールス信号で手札を共有してレックスを嵌めている。恐ろしい奴らだ。
ふと視界を窓に向けると、見慣れた雪景色はすっかり身を潜め、牧歌的な草原が広がっていた。ふわふわの白い羊の様なポケモンの群れでコロコロ転がっている、かわいい。ガラル地方のメリープかな?
メリープか……アカリちゃんは元気にしてるかな。記憶の中で微笑んでいる幼馴染の女の子の事は考えない事にした。彼女が驕っていた僕を本当はどう思っていたのか、それを紐解くのは恐ろしい事だった。
故郷に関係する事を考えると、どうしても家族の事を思い出してしまう。いつも笑顔で僕を送り出して、笑顔で迎え入れてくれる母さん、僕が家を出る度に次はいつ帰って来るのと涙目で尋ねてくる弟………そして父さんの事を。
父さんは、息子の僕から見ても誠実で立派な人間だった、アサギシティでも有数のトレーナーで、ほぼ間違いなくジムリーダーになる父さんは周囲の人間からも頼りにされていた。
そんな父さんと僕の最後の記憶は最低なものだ。
いや、最低なのは僕だけだ。結果を出し、周囲にチヤホヤされて調子に乗っていた時期。色々な意味で最後の旅にでる直前に、父さんは僕を呼び止めた。
僕は父さんが、体に気を付けろとか、頑張って来いとかそういう言葉をかけてくれるものだと思っていた。
しかし、父さんが僕にかけたのはまったく別のベクトルの言葉だった
お前はポケモンバトルをしていない、お前はまだポケモントレーナーになっていない。
その時、父さんが何を言っているのかわからなかった。誰もが認める主人公の僕が、これから伝説のトレーナーに挑戦する僕が、ポケモントレーナーではない?何の冗談だ。
僕は父さんの顔を見た、今までにないくらい真剣な表情、真っ直ぐな瞳で僕を見ていた。
そして胸に溢れてきたのは悲しみだ、この世界で一番僕を肯定してくれているはずの父親に否定された悲しみ。
さらにその悲しみはじわじわとか怒りに変わった。父親に諭された未熟な子供の反感、そんな幼稚な怒りを僕はそのまま父さんにぶつけた、最悪の言葉に乗せて。
僕の方が父さんよりも強い、だからそんな事を言われたくはないと。
その言葉を聞いても父さんは怒っていなかった、ただ悲しそうな、自分を責めるような、そんな顔をしていた。
そんな父さんの態度に新しい怒りを感じた。自分で言ったくせにそれを否定して欲しかった、父さんにトレーナーとして怒って欲しかったのだ、自分勝手で幼い怒りだ。
何か言葉を続けようとした父さんをに背を向けて、僕はそのまま旅立った。それ以来父さんとは会っていない。
それまで父さんは僕のトレーナーとしての活動に口を出した事がなかった、なのにあのタイミングでトレーナーとしての僕を否定した。
保有するOP、促進倍率、促進限界、手持ちのレベル、活動実績、そのどれを客観視しても、確かにあの時の僕は父を上回っていた。格上のトレーナーにトレーナー論を語る、それがどんな気持ちだったのか、ましてやそれが自分の息子となれば想像すら出来ない。
ただ、それ等を飲み込んでも父さんは僕を諌めようとしてくれていたのだ。トレーナーの矜持を捨ててまで、父親として僕の傲慢を諭そうとしてくれた。そのままではいずれ失敗を犯す息子を止めようとする、ひたすらに愛に満ちた言葉だったのだ。
そんな事も分からなかった当時の僕は、最悪の言葉を父さんにぶつけた。父さんの気持ち何て考えもせずに。
だから僕は怖い、家族に再会するのが怖い。
母さんはもうおかえりと言ってくれないのではないか、次に会った弟の瞳に、僕への失望が宿っているのでないか、そして父さんは僕に失望しているのではないか。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。昔の自分を知っている人に会うのが怖い。傲慢な振る舞いは悪意を持って自分に帰ってくるのではないか?知り合いではなくても僕を知っている人は大勢いるだろう。
だから僕は人が怖い、知っている人が怖い、知らない人も怖い。
自分がどうやって生きてきたのかわからなくなってしまった。
だから1年近く、人と関わらずに生活してきた。ポケモン達は僕のちっぽけな悩みなんて気にしない。知っても責めたりはしない。だから一緒にいて安心できる。
一生をポケモンだけと共に生きて行く、それは凄く居心地が良いことに思える。
ただ僕は責任を果たさなければいけない、壊した未来の辻褄を合わさなければいけない。数年後に訪れるであろう災厄を、どうにかして解決しなければならない。
その為には力を取り戻す必要がある、自分で解決するにしても、誰かに託すにしても、まずは彼等を再び覚醒めさせねばならない。
そのためには……
「ユーリ?どうしたのだ?乗物酔いか?」
レックスの声に意識が思考から現実へと戻ってくる。
ふと見ると皆が僕を心配そうに見つめていた。
ちいさくなるを使って、バドレックスと同じ位の大きさになったリーザとイース、それにエレン。その姿は何だかぬいぐるみみたいだなあと愉快な気分になってくる。
「ああ、少しだけね。列車に乗るのは初めてなんだ」
リニアに乗った事はあるけどね。
「なぬ?そうなのか……田舎者ばかりでは都会で侮られてしまうかもしれぬ……」
うむむと真剣に悩むレックスを見て、沈んだ気持ちは明るい方へと寄っていく。
「大丈夫だよレックス、これでも僕はあのミアレシティにも行ったことがあるんだ」
カロス地方を旅してる時には、あの街のホテルを拠点にしてた、ラティに乗せて貰って、テレポートも併用すれば大体の所は日帰りで行ける。
「なんと!あのポケカノ5期の舞台にもなった花の都にか!ならば安心である」
よくわからない安心の仕方をするレックス、知識の偏りが加速してるなあ。
「ぴゅい、ぴゅーい?」
ふわふわちゃんから街って何?的な思考を感じたので、アイスで汚れた口元をハンカチで拭いてあげながら答える。
「そうだなぁ、人が一杯住んでいる所だよ」
「ぴゅい?もきゅ……」
ふわふわちゃんは何だか不安そうだ、知らない人が多いのは怖いのかな?僕も怖い。
「でも、美味しいものもたくさんあるよ」
「ぴゅーい!」
元気になった、素直でよろしい。
しかしお婆さんに託されたこのふわふわちゃん、実に不思議なポケモンだ。村の近くで保護したらしいが、今まで見たこともないポケモンだとも言っていた。
どこか宇宙を思わせるふわふわボディは神秘と愛らしさを同居させている。
そして何より、この子の種族としての資質は間違いなく伝説級だ。生まれたばかりで保有OPはそこまでだが、内なる小宇宙は黄金聖衣級だ。
しかも2回進化して、さらに分岐するみたいだ。この子のOPを観察して分かった時は驚いた、進化する伝説のポケモンが存在するなんて。
フォルムチェンジでもメガ進化でもなく進化、伝説のポケモンとは完成された生き物の形であるという僕の認識はたやすく覆された。
そして僕の中に1つの仮説が生まれる。
冠の雪原、もっと言えばガラル地方。
ここはポケモン第7世代の舞台ではないのだろうか。
僕の知識でのポケモンはオメガルビーサファイアが最新作だった。しかし、ポケモンというコンテンツの人気を考えれば、当然続編は発売されるだろう。その舞台こそがガラル地方なのではないか。
理由はもちろんレックス達だ、冠の雪原には本物の伝説級のポケモンが多すぎる。
ローカルなポケモンの伝説はそこら中に転がっている。だが実際は、伝説にうたわれる程のOPを保有しているポケモンは少ない。僕が実際に調べた事例では、せいぜいOP3000前後の既知のポケモンだった。
しかし、ゲーム上で伝説のポケモンと呼ばれていた奴らは違う。最低でもOP6000あり、アルセウスは9500以上は確実にあった。
レックスの事も、当初はローカルなご当地伝説ポケモンと思っていたが、村長からキズナのたづなというアイテムを受け取りほぼ全盛期の力を取り戻したレックスのOPは大体8500。
この数値なら、ゲームのパッケージに選ばれてもおかしくはない。売上を考慮しないのであれば。
そうやって、彼等を知識に当てはめ、創作物の存在とみなすのは彼等に失礼で傲慢な考えだと理解している。
でも、どうしても不安になってくる。ガラル地方には主人公が居て、彼もしくは彼女がレックスと共にガラル地方を悪の組織から救うのが正しい未来なのではないかと。
実際、この世界にゲームの主人公に相当する人物は存在した。コウキとヒカリ、トウヤにトウコ、カルムにセレナ、彼等とは共に悪の組織と戦い勝利した。
だから不安になる、僕はレックス達と共に居て良いのかと、共にいる事が新たに未来を壊す結果に繋がるのではないかと。
「ムム、勝てぬ…何故だ、教えてくれユーリ!」
だが無理だ、レックス達と離れるのは。今の僕の心は彼等を失うことに耐えきれないだろう。
「レックス、スキップはもう少し温存した方がいい」
「なんと!」
やはり僕は主人公ではない、卑怯な臆病者だ。
今も昔も伝説のポケモンに囲まれて、自尊心と孤独を満たす愚かな伝説厨。
それが僕だ、そんな奴が主人公であるはずがない。