自分はかつて主人公だった   作:定道

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38話 あれもラブ?これもラブ?

 

 ローズタワーの頂上、そこに設置してあるモニターでも肉眼でも戦場の輝きを見る事ができた。

 私は本当に幸運だこんな光景を見れる事は滅多にない、本当に美しい輝きだ。

 

 一人の少年の究極のエゴ、この世で最も強い超能力を手放す無責任で愚かな行為、他者への慈愛に満ちた身勝手な価値観の押し付け。

 欲望の発露の究極の形だ、たまらなく美しいケモノの生き様がそこにはあった。

 

「美しいと思わないか?あの輝きは欲望そのもの、ケモノとしての純粋な生き様があそこにはある。滅多に見れる物ではない」

 

「くだらん、自分から力を手放す愚かな行為で人間の醜さの極みだ。力を望むくせに否定する嘘つき共の傲慢でしかない」

 

 アインス達は面白くなさそうだ、それもまた良し。ミュウツーとしての存在意義を力に見出すこいつ等には理解し難い光景だろう。

 

 U2は答えずに戦場をじっと見つめている、皆に囲まれて眠る少年を瞬きもせずに見つめている。この姿もが見られただけでもガラルに来たかいがあったというものだ。

 自身の発言を翻してまでU2と共にガラルまでやって来た、アインス達を助ける為なのも嘘ではないがU2にこれを見せたかったのも理由だ。もちろん私も見たかったのも否定しない。

 

「どうだU2?満足できたか?お前のオリジナルであるユーリを見て何を感じた?」

 

「別に、馬鹿な奴だって以上の感想はない」

 

 素っ気ない返事とは裏腹に熱心と戦場の様子を見ていた、実にケモノらしく育ってくれて感動を覚える。幼い頃のブラックを思い出す反応だ。

 

 U2計画の唯一の成功例、“Unlimited 2nd“の名前を手に入れたこの子は人でもポケモンでもない新しい生命。ユーリツーの呼称は嫌がるのでコードネームそのままのU2が彼の名前だ。

 ユーリの己と他者の限界を取り払う力、それを僅かにではあるが発現させるこの子は今後の計画の要でもある。その成長は喜ばしい。

 

「今後ユーリの周辺は騒がしくなるぞ、無敵の超能力の盾を失った彼は絶好の獲物だ。今まで潜んでいた者達が続々と彼を狙う、その前に挨拶でもして来たらどうだ?」

 

 私の部下や下部組織も当然動き出すだろう、私はそれを止めるつもりはない。私の意に反しない欲望を否定などしない、レインボーロケット団は悪の組織なのだから。

 

「必要ない、僕がアイツから学ぶ事はもうないよ。クラス17の超能力を失った奴は完全に下の存在だ、会う必要すらなくなった」

 

「そうか?まあ機会なら他にもあるだろう」

 

 きっとあの少年はレッドやグリーンと共に私に立ち向かうだろう。無敵の超能力を失っても関係ない、あの少年の欲望は必ずや私の欲望に異議を唱える。

 その時が楽しみだ、せっかくの舞台には出演者は多い方がいい。私と共に踊るなら格が必要だ、あの少年には資格がある。

 是非とも互いの欲望をぶつけ合おう、全力で互いのエゴに刃を突きつけるのだ。

 

「それで?アクロマの奴はどうする?折を見て連れ出すのか?」

 

「いや、手出しは無用との事だ。自らの手で抜け出すらしい」

 

 もっとも、そこにアクロマの意思があるかは疑問だが契約はそうなっている。契約は守らなくてはならない、それが悪に生きる者にとっての唯一のルールだ、掟を破ればケモノですらなくなる。

 

「ふん………あの様子だぞ?とても抜け出せる気力があるようには思えんな」

 

 拘束されているアクロマは正に茫然自失といった様子だ、己の道を失った憐れな男の姿だ。まさに欲を失ったケモノの末路だ。

 

「そうだな、一ヶ月経っても音沙汰が無かったら連れ出してくれ。それまでは手出しはするな」

 

「チッ、面倒だな………分かった、了解だ。」

 

「助かるよ、少し待ってやろうじゃないか。もしかしたら新たな欲望を見出すかもしれない」

 

 さて、次に会うアクロマはどっちかな?答えは再開するまで分からない、それも楽しみの一つだ。

 

「さて、そろそろ時間だな。名残惜しいが帰るとしよう」

 

『少し時間をくれないか?汝等と話がしたい』

 

 突如として響く威厳に満ちた思念、アインス達は後ろに突如現れた存在に“シャドーボール“を放つ。

 急いで後ろを振り向く、放たれた攻撃はオーラによってかき消されていた。並の存在なら一撃で屠るエネルギーの塊がまるでシャボンの様に容易く割れた。

 

「まさか………」

 

 私の身体が震える、圧倒的な存在への恐怖からではない。歓喜に震えている。

 伝説のポケモンアルセウス、神話では世界を創造したとまで語られるポケモン。神と崇める者もいる神話そのものが私の目の前にいた。

 

「時間などいくらでも作ろう!!貴方とは是非とも話がしてみたいと思っていた!!」

 

 いったい何を語る!?それとも世を乱す私達を粛清しに来たのか!?

 それでも受け入れよう!!受け入れて全力で抗おう!!私の欲望が神にすら認められた証明だ!!

 

『そう長い話ではない。まずは警告だ、これ以上ウルトラホールの先から何かを持ち帰るのは止めろ。今後も続けるなら私自身が汝らを止めなくてはならない、それを理解してほしい』

 

「ふむ………随分と寛容だ、既に行った事には目を瞑ると?」

 

 随分と生温い裁きだ、因果の歪みを作れば超上の存在が介入する可能性を考慮して人やポケモンは連れて来なかったが、ここまで寛容になるのか?それとも別の理由があるのか?

 

『既に終わった事を消せはしない。だからこその警告だ、他の世界から何かを持って来なければそれで良い。他の行いを咎めるつもりはない、汝等の行いもまた人の営みの一部だ』

 

 私達の行いを咎めない?調和を司る神が?感情が湧き上がって来る、自身の考えが認められた喜びが身体中を駆け巡る。

 

「やはり善悪に違いなどは無い!!ケモノの欲望に貴賤などは存在しない!!我等は等しくこの世で生きる生命だ!!そうだろう!?アルセウスよ!!」

 

 私の問いかけに彼は少し迷う素振りを見せた、実に人間らしいその振る舞いに私はますます嬉しくなる。

 

『否定はしない、ただもう一つだけ汝等に伝える事がある』

 

「それは?まだ警告があるのか?」

 

 心当たりは多い、どれが彼等の境界線に触れているのか推し量る事は難しい。アローラでの計画か?ジェミニプロジェクトの事か?ミュウツー達の事か?それともU2計画の到達点か?

 

『警告ではない、これは願いだ。汝等に私からの願いごとだ』

 

「………願いごと?」

 

 U2が声に不満を滲ませて聞き返す、私も意外な言葉に驚きを隠せない。

 

『私は全てを愛している、汝らの事もだ。汝らも世界を愛してほしい、それが私の願いごとだ』

 

 そう言ってアルセウスはその場から消えた、その場にはなにも無かったかの様に忽然と姿を消した。あれは嘘偽りなどではないだろう。彼の心からの言葉だったはずだ。

 神ですらケモノだった、どんなに力を持っていても欲望から逃れられる生命など存在しないのだ。

 

「ふふ、さて帰ろうか………愛する我が家へ帰還しよう」

 

「気味の悪い事を抜かすなサカキ、勘弁してくれ………」

 

 どこか放心しているアインス達と共にウルトラホールを潜る、今日は本当に幸運な日だ。私の見たい物も聞きたい事も知りたい物も全部手に入れた日だ。

 己の欲が満たされる、そしてもっと寄越せと叫びだす。際限の無い欲望が私の中からどんどん溢れて来る。良い気分だ、実に素敵なブラックナイトだった。

 今度は私が招待してあげよう、舞台はどこにする?今から楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げようなどと考えるなよ、私達から逃れるなど不可能だ」

 

 ナックルシティへと向かう一時的な護送車両となった列車、その中で肉体的にも超能力的にも縛られたわたくしに声がかけられる。

 かつてイツキに倒された元マクロコスモス所属の超能力者達だ、エスパー協会への目くらましの為にローズさんがあえて向かい入れた彼等が、わたくしをナックルシティの地下研究所へと連れて行くために6人全員揃っている。

 だが、そんな言葉に意味などない。わたくしにはもはや逃げる意味などないからだ、それどころか生きる意味すら失ってしまった。

 

「ふん、だんまりなのは構わないが研究所では全てを話して貰うぞ」

 

 どうでもいい、話せばユーリ君の今の状況を詳しく教えてくれるのか?それならいくらでも話してあげよう。

 今までの断片的な情報からユーリ君は超能力自体は失っていないのは分かる。だがもはやクラス17の無敵の超能力者ではないのだろう、超能力の制御に苦労するユーリ君をイツキが指導しているらしい事は聞き取れた。

 己と他人の制限を取り払う力も恐らく健在だろう、だがあれだけではわたくしの望みは叶わない、無敵の超能力と揃って初めて永遠の輝きとなっていたのだ。

 

 ユーリ君は………間違った答えにたどり着いてしまった。奇跡を自らの手で放棄するという暴挙に出てしまった。

 いったい何故だ?わたくしは何を間違った?わたくしの計画は正しかったはずだ。

 事実ユーリ君は超能力を取り戻していたのだ、間違っているはずがない。

 

 列車は静かに走っている、揺れも少なく、座席の座り心地も最高だ。

 だがわたくしの心は揺れ動いている、久しく感じていなかった喪失の衝撃で揺らいでいる、揺るがぬはずの鋼の心にヒビが入ったかのようだ。静かな周囲に比べて、うるさいぐらいに己が軋む。

 

 ………本当に静かだ、あまりにも静か過ぎて思わず顔を上げる。

 

 わたくし以外の全員が眠っていた、超能力者達も警官もリーグの関係者もその全てが眠りについていた、そして周囲にピンク色の煙が薄く漂っていた、これは………

 

「ありがとう ポットん」

 

 車両の扉からやって来た女性がポットデスをボールに収める、何故ここに来たのか…………わたくしには分からない。

 

「このお香は凄い効果だね。ポットんに“アロマミスト“で拡散してもらえば私達以外ぐっすりだ」

 

「それはいざというときに使いなさいと言ったでしょう、ウカッツさん」

 

 ウカッツさんに渡しておいたゆめのけむりを生み出す特殊なお香。特定のOP以外の持ち主を眠りにつかせるRR団の道具、主に催眠術が聞かない超能力者相手に使われる物だ。

 

「んん?今がいざという時でしょ?シュートシティだと守りが固くて中々チャンスが無かったからね、ようやくチャンスが来たんだよ?」

 

 ウカッツさんは表向きには今回の計画に加担していない、少なくとも証拠や状況ではそうなる様に仕向けた、あくまでわたくしとローズさんに騙させたれた1人となる様に細工はしておいた。

 なのに何故わざわざわたくしを助けに来るのか?それとも自分の手で復讐したいのか?自分の研究を利用したわたくしを?ウカッツさんも気付いていたが研究成果を観測したいから黙認していたのではないのか?

 

 だが、それも悪く無いような気がする。せめて知っている人に終わらせて貰えるなら少しだけわたくしは救われる気がする。

 

「ささ!手早く済ませよう!ウルトラホールが使えないからね!」

 

 そう言って大ぶりな切断機器でわたくしの拘束を解くウカッツさん、まさかわたくしを連れて逃げ出すつもりか?報復が目的ではないのか?

 

「………何故わたくしを連れ出そうとするのですか?貴女はわたくしの行いを良くは思っていなかったはずです」

 

 周りを笑顔にがっちゃんこさせるのがウカッツさんの望みだったはずだ。ムゲンダイナの融合事例を観測した今、わたくしに利用価値などないはずだ。

 

「そりゃあ助けるよ?アクロマ君は友達だもんね、ギギギアル達も寂しがっているよ?」

 

「友達………ですか、友の悪事に加担するのが貴女の友情ですが?そんなものはおかしいでしょう」

 

 わたくしにだって分かる、友人とは間違った道を正してやらねばならない。正しくない行いにキズナは生まれない。だからわたくしには手に入らない。

 

「そうだね、おかしいよね。でも正しかったら友達じゃなくてもみんなが助けてくれるからねえ。最低のアクロマ君が間違ってたらせめて私が味方してあげないと一人ぼっちになっちゃうでしょ?」

 

「なんですかそれは…………最低の考えですね」

 

 久しく感じていなかった感情が胸に灯る、こんなものはキズナではない。だけど胸が温かい、冷たいはずの鋼の心が熱を帯びた。

 

「子供の頃にアクロマ君とギアルとがっちゃんこしちゃったからね。しょうがないよ、私もアクロマ君も最低同士で協力しよう?」

 

 笑顔でわたくしに手を差し伸べるウカッツさん、スクール時代とは変わってしまった少し悲しそうな笑顔。わたくしに微笑みかける彼女は輝いてなくても美しく見えた。

 

「そうですね、行きましょう。まずは彼等と合流しますか」

 

 ウカッツさんの手を取って立ち上がる、最低でも生きる事は出来る。

 そうだ、U2に協力して貰えばユーリ君が再び輝きを取り戻せる可能性もある。まずはその可能性を探ろう。

 

『意外だなアクロマ、お前もそんな風に笑うのか』

 

 突如届く機械音声の様な思念、発信源はいつの間にか反対側の扉の前に立っていた。冷たく光るポケモンを制御するアーマー、ここにいるはずがない侵入者だ。

 

「ミュウツー………違う!?中身がない!?貴方はまさか!?」

 

『ガラクタから奪っておいた“ソウルハート“が役にたったよ。保険は大事だな、3000年生きて改めて学んだ』

 

 アーマーの胸部が開き、どこかモンスターボールに似た球体が現れる。古い文献で見た事がある、あれは確か500年前にカロスで生み出された人造ポケモンの核、マギアナの“ソウルハート“。

 

『アクロマ、お前も他者に心を寄せるのだな?ちゃんと愚かで安心したよ、ワタシが利用するならそうでなくては』

 

 その意味に気付き、咄嗟にウカッツさんの前へ飛び出す。考えるより前に身体が動いた。

 

「あ、あれ………?」

 

 だが無駄だった、目の前にアーマーはいなかった。

 

 ウカッツさんの声に気付き振り向くと彼女は胸を貫かれていた。飛び出た無機質なアーマの手甲に、わたくしの歪んだ顔が映っている。

 

 言葉に出来ない衝撃がわたくしを襲う。ウカッツさんは超能力者だがクラス1ではローズさんとの違いは…………そして回復させる可能性があるユーリ君の輝きも既に………

 

『隙だらけな心だ、お前の頭脳はワタシが有効に使ってやるから安心しろ。まずは失った力を蓄えなくてはならない』

 

 わたくしは………わたくしは………ユーリ君を………ウカッツさんを………

 

『そうだ、この女を元に戻すならユーリが必要だ。ワタシ達の目的は一緒だろう?一つになろうではないか』

 

 そうだ、わたくしの輝きを………キズナをユーリ君に………世界の王に………

 

『さあ行こう、見つかればこの下等生物共でも厄介だ。用事を済ませてサカキ共と合流しなくては』

 

 そうだ………予定通りだったはずだ。わたくしの3000年の悲願を達成するのだ。

 

「………報い?」

 

 自分の口からポツリと言葉が飛び出る、これは誰かに言われた言葉だった様な気がする………

 だが、思い出せないなら大した事ではない。それはどうでもよいのだ。

 わたくしの願いの前には全く関係ない事なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュートシティにある病院の廊下を歩く、面会が終わりみんなと共に中庭へと向かう。ソニアにマグノリア博士、そしてマスタード師匠とピオニーさん共に。

 心休まる緑で彩られた中庭のベンチにみんなで座る、マグノリア博士はA.S.Dを展開している。

 

 ブラックナイトから半年が経った、ローズさんの意識が戻ったとの連絡を受けて何とか許可を取り話を聞きにいったのだ。

 残念ながら委員長は意識が戻ってはいたが発言が支離滅裂でまともな会話はできなかった、知りたい事は多かったがその殆どが聞けずじまいだ。委員長の体調も考慮して面会時間は15分しか許可されず、その殆どの時間をピオニーさんに譲ったので仕方ない。

 いつも賑やかなピオニーさんが静かに委員長に語りかける様子が痛ましく、とても邪魔する気にはなれなかった。

 

「すまねえなみんな、結局何もわかんねえし俺ばっかり喋っちまった」

 

「ピオニーさん、そんな事は言わないでください。今の委員長に必要なのは家族からの言葉です、謝ることなんてありませんよ」

 

 事実として委員長はピオニーさんの言葉に所々反応していた、俺達が事件の事について尋ねるよりよっぽど回復の助けになるだろう。

 

「それはどうかな………また俺の事を忘れちまいやがって。本当に困った野郎だぜ、未だに永遠なんて言ってやがった」

 

 永遠………確かに委員長はその言葉を良く口にしていた、何か特別な意味が込められているのか?

 

「そんな難しい顔すんなダン坊、大した意味なんてねえよ。昔家族でエンジンシティの祭りを見に言った時に親父が言ってたんだ」

 

「家族でお祭りですか?ジムチャレンジ期間の?」

 

「もっと小せえ祭りだな、だけど飾り付けはキラキラ光っててよ。炭鉱夫の親父が自慢気に俺達に言ったんだ、俺が掘った鉱石がガラルの光を作ってる、お前らも光を作れる大人になれ、そうすりゃガラルは永遠に輝くってな」

 

「素敵な話です、良いお父様だったようですねピオニー」

 

 マグノリア博士の言葉には同意出来る、だが委員長はその言葉を曲解してこんな凶行に及んでしまったのか?やるせない話だ。

 

「まあ酒飲みだったけど家族には優しい親父だったな、不摂生が祟って早くに死んじまってよ。それからは家族で一緒に出かける事もなくなった、俺も母親とあいつと反りが合わなくなって家を飛び出しちまったしな」

 

 ホップは俺を慕ってくれる、母さんも父さんも家族みんなで俺を応援してくれている。それを当たり前だと思っていた俺は傲慢かもしれない、家族とは無条件で一つになれるものではない事を改めて認識する。

 

「母親も暫くして死んじまったからな、あいつが間違っててもそれを教えてやれる家族が側にいなかった。俺は逃げ出しちまったからな、本当は俺がもっと早くに殴って止めるべきだったのにな、唯一の家族だった俺がよ………」

 

 ピオニーさんがこんなに小さく見えるのは初めてだ、この人は何時だって俺の憧れで目標だったからだ。

 

「ピオニーよ、お主だけの責任ではない、ワシらとて止められなかったのは一緒だ。一人で悩むでないぞ」

 

「その通りです、それにローズは道を間違えましたが全ての行いが否定される訳ではありませんよ。彼は間違いなくガラルの発展に尽力していました、正しい事も確かに成していたのを忘れないでください」

 

 結局ガラルのリーグ上層部と司法は委員長の凶行をイツキと同じで操られていたものと結論付け、世界に声明を出した。今回のブラックナイトは亡霊とアクロマという研究者が引き起こした事件であったと。

 俺を始めとする委員長に近しいものはそれが欺瞞だと分かってはいる。あれは確かに委員長の意思で行ったものだ。

 だか、それを証明する手立ては無い。委員長本人もあの状態だ、そしてガラルの人々もその答えを信じて支持している。その気持ちを責める事は俺にも出来ない、

 マクロコスモスも解体はされずにほぼそのままの形だ。そこは実際に委員長が手を打っていたらしい、逮捕されたのはごく一部の人材だけだった。

 

 さらに言えばブラックナイトで死者は出ていない、負傷者で一番状態が酷かったのはローズさんだ。他の人間は比較的軽傷で人的被害は騒動の規模に比べて非常に小さく済んだ。

 シュートシティの破壊された建物の復興も順調に進んでいる、各地方からの寄付や支援が十分過ぎる程に届き問題無く元通りになるだろう。

 

 しかしトーナメントの続きが公式に再開される事はない。来年のジムチャレンジは中止、それを禊としてガラルは他の地方に許しを得る。リーグ本部との話し合いの結論はそこに落ち着いた。

 歯痒い思いはある、ガラルの人々だけではなく他の地方の人達からもその決定に反発する声は大きい。

 だが決定は覆らない、俺はガラルリーグの所属としてチャンピオンとしてその決定を真摯に受け止めなくてはならない。

 

「よっしゃあ!!暗い話は終わりだぜ!!こんなジメジメしたのは俺らしくない!!明るい話をしようぜ!!」

 

 大きな声で切り替えを宣言するピオニーさん、その笑顔は眩しい。俺が憧れたチャンピオン、鋼の大将はやっぱり強い人だ。

 

「じゃあワシちゃんから、ミカンちんは無事にユーリちんの家族に手紙を届け終えたよん。今はアサギシティにいるみたいだね、お父さんとも話が出来たって嬉しそうだったよん」

 

「おお!!そりゃめでたいな!!俺とシャクちゃんみたいに父と娘は仲良しが一番だぜ!!」

 

 シャクヤ君は口ではピオニーさんを貶すがそこには信愛を感じる、あれはあの子なりの愛情表現なのだろう。

 

「では私も、ユウリは無事にカロス地方のミアレシティに付きました。予定通りにジムバッジを集める旅を始めるようです。本人もムゲンダイナも元気そうだったとプラターヌ博士から連絡がありましたよ、嬉しい知らせです」

 

 ユウリならムゲンダイナに楽しい旅を体験させてあげられるだろう、ユウリ自信も楽しいはずだ。あの子は自分の力を他の地方でも試したくてウズウズしていた。次に会う時は殿堂入りした後かも知れない。

 

「そしてシロナからもムゲンダイナの様子は聞いています、一緒に遺跡の調査をしているそうです。今度は一緒にバカンスヘ行くとも言っていました」

 

 少し変わっているがシロナさんはポケモンを正しく育てる事が出来る人だ、きっとムゲンダイナに愛を教えてくれるだろう。

 

「ビートちんもポプラと一緒にムゲンダイナと仲良くやってるみたいだね、今度一緒に舞台に出演するって言ってたよん」

 

「ムゲンダイナが舞台?想像出来ないね、ダンデ君?」

 

「ああ、機会があれば見に行こう。きっと驚かせてくれるはずだ」

 

 想像して少し笑ってしまう、あの巨体で懸命に舞台に立つムゲンダイナを想像するのは面白い。ポプラさん達ならあっと驚くような演出を見せてくれるだろう。

 

「ホップは私の所で助手をしてるし、マサルも無事にイッシュに付いたって連絡があった、マリィもジョウト地方で旅を始めた、みんなバラバラだけど元気にしてるね。何もみんな次々に旅にでることないのになあ………」

 

「ライバルであり友達でもある存在が自分の道を進むんだ、立ち止まってられない気持ちが強くなるんだろう」

 

 もちろん俺自身もだ。チャンピオンタイムはまだ続いている、ガラルのリーグを立て直して前よりも盛り上げる為に止まってなどいられない。

 

「隊長は?まだガラルに居るのか?身を守る為とはいえ俺等にも行方を分からなくするのはやりすぎじゃねえのか?」

 

「いえ、そこまで用心しなくてはいけません。レックスだけが行き先を知っています。対外的にはカンムリせつげんに籠もっている事にしてもらいました」

 

 俺もユーリ君の行き先は知らない、彼は新しい力を得る術を求めて旅立ったらしい。タイミングすら分からないので案外まだガラルに居るのかもしれない。

 

「ローズさんとウカッツさんを元に戻してみせるって言ってたよね、後は隕石とかぷにちゃんを集めるとか良く分からない事を言っていたけど………」

 

「ふふ、ユーリちんなら大丈夫だよ、きっと新たな学びを得てまた会いに来てくれるはずだよん」

 

「そうですね師匠、それだけは間違いないはずです」

 

 どんな場所でも彼なら大丈夫だろう、それに彼が助けを求めれば助けてくれる人は大勢いる。もちろん俺もその一人だ。

 

 そして暫く話をして俺とソニア以外は中庭を去った、いずれも忙しい人達だ、次に会えるのは何時になるだろうか。

 

「あ、あのさダンデ君………少し嫌な事を聞いてもいい?」

 

「ソニア?………構わないよ、何でも聞いてくれ」

 

 ソニアがそんな事を言うなんて初めてかもしれない、何時だって俺を気遣って助けてくれるソニアに嫌な事をされた記憶なんてちょっと思い出せない。

 

「ダンデ君は………ユーリに負けて、無敗じゃなくなったのにチャンピオンを続けるのは辛くないの?本当はチャンピオンを辞めたいと思っていない?」

 

「それは………」

 

 俺とユーリ君は決勝戦の続きを一ヶ月前に非公式に行った。ジラーチとデオキシスを加えて3匹の手持ちとなったユーリ君と戦い、残りはくまきち1匹までに追い込んだが、俺とリザードンは破れ去った。

 手を抜いたりも躊躇もしていない、俺の全力を出し切りユーリ君はそれを打ち破った。素晴らしいポケモンバトルだったと胸を張って言える。だが………

 

「そうだな、重圧を感じているかもしれない。俺でいいのかとも思う、もしかしたら辞めたいと思っているのかもしれない」

 

「ダンデ君………それなら」

 

 でも、それだけじゃない。白か黒かの二つだけで心が出来ている訳じゃない。

 

「だけど俺はチャンピオンを続けたいとも思っている、観客たちの前でチャンピオンタイムが終わるまで俺はチャンピオンであり続けたいとも思っているんだ。だから俺はチャンピオンを続けるよソニア」

 

「そっか………ごめんね、酷い事聞いちゃったね」

 

 そんな事はない、ソニアは俺が悩んでいたのを気付いたからこそ問い掛けてくれたのだ。

 ソニアはいつまでも方向音痴な俺を心配してくれるかけがえのない存在だ。それを伝えなくてはいけない。

 

「ソニア、この前の話の返事なんだけどな」

 

「えっ………い、今!?今その話をするの!?」

 

「あれな、結構ショックだったんだ。俺とソニアの認識の違いにさ」

 

 ソニアもショックを受けていたみたいだが、俺も同じくらいショックを受けた。正直あの後何を話したのか覚えていない程に。

 

「ど、どういう意味なのそれ………」

 

「俺とソニアはとっくに将来を誓い合っていたと思ってたのに、それが違うと分かったからな。かなりの衝撃だった」

 

「は、はあ!?いつ!?いつそんな事誓ったの!?私とダンデ君が!?覚えがないんだけど!?」

 

「俺がチャンピオンになった後は言ってくれただろ?道に迷ったら何時でも私が案内してあげるって、何時でも手を引いてあげるって言ってくれただろ?俺もお願いしますって答えた」

 

 あの言葉は本当に嬉しかった、もしかしたらチャンピオンになった事より嬉しかったのかも知れない。それからはずっとそのつもりでソニアと共にいた。

 

「お、おかしいでしょ!!物理的な意味だよそれ!!気持ちに嘘はないけど勘違いだよ!!歪曲的過ぎるでしょ!!」

 

 ソニアは顔を真っ赤にして叫んで来る、その様子はいかにもソニアらしく嬉しくなってしまう。

 

 今から伝えよう、今度は勘違いにならない様に俺の気持ちを言葉にして。

 相手に伝わる様に言葉を尽くす、心だけではすれ違う。ブラックナイトで俺が学んだ事を実践しよう。

 

 この世で一番大事な言葉を、愛してるを伝えよう。




次回でガラル地方編は最終話となります

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