セキエイ高原にあるリーグ本部、この場所を訪れるのは何度目か。ふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。
過去に15回ファイナルトーナメントに出場し、その内の5回は四天王への挑戦権を得て、その中の3回チャンピオンに辿り着き、敗北している。
昔の話だ、そう昔と呼べる程度には前の話だ。結婚してからはトーナメントに出場していない、目指す事もしなかった。
未練はあった、だが結婚した時既に妻は妊娠していた。収入の不安定なリーグ挑戦者と父親、その2つを両立する程の実力が私には不足していた。
幸い、ジムトレーナーとしての職はすんなりと見つかった。ノーマルタイプ使いではあるが、比較的どのタイプでもある程度戦え、それなりの実績と実力を持つ私にはそこそこの需要があったのだ。
家のあるアサギシティのジムを中心に、人手が足りなくなったジムがあれば応援の人員として派遣される、そんな毎日。
家に帰れば愛する妻が、可愛い我が子が出迎えてくれる。
幸せだった、間違いはない。
ただ、自分の中の牙と闘争心が徐々にやせ細っていく焦燥感。それを感じていたのも嘘ではない。
その焦燥は、3年後に二人目の我が子が誕生した時に捨て去った。
これからは妻と二人の息子の為に生きようと、ジムトレーナーの仕事に誠実に努め、息子達に誇れる父親になろうと。
捨て去った、捨て去ったつもりだったのだ。
出来てもいない事に目を背けて、解決したつもりになっていた。自分の気持ちに誠実でなかった私は、その報いを受けた。
最愛の息子を傷つける、最悪の結末となって。
これから私はチャンピオンリーグの門をくぐる、挑戦者ではなくジムリーダー内定者として。世界で一番ポケモンバトルに誠実でなければならない聖地に、私はポケモンバトルに関係ない目的を達成するために赴く
ジムリーダーの立場を利用して、私欲を満たそうとこの門を潜る。
そこに誇れる自分はいない、妻や息子、かつてのライバル達に示せる誇りはそこにはない。
だがそれでも、私はこの門を潜る、居なくなってしまった息子の手がかりを求めて。
誇れなくても、誠実でなくても、私はあの子の父親でありたい。
「久しいな、センリ」
出迎えてくれたのはかつてのライバルの1人、カントー・ジョウト地方四天王シバだった。
「ああ、久しぶりだなシバ」
ジムトレーナーの仕事の最中で、彼と再会する事はあったし、都合が合えば年に数回食事を共にするともある。
だが、自分がチャンピオンを目指さなくなってから、リーグ本部で彼と会うのは初めてだった。
それが理由なのか、咄嗟にお互いにかけた久しぶりという言葉が妙にしっくりと胸に落ち着いた。
「では付いてこい、色々手続きが必要でな」
そういって、シバは背を向けて歩き出す。彼らしい飾り気のない態度に、ざわついていた気持ちが少し落ち着いた。
その後、数枚の申請書と誓約書にサインをして、やって来た職員に手持ちのポケモンを預ける。
その中には、息子と同じ時期に生まれたケッキングのケロもいる。ナマケロだった頃は息子と一緒に寝ていたこいつも、帰ってこない息子を心配している。
その手続きの間、シバは背後で無言のまま佇んでいた。相変わらずプレッシャーを与えるのが得意だ。
そしてシバに先導され、簡素だが堅牢で厳重そうな鉄の扉のある部屋に着く。前室と言ったところか。
「誓約書にも書かれていたが、規則なので俺がもう一度内容を確認する」
シバが背を向けたまま、私に声をかける。
「ああ、よろしく頼む」
「よし、これからお前が入室するのはセキエイ高原リーグ本部の資料保管室だ」
そうだ、この中の映像記録を見るために私はここまでやって来た。
「この保管室に収められている資料は全て、リーグ本部が秘匿の必要があると判断し、人間とポケモンの正常な営みに重大な危機を及ぼす可能性があると認定した案件のものだ」
重大な危機か、ユーリ……
「よって、ここの資料を閲覧出来るのはリーグ本部が認定したマスターランクの権限がある者、もしくはマスターランクの権限を持つ者の監視下に置かれたハイパーランクの権限を持つ者のみだ」
ああ、知ってるさ。だから私はジムリーダーになることを決めた。
「この保管室で知り得た情報を、情報閲覧権限がない第三者に漏洩した者は、伝承災害防止法におけるリーグ本部の特種特化権限によって行政機関を通さずに処分が下される」
それも知っている、だからこそありがとう。
「そして、ハイパーランクの権利者が情報を漏洩した場合。監視者にも同様の処分が下される。以上の事項に同意するか?」
「ああ、同意する」
「了承した、扉にお前のOP情報を登録する。センサー部分に手を付けろ」
促されるままに扉に手を付ける。扉は重厚そうな見た目に反して音も立てずに軽やかに開いた。
「よし、行くぞ」
歩きはじめるシバの背中に、私は言わなければならない事がある。
「シバ」
「何だ」
彼は振り向きもせずに返事する。
「ありがとう」
内定ジムリーダーの監視者を引き受るなんて、よっぽどのバカかお人好しのどちらかだ。
そして彼はその両方だ。
「ふん、行くぞ」
彼はやっぱり振り向きもしない。
視聴覚室に付いてまず驚いたのは、人数の多さだ。てっきりシバと2人きりで視聴することになると思っていたが、それなりの広さの部屋に、自分を含めて12人もいる。
そしてメンバーも豪華だ、この保管室に入れる人間と考えると当然ともいえる。
「よーやく、主役のお出ましだ。サッサっとはじめよーぜ」
私達が部屋に入るなり、口を開いたのはトキワシティのジムリーダーだ。
「おだまり!年上を急かすんじゃないよ!」
彼を叱責するのは、四天王のキクコ。私も若い頃お世話になった事がある。この地方で知らぬ者はいないベテラントレーナーだ。
「さあ、シバ!センリ!はやく空いてる席に着きな!年上を待たせるんじゃないよ!」
久しぶりの理不尽な催促に、苦笑いで返答しながら空いている席に座る。シバは慣れた様子だ、同じ四天王なら接する機会も多いだろう。
「やあ、どうも。お久しぶりです」
着席すると、隣の席の仮面をつけた青年が挨拶してくる。
私は彼を知っている、息子と同じクラス7の超能力者のイツキ君だ。エスパー協会からの連絡はいつも彼を通して伝えられる。
「ああ、久しぶりだねイツキ君」
どうして君がここに?と疑問が口に出そうとして
「皆、聞いてくれ。これから例の映像記録を視聴する」
チャンピオンのワタル君が、号令をかけた。
アクの強い面子だ、彼が仕切るのが一番だろう。チャンピオンとしての彼と戦ったことはないが、リーグ挑戦者時代、新人だった彼は僕の後輩だった。彼は実力者のトレーナーにありがちなクセの強さが比較的大人しいので安心できる。
「そしてこれは確認だ、これから視聴する映像はシロガネ山でのポケモンバトルの記録だ」
ようやくだ、ようやく息子の手がかりが
「バトルを撮影したのは僕だ、さらにその場にグリーン君とナツメ君も立ち会っている」
ナツメ?彼女もあの場にいたのか
「トレーナーはここに居るレッド君、そして対戦相手は……」
一瞬、ワタル君と目が会う。どこな申し訳なさそうなその目線は若い頃の彼を彷彿させた。
「トウカシティジムリーダーになる事が決まっているセンリさん、彼の息子のユーリだ!」