自分はかつて主人公だった   作:定道

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52話 ズッ友セリヌンティウスの願い

 

「……ウン、うまい!」

 

 魚のフライの衣はさっくりサクサク! 身はふっくらホクホク! ゴロゴロの具がたくさんのスープはスパイシーでたまらない! 

 

 いいねえ、大正解だよ“さかなZ定食“、定食としては割高だけど確かな満足を感じる、僕のお腹のペコちゃんはニッコリ大満足だ。

 

 うーん、孤独。こんなにも大人数で食事をしているのになぜか孤独だ。

 だけど自由でも救われてもいない、ひたすらに沈黙の食卓が四つ並んでいる。

 

 せめて僕の呟きに同意くらいしてくれよ、そうだねーとか、おいしいよねーとかさあ。コケコの語った内容は確かにショッキングだったけどこの空気……お通夜か? 

 

 特にグラジオはさっきから青い顔をして──

 

「ウッ……コレは何だ? 何を食べていやがる俺?」

 

 いや、違うぞ? 単純に“スペシャルZ定食“を食べるのがキツくて青い顔をしている。コケコと戦った時よりも辛そうな顔だ。

 

「この灰色の物体は一体? このボクが……負ける?」

 

 Nもマスク越しに辛そうに“スペシャルZ定食“を食べている。お前スペシャルを超えるって言っただろ、勝手に宣言して勝手に敗北するな。

 そんなに酷い味なのか? グズマさん達が言っていたのはこういう事か。

 

 あっ、そう言えばルザミーネさん達は全員スペシャルだけど──

 

「ふふっ、面白い味ねビッケ、やはりアローラは奥が深いわ」

「ええ、アローラは美味しい物が多いです、マサラダといい素晴らしい味覚ばかりですね」

 

 うん、ルザミーネさんとビッケさんは余裕そうだ。実に美味しそうにスペシャル定食を召し上がっている、気品を感じる所作だね。

 だが他の3人は辛そうだ、支部長なんて今にも死にそうな顔をしている、パキラも珍しく余裕の無い表情、アカギ(仮)ですらロトムマスク越しに苦悩が伺える。

 

 ルザミーネさんの陣営が半分以上無力化された、僕の仲間も2人やられているけどね……やっぱり軽い気持ちでスペシャルに手を出すべきじゃなかった。

 

「やっぱりここに来たらスペシャル定食に限るね、この味付けがたまらないよ。マオ、腕を上げたんじゃないかい?」

 

 島クイーンのライチさんから恐るべき発言が飛び出した、慣れると美味しいのか? クセになる味わいなのか? 地元でこよなく愛される味ですか? 

 

「えへへ、ありがとうライチさん。今日のスペシャルは自信作だよ、スープはお代わり自由だからいつでも言ってね」

 

 天使の様なカワイイ笑顔で恐ろしい提案をして来るマオちゃん。その無邪気さ故に人は苦しむ、恐ろしい子だ。

 

 残酷な天使のマオちゃんはキャプテンで、アイナ食堂が実家らしい。ちなみに店長であるお父さんも、厨房で働くお兄さんも元キャプテンだそうだ。

 つまり、全員がZリング保持者のトレーナー、なので話を聞かれても問題無いと言う事だ。

 

「今日のスペシャルはマオが作ったみてえだな。親父や兄貴の時はこうはならねえ」

 

 ああ、ピーキーってそういう事ですかグズマさん。

 

 でも、あの笑顔の後に文句は言えないな。ライチさんは美味しそうに食べているし、メニューを任されている以上マオちゃんスペシャルにも需要があるのは間違い無い。

 

 スペシャルの響きに釣られて頼んだ奴が悪い、メニュー選びの段階で勝負は決まっていた、詰んでいたのだ……初めから……

 

「あー家庭的な味が染みるねえ、独り身には有り難いよ。はは、バーネットも結婚しちまったし、時が経つのは早いねえ……はぁ……」

 

 ライチさん……急にテンション下げるのは止めてほしい。下手に僕達が触れていい話題じゃない、茶化すなんて恐ろしい事は出来ない、周囲の空気を巻き込んで自爆するのは酷いッス。

 

 誰か、誰かこの空気を変えてくれる奴はいないのか? なんか明るい話題を提供してくれ──

 

『コレガ、Z定食カ……ヨウヤク味ワウ事ガデキタ』

 

 こ、コケコ!? 僕の願いが通じた!? そんなにZ定食が食べたかったのか!?  

 

 うんうん、確かにカプ1人じゃ入りにくい店だよな、意外と恥ずかしがり屋さんだな。今度はパンケーキ屋さんでも一緒に行ってやろうか? 

 

『……グラジオハ、コウモ言ッテイタ』 

 

 ん? 

 

『懐カシイアイナ食堂デ、再ビ皆ト食事ヲ共ニスル約束ヲ果タセナカッタト。ダカラ今日コノ場ヲ選ンダ、アローラノ未来ヲ決メル場ハココガ相応シイ。勇敢ナ戦士達ヘ送ルセメテモノ鎮魂ダ』

 

 さ、3千年前の食レポを頼りに、アイナ食堂を選んだのか……暗い……あまりにも……

 会場チョイスの理由がヘビィ過ぎる、ほぼ初対面の面子をアローラレクイエムに巻き込まないでほしい。

 

 お食事会の空気が更に重くなった、和気あいあいとは言わないけど、もう少しこう、あるだろう? 

 

「やはりこのマスクは食事の際に障害となるな、改良の余地がある」

 

 アカギ(仮)? それはひょっとしてギャグで言っているのか? ツッコミ待ちか? 

 

「あっ!?」

 

 脱ぎやがった! ロトムマスクを脱ぎやがったぞアカギの野郎!? やっぱりアカギ本人じゃねーか! ふざけるなよお前マジで! 

 

「おいおい、マジかよ……脱ぎやがった」

 

 グリーンさんが思わずと言った感じで呟いた、多分この場の多数がそう思っている。そんな恥ずかしい格好してまで正体を隠していた癖にアッサリと脱ぐなよ。

 

「本当にシロナが言っていたギンガ団の長なんだね。正体を堂々と明かすなんてどういうつもりだい? ホウエン地方でも君の逮捕状が出ているよ、他の地方だって同様だ」

 

 ダイゴさんが正体を顕にしたアカギに問いかける、リーグ所属の立場的に当然の質問だ。

 

 確かに空気は変わったけどコレはどうなんだ? 明るく……なったか? 

 

「問題は無いだろう。私とお前達の関係性がどうであれ、代表を決める以外の理由で協力者達が争うのをカプ達が許すはずがない。この場では私を拘束する事も裁く事も不可能だ、件の波が終わるまで私を罪に問う事は出来ん」

 

「コノ男ノ言ウ通リダ、貴様達ノ掟ヲアローラデ押シ通ス事ハ出来ン。協力者同士ガ潰シ合ウナド許可ハシナイ、全テガ終ワリ、アローラノ外デナラ存分ニ争ウガイイ」

 

 ち、治外法権……あれ逆か? とにかくアローラ内でアカギを捕まえるのは難しそうだ。

 

 コケコのお墨付きを貰い、アカギは再びスペシャル定食に向き直る。

 コイツ……少し痩せたかな? 久し振りに見たけど相変わらず無愛想な面だ、スペシャルのせいかもしれないけど。

 

「この量、この風味、長期戦に持ち込むのは愚策だな。間を置かずに畳み掛けるしかない、ここまで苦戦するのは久し振りだな」

 

 楽しそうッスねアカギさん、昔、感情は捨てたとか殺したとか言ってませんでしたっけ……三十を超えて心境の変化でもあったのか? 

 

「U、すまない……ボクはスペシャルを超える為に枷を外すよ」

 

「ああっ!?」

 

 Nまでマスクを脱ぎやがった! アカギに触発されたか!? それともマスクのまま食事するのがそんなに辛かったのか!? 

 

「ほう、やはりお主だったかN。アローラで再会するとはなあ、息災な様で何よりだ」

 

 アデクさんがどこか嬉しそうにそう声をかけるが、Nはスペシャル定食に夢中で返事をしない。

 スペシャル定食に意識の全てを集中させているN、アデクさんとの再会がこんな形でいいのか? 

 

「困ったね、見過ごすには大物過ぎる人物が2人。終わった後にどう報告しようかな」

 

 うっ、すみませんダイゴさん……

 

「……大丈夫、グリーンが上手い報告書を書いてくれる」

 

「お前も書けよ! いつも俺に押し付けやがって!」

 

 僕も書きたくないな報告書、どう書いていいか分からん。

 

 周囲の目を気にせず、ひたすらにスペシャル定食に挑む新旧プラズマ団のボス2人、ゲーチスに見せてやりたい光景だね、杖をドンドンして切れ散らかすだろう。

 

 確かに場の空気は変わった、だけど僕の望んだ方向性とはちょっと違う、もっとこう……あるだろう? 

 

 これも報いかなレックス? 食事の時にもリノを纏ったままの僕に報いが訪れたのかな? やっぱり自分を偽るのは良くないね……

 

 

 苦戦した者もいたが、食事の時間は終わりへと向かう。

 

 食後のデザートに杏仁豆腐が付いてきた、優しい味わいとツルンとした食感が油っこくなった口に嬉しい。

 

 何やかんやあったけど、定食を残した者は1人もいなかった、やはり波に挑む戦士達はこうでなくちゃね。

 スペシャル定食勢もちゃんと残さず食べて偉い、アカギとパキラも実は良い奴かもしれないと少し錯覚する。

 

 お残しをしないのはユーリポイントが高い、+10点をくれてやる、これでパキラは−990点、アカギは−490点だ。

 

「さて、みなさん食べ終わりましたかな? 話し合いを再開しましょうか」

 

 さて、次は僕達が答えを示す番か。だけどその前に確かめないといけない事がある、どうにか時間を作らなくては。

 

「ハラさん、食後の一服がしてえな、少し休憩を取らねえか?」

 

 クチナシさんがちょうど良い提案をしてくれた。いいね、このタイミングで乗っかるしかない。

 

「はい! 僕もトイレに行きたいです! 休憩に賛成です!」

 

 ユリが明らかにまたかよコイツって顔で僕を見ている、そんな顔をしないでほしい、他に適当な理由が思い浮かばないんだ。

 

「そうですな、では20分程、食後の休憩を取りましょう。他の皆さんもそれでよろしいですかな?」

 

 特に反対の声は上がらない、みんなも食後には一息着きたいのだろう。

 

 しかし20分か、多分ギリギリだぞ? 

 

「みんな急ぎましょう! 漏れそうです! 僕に付いてきてください!」

 

 みんなの意思を確かめなくては、先程の3つの計画を聞いた上で、もう一度みんなの意思を確認する。

 

 目的地はアイナ食堂向かいの建物、あそこでスカル団だけの話し合いを行うのだ。

 

 

 

 アイナ食堂の向かいは、かつて飲食の店舗だった建物のようだ。一階部分がかつての姿でそのまま残っている。

 

「グズマさん、食事会は終わりっスカ? ん? グラジオ、顔色が悪いっすね」

 

「……ああ、少しな」

 

 室内で待機していたみんなが一斉に立ち上がり、代表してAさんが質問して来る。

 

 そしてAさんの言う通りグラジオの表情は芳しくない、あんな話の後では無理も無いだろう。

 

「いや、昼休憩の時間だ、奴等に聞かれたくない話をするためにここに来た。悪いが時間がねえ、お前らは上に行ってくれ」

 

 他の団員達には申し訳ないが、2階に移動してもらうしかない。問題を共有出来ないのは悲しいが、詳しい話を伝える事は禁じられているし、話を聞く事が身の危険にも繋がる。

 

「……了解ッス。グズマさん例の物は?」

 

「ああ、念の為に新品に交換しておくか」

 

 何だアレは……きんのたま? なんでそんなものを? 

 

「よし! 手早く2階へ移動ッス! 急ぐッス!」

 

 みんながドタドタと2階へ上がって行く、騒がしいみんなの姿を見ると少しだけ安心する。

 

 据え付けてある、カウンタータイプのイスに座った僕の協力者、グラジオ、グズマさん、リラさん、N、4人の仲間達。そして、カウンター側に立った僕。

 

「U、話をするなら簡潔に済ませましょう。あまり時間がありません」

 

 その通りだ、時間は短いのでシンプルに尋ねなければならない。でも、どうしても必要な事だ。

 

「分かりましたリラさん。ではまず、グズマさんに質問します。最初に言ってましたよね、ウルトラビースト達を元の世界に返すアテがあると、アレは3万匹のウルトラビースト達でも有効ですか? 数が多すぎると使えない手段だったりしませんか?」

 

 もし使えないのであれば、僕が解決しなければならない事が1つ増える。だけどそれは、諦める理由にはならない。

 

「いや、方法自体に問題はねえ。だが少し時間はかかるだろうな、最低でも半年は必要だろうな、ウルトラビースト達が全員大人しくしていると仮定しての話だ。詳しく説明する時間はねえ、他の奴等に突っ込まれたら俺に話を振れ、説得できるように俺が詳細を話してやる」

 

 思った以上に早い期間で解決する……いい感じだ。

 

 グズマさんの言葉に嘘が無いと僕は信じる、いい加減な事を言う人じゃない。ぶっきらぼうで口は悪いけど自分の発言と約束に誠実な僕等のボスだ。

 

「なるほど、なら問題は1つ解決です。後はみんなの気持ちを確かめたい。さっきの話を聞いた上でもみんなの望みは変わりませんか? 波としてやって来るウルトラビースト達を保護したいと思っていますか?」

 

 そこが一番重要だ、心から望んでいないのでは駄目だ。願うなら根っこの方向は同じでなくてはならない、力を合わせるならそこが重要だ。

 

「ボクの願いは変わらないよ、ポケモン達へラブを伝える。手段や方法は変わってもそこだけは譲れない、ウルトラビースト達の殲滅なんてボクは望まない」

 

 ああ、それでいいよN。お前のそういう所は変わってほしくない。その気持ちだけは変えないでほしい。

 

 イッシュで出会った頃とは変わったN、そして今、短い間だけど仲間として過ごしたからそう思える。

 

「U、私も望みは変わりません、変える事など出来ない。同じFALLとして、彼等を見捨てたくありません、ウルトラビースト達の殲滅なんて絶対に許せない」

 

 リラさんはやはりFALL、これまでの発言からそうではないかと思っていたけハッキリした。

 リラさんは言っていた、アローラの事が大好きで、ここは私の第二の故郷だと。

 彼女はこの世界に流れ付いて、アローラに救われたのだろう、アローラで得たものが記憶を失ったリラさんの心を救ったのだ。

 

 だからこそ、自分と同じ苦しみからウルトラビースト達を救ってあげたくて、彼等にとってアローラが終わりをもたらす地になるのが許せないのだ。

 自分にとってそうだった様に、彼等もアローラで救われてほしいのだろう。

 

 ブラックナイトを経た今の僕には理解できる、僕もガラル地方を第二の故郷の様に思っている、素晴らしい出逢いの有った土地を大事に思う気持ちはよく分かる。

 

「俺の望みも変わらねえよ、何が3千年戦士を育んで来ただ。ようやく始まりが分かったぜ、いい加減ブッ壊してやるよ、殲滅なんて下らない事を言わせるアローラの空気をな」

 

 グズマさんは怒っている、多分ハラさんがコケコの選択肢に賛同しているのが許せないのだろう。

 教えは嘘だったのかと言っていた、ハラさんはグズマさんにとってトレーナーの師匠だったのかもしれない。

 

 きっと、その時の教えはグズマさんの中に今も根付いているのだ。袂を分かったとしても教えまでは捨てていなかったはずだ、だからこそグズマさんはこんなにも憤っているのだろう。

 

「グラジオ、君はどうだい?」

 

 先程から沈黙しているグラジオ、あの場でコケコの話を聞いて一番ショックだったのは彼かもしれない。

 

 何せもう一人の自分なんて存在を知らされたのだ。しかも彼の言葉がきっかけでコケコは過去から現在へのアローラの戦士を求める風潮を作り、もうすぐ訪れるウルトラビースト達を殲滅しようと考えている。

 

 そしてもう一つ、超能力者の王を殺せという物騒な願い。

 

 よくよく考えてみれば、超能力者の王とは僕の事を指しているのかもしれない。恥ずかしい名前だけど、その世界の僕は心変わりをしてそう名乗ったとか、あるいは性格や思想、価値観そのものが僕とは違ってもおかしくは無い。

 

 推測でしかないが、サイジック教団に洗脳された僕が非道を尽くした可能性もある。あいつ等が僕のサイコパワーに興味があるのは向こうの世界でも一緒かもしれない。

 

 どちらにせよ、かつて歪みを引き起こして隕石を呼び寄せた僕は人類の敵と言われても文句は言えない。もう一人のグラジオがその事を知って僕を危険視していてもおかしくはないだろう。

 アルセウスが言っていたこれから訪れるであろう数多の隕石、マグノリア博士を始めとした様々な大人に相談をして一応の解決方法は見えている。この星には傷一つ付けるつもりは無い、準備に協力してくれる人達も既に動き出している。

 

 訪れていない未来の事象、世界の歪みという超能力ですら知覚出来ない未知の領域、因果と呼ばれるこの世界のシステム。

 

 その責任を問われるのは正直理不尽にも感じる、しかし事の重大さ故に僕はそれを放置する事は出来ない。僕の行動がそれを引き起こしたと言うのなら責任を果たす。

 

 だがグラジオはどうだ? ハッキリ言ってグラジオに責任なんて微塵もないだろう。もう一人の自分なんて言っても所詮は別人だ、その発言の責任をグラジオが悩む必要なんて無い。

 

「分からない、俺は……俺は揺らいでしまった。今、俺の中では母さんとコケコの話、そしてスペシャルが渦巻いている。どれが正しいのか、俺はどうせねばならないのか、それが分からなくなってしまった……すまない……U」

 

 ああ、やっぱりグラジオは悩んでいる。

 

 気取った言動をするグラジオだが、根は素直で真面目な奴だ、一緒に過ごした僕はそれをよく知っている。

 

 だからこそ伝えよう、だからこそ教えてあげなくちゃいけない、友としてグラジオに言葉を届けねばならない。

 

「グラジオ、僕が知りたいのは君の気持ちだ。責任とか正しさとかはこの際無視していい、君が望んでいる事を教えてほしい」

 

「望み……俺の?」

 

「ああ、君がウルトラビースト達にしたい事、ルザミーネさん達にしてほしい事、僕達にしてほしい事、何でもいい、グラジオの本心が知りたいんだ。コケコの言う歪みなんて気にする必要は無い、素直な気持ちを教えてくれ」

 

 グラジオに責任など何一つ存在しない。実際に歪みを生む行動を起こした僕ならともかく、グラジオは歪みを生んだ訳じゃない。

 コケコに言葉を託したグラジオと、僕の友達のグラジオ、2人は違う人間だ。本来ならもう一人の自分の発言を気に病む必要なんて無い。

 

 だが、それでも気にせずにはいられないだろう、そんなグラジオだからこそ僕は友達になれた。

 

「……今日の食事会、俺は楽しい気持ちにはなれなかった」

 

「グラジオ?」

 

 確かに楽しい食事会では無かったけど、それは……

 

「俺の家族が離れ離れになる前、まだ父さんが行方不明になる以前の話だ。俺達家族は月に一回は必ず外食に出掛けていた。父さんと母さんは忙しい人で一緒に居られる時間は少なかったが、その時間だけは必ず確保してくれていた」

 

 エーテル財団の代表とウルトラホールの研究者、確かに責任のある立場だと忙しくて家族の団欒の時間は少なくなるはずだ、そういう意味では僕はとても恵まれていたのだろう。

 それでも、家族で揃っての食事の時間を確保していたというなら、きっと仲の良い家族だったに違い無い。

 

「楽しかった……俺もリーリエも毎月その日を心から楽しみにしていたよ。月に一度のその時間、父さんと母さんは俺とリーリエの話をたっぷりと聞いてくれた。とても嬉しそうに俺達の話を聞いて、俺達にも色々な事を話してくれた。美味しい食事を食べながら家族で過ごせるあの時間は幸せだった、父さんが行方不明になってから途絶えてしまった習慣だがな……」

 

 父さんと母さんとユウキ、そして実家のポケモン達を思い出す。最後に家族みんなで食事をしたのは何年前だろう? それが二度と叶わない物だと思うと、想像でも胸が張り裂けそうになる。

 

「俺は……少しだけ、ほんの少しだけ今日の食事会に期待していたんだ……母さんとリーリエ、久し振りに家族で揃って食事すれば、俺達家族はあの頃に戻れるじゃないかと……母さんが昔みたいに戻ってくれるんじゃないかって……」

 

 悲しいけど、ルザミーネさんは微笑んではいたがグラジオの言う昔に戻った様子では無かった。楽しい気持ちにはなれないとはそういう事か。

 

「父さんと母さんは俺達によく言っていた、人にもポケモンにも優しくしてあげられる大人になってほしいと……そう、だからこそ俺は強いトレーナーになりたかった! 強くなって誰かを守ってあげる事が優しさだと思っていた! 早く強くなって、尊敬する父さんと母さんの力になりたいと願っていた!」

 

 尊敬する父さんと母さんに認めてほしい、2人が望む人物に成長したい。成長した自分を見てほしい。

 

 分かるよグラジオ、僕だって同じだ。

 

「だから……だからこそ俺は嫌だ! 母さんがアローラを氷の世界にする所なんて見たく無い! リーリエにそんな母さんを見せたくない! いなくなった父さんだってそんな事は望まないはずだ!」

 

 伝わって来る、家族を愛しているからこそ、ルザミーネさんを許せないグラジオの気持ちが。

 

「ウルトラビースト達を殲滅する!? そんな事は許せない! 俺は彼等を守ってやりたい! 世界の狭間で迷う彼等を救ってあげたい! それが父さんと母さんが言っていた優しさのはずだ! 迷えるポケモン達に手を差し伸べるのがエーテル財団の理念だったはずだ!」

 

 そうだ、それこそが優しさのはずだ。強さよりも尊い物、それを志すからこそ人は強くなれる。

 

「だけど……俺には分からないんだU、どうやって母さんを説得すればいいのか、歪みを無視して彼等を保護するのが正しい優しさなのか、答えが出せないんだ……俺は……俺は……弱い子供のままだ」

 

 ああ、グラジオ、そんな事は無い。君は正しい道を歩んでいる。

 

「違うよグラジオ、悩むのは弱さの証明じゃない、君が強くあろうとする証だ。君は両親が望んだ優しさを手に入れているよ」

 

 君は間違ってなどいない、僕なんて1年以上それから目を背けていた、真摯に自分と向き合う君は弱くなど無い。

 

「だが、現実を見ない優しさは虚しいだけだ。コケコが3千年も守ってくれたもう一人の俺の言葉、俺はそれを否定する根拠も解決策も持ち合わせていない、俺の言葉じゃ母さんもコケコも止められない、ましてや世界の歪みなど……」

 

「グラジオ、なんで全てを1人で解決するつもりなの? 僕達はスカル団だ、互いに出来る事を持ち寄ればいい」

 

 そこだけを勘違いしている、真面目で優しいグラジオらしい勘違いだ。

 

「U、だが……」

 

「歪みにはついては僕に考えがある、もしも隕石が落ちて来たって何とかするよ、隕石を砕いたり食べたりするのは得意なんだ」

 

「え、食べる?」

 

 きっと隕石はスペシャル定食より美味しいだろう、デルタも最近ポケマメばかりで飽きてしまっているはずだ。たらふく食べさせてあげよう。

 

「だからグラジオ、君にはルザミーネさんを説得してほしい。それはきっとスカル団ではグラジオにしか出来ない、ルザミーネさんにグラジオの気持ちを届けてあげてくれ」

 

 心を動かすにはそれしか無い、気持ちは言葉に出さなきゃ伝わらない事だって多い。

 

「歪みを? 確かにお前ならば……でも、俺には無理だ、強さも正しさも持ち合わせていない俺に母さんが説得できるはずが──」

 

「グラジオ、Uが言いたいのはそういう事ではありません。強さや正しさではない、貴方の気持ちをそのままルザミーネさんに伝えてあげてください。ルザミーネさんの心を動かせるのは、きっと貴方かリーリエにしかできない事です」

 

「リラ……母さんが簡単に考えを翻すとは……」

 

「仮に失敗しても嘆く必要は無いよ。一度だけじゃない、ラブは何度だって伝えていい。キミが望む真実を手に入れるまで何度だってやり直していいんだ、理想を抱く事を止める権利は誰にも無い」

 

「何度でもか……N、中々厳しいな」

 

「当然さ、理想と真実の先にある未来は簡単には手に入らないよ。キミとルザミーネが何度もぶつかり合ってそれは訪れるのさ」

 

 母親と意見を違えて何度も衝突する、きっと凄く辛い事だ、僕には想像することしか出来ない。

 でも、グラジオならきっとやれる。ルザミーネさんの事は知らなくても、グラジオの事を僕は知っている。

 

「おい、グラジオ。あの人は……ルザミーネさんは過去を見ている、一番美しい過去を理想として現実を見てねえんだ。あの人にとって今の現実こそが夢なんだよ」

 

 グズマさん? ルザミーネさんの事を知っているのか? 

 

「だからお前があの人の夢をブッ壊せ、息子のお前が現実に引き戻してやれ。いくら頑張っても……そうしたくても、他人にはそれができねえんだ。あの人の理想の中にいる家族のお前ならそれができるはずだ」

 

「母さんの夢を……俺が壊す?」

 

「あの人の言う楽園、それはお前が子供の頃に聞いた物と同じか? 違うだろうよ、お前が尊敬した両親が思い描いていた本来の楽園はそんなもんじゃ無かったはずだ」

 

 本来の楽園? 氷の世界とは別の物か。

 

「……父さんは言っていた、ポケモンと人間がのびのびと過ごせる場所、思いっきり羽を伸ばせて誰もが笑顔でいられるリゾート。そんな場所を作りたいって、母さんはそんな父さんの夢を叶える手伝いがしたいと言っていた、きっと楽園の様な素晴らしい場所になるとも」

 

 いいね、南国のアローラにピッタリの楽園だ。やっぱり常夏の島には氷の世界は似合わない。

 

「分かってるじゃねえかグラジオ、それを指摘してやれ、話が違うぞお袋ってな。反抗期らしく親の矛盾を指摘してやれよ。怒らせたらこっちのもんだ、きっと本音で話してくれるだろうよ」

 

 少し乱暴な言い方がグズマさんらしい、でも言っている事はきっと間違っていない。

 

「フッ……何やってんだ俺……」

 

「グラジオ?」

 

 グラジオが左手で顔を覆った、これは! 

 

「フッ……すまなかった、どうやら俺はスペシャル定食のせいで腑抜けになっていた様だ」

 

 ああ、何時もの調子が少し戻った。カラ元気でもいい、グラジオはこうでなくちゃいけない。

 

「母さんが望む偽りの楽園! 今を拒絶する夢想! 俺はソレ等を否定する! あの人の息子として俺は計画をブッ壊す!」

 

「くくっ、いい気合だ。おまえもスカル団らしくなってきた」

 

「スカル団としての俺は、ウルトラビースト達の守護に力を尽くす! 友や仲間の力となり、ポケモン達を守るのは俺が望む強さそのものだ!」

 

「ええ、その通りです。それこそがかつて貴方の両親が望み、貴方が目指した優しさです」

 

「Uの協力者としての俺は! 世界の歪みに共に立ち向かおう! 俺の信じる優しさが歪みを生むのなら! 間違っているのは世界の方だ! Uと共に世界を変えてみせる!」

 

「フフッ、気高い理想だ。ボクも世界が変わる所を見てみたい」

 

「だから! みんなも俺に力を貸してほしい! スカル団の群れとしての強さを俺に貸してくれ、そうすれば俺は何だって出来る! そう信じられるんだ……頼む……」

 

 そうだ、1人で抱え込むのは間違いの元だ。自分に足りない物を他者に補って貰う、共にいると言う事はそういう事だ。

 

 だから返事をしよう、言葉は相手に伝えてこそだ。相手に伝わって、初めて意思は交わされる。

 

「もちろんさグラジオ、僕はそれが聞きたかった」

 

 これでみんなの意思は確かめられた、他の陣営に心置きなく僕達の願いを発表する事が出来る。

 

「当然ですグラジオ、私達は助け合って生きているのです」

「群れとしての強さか……いいね、ボクもスカル団という群れの一員として全力を尽くそう」

「はっ、頼むまでもねえんだよ。当たり前の事だ」

 

「……ありがとう、みんな」

 

 僕達の願いは1つになった、

 

「グラジオ、全部終わったらさ、みんなで揃ってもう一度食事会をしよう。今度はきっと楽しく食事が出来るはずだ」

 

「フッ……それはいい。ならば約束をしようか、再びアイナ食堂で食事会を開くことをな。そして俺は誓う、次の食事会では“やさいZ定食“を選択すると。そうすれば俺はきっと笑顔になれる、食事会を心から楽しめる」

 

 うん……メニューは好きに誓ってくれ。

 

 約束では終わらせない、僕達は必ずもう一度アイナ食堂に集まろう。

 

 誰1人欠けることなく楽しい食事会にしてみせる、コケコの語った悲しい結末などは実現させない。

 

 アカギとパキラは……まあ仲間外れは良くないよな。

 

 お尋ね者と言う意味では家のNだって一緒だ、パキラなんて公的には綺麗な身だしね、奴等も強制参加させてやる、場を和ませる一発芸でも披露して貰おう。

 

 しばらくは波へと共に立ち向かう仲間だ、過去の確執はアローラ限定で水に流そう……アカギの方は島を出た瞬間にシロナさんにチクるか。

 

「よし、行くぜお前ら! 奴等の鼻を明かしてやろうぜ!」

 

「んん!?」

 

「どうしたんだいU?」

 

 この感覚は不味いな……スープをお代わりし過ぎたか? 美味しかったからつい食べ過ぎた……

 

「すみません、ちょっとトイレに行かせて下さい。この建物ってトイレ使えますかね?」

 

 ビシッっと決める場面で漏らしてしまったら説得力ゼロだ、今後の各陣営のパワーバランスに大きな影響を及ぼす。

 だってお前漏らしたじゃん、そんな事を言われたら何も反論出来なくなってしまう。

 

「ゆ、U、本当に時間がありません。間に合いますか?」

 

「ぼ、僕を信じて下さい!」

 

「「「「………………」」」」

 

 あれ? 返事がないぞ? 

 

「トイレは一階を使え、ちゃんと使えるはずだ。俺達は先に行って時間を稼ぐ」

「フッ……必ず時を紡いでみせるさ、俺は信じているぞU」

「話題……何かいい話題は……うーん……」

「ボクがシンオウで森の洋館に行った時の話でもするかい?」

 

 サッサとアイナ食堂へ戻る4人、頼りになる仲間達だぜ! 

 

 みんな……待っててくれ! 必ず間に合わせてみせる! 

 

 

 

 

 

 

 

 


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