ガラル地方にやってきて、半年と少し。引っ越して来てから、自分の家以外で夜を明かすのは今日が初めてだ。
そして今日は、ガラルに来てから一番衝撃的な1日でもあった。いつか大人になっても、私は今日の事を思い出すのだろう。
その時に、そんな事があったねと、私はホップと笑っていられるのだろうか。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、謝罪と後悔をたっぷり混ぜこんだ昔話を披露したユーリくん。
私とそっくりな名前の彼は、サトシでもなければマサラタウンの出身でもなかった。
アサギシティの出身で凄い有名なトレーナー、それが彼の正体だった。
ポケモンバトルへの興味が薄い私でも、名前くらいは知っている、そんな有名人。
自分と似た名前ってのもあるし、マサル兄さんが熱心に彼の情報をニュースや雑誌で集めていたからだ。
ここ最近、全く音沙汰がなくて死亡説が流れていたらしい、さっきまで兄さんが興奮気味にそう言っていた。
そんな彼が語る話を、私は半分ぐらいしか理解出来なかった。時系列と場面が飛び飛びで、専門用語や知らない名前、とにかく、どもりと嗚咽で聞き取りづらい。彼の話を私なりに噛み砕くとこうなる。
彼はお父さんと喧嘩して、その直ぐ後にとても強いトレーナーに生まれてはじめてポケモンバトルに負けた。
2重のショックを受けた彼は、そのままを家に帰らずに海を渡り、このガラル地方に辿り着く。
そこはカンムリせつげんと呼ばれる場所で、そこであの変わったポケモン達と友達になる。
そして雪山で彼らとしばらく生活して、昨日久しぶりに町までやってきて、ホップに出会った。多分これであってる。
意味がわからないのは、負けた後に海を渡る所だ。ガラル地方とカントー地方の距離を考えると、航海日数は数日ではすまないだろう。食料はどうやって調達したのか?
家出にしては壮大すぎて、期間も長すぎる。それともトレーナーにとっては普通なのかな?超能力については正直サッパリ分からない。
ただ、マグノリア博士が小さい子をあやす様にその部分に色々質問していたから重大な事なんだろう。
彼がひととおり話を終えると、外は既に真っ暗。夜にポケモンを持たずにハロンタウンに帰るのはとても危ない。
ソニアさんの提案で研究所から移動してマグノリア博士のご自宅に一晩泊めてもらうことになった。
危ないっていうのは別にしても、泣き止まない彼をそのまま置いていくのは憚られたのでその提案はありがたかった。
ホップと兄さんは私以上にその気持ちが強かったのだろう。
嘘をついてホップを傷つけた事は許せない。
だけど泣きながら何度も謝る彼を見て、彼を心配する気持も同時に湧き上がってきた。
彼がポケモンに関して嘘をついたのは、彼等がとても珍しくて強力なポケモンなのを隠したかったらしい。
今の自分の力では、彼等を狙う悪人が現れたときに、守ってあげる事ができないから。
そんな事を言いながら、レックスに頭を撫でられる彼からは悪意を感じられなかった。
だからだろう、さっきホップと彼が庭のベンチに一緒にいるのを見つけても、それを邪魔する気持ちにはなれなかった。
きっと、明日起きたときには2人は仲直りしているのだろう。
ホップはそういう男の子だ。それがちょっと悔しくて、少し楽しみ。
ああ、でも彼が、ユーリ君が1番仲直りしたいのは……
それはきっと、お父さんだろう。
マグノリア博士の家の庭には小さめのバトルコートがあり、隣には夜の湖が見える。
そんな庭の小さいベンチに僕とホップは座っていた。
レックス達は部屋で先に寝ているはずだ、今この庭先は僕とホップの2人きりだ。
ホップと出会ったのは昨日の事、まだ知り合って1日しか経っていない。
なのに、彼と2人きりでの沈黙に物凄い違和感を感じる。
彼と居る時の僕は、常に彼と楽しく話をしている、そんな感覚。そんな身勝手な感覚を、一方的に彼に期待していた。
当たり前の事だが、ホップだって怒ったり、嫌になったり、負の感情を持っている。
そんな当たり前の事実に、僕は今になってようやく気づいた。
友達とは、一方的な関係ではないはずだ。与えられた分を、相手にも返す。それが正しい友達の形。
僕はきっとそれが出来ていなかった、軽い気持ちで名前を偽り、嘘を重ねた。
謝る……謝って許してもらう、仲直りという行為。その方法が分からない僕は、気まずい沈黙を続けている。
過去を思い返しても、僕は仲直りという行為をした事がない。
きっと過去に交流した彼等は、僕の傲慢な振る舞いに我慢して付き合っていたのだろう。
我慢していたのは、きっと僕が強かったからだ。
内心で彼等は僕の事を嫌っていたのだろう、傲慢に気付かず、自分の行いを謝罪しない僕に、相互理解のための仲直りというプロセスを知りもしなかった僕を。
「なあ、サトっ…じゃなかった、ユーリ」
「はぁ、ばぃぃ…」
泣きすぎて喉がガラガラだ、上手く返事ができない。
「ユーリはさ……正直に答えて欲しいんだけどさ……」
「ぅん…」
「弟に期待されるのは迷惑じゃなかったか?」
「ぃい!?」
んん!?どういう流れ何だこれは?想定と全然違う方向の質問が飛んできた。
「ァあっ…あれば?ざっきの話ば?」
「さっきの話?」
あれ?そのために庭に誘ったんじゃないの?僕はぽつりぽつりとホップに自分の仲直りについての考えを伝えた。
「ユーリ……お前……」
あっ!ホップが呆れてる……何か間違えたかな?
「すっごく真面目だな、仲直りについてそんなに深く考えてる奴ははじめてだぞ」
えっ……褒められてるの?
「それに仲直りなら、さっき終わっただろ?多分俺一生分は許すって言ったぞ」
えっ?
「1000回くらいごめんなさいって言ってたからなー」
そう続けるホップに、僕の思考はフリーズする。
言われてみれば、泣きながら謝ったのは覚えてるけど、何を話したのか覚えていない、何もかもを話してしまった気もする。
やばいぞ、知ったら危険な情報を皆に聞かせてしまった気がする。マグノリア博士にお願いして……
「まあ、足りないならもう一回やるぞ」
そう言ってホップが右手を差し出してくる。
「もう嘘は付かないって誓うなら、俺はユーリを許すぞ」
「あっ…」
そうか、もうしないと約束する、仲直りはこういう事をいうのか。
「ち、誓う!誓うよ!!僕はもうホップに嘘を付かない!!」
叫ぶ様に誓い彼の手を取る、ホップの手は昨日と同じで少しごつごつしていた。
「それで、変わりって訳じゃないけどさ、さっきの質問に答えてほしいぞ」
「えっ?あっ……弟の話!?」
弟は、弟は本物の主人公で……
「あーちょっと違うぞ、弟に期待されてどう思ったのか、ユーリの話が聞きたいんだ」
「ぼっ僕の?えっ?」
んん?さっきの話じゃ足りなかったのか?
「ごめん、ちゃんと説明しなきゃ、わからないよな」
んん?
「実は俺のアニキはさ、ガラル地方のチャンピオンなんだ」
ええ!?
「そんなアニキを俺は尊敬しててさ、アニキの真似ばっかりしててさ」
「そ、そうなの?」
「ああ、ボールの投げ方とか決めポーズとか真似してさ、昨日ブラッシータウンに行ったのもアニキの新しいリーグカードが欲しくて買いに行ったんだ」
へぇー意外……でもないのかな?
「そんなアニキはさ、チャンピオンの仕事が忙しくて滅多に家に帰って来ないんだけど、たまに帰ってこれた時俺はアニキにべったりでさ」
お兄さんに甘えるホップか、笑顔が自然と浮かんでくる。
「それで言うんだよ、アニキはスゴイぞって、アニキは格好いいぞって、俺もアニキみたいになりたいって」
「ああ、僕の弟もそんな感じだったよ」
純粋に僕を慕ってくれていた、可愛くない訳がない。
「それがさ、アニキには迷惑だったんじゃないかなって。ユーリの話しを聞いて、そう思ったんだ」
「えっ!?なっ何で!?」
何でそうなるんだ!?僕か!僕のせいなのか!?
「いや!ユーリを悪く言っている訳じゃないぞ!?」
えっ本当?
「あー、あのさ。ユーリが自信を失くしちゃったって言っただろ?」
「う、うん」
「それってさ、ユーリが真面目な奴だからそうなったんだろ?」
「えっええ?」
真面目?そんな評価をされた記憶はないぞ?
「真面目だから、自分の実績や力に乗っかってくる、期待とか責任とかを真っ直ぐ受け止めちゃったんだろ?自信を失くしちゃったのはそのせいなんじゃないかと思って」
「あっ……どうかな……」
ちょっとだけ、ほんのちょっぴりだけ、正解かもしれない。でもそれホップは関係ないんじゃ?
「だからさ、一番味方になってあげなきゃいけない家族まで鬱陶しいほど期待しちゃったらさ、アニキには重荷なんじゃないかなって。だからあまり帰って来ないんじゃないかなって、ちょっぴり思ったんだ」
違う!それは絶対に違う!
「ぼ、僕は!弟に!ユウキが可愛くてしょうがなかった!ユウキに期待されるのは嬉しかった!」
「っッ、本当にそう思うのか?」
「本当だよ!嘘じゃない!誓っただろ!?」
期待されるのが重荷なんじゃない、僕が怖いのは……ユウキの好意が、僕の力のみに、僕の実績のみに向けられてるんじゃないかって、力を失ったら消えてしまうんじゃないかって。
それが怖い、弟を信じられない僕が臆病なだけだ。
「ホップはさ、お兄さんがチャンピオンじゃなくなったらどう思う?」
「ええ?チャンピオンじゃないアニキ?想像できないぞ」
うっ……そうなのか?
「チャンピオンじゃないお兄さんの事、嫌いになる?」
もし、そうなら……
「えっ?何で嫌いになるんだ?アニキはアニキだろ?」
ああそうか、それなら心配はいらない。
「ホップがそう思ってるなら、間違いはないよ。お兄さんはホップの期待を嬉しく思ってるはずだ」
「そうか?ユーリがそう言ってくれるなら、大丈夫な気がして来た」
絶対大丈夫だ、間違いない。
「この僕が、未来視のユーリが保証するよ。ホップとお兄さんの絆は無くなったりしない」
今は大嫌いな渾名だが、ホップのためなら幾らでも名乗ろう。
「おお!それなら安心だ!例の決め台詞も聞きたいぞ」
あれは勘弁してください……
今日はとんでもない日だ、それなりに長い人生を歩み、滅多な事には動じなくなったと思っていたが、そんな事はなかった。
私もまだまだ未熟、人は死ぬまで学び続ける。そんな当たり前の事を私は忘れていた。
昨日から、見たこともないポケモンを連れた不審人物が。ポケモンセンター周辺に出没していると聞き、警戒をしていた。
ダイマックス、私の研究は、使い方を誤れば容易に破壊を巻き起こす危険な研究だ。悪用されないための用心を常に忘れてはいけない。
プラズマ団の残党の噂は真実だ、実際に何名かの人員がガラル地方で確認されている。特に例の研究者は危険な人物だ、タブーを犯すことに戸惑いがない。
あの子には、ユーリには可哀想な事をしてしまった。あの泣き顔を思い出すと胸が痛む。
まるで迷子の幼子だった、話に聞いていた彼の人物像とはまったく結び付かない。
彼は子供だ、子供なのだ。いくら強大な超能力者でも、伝説のポケモンを従えていようとも、その事実に変わりはない。
その事実に、リーグ本部とエスパー協会は見向きもしないだろう。
だからこそ、彼と連絡を取った。私の知り合いでユーリを託せる実力と実績を兼ね備えるのは彼しかいない。
ただそれも、ユーリ自身がそれを望んだ場合だ。私達先達の役目は、子供達の道を作る事。道を選ぶのは自分自身だ。
ユーリが家に帰る事を望むのなら、それが一番だろう。
ただ、道中は危険かもしれない。最近、例の組織が彼の行方を探っていると………
「おばあちゃん?起きてる?」
部屋のノック音に、意識が現実に覚醒する。
「ええ、起きてますよ。お入りなさい」
ソニアが部屋に入ってくる、どこか畏まったその様子に、昔を思い出す。
夜中に1人で眠れないと、私の部屋に枕を持って訪ねて来た、愛しい孫の幼い頃の記憶。
「どうしたのですか、ソニア」
孫が言いたい事ぐらい私にはわかっている、ソニアは優しい子に育った。
「あのさ、話しがあるんだけど、その、ユーリの事でさ」
だが、認識の甘い所がある。安全のために、それを正す必要がある。
「リーグ本部とエスパー協会に彼の居場所を告げないでほしい、そう言いたいのでしょう?」
「えっ!そ、それです……その通りです」
ソニアは彼に与えたいのだろう、ホップ達と共に居る時間を。
思いやりを持って育ってくれた事を誇らしく思うが、その願いを叶える訳にはいかない
「ソニア、貴女はユーリがどういう存在なのか、分かっていますか」
「ええ?ユーリの事?えっと……7歳の頃からトレーナーの旅をはじめて、カントー、ホウエン、シンオウ、イッシュ、カロス……あっ!後ジョウトだっけ?その全部の地方で殿堂入りしたトレーナーでしょ、うん。滅茶苦茶な実績だよね」
「後は?」
「後!?ええ……えーとクラス7の超能力者で………あっ!渾名がリーグ荒らしに未来視の超能力者だよね!本当に未来なんて見えるのかな?そんな風には見えないけどなぁ」
そうだ、それが世間一般の認識だろう。
「正解です、ソニア」
「凄い有名だもんね、みんな知ってるよ」
「だけど足りない、その足りない情報こそが問題なのです」
「ええ?」
そう言って私はポケットから取り出したペン型の機器で部屋中を指し示す
「お、おばあちゃん?何してるの?」
「A.S.Dを起動しました、これでこの部屋はしばらく機械的にも超能力的にも盗聴や監視できません」
「はえ!?盗聴!?監視!?」
「ソニア、よく聞きなさい」
「は、はい」
「これから話す内容を、誰かに漏らしたり、知っていることを知られてはいけません」
「はい」
「これを守れないと、命を失うかもしれません」
「はい……え?」
自分自身に選ばせる行為は、時に卑怯者の保身と変化する。
「それでも貴女は話しを聞きたいですか?今日会ったばかりの子供のために」
何故ならこんな問いはソニアのためにはならない、でも……
「聞くよ、聞かせてマグノリア博士」
ああ、ソニア貴女は……
「そこまでする理由を聞いてもいいですか」
私の、私達の……
「えっ?だってユーリ泣いてたじゃん。放っておけないよ」
「そうですね、そのとおりです」
誇りだ、貴方は私の自慢の孫だ。
「まず1つ目、彼はクラス7の超能力者ではありません」
「へっ?ああ、今は弱まってるって」
「違います、そういう意味ではありません」
「超能力者のクラスは表向きにはクラス7が最高ですが、実際にはそれ以上の指標が存在します」
「………」
「その指標に当てはめると、ユーリの超能力者としてのクラスは17、単純な出力だけで比較するとクラス7の200倍程度あります」
「うぇっ…」
「クラス17と言う数値は、恐らく人類史上最大の物です。少なくとも3000年前、エスパー協会の前身であるサイジック教団まで遡ってもそのクラスの超能力者は存在しません」
「3000年?」
「そして現在のエスパー協会は、3つの派閥が存在します。現在の秩序維持を目的とする調和派、超能力の根絶を目的とする回帰派、そして、超能力者こそが世界の支配者であると主張する革新派です」
「はぇっ」
「どの派閥もユーリを取り込もうと必死になっています、特に危険なのが革新派です。彼等はユーリを新人類の王と祭り上げ、超能力者以外の人間の根絶を目指しています」
「ほへぇっ」
「そして2つ目、ユーリは伝承災害認定種級のポケモンを個人で6匹捕獲しています。今家にいるレックス達を加えれば11匹です」
「ぷへぇっ」
「世界中の伝承災害をコントロールしたいリーグ本部はもちろんユーリを取り込みたくて仕方がありません。さらに彼はシロガネ山の頂上でトレーナーの革新の片鱗を見せました」
「ヘへぇっ」
「互いの切り札がぶつかった最後の手持ち同士のバトル、互いのポケモンは戦闘中に特殊なフォルムチェンジを行い、その保有OPは10000の壁を超える数値を叩き出しました」
「あへぇっ」
「その現象の原因はユーリです、自分のポケモンだけではなく、レッドのミュウツーをも強化させた限界突破の強化法。あれを運用できるようになれば、伝承災害級のポケモンを捕獲出来るトレーナーの数が数倍になるでしょう」
「そして3つ目、これが1番の問題なのですが………」
「ストップ!ストップ!ストッープ!!」
「急にどうしたのですか?ソニア?」
「おばあちゃんさあ!最近ライトノベルとか読んだ!?」
ライトノベル?
「じゃあさ!アニメ!ポケカノとか最近見てない!?」
「ポケカノ?」
「なんと!?」
ん、今何か聞こえた?
「おばあちゃんさ!その話しマジで言ってるの!?」
「当然でしょう、私は冗談など言ってはいません」
「マジで!?マジなのかぁ?想像の300倍はスケールが大きいんだけどさぁ!おばあちゃんどうするつもりなの!?」
「リーグ本部とエスパー協会に報告しない訳には行きません、報告せずに匿うにはあの子はこの町で目立ち過ぎた。直ぐに嗅ぎつけるでしょう」
「あぐぐぐ………でもそれじゃあさあ?」
「あの子がガラルに留まるにしても、故郷に帰るにしても、心身共に弱っているあの子を守れる人物がそばにいる必要があります」
「えっ?そんなに強い人って……ダンデくん?確かにダンデくんなら……でも彼は忙しいから護衛をする暇なんて」
「確かにダンデなら、実力的に申し分無いでしょう。しかし、彼以上の適任がいます」
「そんな人、ガラルにいる?」
「ええ、彼が側にいればリーグ本部もエスパー協会もユーリに手を出せないでしょう。実力的にも、実績的にも、公的な立場にしても彼は強い」
「そこまで言うんだ、じゃあ安心かな」
「既に連絡済みです、明日にもユーリを迎えに来る手筈になっています、そしてユーリが身を寄せるのは」
「ヨロイじまのマスタード道場です」