【数日後】
「午後の実技訓練は中庭でスパーリングしてもらうよ。対戦相手は自分たちで決めるように!」
少年の転校から数日経った在る日の午後。五条悟の指示により、生徒達は中庭に集まっていた。
「あれ、憂太はどこだ。サボり?」
腕を十字に組んでストレッチをしているパンダが周りをキョロキョロと見ながら尋ねる。
「憂太は単独任務に行ってもらっている。彼、君達の中じゃ1番強いし」
「特級様は違ぇなぁ。くそつまんねぇ」
「しゃけしゃけ」
不満を隠そうともせずにぼやく女は禅院真希。武具同士の立合いができないからだろうけど。狗巻は病み上がりのため見学である。
「おい。五条悟。そいつら全員の等級を教えろ」
と、少し離れたところで仏頂面を露わにしていた少年が口を開く。
「……えーと。真希は4級、パンダが3級。狗巻が2級だよ」
五条悟は暫し考えて、全員の等級を答えた。本来なら真希は2級程度の実力はあるのだが、禅院家の圧力で容易に昇格できないのである。
「ふん。じゃあいい。おいノロマ共。僕が纏めて相手してやる。かかってこい」
少年はあろうことか他全員を挑発し、ニヤリと口を歪める。当然、煽られた3人は青筋を浮かせて臨戦態勢に入る。見学である狗巻も口元のフードを外そうとしていた。
「上等だゴラァ!!泣かせてやるよ転校生」
「舐められてるなぁ……イキって負けたらかっこ悪いぞ?」
「めんたいこ」
少年はその様子を一瞥して鼻で笑い飛ばす。歯牙にもかけないとはまさにこの事だろう。
「僕は、お前らなんかには負けない」
呟いて、少年は、手を組んだ
「「「!!!!」」」
「因みに、朱羅の等級は準1級だよ」
ゾッとするような呪力が少年が溢れ出し、それは呪いに転ずる
「領域展開『
刹那、その場の全員が、足元に彼岸花が咲き乱れ、四方を鳥居で囲まれた黒い霧が漂う空間に閉じ込められた。少年の領域。それは現世と幽世の狭間。彼岸から流れる瘴気は、人の身を蝕む。
────1人を除いて
「動かない方がいい。その霧はお前らの呪力を奪い、身体を縛る呪いだ」
正面の鳥居の上。そこには、1匹の鬼がいた。全身は黒く、身体中に走る赤い紋様は刻まれた術式の力を誇示している。金色の角が、赤い月の光を反射して煌めいていた。隆々とする筋肉は、まるで古の"夜叉"を彷彿とさせる。
「なっ…………呪霊!!?」
「マジ!?」
「たらこ!?」
驚いて声を上げるのも無理はない。人の身でありながら呪霊の力を持つなど、それこそ、大昔に消失した禁術でもなければ有り得ないのだから。
「僕の術式、『「
術式の開示による威力の底上げを完了した彼は鳥居から飛び降りて、真っ先に真希の方に飛び出す。その膂力とスピードは間違いなく呪霊のものだった。
「僕が最強だって認めたら手加減してやっても…………ッ!?なんで動けるんだ!??」
その拳を呪具で受け止めて、お返しとばかりに鳩尾に掌底を叩き込んだ真希は吐き捨てるように言った。
「お生憎様。私に呪力なんてこれっぽっちもないんでね」
「なっ…………!?」
クリーンヒットし、後ずさる鬼の背後にはフードを外した狗巻。咄嗟に身体を捻って拳を打ち出す。不意をつかれても、その動きは健在だった。しかし、
『ぶ っ 飛 べ 』
「え…………ッ!!!?」
直後、呪言をモロにくらって鬼の体は宙を舞う。身体の自由を奪われようが、動かなければ問題は無い。
「ま、なんつーか、俺らとの相性最悪だったってことだよ」
「がァッ…………!!!!」
不意にそんな声を聞いて、上空を見れば、パンダがその拳を高く振り上げているところだった。突然変異呪骸であるパンダは、その縛りに含まれない。鬼は、両手をクロスさせて身を守るが、衝撃は腕を貫通し、内部まで響いて鬼の身体は地面に叩きつけられる。一瞬、彼は気を失い、そのはずみで領域は霧散してしまった。パンダのゴリラ形態の奥義、ドラミングビートである。
「はーいそこまで。ストップ」
椅子に腰掛けて一部始終を見ていた五条悟がパンと手を鳴らすと張り詰めていた空気が弛緩する。どうやらここまでのようだ。
「僕はまだ…………!負けてないっ…………!」
「残念。君の負けだよ朱羅くん」
よろよろと立ち上がり、戦闘続行の意志を示す少年をそっと諭す五条。その手を払い、少年はありったけの呪力を放出した。
「僕は…………!!!!お前らなんかに…………!!!!負けるはずがないんだぁぁぁ!!!!」
「さっきのが全力じゃねぇのか!?」
「え、あれヤバくない?」
「しゃけしゃけ」
どす黒い怨念にも似た呪力が少年の身体を包み────────
「っと。終わりは終わりだよ。ゆっくり休んで頭を冷やせ」
寸前で五条が少年の額に指を当て、少年を気絶させる。倒れ込む少年の身体を受け止めて肩に担ぐと、医務室に運んで行った。
【数時間後】
「…………っ!!?」
「おっ、目が覚めたかい?」
少年が目を覚ましたのは、医務室のベッドの上だった。傍にいるのは黒髪の白衣を着た女性。名前は
「僕はっ…………ぐぅっ……!」
「まだ安静にしてないとダメよ。パンダくんの必殺技モロに食らったんだから」
強烈な胸の痛みに耐えきれず、声を漏らす少年を宥めるように言って、家入は氷の入った袋を少年に渡し、その額をそっと撫でる。
「今勝てなくても、いつか勝てるようになるわよ。だから、今はゆっくり休みなさい」
「あ………………」
冷たい掌の感触に引き摺られるように少年は、再び眠りについた。
【同時刻 教室】
「説明しろ。アイツは一体何者なんだ?」
「一応勝ったけど、なーんかすっきりしねぇんだよな」
「しゃけ」
訓練の後、集まった少年以外の生徒はみな口々に少年についての説明を、五条悟に求めていた。
「うーん。話せば長くなるんだけど……」
と、前置きをして五条はチョークを手に取った。
彼の話を要約すると、白鬼朱羅の先祖は、とある呪霊と契約し、莫大な力を手に入れた。しかし、代償として彼の一族は未来永劫その呪霊に呪われることになった。
その呪霊の名は"夜叉"。かつて京を災禍に落とした鬼である。
夜叉がかけた呪いは、寿命の枷。白鬼の家の者は、その殆どが25歳の誕生日を迎える前に死んでしまうという恐ろしいものだ。それは現代になった今も変わらず、彼らを蝕んでいた。
しかし、300年という時間は彼らを強くした。白鬼家はついに、夜叉の呪いに抵抗する術を創り出したのである。その術とは、夜叉の呪いの受け皿を作りあげ、夜叉の呪いの矛先をそれに逸らすというものであった。
その受け皿には身寄りのない孤児が選ばれる。それが彼と、その妹だったのだ。
彼らは幼い頃に白鬼家に買い取られ、度重なる呪術実験により、身体の中に夜叉の呪いを植え付けられた。少年には、夜叉の力と姿を。妹には夜叉の特質を。それぞれ切り分けた。
少年は絶望した。だが、諦めなかった。来る日も来る日も、非人道的な実験に耐え、機を伺った。全ては、妹を守るために。
成長した少年は、妹を連れて白鬼家から逃げ出した。刺客に追われ、死にかけたところを五条悟に助けられたのだ。
少年の目的はただ一つ。夜叉の呪いを解呪し、妹を一般人に戻すこと。その術は白鬼の者しか知らない。今の彼では、どうすることも出来ないほど強大な相手だ。
だから、少年は力を渇望した。最強になれば、白鬼家から無理やり術を奪うこともできると考えたからだ。少年の焦燥は、そこに起因するだろう。
「……という感じさ。朱羅が勝ちに拘ってた理由がわかるだろ?僕としては何とかしてあげたいんだけどねぇ……白鬼家は国が黙認してる呪術機関でね。迂闊に手が出せないんだ」
白鬼家はそんな後ろめたい理由を揉み消せるほどに、日本の呪術発展に大きく貢献している。なにせ、全員が寿命による縛りを生まれつき受けているため、通常の呪術師よりも強大な呪力を持ち、夜叉の術式を扱えるのだから。
「…………」
「 真希、何処に行くんだ?」
話を聞き終わると、彼女は無言で立ち上がると、扉に手をかける。
「……決まってんだろ。あの勝負馬鹿にさっきのケジメつけさせんだよ」
「……もう。素直じゃないなぁ」
「しゃけしゃけ」
「うっせぇ!そーいうのじゃねぇっつうの」
囃し立てるパンダと便乗する狗巻を怒鳴りつけて、バツが悪そうな顔をした。その様子をニコニコしながら眺めている五条悟に盛大に舌打ちをすると、彼女と2人は教室を後にした。
「うんうん。青春だねぇ」
後に残された男はそんなことを呟いて、懐かしそうに笑った
【医務室】
「………………」
「………………」
「………………」
「…………いや、何しに来たの。お前ら」
医務室にて、無言で少年を睨みつける人影が3つ。先程からずっとこの調子である。
「その様子だと、あの男から事情は聞いてるみたいだな。どうした?僕を笑いに来たのか?」
少年は半ば諦めたような口振りで問いかける。荒唐無稽な夢だと馬鹿にされるのは慣れている。ずっとそうだった。ここでも、それは変わらないだろう。
「言っておくけど僕はまだ負けた訳じゃ……」
「違ぇよ」
少年の言葉を遮ったのは、禅院家の落ちこぼれと揶揄された真希だった。彼女は少年に詰め寄ると、三白眼ですごみながら言った。
「謝れ」
「……は?」
「いいから謝れ!」
彼女の態度と言葉に怪訝そうに顔を顰める少年だったが観念したのかベッドから這い出て言った。
「はいはい。調子に乗って申し訳ございませんでした。これで満足?」
「よし。帰るぞお前ら」
「……え?本当にそれだけ?」
満足気に頷いて出口の方に向かう3人を呆然とした目で眺める少年。ふと、彼女が去り際に振り返って口を開く。
「お前の境遇とか、目的とかは知ったこっちゃねぇが、強くなりたいってんなら、呪具の扱い方くらいならいつでも教えてやるよ。じゃあな」
「ばいばい〜また明日学校で!」
「たらこ」
ピシャリと扉が閉められて、残された少年は呆気に取られて彼らが出ていった方を眺めた。
「…………ふっ。なんだよ、それ」
思わず噴き出してしまった少年は、殴られた胸を抑えた。あの時の痛みは、いつも受けている冷たい暴力とは、違う暖かさを感じて、再び少年はベッドに潜った。
"……少しくらいなら、仲良くしてやってもいいかもな"
そんなことを、思いながら
最後まで読んでいただきありがとうございました。これから朱羅がどう変わっていくのか、是非楽しみにしていただけると嬉しいです。もし良ければ評価よろしくお願いいたします。次回の更新は未定です