不毀の魔剣士   作:近藤さん

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プロローグ 嚆矢濫觴

 会議室に、十人前後の男女が円卓に居座り、ざわざわとお互いに意見を出し合っていた。

 二名を除き、全員が五十代以上の年老いた重鎮達だ。

 彼等の共通の話題は、此度、冒険者となった少年の件である。

 

「例の灰色の魔剣士が冒険者になったそうだ」

「『死神』と呼ばれている少年か。根拠はこれと言ってないのだがな」

「事実、そう呼ばれても可笑しくはない経歴だ。この少年の良し悪しはともかく、その『異常性』は認めねばならぬ」

 

 老人たちの会話のキャッチボールを聞き流し、唯一その場で椅子に座っておらず、端の方で直立している男がいた。

 男は、奇妙な姿をしていた。より正確には、奇妙な仮面で顔を覆っていた。どちらかというと、この男の方が死神の名に相応しかった。

 男が、少年の資料を見やる。

 白黒の写真に、件の少年がやや俯きがちに写っている。十五歳、一般人ならば恋の一つでもしている年齢だろう。冒険者に青春等ない。

『冒険者』という奴は、熟、因果なもののだ、と心の中で独り言ちる。

 

「こんな物騒な小僧、今すぐ極刑にすべきだ! 灰色の魔剣士なんて、何を起こすかわかったものではない!!」

 

 一人、過激な意見を口にする者がいた。

 自然に流れるように、それに何人かが口を揃えて賛同した。

 

「そうだ。まだうら若いからこそ、危険思想に取り憑かれやすい。事を起こす前に 処理する」

「第二の『ヒデオン』になるかもしれない。あんな地獄はもう懲り懲りだ。ならば、早急に手を打たねば!」

 

 ――何が地獄だ、お前等何もやってねーだろ。

 段々とヒートアップしていく部屋の隅、仮面の奥で、男は誰にも聞こえぬよう静かに舌打ちした。

 

「今すぐにでも異端審問を開いて――」

 

 

「――お待ち下さい。皆々様」

 

 

 満場一致の流れで、少年の処分が決まりかけた、その時。

 今まで沈黙を保っていた一人の女性が席を立ち、纏まりかけた意見を、凛と張った声で制止させた。

 男の前に座っていたその女性は、あまりにも美しかった。

 

 女性の金髪は自ら輝き出しているかのように美しく、ブルーサファイアの双眸は、万物全てを魅了してしまうような妖艶さがある。ふっくらとした赤い唇、白魚のような肌、硝子細工を思わせる繊細な顔立ち。

 彼女だけが美の女神に特別に愛されたと言っても過言ではない美貌だ。

 180センチを超える高身長の彼女は、議会に参加している者を見渡す。

 暫く重鎮たちは惚けていたが、やがて、やや厳しい声で女性に向かって言った。

 

「貴様は黙っていろアリス。それとも、冒険者だったらこの少年はもう既に自分のものだとでも言うつもりか?」

「いいえ」

 

 銀鈴の声。

 アリスと呼ばれた女性は、柔らかに、しかし頑固として否定する。重鎮の糾弾も、少年の処遇も。

 

「しかし、まだ十五歳の少年をすぐさま処分とは穏やかではありません。年齢で判断している訳ではありませんが、まだ幼い命を『異端』だからといって殺してしまうのは冷静な決断とは言えないでしょう」

「だったらどうする? 貴様なら解決出来るとでも?」

「解決が出来るかどうかは分かりません。それはこの子次第」

「では……」

「ええ」

 

 こくりと頷き、アリスは赤い唇で言葉を紡ぐ。

 

「グレイロード・ラメンテは、我々が預かりましょう」

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

 戦場の軽風が静かに凪いでいた。

 血肉と、黒々とした灰で満たされた戦場だ。

 その場には、先程まで人間だった肉塊が至る所に転がっていた。四肢が千切れ、内臓が飛び出し、有り得ない方向に身体が曲げられ、脳漿が零れ落ちる。本人の証明が出来ない悲惨な状態だった。共通点は、殉死した戦士達は、誰一人として憐れまれる事など望んではいない事だろう。

 相手のモンスターは人間を凌辱した罰か、死体さえも残らず、黒色の灰へと還っていった。

 その決戦は、とても勝負とは言えない程に暴力的で、一方的なものだった。 

 常人ならば失神し兼ねないような光景の中、季節外れのマフラーを巻いた一人の少年が立っていた。

 少年が呟く。

 

「――ドルファ……、アレン……、砂遊里……」

 

 返事はない。

 血赤の水溜まりに立ち、死の気配で満ち溢れた戦場で、唯一生き残った少年は、誰かの声を求める。誰か、私はここにいると。そう言ってくれ。

 灰色の髪と白いマフラーは他人の血で半分以上で赤く染まっており、悲哀と銷魂で塗り固められた表情は、先程まで仲間と笑い合っていた年相応の少年とは乖離していた。

 

「誰か、お願い。返事を……」

 

 返事はない。

 鈍い暗雲に向けて涙を流す様は、宛ら現世《うつしよ》の死を憂う――『死神』。

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