不毀の魔剣士   作:近藤さん

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第一話 東へ

 ごとごと、と規則的に機関車が揺れる。

 機関車の最後尾。八両目。十数人は乗れるであろうその車両の客席には、一人の少年しか座っていなかった。

 正確には他にも数名程の人間はいたが、その者たちは乗客ではなく仕事中の従業員である。

 しかし従業員は、自分よりも遥かに年下であろう少年に、怯えたような眼差しを注いでおり、近付こうともしなかった。何時起きるか分からない昼寝中の獅子を前にするように、明らかに少年を遠ざけていた。

 だが、少年はそのことに特に異論を口にするつもりはなかった。いや、その方がいくらか気が楽だったというべきか。

 

 季節外れの白いマフラーを巻いた少年は肩を窓際に預け、硝子の向こう側の巻かれていく景色をぼんやりと見つめ、誰に向ける訳でもない溜め息を吐いた。

 

「――あ、あの、グレイロード様ッ……!」

 

 ちらと声のした方を見ると、二十代かその辺の女性が、年下の少年の名前を様付けで呼んでいた。服装から見るに、こちらを窺っていたスタッフの一人か。

 如何やら少年の溜め息を、従業員たちは自分に向けられたのだと勘違いしたようだ。

 自分より圧倒的な存在が退屈そうにしている。何か持て成さなくては。と考えたようである。

 要するに御機嫌取りだ。

 

「……別に取って食ったりしませんよ」

 

 わかり易く少年の存在を恐ろしく思ってる女性を落ち着かせるため、そう言って微笑んだ。しかし、残念ながら逆効果だったらしい。彼女には朗らかな笑顔の裏に悪魔でも潜んでいるように見えたか、半歩下がって声すら出さなくなった。

 

 ちら、と視線を車内の奥へと移動させると、女性の先輩らしき従業員が事の顛末を窺っていた。

 ――僕が何も頼まなかったら、この人責められるだろうな……。

 

「水を、頼めますか」

 

 そう言葉少なに注文すると、女性は慌てて、「す、すぐにっ!」と、どこか安心したように小走りに消えていった。

 

 はあ、と心の中の憂鬱を吐き出そうとした。しかし、そうしたら他の人間を怯えさせてしまうという悲しい事実がついさっき発覚したので、ここは堪える。

 

 ――早く、着かないかな……。

 

 無論、従業員の対応が不快な訳ではない。ただ、腫れ物に触れるような態度を取られては、こちらとしても反応に困る。

 

「グレイロード様、お水をお持ちしまし――たあぁっ!?」

 

 先程の女性が、お盆に水の入ったコップを持って少年の元へ駆け寄り、その時、がたんっ! と機関車が強く揺れ、コップが空中でダンスを舞い、少年の灰色の頭の上でラストを飾った。カーテンコールは上半身にかかった天然水だ。

 つまりは、ずぶ濡れである。

 

 少年は衝撃と驚愕に顔を彩らせ、従業員たちは世界の終わりかのような表情で顔面を病気のように青白くさせている。特に、少年に雨を降らせた女性は。

 

「…………」

「はっ……、あ、あの、グレイロード様! 申し訳ございません! 直ぐに手拭いをお持ちします!」

「何故、このタイミングで……」

「え?」

 

 女性の耳に聞こえたのは、水をかけられた事に対する叱咤ではなく、『イレギュラー』に対する僅かな怒りである。

 

 超人的な身体能力で席から飛び出し、茫然とする女性を通り越し、外へと繋がる窓をこじ開ける。

 

 ビュウ、と強い風が少年にぶつけられる。近くにいた人々がそれに倣って外を見つめる。そして、先程の少年への恐怖も忘れて叫んだ。

 

「なっ……モンスター!?」

 

 複数の明かに人外の形をした、竜が空を走って機関車に向かっていた。

 やや青めの鱗や集団でいることから察するに、恐らくは中級の飛竜(ワイバーン)だろう。

 

「貴女」

「は、はいっ!?」

「名前は?」

「あ、えっと、アデライド・バーレクです!」

「アデライドさん。今すぐに護衛の魔術師がいる場所に向かい、事態を知らせて下さい。そして機関車に乗っている人々を一ヶ所に集めて下さい。僕はあれの相手をします」

「は、はい! しかし、グレイロード様、あれだけの数の飛竜をお一人で……?」

「速く向かって下さい」

「はいっ!」

 

 少年は、未だ事態が上手く呑み込めていない女性を指差し、手早く指示を出す。

 話を聞いていたその他従業員も慌てて前の車両へと駆け出す。

 全員の避難を気配で確認し、少年は窓の縁を掴んで、そこを起点に回転して屋根へと飛び乗る。マフラーが風に遊ばれて生き物のように蠢いた。

 

「……誰か一人でも死なせたら、僕の敗けだな」

 

 疾駆する怪物の軍勢を少年は無感動に見つめた。

 そして、呼ぶ。

 己が魔剣の真名を。

 

「――来て。灰行灯《かいあんどん》」

 

 その名を呟いた瞬間、光輝を纏った霞が少年の手元に生み出され、それが確かな質量となって、鞘に包まれた剣として現界した。あまり飾り気のない灰色の剣は、見る者が見れば驚愕した事だろう。

 

 魔力を解放し、敵はこっちだと威嚇すると、強い自我がある訳じゃない怪物共は、わかり易く誘いに乗ってくれた。

 

「ゴアアアアアアアアアアア!!」

 

 上空から、一匹の飛竜が喰い千切らんと少年へと襲い掛かる。

 灰色の刃が鞘から抜き放たれ、紫電一閃、飛竜が文字通りの真っ二つにされた。

「まず一つ」と呟く。

 

「この先には人の住む街がある。悪いが、殲滅する」

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