アザレアと、そう名乗った女性は、向日葵のように咲き誇る笑顔と共に、いきなり愛称で呼び始めた。
そして、最初に驚いたのはその身長であった。
恐らくは170センチはあるだろう。女性としてはかなり高い。身長165センチの低身長男子としては正直羨ましさもある。
また、非常に見た目も整っていた。絹のような胡粉色の髪、彼女の爛漫な性格を結晶化させたかのような紅蓮の双眸。
何処か間抜けで馬鹿っぽい雰囲気だが……、重心や構え、そして何より気配から、彼女も自分と同じ魔剣士だと推測した。
いや、それだけではない。
「貴方は、もしかして一級冒険者……?」
そう質問すると、「ええ、そうよ!」とあっさりと答えが返ってきた。
これには少年改め、グレイも多少驚かざるを得ない。冒険者の等級は最下位の四級から、三級、二級、準一級、一級と上がっていく。
「ええと、よろしくお願いいたします?」
「はい、挨拶は済んだわね。じゃあこの街と、冒険者の本拠を案内するわ!」
「本拠?」
「ええ、ここには本拠が三つあるのだけど、その内の一つへ案内するわね」
「それってギルド職員の仕事では……」
「ええー? いいじゃない、別に。ねぇヴェロニーカ? どうせこの子、私とギアと同じ場所になるんでしょ? あとラズナ」
「…………?」
やや含みのあるアザレアの言い方にグレイは首を傾げる。ギアとラズナという知らない名前も登場した。
一方ヴェロニーカは、不味い事を聞かれたとばかりに慌ててグレイに、何もやってないのに弁明するように声を張り上げる。
「アザレアさん! ラメンテ四級冒険者には私が案内しますので……!」
「じゃあ最初にハッキリさせましょ」
「え?」
「ねぇグレイ」
さっきから喧しかったアザレアが、今度はやけに静かに、グレイの方へ向き直ってこう問いた。
「貴方は『死神』なの?」
「――――――――」
一刀両断するように、アザレアは呆気なく周りが避けていたその『禁句』を本人の前で口にした。
『死神』という宛ら悪魔のような蔑称を。
目を見開くグレイとヴェロニーカに構わずアザレアは続ける。
「さっき私が言ったギアとラズナってね、私の友達なんだけど、ギアは私と同じ一級の魔剣士、ラズナは一級でも魔剣士でもないんだけど、ちょっと特殊な魔術を使える子なのよね。まあ、端的に言うと、貴方を抑える為の武力装置、臭い物の『蓋』なの。あ、言うまでもないけど『臭い物』ってグレイの事だからね」
「アザレアさん!!」
先程まで落ち着いて聞いていたヴェロニーカがとうとう声を荒げた。中立のギルド職員としては看過できない発言だったのだろう。しかし、内容自体は否定しない事から、事実だと伺える。
グレイもまた、特に困惑する事はなかった。というより、
アザレアはつらつらと言葉を並べた。
「グレイの経歴をヒエンさんから聞いたわ。グレイが受験した場所での合格者は一割にも満たない。つまり不合格者《死者》は九割以上。百人ぐらいが受験したらしいから九十人は死んでるわね。その後、幾つか任務や依頼をこなしたみたいだけど、グレイに同行した冒険者が一人残らず死んでる。えーっと、二十人程度だったわね。しかも、グレイと同じ場所で合格した一割の冒険者も、その後ダンジョンで殉死しているか自殺している。で……、調べてみたら貴方は『花隠れの森』の出身って事がわかり、そして『灰の魔剣士』だと発覚した」
「――『灰色は呪われている』」
「あ、やっぱり知ってた? そう、そんな伝承があって、実際に歴代の灰色の魔剣士はロクな目に遭ってない。長く話したけど、纏めて端的に言うと……、まぁ怖いのよね。貴方の事が。ギルド上層部も下級冒険者たちも。だから、今ここでハッキリしましょう」
アザレアはそこまで捲し立て、一旦言葉を切り、グレイへと真っ直ぐ向き直った。今までのグレイへの暴言とも取れる発言は、あるいは彼女の真摯な性格故なのかもしれない。
ギルドの中心で、誰もが聞いてる中で、アザレアは矢張り正面堂々と、グレイの翡翠の目を見つめた。
「貴方は死神なの?」
それは信じられないぐらい直球で、わかり易い質問だった。だが、似たような糾弾は過去に幾つもあった。
――思い出される。
『この悪魔が! お前は人間じゃない!!』
――思い出される。
『貴方がいるから、妹は死んだのよ! 貴方の所為で!! 何で貴方はまだ生きてるのよ!』
――思い出される。
『お兄ちゃんを返してよ! ――この、化け物!!』
ズキ、と罅割れるような頭痛がした。思い出したくもない、だが決して忘れてはいけない言葉。
死神だと、そう言ってしまったらどうなるのだろう。自分は目の前の女性に斬殺されてしまうのだろうか。真っ向から直接戦えば、きっと勝てない。それはそれで、悪くない気がした。
だが、それは決して取ってはいけない手だった。少年に死などという怠惰は許されない。自分を信じて、笑って命を賭してくれた人々に報いなければならない。
考える。
自分は何者か。
『―――――――兄さん』
考える。
自分は何を求められたか。
『前を向いて、兄さん』
その声に、振り返った。誰もいない。幻聴か。
グレイとよく似た顔立ちの少年が、真後ろに立っていた――気がした。
「…………イヴ」
「?」
グレイがふと呟いた一言に、アザレアが不思議そうに小首を傾げた。事の顛末を見守っていたヴェロニーカもきょとんとしている。当然と言えば当然だ。尋問相手がいきなり後ろを振り向いてこの場にいない者の名を呟き出したら、誰だってその反応になる。
さわ、と白いマフラーに手を添える。ああ――そうだ。兄さん、大事な事を忘れそうだったよ。
「――いいえ」
グレイは、断固として言葉を突き付けた。
「僕は、死神ではありません」
アザレアと、周囲の全ての人々に。
やや呆けたような空気を感じる。そんな中、グレイ以上に奇妙な奴がいた。アザレアとか名乗った一級馬鹿である。
アザレアは喜色満面、勝手に一人で喋り始めた。
「ええ、そうよね! うん、そんな噂有り得ないもの! 術化体質《マナ・ドール》でもそんなの聞いたことないし、やっぱデマね! うん、ヒエンさんもそう仰っていたわ!」
「は、はぁ……」
さっきまでのシリアスオーラは何だったのか。アザレアは納得した様子で腕組みしてうんうんと頷いている。
信じてもらったようだが、グレイも少々異議とも言えないような言葉を口にした。
「そんな簡単に信じちゃっていいんですか……?」
一級冒険者は、今度こそ心底から困惑したようにさらっと言ってのけた。
「だって違うんでしょ?」
「…………!」
思わずグレイは戸惑ってしまう。一級冒険者である以上、冒険者の汚い闇社会や黒い話もたくさん聞いている筈だし、実体験もしているだろう。そんな彼女が少し話をした程度の相手を信用していいものなのか。
どうすればいいのか、と少々狼狽えているヴェロニーカを完全に無視し、アザレアは続けた。
「それに、ヒエンさんは、グレイの近くにいた人間が死んでいった理由は察しがついてるって仰っていたし……」
「え?」
「じゃあ今度こそ本拠に案内ね! あ、いや先にヒエンさんの所へ行かないと! 執務室へ向かいましょう」
「はい、わかり――」
「その必要はない」
グレイが返事を言い終わる前に、聞いたことのある男の声がした。
「ヒエンさん……!」
「久しぶりだなグレイ」
ヒエンだ。
《至候聖》第八位――黄粱《こうりょう》ヒエン。アレグリアの本当の『最強』の一人。
そして、グレイを冒険者の道に引き込んだ人物だ。