魔剣とは、古代の聖遺物である。
そして魔剣は『受け継がれていく』ものだ。人間が得物を選ぶのではなく、剣が所有者を選ぶ
魔剣士が死去する、又は
魔剣士の『色』も重要だ。一説によると、魂や心の色がそのまま魔剣の色に繋がるらしい。グレイは灰、アザレアは白、ギアは青、といった具合に。
今でも魔剣と魔剣士の詳細は明確に分かっていない。
――特に、魔剣士の『三段階の権能』に関しては未知な点が多い。
――――――――
「権能第一階域――『呪紋』」
少年がぽつりと呟いた途端。
ギュルギュル、ギュルギュルと。
まるで呪詛のように魔剣から黒い蛇のような模様が走り、グレイの右腕を不可解な紋様で包み、それは顔の右半分まで覆い、グレイの翡翠の右眼を黒く染めた。
権能第一階域『呪紋』。魔剣で自分を呪い、能力を強化するシンプルな権能。第一階域に関してはどの魔剣士も同じで、身体能力、感覚の強化といった処だ。
グレイは早期決着を心掛け、魔剣を両手で握って跳び出した。呪紋により強化は、個人差はあるが、数字に表すなら通常能力の二乗といった程度だ。呪紋自体は大抵強化できず、変動する事はない。
「――ふッ」
飛来した
しかし、
いつものグレイならば有り得ない超人的な剣技。魔剣士の限界を超えた力。リミッターを外すことが出来るのが『呪紋』という権能であった。
まず一体。周囲に市民がいないか、怪我はしてないか、瞬時に視線を走らせる。確認、殆ど人の気配を感じない。避難誘導班は優秀のようだ。
ならば、躊躇も遠慮も不要である。
「「「ゴオオオオオオッ!!」」」
「――シッ」
複数のモンスターが醜い波濤となって押し潰そうと迫る。一陣の風と化したグレイは、モンスター一体に一秒もかけずに早急に始末し、疾風の剣舞で次々と怪物共を屠っていく。
異形の怪物であれば、何であれ関係なしに冒険者の名の下に鏖殺していく。
決して灰色の進撃が止まる事はなく、為す術なくモンスターは只々殲滅の一途を辿るのみ
――しかし、呪紋によって鬼がかかった身体能力になっていても、無限に体力が続く訳ではない。
また、ただ蹴散らす怪物だけでなく、灰色の天狗風を引き留める者も、確かに存在した。
突然、真横から強烈な殺気を感じ、咄嗟にグレイが魔剣を盾にする。
「――――ッ!!」
ドゴッ!! と。
何かがグレイに凄まじい速度で激突した。列車がぶつかってきたかのような衝撃、それを完全に受け止める事が出来ず、ズガガガガガッと建造物を砕きながら数十メートル先まで軽く吹き飛んだ。
大きな広場に飛び出た。宙に抛られた身を捻って地上に着地した。衝撃を殺しながら体勢を整える。
「…………けほっ。一体何だ……?」
グレイの問いが契機だったように、ずしんと地面を揺らして、冒険者の前に『それ』は現れた。
はっとグレイは息を呑む。緊張と悪寒に身体が骨の髄まで凍り付いた。冷や汗がぽたりと感想したタイルを雨模様に濡らした。
青々とした鱗で包まれた民家を大きく超える巨体、蛇のように細長い頭と、ドラゴンのような爪、そして何より特徴的なのは尻尾の先に生えているもう一つの同じ顔。
二つの蛇の顔と竜の身体。それは正しく――
「
――悪魔王公の、第十五位!!
何故、こんな処に――いや。
こいつが結界に風穴を開けたのか!?
悪魔王公が結界を割って侵入し、それに便乗する形で他の雑魚モンスターが襲撃したのだとしたら――やや強引だが辻褄は合う。
しかしそれなら腑に落ちない点がある。
――この巨体が何故今まで他の冒険者に確認されなかったのか?
アザレアとギアは一級冒険者だ(ヒエンは十中八九捕捉しているだろうが、無視する可能性があるので、この際考えない)。当然、有象無象のモンスター共ならば兎も角、異質な悪魔の気配には――王公となれば尚更――逸早く気付く筈なのである。一級ともなれば、討伐していても可笑しくはない。
――そういえば、こいつ。
――狙ったように僕に真っ直ぐ突進してきたな……?
その思慮が解になる前に――、
遊んでいるのか、幸いにも大した速度ではなかったので、即座に野兎が如く身を低くして躱した。空振りした尻尾の頭(?)はこちらを睨みつけていた。普通に怖い。
巨大な足裏が少年を押し潰さんと迫る。身体を屈めて回避。くるりと回転し、勢いをつけて足の――人間でいうところの――アキレス腱を浅く斬り裂く。
――硬い!
思いの外頑丈だ。鉄を斬る練習は何度もしていたが、竜を斬った事は少ない。
竜の口腔が膨らんだかと思ったら、ゴッと無色の息吹が吐き出された。匂いから察して恐らくは毒だ。分かり易く紫や緑色には映らない。厄介だと思いつつ、拡張斬撃の回転の風圧で、常人ならば一息でも吸えば死に至るであろう劇毒を吹き飛ばす。
グレイロード・ラメンテは魔術を使えない。
故に、武具に魔力を纏って斬撃範囲を拡張させる『拡張斬撃』を極めた。
竜巻のような剣風を巻き起こし、近所迷惑な痾の吐息を完全に吹き飛ばした。冒険者はまだ近くに残っているかもしれないが、冒険者ならば毒の耐性はある筈だ。気に留める必要はない。
「ふう――って、わああッ!?」
「キシャアアァァ!!」
尻尾の竜頭からは毒、長い首の先にある竜頭からは強靭な牙が飛んでくる。鞭のようにしなる首が飛び出し、紙一重で牙を躱すと、竜の牙が地面を抉ってガラガラと口から石やら瓦礫やらが溢れ出す。
「…………お腹壊すよ」
グレイの善意の忠告も無視し、身体を捻って勢いをつけた状態で尻尾を振り回してくる。幸いにも毒はない。
水面で跳ねる魚のように跳び上がって避ける。中空に浮いた瞬間、ガシッと両手で濃い青色の尻尾を掴む。風圧で吹き飛ばされそうになりながら、力尽くでしがみつく。
「こん、のおッ………!!」
右手に魔剣を顕現、刺突。
「ギ!?」
悲鳴を上げた尻尾の頭(何言ってんだろう)と首の頭。今度こそ明確な悪意を持ってグレイを放り投げた。弾丸のように民家に突っ込んだグレイ。地面に叩きつけられなかっただけ不幸中の幸いだ。
「ぐあ!」
ドゴゴッ、ガッシャン! と音を立てて塀を粉砕して、窓ガラスがバラバラになる。咄嗟に受け身を取ったが、背中が激痛でズキズキと罅割れる。如何やら一撃で数十メートル先まで叩き飛ばされたようだ。
――これが悪魔王公か。
魔術も無関係に素の力でこの能力値。『王』などと称されるだけはある。
ぷっと血の混じった唾を吐き捨てる。マフラーの無事を確認する。よし、大丈夫っぽい。多少汚れているが、これぐらいは後でどうにでもなる。
しかしこれだけ派手に暴れれば、他の冒険者も救援に来るのではないのだろうか? いや寧ろ何故来ない。
不自然な思いは募るだかりだったが、ないものねだりしても無駄だ。今あるもので戦わなければならない。
呪紋を少し制限する。身体を巡る呪いがあれば、毒はグレイの呪紋以上に強力でなければならない。長期戦も予想される。呪紋の無駄遣いは愚策だ。
一歩、アンフィスバエナの下へ踏み出そうとした、その時――。
「…………ひっ……、う、ああ………」
「――――!」
ばっと声のした方向を振り向く。
そこには、まだ十歳にも満たないような幼い女の子がいた。
「まだ避難出来ていなかったのか……」
「お、おにいちゃんだれ……? 何で、私の家……どうして……?」
家族が元々いなかったか。それとも見捨てられたか。後者ではあって欲しくないものだ。
グレイは最優先事項を『
魔剣を消して少女に近づき、跪いて微笑んだ。
「大丈夫? 怪我は?」
「おにいちゃんは? だれ?」
「僕は冒険者。君の味方だよ。怪我は……ないみたい。良かった。ここは危険だよ。早く外に行こう」
まだ混乱している少女を抱き上げ、外に出る。
「お名前は?」
「ペネロペ……」
「そっか、ペネロペ。ここはこわいモンスターがたくさんいるんだ。逃げなきゃいけない」
「お父さんは? どうしていないの?」
「? お母さんは?」
「むかし、お父さんとケンカしちゃってどこかにいっちゃった」
「あ、そう……。ところでお父さんは冒険者? 今は何処に?」
「ううん。ちがうよ? ちょっとまえにここからとび出していっちゃったの。わたしもついていきたかったけど、『お前は此処で待ってなさい』って言われて……」
「…………」
彼女の言を信じるならば、何となく父親の行動が理解できた。予想はいくつか立てられるが………。
――子供を贄にして自分だけ助かる道を選んだ……って事はないよな。
「ねぇお父さんは?」
「…………。ここにはいないよ。僕といっしょに行こう。きっと会えるよ」
「うん」
数瞬悩み、挙句そんな何の根拠もない事を語ってしまう。父親がもし生きてて、娘が生き残っている事に驚きでもしたら、ぶん殴ろう、とグレイは密かに決めた。
「目と口を閉じて。いま安全なところにつれていくから」
「うん」
素直な子供だ。グレイはトンッと地面を蹴って、風さえも追いていくような凄まじい速度で駆け出し、安全な処を探す。今はアンフィスバエナから離れる事が最優先だ。幸いまだ見つかってないようだ。
襲ってくるモンスターをガン無視し、元いた場所から数秒で数百メートル程まで一気に走り抜けた処で、後方を確認する。
――あれ? アンフィスバエナは……?
急停止しようとして、今は自分だけじゃない事を思いだし、ゆっくり速度を緩めて止まった。
「ん?」
ふと太陽の光が消え、自身と一帯に暗い影が差す。あれ、この影の形見覚えがあるぞ。
上空にいる存在が理解した瞬間、直ぐにその場から逃げ出した。
一瞬――ドオオオオン!! と。地震と勘違いするような轟音と衝撃が周囲一帯を襲った。悲鳴を上げる少女を抱えたまま、グレイは衝撃を予測して跳んでいた。
「キシャアアアアアアアァァァァァ!!」
「何故、僕ばかり……!?」
目の前にいたのは、当然というかなんというか、猛毒を吐く蛇竜――アンフィスバエナだった。不幸中の幸いか、まだ怪我は完治していない。
魔剣を片手に顕現させる。グレイは魔術を使えない。魔術という遠距離砲台が無い状態で、呪紋と拡張斬撃だけで、しかも少女を庇いながら戦えるか否かと問われたら、否と答えるしかない。
マフラーを解き、ペネロペの口元に窒息しない程度で巻いた。
「わぷ」
「ごめんね。少しだけガマンしてて」
やらないよりマシだろう。毒に対する防御策だ。
アンフィスバエナのアイアンテールを上空に飛んで躱しつつ、逃げる打開策を思考に張り巡らせていた――その時。
ずしん、ずしん、と。
「おにいちゃん、あれ……」
冷や汗を垂らしながら、グレイはおずおずと少女に引っ張られ、足音の方向へ首を傾けた。
「……冗談でしょ」
そこにいたのは――
――前門の虎、後門の狼。
ふと極東の友人から聞いた、そんな言葉が想起された。