不毀の魔剣士   作:近藤さん

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第八話 轍鮒之急

 

 ――だから、何で僕のとこばっか!

 

 悪魔王公が二体。何故山程いる冒険者の中でもグレイただ一人狙うのか。いや他の冒険者に死んでほしい訳ではないが、出来れば複数の準一級冒険者以上とお相手願いたい。

 いや、これは一級冒険者でも勝てる確証のない戦場だ。まだ四級で、魔剣士としてもまだ未熟であり、第二階域の権能を扱う事も出来ないグレイにこの戦場を生き延びる保証はない。

 故に、グレイの判断は――、

 

 逃げる。

 

 その一手だった。

 神速で飛び出し、民家の間を縫って二体のアンフィスバエナから逃走する。

 悪魔相手に恥じも外聞もない。格上と戦うにしても、これは相手が悪すぎる。その上、自分以外の誰かを守らなければいけない状況だ。なりふり構わない。

 アンフィスバエナを置いていき、駆け出していると……、二体のアンフィスバエナが追ってきてない事がわかった。

 

「? ――何で追いかけて……あだッ!?」

 

 ゴンッ!! と。

 グレイの頭が何かにぶつかって空中で静止し、地上へ無理矢理落とされた。

 

「ええ、なにこれ……」

 

 何もない場所に手を伸ばすと、何故か壁のような硬い感触が掌に返ってくる。不細工に目を凝らすが、向こう側の建物がいくつか透き通って見えるだけだ。

 ふとペネロペへと視線を向けると、彼女は不思議そうな顔で小首を傾げていた。

 そして、結構な衝撃だったけど、何でこの子無事なんだろう……と思い、はっと一つの光明が脳裏に閃いた。

 グレイは跪き、ペネロペを「あっちに行ける?」と歩かせた。するとペネロペは「うん」と返事をして、グレイがぶつかった無臭無色不可視の壁へとことこ歩いていく。すると、困惑した様子のペネロペはそのまま通り過ぎた。

 よし、と疑惑は確信へと変わる。グレイはペネロペにこう言い聞かせた。

 

「ねえ、ペネロペ。僕はここでおしごとがあるんだ。もうしわけないんだけど、先にいっててくれるかな? ひとりでも大丈夫ってところ見せてほしいな」

「うん。ペネロペ、できるよ」

「そっか。じゃあまたあとであおうね」

「うん」

 

 初めてのおつかい感覚でペネロペは返事をした。。笑顔でバイバイと手を振り、一旦彼女と別れた。此処は既に無法地帯だが、悪魔王公二体いる場所より遥かに安全だろう。グレイも全力で戦えない。

 

「これは結界、なのかな」

 

 グレイは両手で空気を押しのけるが、まぁ無駄だった。魔剣で斬れば何とかなるかもしれないが、少年は如何やら魔術に嫌われているようなので、ギアのように反動が来る可能性もある。

 同じ日に二度も魔術に拒絶されるとは、少々傷つくな、とふざけて思った。

 

「こんなにも魔術に好かれないなんて……。まぁ、魔力が全くないよりマシだけど」

 

 魔剣を顕現させ、腰に刷く。しゃっと灰色の刀身を鮮やかに抜刀した。

 二体の猛毒の蛇竜へと利剣と殺気を向けた。

 

「――さあ。再戦だ」

 

 その言葉が契機となったように。

 アンフィスバエナAがその巨大な体躯を唸らせて、グレイへ突撃する。跳躍してそれを躱すと、今度はもう一体のアンフィスバエナBの尻尾から猛毒のガスを吐き付けられる。息を止め、その尻尾へと敢えて突っ込む。

 開けられた泥や砂で汚くなった口腔で球体の形になるように乱回転して口の中をズダズダに斬り裂いた。

 尻尾の口が悲鳴を上げる前に舌を切断――至近距離で叫喚を聞いたら鼓膜が破れてしまう可能性があるからだ――、腰のポーチから火炎石を取り出し、魔力を込めてから咽喉の奥へと放り込んだ。

 火炎石は個体の可燃性物質だ。ダイヤのように頑丈で、僅かな魔力でも込めると起爆する。

 

「よっ」

 

 口から逃げ出し、頭を踏み付けて閉口させた。跳んでその場から逃げ出すと、一瞬の内に――ドゴッと。

 尻尾の中間辺りからくぐもった爆発音がした。

 

「ギシャアアァァァァァァ!?」

 

 耳を抑えた後、アンフィスバエナBの悲鳴が上げられる。

 怒り狂った悪魔の毒蛇は、身体に百足でも巻き付かれたようにドスンドスンとその巨体を、近所迷惑もなんのそので暴走状態《バーサク》になった。

 

「キシャアァァァァァァア!!」

「ギイイイアアアアアアア!!」

 

 アンフィスバエナBがアンフィスバエナAに噛みつき、それにキレたアンフィスバエナAが反撃し、同士討ちを始めた――悪魔王公に仲間という共生概念があるのかどうか知らないが――。

 魔剣士としてどうかと思う戦法だが、戦士としては正解の戦いだ。 周囲に人の気配はない。暫く潰し合ってお互いに体力を消耗してもらうおう。

 姑息な作戦を立てつつ、遠くへ跳び出す。魔剣を持ちつつも、グレイはもう仕事は終わりかもしれない――等と考えていた時。

 不意に、上空に閃光を感じ、視線を頭上へと持ち上げる。

『それ』を見て、グレイは顔を顰めた。

 

「あれは……」

 

 青い空。白い雲。そして巨大な鳥。

 白いキャンパスに黒い絵の具を一つ落としたように、妙な異物が空を飛んでいた。

 その鳥に数名の人間――人型の悪魔かもしれないが――が乗っているのがわかった。

 もしかして、彼等がアンフィスバエナを手引きしたのか……?

 グレイのその疑問は、直ぐに氷解する事となる。

 鳥に乗っていた人種不明の明らかに怪しい連中は、鳥の上からチカチカと紫色の光彩を放った。

 

「?」

 

 何だアレは――と。グレイが言葉を口にする前に。

 

 ――――――ゴッッ、と。

 

 鈍い音を立てて、グレイの男子としては小柄な体躯が、ドガガガガガッと住居を破壊しながら数十メートル吹っ飛び、録に受け身も取れずに地面に衝突し、ゴロゴロと転がりながら、小屋に背中がぶつかって止まった。

 

「かっ、は……!! ごほっ、かはっ!」

 

 血反吐を吐きながら体勢を立て直す。自分の今の状態を確認する前に、はっと黒い影が頭上に差し掛かった。

 ドンッとアンフィスバエナAの、鞭のようにしなる鋼鉄の大木がグレイが――先程までいた場所を砕く。

 

「……ッ!」

 

 ぐるっと身体を捻って辛うじて躱していたのだ。

 が――もう一体の悪魔王公、アンフィスバエナBが巨大な竜爪を横薙ぎに払った。

 

「~~~~~~ッ!! ぐあああああああああああああ!?」

 

 咄嗟に魔剣を下段から上段へと振るい、受け止める。ガリガリガリガリガリッと地面を削りながらグレイをボールか何かのように扱い、轟音と共に街の道路に縫い付けた。

 

「ごっ、ぐふっ、おぐっ…………」

 

 ――避けた場所にもう一体が攻撃……。何故急に喧嘩をやめたんだ?

 魔剣は押し倒される瞬間に消したが、流石に竜の力に抵抗できる程、グレイは怪力ではない。

 

「あの、鳥ッ……!」

 

 何かした、と考えるのが妥当だろう。巨大な怪鳥の乗客が、あの妙な紫色の怪光線を放ってから、悪魔たちは統率を取り始めた。恐らく、アンフィスバエナをここまで呼んだのも奴等だろう。

 グレイに何の影響もなかった処を考慮すると、悪魔やモンスター限定か。だが――悪魔王公としては――下位と言えど、悪魔王公を従えるなど、並み大抵の技術ではない。魔術か、人智を越えた権能か。

 

 しかし、同時に疑問。

 ――何故……それほどの力を持っていながら自分が直接手を振るわない?

 正体がバレては不味いのか、もしくは戦闘向けの能力ではないのか、ただの小手調べのつもりなのか……。可能性だけならば、押さえつけられている身体と反比例していくらでも浮上してくる。

 

「ぐっ……、う」

 

 ――あ、やば……。

 意識、飛ぶ…………。

 

 グレイが巨竜の重さに負け、意識と身体が潰れようとした――その時。

 

 パシャッ、と。

 

 カメラのシャッターの押した時のような、小さな音が鳴った。

 音が響いた瞬間、グレイを喰らおうとしていた二体の竜の動きが停止する。

 そして、グレイを押さえている竜の足元に、ふっと小柄な少女が転移したように現れ、手にしていた懐刀程度の大きさしかない、しかし不気味な魔力を漂わせる鉾で悪魔王公の足の皮膚を貫いた。次いで、ザクザクとぐるっと足首を一周して、赤黒い切痕を刻んだ。

 

「硬いな、こいつだけ回収するか」

 

 そう少女が呟くまで――およそ二秒。

 

「ギイイイアアアアアアアアアアアアァァァァァ!?」

 

 アンフィスバエナBが漸く動き出し、悲鳴を上げる。脚をグレイから離し、今度は少女がグレイの首元を掴んで先程と同様、瞬間移動じみた速度でその場から離脱。近くの屋根に着地した。

 

「おい」

「…………あ、う」

 

 少女が乱暴に倒れているグレイを立たせる。

 

「ちっ、脚と肋骨の骨が砕けてるな。もう戦えないか。ったく、ウチは治療術士(ヒーラー)じゃないぞ。後でクレラに診てもらうか。あんの至候聖、面倒な仕事押し付けやがって」

「貴女は……」

「は? 聞いてないのか? ……ちゃんと説明しとけよ、あいつ……。監視役だっつーのに」

 

 グレイより小さい身長の彼女は、強気な態度で男勝りな喋り方で簡潔に自己紹介した。

 

 

「ウチはラズナ。お前の監視役だ、グレイロード・ラメンテ」

 

「ラズナ……? もしかして、アザレアさんの言っていた?」

「ああ、アザレアからは聞いているのか。おしゃべりだからな、あいつは。ベラベラ他人のプライベート喋っちゃいないだろうな」

 

 ラズナ、と名乗った少女は、小柄な身体と可愛らしい顔の割に口が悪かった。

 

 ボブに切り揃えた楊梅色の髪、抱き締めたくなるような愛らしい顔立ちに、冒険者らしい健康的な肢体。グレイよりも小さい体躯はとても戦場に出向いているとは思えない。

 

 グレイが思わずジロジロと視ていると、ギロリと効果音が出そうな眼光がグレイを貫いた。

 

「……何見てんだ」

「あ、いや……。えーっと……、可愛いなって」

「は? 冒険者に可愛いなんて褒め言葉になると思ってんのか。弱く見られるって事だろ。なに、浮ついた言葉吐いてんだ。気持ち悪ぃ」

「すいません……」

 

 ちっと舌打ちをし、グレイから悪魔王公二体へと目を向ける。

 男勝りな子だ……と思いつつ、グレイもアンフィスバエナを警戒する。

 魔剣を構えようとし、失敗する。

 

「え――」

 

 がくっと。腰が砕けてその場にみっともなく四つん這いになった。ガクガクと腕が震えて上手く体勢を直せない。

 

「これは……」

「ビビってるわけじゃないな。ただ骨が複雑骨折しているだけか」

「何を悠長に……! その魔術は戦闘用には見えないけど」

「何だ、良い眼をしているな。お前の言う通り、『映写魔術』に物理的な強さは皆無だ。基本的にウチは魔術具(アーティファクト)で戦う。お前みたいな灰色ゴリラとは違って、お淑やかで硝子細工みたいな女なんだウチは」

「ご、ゴリラ……」

 

 グレイが思わぬ言葉に衝撃を受けていると、空気を読まないアンフィスバエナがこちらに攻撃してきた。

 噛みつき攻撃。グワッと咆哮を上げながら二人の冒険者を喰らいつかんと迫る。

 

「ラズナ! 危な――」

「動くな」

 

 その命令は、グレイとアンフィスバエナ、二人に向けられていた。

 ラズナは人差し指と親指でLの字を片手ずつ作り、両手で合わせて長方形にした。

 そして、それをアンフィスバエナに向けた。すると――

 

 カシャッ、と。

 

 ――まただ……!

 

 カメラのシャッター音が鳴った。すると、ラズナの長方形に切り取られた景色は、そのまま二秒間停止した。

 二体のアンフィスバエナは己の意思に反して身体の動きを否定され、竜の白刃のような歯に垂れる唾さえ重力に逆らってピタリと制止し、宙を舞っていた埃までもが、その場に保存された。宛ら時が止まったように。

 

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