DUNGEONS & LIARS - 迷宮が暴く君の嘘 -   作:日下部慎

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B0F - 前日譚 / 或るパーティーの話
第0話


 どうやら俺は異世界に来てしまったようだ。

 

 いつも通りに寝て起きたら変な所にいて、なんだかよく分からんモルモットみたいな扱いを受けたと思ったら、冒険者と一緒にダンジョンへ潜って探索しろという。

 

「いや、さすがに? スマホもパソコンもない世界に用はないんだけど?」

 

 当然、俺は日本へ帰らせろと要求した。

 

「すまないが、元の世界には帰れない。少なくとも私はその方法を知らないのでな、諦めてくれ」

 

 そう返してきたのは、冒険者の中でリーダー格の女だった。

 

 女の名前はトゥニス。

 長身でやたらスタイルが良く、凛としたというか、豹みたいなイメージ。

 オレンジ色の髪と瞳で、長い髪を後ろで縛っていた。

 あと露出が多くてエロい。誘ってんのか?

 

「どうか私たちにご協力くださいませ……無理を承知でお願いいたします」

 

 そう言って頭を下げてきたのは、杖を持った少女。

 オルティと名乗った少女は、トゥニスとは逆に、ゆったりとした白い服で清楚感があった。

 こちらは赤い目に朱色の髪。肩口までの癖っ毛だ。

 

 ……丁寧に頼まれると断りにくい。

 でも無理って分かってるなら、最初から頼まないで欲しいんだが?

 

「……嫌なら断れば。べつに、ダンジョン行かなくても生きていける」

 

 ぼそっと呟いたのは、一番小柄な少女。

 最初にイクスと名乗ったきり、ほとんど喋らず、俺と目を合わせようとしない。シャイなのか。

 紫の瞳に、水色のショートヘア。

 服はローブというのか、大きな布をかぶっており、布から出た生足とか、ぴっちりしたスパッツがちらちら見えて気になる。

 

 この3人が、俺をダンジョンに連れて行こうとしている冒険者パーティーだ。

 

 女3人の中に男が1人。

 これはいい。かなりの好材料だ。一瞬でOKを出してもいいくらいの良環境。

 だがしかし、ひとつの懸念材料があった。

 

 ――女3人と一緒にいるからって、本当にそういうイベントって起きる?

 

 甘酸っぱかったり、甘々だったり、ふたりきりでイチャイチャしたり、ひょっとしたら全員から迫られたり、エロエロなトラブルがあったりとか、そういうのを俺は求めているわけだ。

 これが一生ただの荷物持ち、男として意識されることもなく、道ばたの石ころと同等の扱いではたまらない。

 

 そんなわけで、俺は警戒しつつ情報を集めることにした。

 そもそも何で俺はこの世界に呼び出されたのよ?

 

 俺の疑問に答えるようにトゥニスが言う。

 

「ダンジョンを踏破するには、地球人の協力が不可欠だ。地球人の持つ“運量”がなければ、ダンジョンを探索することはできない」

 

「運量?」

 

 なんだその宗教の勧誘に使われそうなワードは。

 

 横からオルティが割り込んで説明してくる。

 

「運量とは、幸運を量的に表したものです。より正確には、未来の不確定要素を自らの望む方向へ導く事を可能とする地球人固有の力……及びその力を測る単位の事ですわ」

 

「……えー……なんだって?」

 

 何のこっちゃ分からず首をひねる俺に、トゥニスが助け舟を出す。

 

「簡単に言うと、地球人は運量というものを持っていて、それを使うと幸運を起こしたり、不運を避けることができるのだ。未知の地下遺跡を進むには、何よりも幸運が必要になる。だが、我々は運量を持たない。運量はおまえたち地球人しか持っていないのだ」

 

「いや、幸運を起こすって。そんな事できたら苦労しねーんだが?」

 

「うむ、そのようだな。地球人は運量を操る技術を持たないと聞いている。しかし、この世界には運量を使って幸運を起こす術があるのだ」

 

「……まじで?」

 

「ああ。そうだな、試しにやってみるといい」

 

 うさんくさい話だ。

 そんな事できたらソシャゲでガチャ回す時に使うわ。

 っていうか、スマホねーじゃん!

 やっぱ元の世界に帰らなきゃダメじゃん!

 

 とはいっても、それは幸運を操るというのが本当だったらの話だ。

 本当かどうかは、やってみれば分かる。

 ここは素直に従ってみることにした。

 

「そうですわね。それではまず、《エグゼ・ティケ》……と唱えてみてください」

 

 呪文か。

 俺はオルティの指示に従って呟いた。

 

「……エグゼ・ティケ」

 

 すると――

 

「うぉ……」

 

 俺の体から金色の光が……!

 

「ままま、まーじかこれ!」

 

 やっべえええええええええええドッキリじゃなかったあああああああああ!!!

 

「これマジ!? え、どうすんの? どうすんのコレ!?」

 

 興奮してキョドる俺を落ち着かせるように、オルティが次の指示を出す。

 

「その状態で、願いを言葉にしてください。それで幸運が発動します」

 

「簡単すぎない? 大丈夫それ?」

 

 下手なこと言ったらやばそうなんだけど。

 俺の不安を察してか、トゥニスが口を挟む。

 

「運量の消費は願いが簡単なほど少ない。逆に、無理のある願いは心量を浪費してしまうか、発動しないので気をつけてくれ」

 

 ……っていうと、これで元の世界に戻るっていうのは駄目くさいな。

 案外よくできてやがる。

 ちょっとテンション下がった。

 

「まずは小さくて簡単な願いでお試しを」

 

 と、オルティに言われたものの。

 いや、願い事って言われてもなぁ。

 大きな願いはダメっていうと、結構限られてくるわけで。

 そもそも何が小さくて何が大きな願いなのか、まずそこがよく分からない。

 

 悩んでいるとトゥニスとオルティがアドバイスをしてくる。

 

「あまり悩まなくていいぞ、適当でいい」

 

「そうですわ、思いついた事で構いません」

 

 イクスは何も言わずに横目でこちらを眺めていた。

 心なしか、その目は退屈しているような、「さっさとやれ」と視線で言っているような気がした。

 

 しかし思いつかない。

 思いつかない時は思いつかない。そういうものだ。

 だが急かされ続けるのも耐えられない。

 なので俺は思いついた事をそのまま言うことにした。

 

 

「パンツ見たい」

 

 

 空気が凍った。

 そして、次の瞬間だった。

 

 トゥニスのベルトが切れてショートパンツがずり落ち、

 隙間風が吹いてオルティのスカートがまくれ上がり、

 イクスのスパッツが破れた。

 

「おぉ……」

 

 この瞬間――

 

 俺は、この世界で生きていこうと決めた。

 

 

 そしてこの瞬間、俺はかつてないほどに集中力が高まっていた。

 時が止まる……そう感じるほどに。

 なにしろ数秒だ。

 数える余裕もない短い時間のうちに、3つの箇所を目に焼き付けなくてはならないからだ。

 

 肉感的で野性味のある美女のトゥニスは、その抜群のプロポーションを見せつけるかのような、薄くて面積の少ない赤のショーツ。

 

「……お」

 

 少し目を見開いた程度で、下着を見られても平然としているのは、慌てることの許されない戦士ゆえか。まるで落としたペンを拾うかのように、自然な動作で足元に落ちたショートパンツを引き上げた。

 

 突然衣服が破れたイクスは、クールな素振りから一転、ひどく狼狽していた。

 

「――わ、ちょ、これっ……!」

 

 身をよじり、破れたスパッツを掴んで、体を隠そうとする。

 素早い反応により、その小さくて細身な肢体はすぐにローブの後ろに隠れてしまったが、その僅かな間にも俺の目は捉えていた。破れた黒いスパッツの奥にあった、同じく黒い色をした一枚の布を。

 下着とスパッツが同じ色だった事を、果たしてどう捉えるべきか?

 残念に思う気持ち……それは確かに……わずかに生じたかもしれない。

 だが、それよりも重要な事柄があった。

 それは「下着を穿いていた」という事。

 これによって、ひとつの存在が確定する。

 

 そう、“ライン”である。

 

 スパッツに浮き出るパンティライン。これが保証されたのは大きい。そのラインの有無は瞬間的な破壊力に関して、無視できない差異を生じる。一説によれば、このラインが一つの到達点である……とも言われている。

 

 縮こまって半眼でこちらを睨むイクスに、俺は心のなかで謝罪し、また感謝した。

 

 そしてオルティ。

 そのスカートの下には、白くて厚手の、子供っぽい下着が隠されていた。

 

 王道はいい。

 不変的な良さがある。

 王道には王道たり得る強さがあるのだ。

 

 その後に両手で股を押さえるのも良い。

 顔を真っ赤にして、涙目になって、プルプル震えて睨みつけるさまは、実にマーベラスかつアメージング。

 

 素晴らしい。

 素晴らしい状況だった。

 

 そう……今こうして、目の前のオルティが、両手で掲げた杖を振り下ろすまではね。

 

「何やってんのよ、このバカぁーーっ!」

 

「ウギャア!」

 

 いでぇ!

 本気で殴りやがった!

 

 しかも二度、三度、四……ちょっ、おま、マジ痛い痛い痛いシャレにならないやめろおおおおおお!!

 

「まあまあ、落ち着け落ち着け」

 

 ようやくトゥニスがオルティを引き剥がしてくれる。

 オルティは羽交い締めにされながらも、フーッ、フーッと獣みたいな息を吐いて、こっちを睨みつけてる。こわい。

 

「なんなの、このバカ! 信じらんない! 別のやつに変えられないの、これ!?」

 

「残念だが地球人の再召喚は認められていない。諦めろ」

 

 その後もギャーギャーとわめくオルティ。

 トゥニスはそれを諭しながら、部屋の外へ連れ出していった。

 

「いでぇ~……いでえよ~……」

 

 俺はというと、杖の殴打をガードした両腕が痛くて痛くて泣きそうだった。

 というか涙出た。

 

「……ちょっと見せて」

 

 言われて顔を上げると、イクスが俺の殴られた額を近くでじっと見てくる。

 無表情だが整った顔が近付く。かわいい。

 イクスは小さく頷くと、次はこっちの腕に手を触れた。

 小さい手が冷たくて気持ちいい。

 

 そしておもむろに、ギュッと腕を掴まれた。

 

「あぎゃあぁぁわででででで!!!」

 

 激痛が駆け巡る。

 俺はエビのようにのたうち回った。

 

「ん、大丈夫。折れてない」

 

 イクスはそう言って立ち上がり、サッとこちらに背を向けると、部屋の外へと歩いていく。

 え? このまま? 放置?

 

「いや、折れてないからってさぁ~……痛すぎなんだけどこれ? 何かその、治療的な……ね?」

 

 俺の人道的支援を訴える呼びかけに対して、イクスは肩越しに振り向いて答えた。

 

「……自分が悪いんでしょ」

 

 言い返せる言葉はなかった。

 バタンと扉が閉まる。

 

 そうして俺は暗い部屋にひとり残された。

 

「いでぇ~……いでえよ~……」

 

 宿屋の一室に力ない声が響く。

 

 そうして俺は一晩中、腕の痛みにうなされ続けたのだった。

 

 

 

----------------------------------------

 

 翌日の朝になって。

 

「さあ、それでは参りましょうか、皆様」

 

 そんなわけで、女3人に連れられてダンジョンの前まで来たわけだが。

 

「なんでコイツまた猫かぶってんの?」

 

 俺はオルティを指さして他の2人に尋ねる。

 答えたのはトゥニスの方だった。

 

「ああ、オルティは書物にある知識を鵜呑みにする癖があってな。おおかた冒険者ギルドで売っていた『地球人完全攻略手引書』でも読んだのだろう」

 

「なにそれ読みたいんだけど?」

 

 超気になる。

 地球人は物腰の柔らかい女性を好む傾向がある――とか大真面目に書いてあんの?

 

 ちょっくらオルティに聞いてみよう。

 

「おーい。その本、今持ってる?」

 

「……ありませんわ。探索の邪魔になりますもの」

 

「じゃあ、なんて書いてあったか教えてくれない? なあなあ? なんて書いてあったん? んー?」

 

 俺は何度も首をかしげながら、オルティの顔を覗き込んだ。

 次第にオルティの顔が赤く染まり、杖を握る拳がプルプルと震えだす。

 

「ぅ……うるっさい! さっさと行くわよ!」

 

 オルティは杖を振り回してダンジョンに向かっていく。

 アメリカ人っぽく肩をすくめる俺。

 気にも留めずについていくトゥニス。

 後ろから冷たい視線を注いでくるイクス。

 

 こうして俺たちは、暗く深い未踏の地へと足を踏み入れた。

 

 

--------------------------------------

 

「地下1階はすでに探索され尽くしている。何かあっても無視して次の階層へ進もう」

 

 未踏の地じゃなかった。

 

「イクス、3階まで先導を頼む」

 

「うん、わかった」

 

 身軽な格好をしているイクスがスカウトというのかシーフというのか、斥候の役割をするようだ。

 

 トゥニスは露出は多いが所々に金属の鎧を身に着けて、やたら大きな剣を背負っている。戦闘担当だろう。

 

 オルティはゆったりした衣服で杖を持っている。見るからに魔法使い枠。

 

 そして俺の役割は――

 

「……ここ、幸運つけて入ってみて」

 

 あっという間に辿り着いた地下3階で、先導していたイクスが振り向いて言ってきた。

 

 どうやら彼女らにもよく分からないものを、“運量”で解決するのが俺の役目らしい。

 俺はあらかじめ言われていた通りに運量を使う。

 

「エグゼ・ディケ」

 

 呪文を唱えると俺の体が金色に光り……

 

「幸運よ、俺の身を守ってくれ」

 

 光が収まる。

 これが願いが受理された合図らしい。

 

 そうしてイクスが指した扉を開け――

 

 ガシュッ!

 

 数十本もの槍が、俺の周囲に突き立っていた。

 

「は……ホワアアアアッ!? なんだぁ!?」

 

 超びっくりした。

 すっげーーーびっくりした。

 突き立った槍は、その一本がほんの少しでもずれていたら、俺の体は串刺しになっていただろう。

 

 トゥニスが近づいて見分する。

 

「ほう……体を貫く場所だけ、穴から槍が出てきていないな。都合のいい所だけ詰まるか、あるいは誤作動か。面白いな」

 

 おもしろくねーよ、こっちは死ぬかと思ったわ。つーかちょっとちびったわ。

 

 オルティは俺の首から下がってる札を覗き込む。

 

「ふうん、今ので700ちょっとしか減らないんだ」

 

 これは召喚されて最初に渡されたものだ。

 俺の運量の残りが表示されている。

 10000から減って、今は9269になっている。

 

「オルティ、まだ近付くと危ない。あなたも早く出て」

 

 槍の檻から俺を引っ張り出そうとするイクス。

 

 そして俺は気付いたね。

 気が付きたくなかった真実に。

 

「ひょっとして俺の役目って、こういう体当たりの爆弾処理?」

 

 イクスを見る。

 イクスは無言で目をそらした。

 

 オルティを見る。

 何を今さらという顔をしている。

 

 そしてトゥニス。

 

「うむ、理解が早くて助かる。では、この調子で行こうか」

 

「ざっけんなーーーっ!! こんな九死に一生スペシャルに何度も出演してられっか! 出演料よこせやコラ!」

 

 っていうかバンジージャンプ?

 運量を命綱にしたバンジージャンプだろこれ!

 

「ふむ、出演料……見返りか。そうだな、これならどうだ?」

 

 言って、トゥニスは俺の顔を掴むと、自分の胸の谷間に引き寄せた。

 

「――ぉぶ?」

 

「ほれほれ、これならどうだ?」

 

 トゥニスはその豊満な乳房で俺の顔を挟み込み、何度も揺すってくる。

 これは……伝説にその名を聞く……ぱふぱふ!

 

「お……お……おぉ……」

 

 力が……抜けていく……そうか、これが……。

 

「……よし、このくらいでいいか。では次からも頼んだぞ」

 

 俺は頭がぼーっとしていて、頷くしかできなかった。

 いいように使われている。という事は分かっていたが、なんというか、まあ、その……別にいいかな、とね。うん。

 

 オルティとイクスから冷たい視線が注がれている気がしたが、気のせいだと思うことにした。

 

 そうして俺たちは暗い通路を進む。

 途中、何度か見たことのない生物をトゥニスが大剣でぶった斬ったり、嫌がる俺がオルティに蹴り飛ばされ罠の中に突っ込まれたりしながら、順調に探索は進んでいった。

 

--------------------------------------

 

 地下4階――。

 

「オクシオ・ビウヌ!」

 

 オルティが唱える魔法の詠唱が、高らかに響き渡っていた。

 

「タセバ・ノウシ・ドーヤエウ・ティヨ・ナウェラウー・タナ・トウペネ!」

 

 オルティの持つ杖の先が鈍く輝く。

 同時に、微弱な振動が、予兆のように大気を震わせる。

 

「控えろ、跪け! 我が諧声玉音(かいせいぎょくおん)の前に、有象無象よ須く惶懼(こうく)すべし! 止まれ――ニューヨ・イルノ・トゥニディ!!」

 

 魔法の詠唱が完了した。

 すると俺たちの周囲を取り囲んでいた爬虫類の群れの動きが、目に見えて遅くなる。

 そこへトゥニスが切り込むと、手にした大剣を豪快に振るって、瞬く間に殲滅していった。

 

 一匹残さず斬り倒したトゥニスは、額の汗を拭いながら、大きく息をつく。

 

「ふー……さすがにきついか。運量も少ない、このあたりが潮時だな」

 

「賛成だ! よし帰ろう、今すぐに!」

 

 俺は光の速さで手を挙げた。

 運量は残り2000を切っている。

 これまでに何度死線をくぐり抜けたことか。

 スプラッター映画で運良く最後まで生き残る主人公の気分だった。

 

 オルティも続けて賛同する。

 みんな疲労の色が濃いようだ。

 

「そうね、心量もだいぶ減ったし。ねえ、少しちょうだい」

 

 “心量”。

 運量と同じく数値化されているもので、運量と一緒に金属の札に書かれている。

 この心量を消費して魔法を使うらしい。いわゆるMPだな。

 

 しかしこの心量、ちょっとややこしい。

 俺ら地球人と異世界人とで、色々と違うのだ。

 

 まず心量を保有できる量は、異世界人の方が多い。俺は最大で100もないのに、彼女らは500。

 だが地球人は時間が経てば勝手に心量が増えるのに、異世界人は勝手に増えず、神への祈りや捧げ物、そして地球人から受け取るしかないという。

 めんどくさい話だ。

 

 地球人は運量で幸運を使い、

 冒険者は心量で魔法を使う。

 

 これがダンジョン攻略の役割分担とのこと。

 で、俺の心量は少ないけど、自動で回復する予備タンクみたいな扱いだった。

 

「エグゼ・アストランス……トゥニス、オルティ、イクス……20」

 

 教わった通りに呪文を唱える。

 すると俺の体から青白い光が浮き出て、3人に向かって飛んでいく。

 何十個もの小さな光の玉は、まるで蛍の大群のようだ。

 

 それと同時に激しい虚脱感に襲われる。

 あるべきはずのものが、体の中からごっそり抜け落ちてしまったような不安と恐怖。

 さらには、寝起きのように頭がぼーっとして、うまく働かなくなる。

 

「ぐえぇ……きついんだがコレ」

 

「出しすぎ。3人に20で、60でしょ。残り27しかない」

 

 イクスが俺の札を見て注意する。

 それよりも俺は、心量を渡す方法が変な呪文って事に問題あると思うよ。

 口移しとかさ、なんならもっとディープな渡し方でもいいじゃん? あ、でも相手が男だとヤベエな。

 

「ふむ、少し回復させた方がいいな。揉むか?」

 

 俺は言われるままに手を伸ばして、トゥニスの乳を掴んだ。

 心量が27から29に上がった!

 

「む、上がりが悪いな。飽きたか」

 

 そりゃあ、ここにきてから数えきれないほど揉んでますからね。ええ、いくら揉んでも飽きないと思ってましたよ、最初はね。

 

「仕方ない――」

 

 トゥニスが顔を上げて残り2人を見る。

 

「私は絶っっっ対、嫌だから! ほっとけば勝手に回復するんだからいいでしょ!」

 

「……早く帰ろう。長居するのは良くない」

 

 残念無念、またの機会ということで。

 行きはイクスが先導したが、帰りは罠の心配がないのでダンジョン内を徘徊する生物を警戒して、トゥニスが先頭を歩く。

 いくらか進み、曲がり角に差し掛かったところで、トゥニスが何かに気づいて片手を挙げた。

 

 すると、トゥニスの背中から銀色の金属が突き出てきた。

 ……曲がり角の先にいる何者かに、腹部を剣で刺し貫かれたのだ。と気がつくのに、俺は相当な時間を要した。

 

「ぐ……逃げろ、お前ら!!」

 

 トゥニスが言うと同時に、曲がり角の先からライオンのような大型の獣が現れ、唸り声とともに襲いかかってきた!

 

 俺は恐怖にかられて逃げだした。

 

「ちょっと! 運量で止めて!」

 

 オルティに言われて、俺は呪文を唱える。

 

「エグゼ・ディケ! ………止まれ!」

 

 獣は地面のくぼみに足をとられて転倒した。

 ……が、すぐに体を起こして、再びこちらへ向かってくる。

 

「止めるだけでどうすんのよ、バカ!」

 

「お、お前が止めろって言ったんだろ!」

 

 通路を走りながら、オルティと言い合う。

 そうこうしている間も獣は迫る。

 獣の走りは思ったほど早くはないが、追いつかれるのは時間の問題だ。

 

「オルティ」

 

 イクスがナイフを見せながら言う。

 

「ごめん。次はやる」

 

 それを聞いてオルティは走りながら詠唱を始める。

 

「オクシオ・ビウヌ! タセバ・ノウシ・ドーヤエウ・ティヨ・ナウェラウー・タナ・トウペネ……ニューヨ・イルノ・トゥニディっ!」

 

 追ってくる獣の走りが鈍る。

 すかさず放ったイクスの投げナイフが、獣の前足と目に突き刺さった!

 悲鳴をあげて走りを止める獣。

 そこへイクスが駆け寄り、とどめの短剣を振るう。が――

 

「だめ! イクス、下がって!」

 

「……!?」

 

 なんと獣がもう1匹現れ、イクスに飛びかかった!

 獣は小さなイクスの体にのしかかる。

 イクスは短剣を取り落とし、獣の前足に体を押さえつけられ逃げることもできない。

 

 食われる――

 

 そう思った時、俺は口を開いていた。

 

「エクゼ・ティケ……!」

 

 だが、どう願う?

 「止まれ」は駄目だ。すぐ動き出すだけ。

 具体的に? 心停止しろ? 心筋梗塞? それすぐ止まるの? というかこれ願ってちゃんと効くの?

 な……何がいいんだか分からねえーーー!!!

 

 イクスに覆い被さる獣が、口を開くのが見えた。

 鋭く太い牙から唾液が滴り落ちる。

 

「っ……消えろ!!」

 

 たまらず叫んだ。間に合わなくなる前に。

 すると突如としてイクスと獣がいる場所の地面が崩れ、階下へと落ちていった。

 イクスは……完全に落ちるのは免れたようで、穴の縁に手をかけて這い上がろうとしている。

 

「はぁ……」

 

 ほっと胸を撫で下ろす。

 

 そして自分の胸からかかっている札を見た。

 運量の残りは――3。

 

「…………………」

 

 隣のオルティは、ぜーはーと荒い息をついている。走りながら長い呪文を一息で唱えたせいだろう。

 

 そうして俺は見た。

 片目を潰された獣が、敵意に満ちた唸り声をあげて、こちらへ狙いを定めるのを。

 

 ――走った。

 オルティを連れて一心不乱に、暗澹たる闇の中をひた走る。

 獣は前足に刺さったナイフのせいか、距離を詰めては来ない。しかし確実にこちらを追跡していた。狩猟者だった。

 

 そして俺達が着いた先は行き止まりだった。

 

 オルティが早口に叫ぶ。

 

「心量渡して! 早く!」

 

「いくつ……?」

 

「全部!」

 

 俺は全力疾走の直後で息を切らしつつも、言われた通りに唱える。

 

「はぁ……エグゼ・アストランス……オルティ……25」

 

 青白い光が俺の体から出ていき――

 

 

 ――――あ?

 

 

 

 …………………………………………。

 

 オルティが俺の胸ぐらを掴んで揺さぶっている。

 

「全っ然、足りない! ああもう、どうするのよ……!」

 

 しらんがな。

 

「えっと、心量の上げ方……たしか本には……」

 

 オルティはスカートの下にあるパンツをスーッと下ろして脱ぐと、両手でクロッチ部分を広げて見せてくる。

 

「こ、こう……?」

 

 うーん。

 

「って、全っ然上がってない! なにそれ!? こんな思いしたのに、なんで!?」

 

 そんなこといわれてもなー。

 今そんな気分じゃないっつーか……まー……なんもかんも、どーでもいいっつーかなぁ……。

 

 獣の姿が見えた。

 でも起き上がるどころか、指一本動かすのもやりたくない。だるい。めんどくせぇ。食い殺すなら勝手にしてくれ。

 

「このゴミ! 役立たず! うあああああ、こんなことなら最初から薬でもなんでも飲ませておけば……!」

 

 なおもオルティは(わめ)いてるけど、どうでもいい。

 いや薬って言った今?

 どゆこと? まぁいいか別に……。

 

 目の前で獣の(あぎと)が開く。

 視界の端には4つの長大な牙。奥には深く、赤黒い口腔。

 

 それが、俺の見た最後の光景だった。

 

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