DUNGEONS & LIARS - 迷宮が暴く君の嘘 -   作:日下部慎

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第9話

 人も草木も寝静まる、日本であれば丑三つ時と言われる頃。

 しんと静まり返った住宅街の一角を、ひとりのメイドが歩いていた。

 彼女はもうじき待ち合わせの場所に着こうという時であった。そこでふと物音がした気がして、彼女は振り返った。

 背後には――何もいない。

 だが、ぐるりと視線を回して……それに気付いた。

 背の低い小屋の上に“それ”はあった。

 黒々とした夜空に浮き上がる、顔。

 屋根の上から彼女を見つめている顔は、不細工な泥人形のようにでこぼこで、奇怪であった。

 まるで殴られた腫れが引いていないような顔……。

 

 そう、クラマである。

 

「みぃつけた」

 

 ニタァ、とクラマが笑ったと同時にメイドは逃げた。

 クラマは小屋から飛び降りてメイドを追う!

 

「今日は逃がすかっ! エグゼ・ディケ――古木の枝よ、腐朽と振動によって折れろ!」

 

 

> クラマ 運量:1454 → 1416/10000(-38)

 

 

 クラマの願いに従い、メイドの前方にあった木の枝が折れる。

 するとそれに連動して、大きな網が広がった。

 

「……!」

 

 メイドは避ける間もなく、網に絡め取られた。

 無論、この網はクラマが木に仕掛けていた罠である。

 前回の失敗とダンジョンでの調査結果を踏まえて、少ない運量で捕まえるために考えたのが、この方法だった。

 

「クックックッ……これで煮るなり焼くなり剥くなり好きに……お?」

 

 網に近づいたクラマは、網の目を破って伸びてきた手に掴まれて、地面に引き倒された。

 

「ぐえっぶ!」

 

 そしてそのまま間接を押さえて捻り上げられる!

 

「ぎぃええええええええ痛い痛い痛いやめてえええええええ」

 

「なぜ追ってきたのですか?」

 

 クラマの背後から、冷たく凛とした声。

 メイドはクラマ背中にのしかかったまま、問いかけてきた。

 

「いや、なぜ、って……うぅん……」

 

「こうして返り討ちに遭う可能性に思い至らなかったのですか? 相手がその気なら、このように……」

 

 クラマは首元にひやりとした感触を覚えた。

 メイドが取り出した刃物が、クラマの首筋に押し当てられている。

 

「終わりです。運量を使う暇もありません。……もう一度聞きます。なぜ追ってきたのですか? まさか根拠もなく自分は大丈夫だとでも思っているのですか?」

 

 向こうがどれだけ本気なのかは分からない。

 おかしなことを言えば、今すぐに首をかき切られて絶命することは有り得た。

 夜風の冷たさと、背後からする声の冷たさと、首元に触れる冷たさを感じながら、クラマは口を開いて言った。

 

「いやあ、綺麗なメイドさんが歩いてたから、連絡先を聞いておかなきゃいけないと思ってね」

 

 果たして呆れているのか、怒っているのか。

 抑え込まれているクラマには窺い知ることはできなかったが……

 

「あなたは……」

 

 彼女が何を言おうとしたのか、最後まで聞くことができなかった。

 

「どうかしましたか!?」

 

 という、イエニアの声に遮られたためである。

 現れたイエニアは手にした照明で2人を照らす。

 

「ティア、いったい何が……え、クラマ……?」

 

 2人の顔を見比べて戸惑っている。

 いつになく平静を欠いたイエニアに、クラマは尋ねる。

 

「えー、ふたりはお知り合い?」

 

「え、いえ……まあ………」

 

 しどろもどろになっているイエニアに、メイドが告げる。

 

「申し訳ございませんが、先にこの網を解いて頂けないでしょうか」

 

 そう言ってメイドは、クラマにあてた刃物を仕舞う。

 イエニアが慌ててメイドに絡まっている網を解いて、それと一緒にクラマも開放された。

 

 

 

 

 

 照明の灯りを受けて、クラマは改めてメイドの姿を眺めた。

 紺色のシックなメイド服で、セミロングの髪はほぼ黒に近い青。

 紫色の瞳は起伏を抑えていて、感情が外から読み取りにくい。

 そして肩にかかった白いケープのために分かりにくいが、かなり着痩せして見えていることを、クラマの眼識は看破していた。

 分かりやすく言い換えるならば、おっぱいが大きかった。

 

「わたくし、イエニア様の従者を勤めさせて頂いております、ティアと申します。どうぞお見知り置きください」

 

「あ、はい、これはどうもご丁寧に」

 

 つい先刻まで間接を極めてのしかかっていた事など、まるで無かった事のように挨拶してきたメイドに、クラマも思わず頭を下げて応じた。

 イエニアがティアに関してクラマに説明する。

 

「彼女には街で情報を集めてもらっていました。私がこの街の事情に詳しいのは、彼女のおかげです」

 

「そうだったのか。でも、なんで今まで出てこなかったの?」

 

 クラマの当然の疑問。

 それにティアが回答する。

 

「一緒にいては、有事の際にサポートが不可能になる事が考えられますので、リスクを抑えるためです。あらかじめ申し伝えていなかった事でご気分を害してしまったようでしたら、申し訳ございません」

 

「いやいや、そんな気にしてないから大丈夫。いやー、なるほどね」

 

「畏れ入ります」

 

「それじゃあやっぱり、僕が出てきたのは迷惑だったかな」

 

「いえ、元から明日にはご挨拶する予定でした」

 

「あ、そうなの?」

 

 ティアの言葉にクラマだけでなく、イエニアも意外そうに見る。

 

「ええ、当初の予定とはだいぶ事情が変わりましたので。隠れているよりも、表に出て全面的にサポートするべきとの判断です」

 

 多分その予定を崩したのは自分なんだろうなあ、とクラマは思い当たったので、なんとも言えなかった。

 

「それから、地下1階への穴を利用することについては、わたくしも賛成です。ただ、決定するのは皆様ですので、よくお考えください」

 

 ティアはそれだけ言うと、クラマが何かを言うよりも先に、失礼しますと一礼して夜の闇へ消えた。

 残されたクラマとイエニアの2人。

 妙に気まずい空気の流れる中で、クラマが先に口を開く。

 

「いやあ、王女様の付き人ともなると、しっかりしてるんだねえ」

 

「あれでも私と同い年ですよ」

 

「えっ、そうなの?」

 

 衝撃の事実だった。

 それはすなわち、クラマとも同い年ということだった。

 

「うーん、パフィーといい、この世界の人たちは若くても大人だなあ」

 

「あなたが若く見えるだけですよ」

 

「いやいやいや、これでもダンディズムを目指してますから。ヒゲとか似合いそうじゃない?」

 

「どの口が言いますか。まずはその軽口を減らして言ってください」

 

 冗談を言いながら、和やかに笑う2人。

 談笑が収まったところで、改めてクラマは口を開く。

 

「イエニアさ」

 

「はい」

 

「また負担かけるような事してごめん」

 

 イエニアは返答に詰まって、思案する。

 その間にクラマは続けた。

 

「さっきのティアとも、あのことを話し合う予定だったんでしょ?」

 

「……ええ、そうですね。彼女は言うだけ言って帰ってしまいましたが。でもクラマ、気にしなくていいんですよ。気付いたことを言わない方が、むしろ後々の負担になりますからね」

 

「そうだね……うん」

 

 そうしてクラマとイエニアも貸家に戻って、部屋の前でお休みを言って別れた。

 睡眠薬を飲んだクラマは眠りに落ちる前にベッドで横たわりながら、「どうしてティアはイエニアと落ち合う前から会議の内容を知っていたんだろう」といったことを考えていた。

 

 

 

 

 

「というわけで、皆様よろしくお願い致します」

 

 翌朝。

 朝一番に現れたティアは皆に向けて挨拶をすると、そのまま朝食の支度を始めた。

 しばらくすると食卓に野菜を中心とした料理が並び、全員で囲んで朝食となった。

 

「あのさ、言っていい?」

 

 歓談しながら和気藹々と食事をしている中で、耐えかねたといった具合にサクラが声を発した。

 

「――狭くない?」

 

 狭かった。

 テーブルには皿が乗りきらず、料理に手を伸ばせば隣の人間に肘が当たる。

 食卓を囲んでいるのはクラマ、パフィー、レイフ、イエニア、サクラ、一郎、次郎、三郎、そしてティア。

 合計9人が、本来5~6人用のテーブル席に着いているのだから、あまりに当然すぎる話であった。

 

 しかし今さら感の溢れる話なので、乗ってきたのはレイフだけだ。

 

「狭いわよね~。何度クラマの肘に胸をつつかれたことか」

 

「なるほど確かにそういった事実があったことは認めるけど、僕は不可抗力を主張したい!」

 

「まぁ私から押しつけたんだけどね」

 

「トラップ仕掛けるのやめて」

 

 レイフはけらけらと笑ってから、少しだけ真面目なトーンに戻す。

 

「でも今日からもうサクラ達は戻って大丈夫よ。昨夜のうちに手配が回ってないのを確認したから」

 

 素早い仕事に感嘆の声が上がる。

 

「すごいね。どうやって調べたの?」

 

 そんなことを尋ねたクラマに、レイフは目を細めると、舌先をちろりと出して唇を濡らし、そっと囁いた。

 

「聞きたい……?」

 

「……いや、大丈夫です」

 

 だいたい分かってしまったので、クラマは賢明な判断により質疑を中断した。

 

 食事を終えた一同は、今後の動きについて話し合った。

 しばらく後、話し合いがまとまったところで、イエニアが音頭を取る。

 

 

「それでは次の探索は、クラマの運量が回復する8日後! それまで各自、準備を整えてください」

 

 運量の回復量は、1日に1000。

 地球人の運量が10000付近まで回復してからダンジョンに潜る。

 このサイクルが、どのパーティーにも共通するダンジョン探索の基本であった。

 

 それぞれが当日に備えて動き、そしてすぐにその日はやってきた。

 

 

> クラマ 運量:9516/10000

> クラマ 心量:97

> イエニア心量:428/500

> パフィー心量:493/500

> レイフ 心量:415/500

 

 

「さあ、それでは行きましょう! 準備はいいですね、皆さん!」

 

「ザッツ、オーライッ!」

 

「おーらい!」

 

「元気よね、ホント」

 

 元気に掛け声をかけて、ダンジョンの入口へ向かっていく。

 この日のためにクラマはしっかりと心量も上げてきていたので、気合は充分。

 

 心量についても、ここまでの期間にクラマは調べていた。

 心量は人によって、またその時によって差が激しいのに、あまり振る舞いに違いが出ているように見えない。

 それについてパフィーに尋ねると、

 

「心量は精神力を量的に表したもので、残りが多いほど強い集中力を発揮できて、少ないほど集中できなくなるの。そして集中力を発揮するごとに削れていくわ」

 

 つまり気分やテンションの高さを表すものではないらしい。

 しかし低すぎると集中力がなくなり、思考から運動まで、全てのパフォーマンスが低下してしまう。

 

 ちなみに地球人の中でも心量はかなり個人差があり、クラマは通常70~90程度だが、サクラはたいてい100を超えている。

 何もなければ80~100あたりに収まるのが、地球人の平均だという。

 また、地球人には心量の上限はない。だが、

 

「でも、200を超えた事例はほとんど報告されていないわ。公に確認されたのは、数えるほどよ」

 

 とのことだ。

 ともあれ今のクラマにできることは、高いパフォーマンスを発揮するために、ダンジョンに向かう前には心量を高くしておくという事くらいであった。

 

 

 

 ダンジョンへ入る際にクラマが見知った警備員に手を振って笑いかけると、ムッツリとした顔を返された。

 

「覚えられてるわね~、手配犯」

 

「いやー参ったね、ハッハッ」

 

 今ではクラマの顔は腫れが引いて、うっすらと痣が残る程度にまで治っていた。

 

「あまり目立つ事は控えてください。保釈金で罪が消えたわけじゃありませんからね」

 

 この国の司法では保釈金の支払いがされると、その時点で捜査は中止され、判決を保留とする制度を採用している。

 保釈金が帰ってくるのは、無罪であるという証拠を被疑者が出してきた時のみ。

 カネさえ払えば刑罰から逃れられるという、圧倒的に金持ち有利の法制。

 こうしたお金で解決する法律が増えたのは、現評議会議長ヒウゥースが国政を握ってからの事であった。

 

 しかしながら無罪となったわけでなく保留しているだけなので、もう一度犯罪を犯して捕まった場合は、過去に保留となった事件も捜査が再開され、刑が加算される仕組みとなっている。

 つまり次に何か騒ぎを起こして捕まればアウトという事である。

 

「ウィッス、肝に銘じております」

 

「目立つ必要のある時は私が目立ちますから」

 

「……それはいいの?」

 

「私が目立つのはいいんです。さあ、それより今はダンジョンに集中しますよ。今日は地下2階を攻略します」

 

 前回の探索とは違い、今回は地図を頼りにまっすぐ下りの階段へと向かう。

 地下1階は滞りなく進み……そして一行は次のフロアへと足を踏み入れた。

 

 

> クラマ 運量:9516 → 9571/10000(+55)

> クラマ 心量:97 → 94(-3)

> イエニア心量:428 → 423/500(-5)

> パフィー心量:493 → 489/500(-4)

> レイフ 心量:415 → 411/500(-4)

 

 

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