DUNGEONS & LIARS - 迷宮が暴く君の嘘 -   作:日下部慎

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第13話

 部屋に戻ったクラマはベッドで横になっていた。

 彼は眠るでもなく、天井の木目をじっと見つめている。

 そんなクラマのもとへ、珍しい人物が顔を出した。

 

「クラマ様、少しよろしいでしょうか?」

 

「あれ、ティア? 戻ってたんだ」

 

 クラマは横になった体を起こす。

 イエニアお付きのメイドであるティア。

 出会いが出会いだったからか、彼女の方からクラマに話しかける事はほとんどない。彼女がクラマの部屋に顔を出すのも初めてのことだった。

 ティアは出入口の仕切りとなっている垂れ幕を避けて部屋に入ってくる。

 彼女は小袋を手にしていた。

 

「ただいま診療所より戻りました。お休み中でしたら、時間を改めて参りますが」

 

「ああ、うん、大丈夫。眠れなかったし」

 

「でしたら丁度よかった。診療所の医師よりクラマ様にと、こちらを預かっております」

 

 そう言ってティアは小袋をクラマに手渡す。

 中を確認するクラマ。中身は以前にも貰った睡眠薬だった。

 

「なんて気の利いた人なんだ……代金は?」

 

「無料だそうです。その代わり、近いうちに顔を出すように、あのスカした少年に伝えておいてくれる? ……とのことです」

 

「なんて優しい人なんだ……了解、明日になったら行くよ。ところでスカした少年って誰だろう?」

 

「さあ、わたくしは存じませんが」

 

 そんなとぼけたやりとりをしてから、ティアは診療所に連れて行った男性について、女医のニーオから聞いたことをクラマに話す。

 

 

・使用された薬物は、この街で売っているものでほぼ間違いない。

・健康面では栄養を摂って休めば問題ない。

・依存症からの離脱は困難で、地獄のような禁断症状が数日間続く。

 

 

 ……とのことだった。

 それを聞いたクラマがティアに尋ねる。

 

「彼がいつから復帰できるかは、聞いてない?」

 

「いえ、伺っておりません」

 

「そっか……」

 

 そう言ったきり、なにやら深く思案するクラマ。

 そのクラマの様子を、ティアはしばらくの間じっと見つめて……おもむろに口を開いた。

 

「クラマ様」

 

「うん?」

 

「もしや、仲間を増やす方針で動かれていますか?」

 

 クラマがティアの目を見る。

 一瞬。

 ほんの一瞬だけ、緊張感が走った。

 しかしクラマはすぐに頬の力を抜いて笑った。

 

「仲間はたくさんいた方がいいよね。その方が楽しいし」

 

「……仲間を増やすことについては、わたくしも賛成です。しかし我々は非常に危うい立場にあります。出過ぎたことを申し上げますが、仲間にする相手は慎重にお選びくださいますよう、お願い致します」

 

 ――パーティー外の仲間を増やす行為は禁止されている。

 

 下手に仲間を増やしてしまうと、密告の報奨金に釣られて裏切る者が出ないとも限らない。

 故にリスクが大きい。

 ……だが現状、クラマ達はすでになし崩し的にサクラ達を仲間に引き入れてしまっている。

 

 仲間にする相手は慎重に――

 と、ティアは丁寧な物腰で語っているが、要するにこれは警告だ。

 サクラ達のように、信用できる相手かどうか見定めていないうちから仲間にするのは危険だと。

 ティアの言うことは、もっともな忠告であり、当然の懸念であった。

 クラマには返す言葉がない。

 彼らは信用できるよ……とも言えない。

 クラマ自身、まだ次郎や三郎の人となりについては、しっかりと把握できていないのだ。

 

 そこでようやく、ティアが全員の揃う場所ではなく、わざわざクラマの部屋まで話しにきた理由を理解した。

 サクラ達のいる前で、彼らを信用していないと取られかねない事を話すわけにはいかない。

 

「うーん、ティアも大変なんだなあ……」

 

 でも大変な事にしているのは自分なんだよなあ……と思うので、クラマは何とも言いにくい。

 

「イエニア様に代わって気を回すのもわたくしの務めですので、お気遣いなく」

 

「そう? でも今回のは大丈夫だと思うよ。あの人の治療費もたぶんいらない」

 

「……そうなのですか?」

 

 ティアは珍しく驚いた表情を見せた。

 クラマは頷き、自らの予想の根拠を語る。

 

「うん。治療は大変だろうけど、ニーオの立場からすると、地球人を個人で所有したような形になったからね。本来はダンジョン踏破のためにしか使えないものを、治療費の代わりにって事で色んなことに使えるんだ。彼の治療費は、彼自身の運量で払ってお釣りが来ると思うよ」

 

 さらに続けて、クラマは手にした睡眠薬をティアに見せながら言う。

 

「これをタダでくれたのも、そういう事だろうし。それに……たぶん運量は、ダンジョンに潜るよりも、治療に使う方が向いてる」

 

 クラマが今日、自分の治療に運量を使って思い至ったことだ。

 たとえば仮に、何かを治そうとして運量を“使いきれなかった”のなら、その時点でその箇所には何の問題もないと保証される。

 診察がより正確になり、経過観察の必要もなくなる。

 ニーオの指示で運量を使えれば、クラマには思いつかない活用法がいくらでも出てくるだろう。

 現在の医学では不可能な難病の治療や、新薬の開発にも可能性がある。

 使い方次第。しかしその恩恵は計り知れない。

 

「近いうちに来いっていうのも、運量のことを聞くのが目的だろうね。患者の今後について話すなら、イエニアを呼ぶだろうから。……明日はパフィーも連れていった方がいいな……」

 

 そうして再び思索を始めたクラマ。

 その横顔を、ティアがじっと見つめる。

 先ほどまでの冷たく探る視線とは異なって、クラマを見つめるティアの瞳には好奇の色が含まれていた。

 

「クラマ様がそこまでお考えの上とは、敬服いたしました。わたくしの浅慮で差し出がましいことを申してしまい、お恥ずかしい限りです」

 

「え? いやいやいやいや、そんな深く考えてないからさ。こっちの方が恐縮ですよそんな」

 

 丁寧に頭を下げられて、クラマの方が慌てる。

 

「それに、まあ……やらかしたのは間違いないしね。イエニアには謝らないと……あ、そうだ! ティアの方からイエニアにとりなしてもらえないかな? イエニア、だいぶ怒ってるだろうからさ」

 

 クラマは駄目で元々のつもりで言ってみたのだが、意外な答えが返ってきた。

 

「ええ、構いませんよ。お任せください」

 

 そう言ってティアは笑顔を見せた。

 控えめな微笑だったが、クラマが彼女の笑顔を見たのはこれが初めてだった。

 これまで見せてきた雰囲気とは違った可憐で柔らかな笑顔に、クラマは一瞬ドキッとする。

 

「それでは失礼いたします」

 

 ティアは丁寧に一礼をして、クラマの私室を出た。

 

 

 

 

 

 そして夜。

 場所はリビングルームの一角。

 そこでは腕を組んで仁王立ちをするイエニアの前で、正座しているクラマの姿があった。

 

「クラマ、私はとても怒っています」

 

「はい」

 

「どうして何も言わずにひとりで突っ込んだのですか! 人としてあの場面を見過ごせないのは分かりますが、相談もなしに独断専行する理由にはなりません! 分かるでしょう!」

 

「返す言葉もございません……」

 

 クラマは平身低頭して謝ったが、烈火のごときイエニアの怒りはまるで治まる気配がなかった。

 

 ティアがとりなしてくれたはずが、一体これはどういうことか。

 クラマは頭を下げながら、ちらりと横に目を向ける。

 椅子に腰掛けたティアと目が合った。

 ティアはにこっと笑顔を返した。

 

 ……どういうことなのか。

 その笑顔の理由。少女の気持ちは、ついぞクラマに推し量ることは叶わなかった。

 

「何をよそ見しているのですか! きちんと聞いていますか!?」

 

「ははぁーっ、申し訳……申し訳も……!」

 

 イエニアの説教は、夜が更けるまで続いたのであった。

 

 

 

 

 

 すったもんだがありつつも、パフィーのとりなしによってクラマは解放されて、時刻は深夜。

 今、クラマはひとり、貸家の屋根の上で腰を下ろしていた。

 周囲の住宅街は灯りが消えて静まり返っている。

 遠くを見やれば、未だ賑わう繁華街の灯り。

 そして空を見上げると、まるで壁紙を貼り付けたかのような一面の暗黒。

 

 この世界には、月も、星もなかった。

 

 太陽は中天に座して動かず、その輝きの強さを変えるだけ。

 今のように太陽の光が消えれば……空に映るものは何もなくなる。

 月明りがなくとも点在している街灯のために視界は確保されていたが、夜空を見上げても星が見えないのは寂しい。そうクラマは感じていた。

 

 そんなクラマのもとへ、もうひとつの太陽が現れた。

 

「あら、奇遇ね」

 

 ランタンを持ってひょっこり屋上に顔を出したのはレイフ。

 この家では普通に階段を登って屋根に上がれる造りになっていた。

 

 レイフはランタンを置いて、クラマの隣に腰かける。

 

「なーんて。クラマが登ってるのが見えたから、ついて来たんだけど」

 

 一瞬でネタバレをして舌を出すレイフ。

 

「イエニアに怒られて落ち込んでるかなと思ったんだけど、違った?」

 

「いやあ、あれはどう考えても僕が悪いしね」

 

「そうね、イエニアが怒るのも分かるわ。でもクラマにも理由があったんでしょ?」

 

 クラマの理由。

 後先を考えずに飛び出した理由は、確かにあった。

 しかしそれは、人に話せるような正当な理由ではなく……

 

「私にはクラマの理由は想像つかないけど、人にはどうしても我慢できない事ってあるもの。私だって、やめろって言われても、気持ちいい事はやめられないわ。しょうがないわよね?」

 

「いや、それは、まあ……」

 

 答えにくい。

 返答に詰まるクラマを見て、レイフは冗談めかして笑う。

 それから少しトーンを落として言った。

 

「私がイエニアのフォローをクラマに焚き付けてしまったわけだけど……クラマ、あなたも無理しなくていいのよ?」

 

 それを聞いて、クラマは自分の頬に手をあてた。

 

「……そう見える?」

 

「ううん、そう見えないから。だから私たちに心配かけないように、無理させちゃってるのかなって」

 

 無理をしているという自覚は、クラマにはなかった。

 ただ、自分がやらなければならないことをしているだけ。

 

「こう見えて一応、私が年長者だからね。つらかったら、いつでも頼ってきていいんだから。まあ……私が頼りないから、無理させちゃってるのかもしれないけどね」

 

 言って、レイフは照れ笑いをした。

 

「いや、そんなことは……」

 

 クラマは以前から、うっすらと感じていた事だが。

 なぜかレイフと2人きりになると、普段通りの受け答えができなくなる。

 いつものような笑い顔、いつものような軽口が出てこない。

 

「……僕は……昔からこうだったんだ。自分がやるべきだと思ったことを止められない」

 

 自然とクラマの口から、自身を語る言葉が口をついていた。

 

「はじめのうちは偉い、勇気がある、ってみんな褒めてくれたけど……そのうちそれが、空気が読めないとか、危ない奴だとか言われるようになって……いつの間にか、周りの人から避けられるようになってた」

 

 クラマの独白。

 レイフは口を挟まず、耳を傾ける。

 

「こっちに来てからは、うまくやれてた気がしたけど……やっぱり、こっちでも同じことをやってしまった」

 

 そう言って、クラマは自嘲気味に大きく溜め息をついた。

 そのまま真っ黒な空を見上げて言う。

 

「レイフ、僕はさ……元の世界に戻りたいって思えないんだ。確かに周りからは浮いてたけど、別にいじめとかはなかったし、友達だっていた。父さんも母さんも、こんな僕に良くしてくれてたし……でも、なんでかな。今ごろ向こうではいなくなった僕を心配して、探してくれてるんだろうって……分かってるのに……どうしても、それに対して申し訳ないと思えないんだ」

 

 クラマは空を見つめ続ける。

 そこには何もない。

 ただひたすら、光の刺さぬ暗闇が広がっていた。

 

「僕は……自分のことが一番、信用できない」

 

 夜の風が吹く。

 クラマの手は小刻みに震えていた。

 

 

 

 ――あんたは人間じゃない!

 

 眠るたび、繰り返し見る悪夢。

 まるで呪いのようだ。

 違う世界に来ても、逃れることができない。

 

 ――人間なら、人間らしく、人のことを――

 

 

 

 不意に、手の震えが止まる。

 上から温かな手が重なっていた。

 

「……レイフ」

 

 空から視線を戻したクラマに、レイフは優しく微笑んだ。

 

「クラマ。別にね、人と違ってたっていいのよ」

 

「え……」

 

「人間っていうのね、どうやったって、完全に分かり合うことなんて出来ないのよ。信頼していた無二の親友に裏切られた。そんな話はごまんとあるわ」

 

 それは寂しい話だと、クラマは思った。

 

「でもね、クラマ」

 

 そう言ってレイフは腰を上げて膝立ちになると、クラマの頭の後ろに手を回して、抱きしめた。

 

「ちょ、れ、レイフ――」

 

「どう、落ち着かない?」

 

 頭の上から聞こえてくる声に、クラマは抵抗をやめた。

 優しい抱擁だった。

 不思議といやらしい感じもしない。

 温かくて、気持ちが安らいでいくのを、クラマは感じていた。

 

「たとえ相手のことがよくわからなくても、人は肌で、言葉で、行動で、いろんなものを相手から受け取ることができるわ」

 

 “他人のことが分からなくてもいい”

 その言葉がクラマの心に、溶け込むように沈み込んでいった。

 

「私もあなたから、いろんなものを受け取っているわ。あなたがいつも頑張ってるのを見て、感謝してるし、自分もみんなのために何かをしようっていう気持ちになる。私だけじゃなく、きっとみんなもそうだと思う」

 

 そう言うとレイフはクラマから手を離して、元のように座った。

 

「どうかしら? あまり答えになってないかもしれないけど……」

 

「いや……そんなことないよ」

 

「そう、少しでも気分が楽になったなら良かったわ。……あ!」

 

 

> クラマ 心量:73 → 78(+5)

 

 

「心量上がってるじゃない! あぁ~良かった。私、クラマには嫌われてるかと思ってたんだから!」

 

 からからと笑うレイフ。

 何度も蒸し返すあたり、だいぶ根に持っているのが窺えた。

 

「あ、あれはレイフがあんなこと言うから……」

 

「あんなことって?」

 

 

> クラマ 心量:78 → 75(-3)

 

 

「あっ、下がった! どういうこと!?」

 

 釈然としない様子のレイフを、夜中に騒ぐと近所迷惑だからと言ってクラマは誤魔化した。

 

「いや、でも話を聞いてくれてありがとう。こんなこと話せる相手いなかったから」

 

「どういたしまして。告解を聞くのは久々だったから、シスターだった頃をちょっと思い出したわ」

 

「えっ!?」

 

「あら、驚くこと? 修道女が体を売るなんて、どこの国でもよくあることよ。まあ、私はその頃はまだそういう事してなかったけど……」

 

 クラマはなんとも言えない顔をする。

 今までとは別の意味で、また反応しづらい雰囲気になってきたのを感じていた。

 

 そしてそれは案の定。

 ニマーっとした横目でレイフが見つめてくる。

 

「あらぁ? ひょっとしてそういうコト、興味ある……?」

 

「いや、今日はありがとう! もう遅いから寝るね! おやすみ!」

 

「はい、おやすみなさい」

 

 クラマはいそいそと階段を降りていった。

 ひとり屋上に残されたレイフは、遠くに見える繁華街を眺める。

 

 昔の話に触れたことで、レイフは思い出していた。

 クラマには言わなかったが、かつて婚約者を殺された復讐のため……という彼女の目的は、とうの昔に風化してしまっている事を。

 

 ――自分のことが一番、信用できない。

 

 その言葉に悩まされた時期もあった。

 自分はこんなに薄情な人間だったのか。

 彼を想う自分の気持ちが偽りだったのか。

 日ごと薄れていく復讐心と、その不安から逃れるために肉欲に溺れた日々。

 自分は所詮、そんな人間なのだと見切りをつけて、それなら適当に終わればいいと思って、この街にやって来た。

 

 だが、イエニア、パフィー、そしてクラマと出会い、彼らと共に過ごすうちに、レイフの心にも変化が生じていた。

 

「はぁ……せめて足手まといにならないようにしないとね……」

 

 誰もいない屋根の上。

 そんなことをひとりごちて、レイフはランタンを拾い上げると家の中へと戻っていった。

 

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