DUNGEONS & LIARS - 迷宮が暴く君の嘘 - 作:日下部慎
クラマがイエニアとの稽古を終えて貸家に戻ると、居合わせたサクラと一郎に昼食へ誘われた。
イエニアは予定があるというので、クラマ、サクラ、一郎という珍しい取り合わせで街へ繰り出す事となった。
時刻は正午過ぎ。
3人は木造の古びた家々が立ち並ぶ裏通りを、和やかに雑談しながら
「ホントにそんなおいしい店があるの?」
「ええ、これでも元は料理人でさぁ、アッシの舌を信じてくだせぇ」
今回の主題は、こっちの世界の料理に不満のあるサクラを、一郎が見つけたオススメの食事処へ連れて行こうという主旨であった。
たしかに食事に関しては、クラマも満足してはいなかった。
一番料理のできそうなティアは常に忙しくしており、メイドなのに料理をしない。
一郎は元料理人であるが、魚料理専門だった。しかし天の滝から遠いこの街では、魚がなかなか手に入らない。
それ以外の面々の料理は……はっきり言って雑であった。
煮るか、焼くか、そのままか。
味付けは各人が調味料を好きに振る。
彼らが雑というよりも、これがこの世界におけるスタンダードであった。
一郎の後について歩いていると、クラマはふと民家の裏にある小屋に目が留まった。
格子状の木の板で造られた虫カゴの中に、
目を引いたのは鮮やかな青色だったからだろう。体の作りは、細長くて角がない大きなカブトムシといった風体だった。
クラマの視線に気付いた一郎が声をかける。
「イルラユーヒが気になりやすかい、旦那。ひとりで勝手に繁殖するんでペットには向きやせんぜ」
「へえ~、単為生殖か。面白いね」
「なにそれキモッ! 虫なんて見てないでさっさと行くわよ!」
虫は見ないで行け――
その言葉に一郎の脳細胞が活性化された!
「虫は……無視しろってことすかねぇ! アネゴ!?」
「バカ言ってないで早くしなさい!」
一郎にとっては渾身の地球語ジョークであったがしかし、残念なことにネイティブにとってはありふれたオヤジギャグなのであった。
……と、そんなふうに騒ぎながら一同は到着する。
そこは『納骨亭』という名の酒場だった。
店内はあまり広くなく、昼時だけあってテーブルのほとんどが埋まっている。
客層は身なりを見るに、大半が冒険者のようだった。
半分以上の客が昼間から酒を飲み、馬鹿笑いや品のない冗談が飛び交う。
いかにもな“酒場”といった情景に、クラマとサクラは少しだけ感動していた。
一郎を先頭にして中に入る3人。
彼らは空いている丸テーブルのひとつを囲むと、一郎に注文を任せることにした。
待つことしばし。
すると、ウェイトレスの女性が元気よく料理を運んできた。
「おまたせしました~!」
この店唯一のウェイトレスは、髪も瞳も金色で、クラマよりも2~3歳ほど年上と思われた。
明るい笑顔のかわいらしい女性だった。
「残りのご注文は後からお持ちしますね」
そう言ってウェイトレスは次の注文を取りに行った。
ウェイトレスの後ろ姿を見送り、クラマはテーブルに向き直った。
「……さて」
運ばれてきた皿に目を向ける。
緑の葉の上に、寿司くらいの大きさの青白い塊が乗せられ、ピンク色のソースがかかっていた。
「へー、ちょっとオシャレじゃない」
荒くれどもの集う酒場には似つかわしくない、綺麗な盛り付けだった。
クラマとサクラのために、一郎が食べ方の説明をする。
「こいつはエイサーの葉にくるんでも良し、分けても良し、好きにかぶりついてくだせぇ。えいさぁ! って具合に、えぇ」
「そういうのいいから」
「下の葉っぱがエイサーの葉なんだね。この青白いのは何なのかな?」
クラマは青白い塊をフォークで刺して、目線の高さまで持ち上げて眺めてみる。
その塊は、片側に6つの出っ張りがあった。
クラマの脳裏に、地球にいた頃の記憶が甦る。
どこかで似たようなものを見た気がする。
そう、あれは確か……
「そいつはイルラユーヒの幼虫でさぁ」
口元までフォークを運びかけたサクラの手が止まる。
「幼……虫……?」
「イルラユーヒってさっきの……」
「近くの民家で養殖してやしたね。コイツはどう食ってもウマイんですが、ここみたいに素揚げを熱いうちにかぶりつくのが最高でさぁ! しかも酒にも合うときた! ささ、おふたりとも、えいさぁっと!」
「………………………………」
> クラマ 心量:52 → 49(-3)
> サクラ 心量:112 → 95(-17)
サクラは震える手でフォークを皿の上に置いた。
「…………や……」
「や?」
「やだーーーーーーーーーーーーーー!!!」
サクラは逃げだした!
「あ、アネゴ!? アネゴーーーーーっ!」
止める暇もあらばこそ。
一郎の呼びかけも虚しく、サクラは振り向くことなく店の外へと走り去っていった……。
テーブルには取り残された男が2人。
追いかけて店外に出ていくわけにもいかず、気まずい空気が辺りを漂う。
「すいやせん……なんだか……悪いことしちまったみたいで……」
「そうだねー。地球……ってゆーか日本じゃ、虫って食べないからねえ」
日本でも地域によってはイナゴ等の虫が食される所もあるし、海外では普通に昆虫食の文化もあるらしい……とはクラマも聞いてはいた。
しかし、いざ目の前にすると、なかなかに強い抵抗があった。
一郎は申し訳なさそうにクラマに頭を下げる。
「本当にすいやせんでした。アッシが代わりに食いやすんで、旦那は他のやつを……」
一郎のその言葉を、クラマは遮った。
「――いや、食べるよ」
はっとして一郎が顔を上げた。
そこではクラマが貫くような鋭い視線で、目の前に掲げた幼虫を見据えていた。
「一郎さんが頼んでくれたものだからね。食べるよ、僕は」
「だ、旦那……!」
青白い塊が、ゆっくりとクラマの口へ近付いていく。
そして広げた口の中に半分ほど入り……噛み千切られた!
ブルン! と残された幼虫の半身が震える。
クラマは固く目を閉じ、まるで苦虫を噛み潰すような……そう、苦虫を噛み潰すかのような表情で一噛み、二噛み……。
最後にゴクリと飲み下して、
「うまい!!」
> クラマ 心量:49 → 61(+12)
弾けたように叫んだ。
クラマのその反応に、一郎は満面の笑みを浮かべて喜んだ。
2人はそうして、サクラが残したぶんも綺麗に平らげた。
料理の正式名称は『イルラユーヒの素揚げ・ニニオソースがけエイサー巻き』。
クラマの感想は、イルラユーヒの食感はエビを少し柔らかくした感じ。噛むと汁がたくさん出てきて口の中に広がるので、口の中が旨みでいっぱいになる。
卵に香味野菜と植物油を混ぜ合わせたという特製のニニオソースが味つけをして、味つけが強いようならエイサーの葉で巻いて食べれば、サッパリと整えてくれる。
酒に合うという一郎の話はクラマには分からなかったが、これはいくらでも食べられそうだと思った。
その後も運ばれてきた料理に、一郎の解説を受けながらクラマは舌鼓を打つ。
……そうした時だった。
「きゃっ! 何するんですか、お客さん!」
クラマと一郎が悲鳴に目を向けると、ウェイトレスの女性が2人連れの冒険者に絡まれていた。
「オイオイ、尻を掴んだだけじゃねえか」
「こんくらい冒険者相手の酒場なら当たり前だろォ? もっとしっかりサービスしてくれや」
「うちはそういう店じゃありませんから……やっ、やだ、どこ触って……っ」
嫌がるウェイトレスにしつこくセクハラを続ける冒険者。
その様子を見て一郎は溜め息を吐いた。
「ああいうの、どこでもあるんすよねぇ。冒険者って奴ぁ、社会からあぶれた無法者が大半すから。旦那も絡まれないように気をつけてくだせぇ」
テーブルに向き直る一郎。
すると、つい先ほどまでそこにいたクラマの姿がなかった。
一郎はきょろきょろと周囲に目を向ける。
「あれ、旦那? 旦那どこに……って」
クラマはいつの間にか移動し、ウェイトレスに絡む冒険者の腕を掴んでいた。
「なんだァ? てめェ」
冒険者は、自分の腕を掴んだクラマをジロリと睨みつけて凄む。
「いやあ……彼女が嫌がってたからさ」
クラマは機嫌を伺うような愛想笑いを返した。
冒険者の男は、後ろにいる連れに顔を向ける。
彼らは視線を交わすと肩をすくめて、小馬鹿にした笑みを浮かべると……前触れもなくいきなり拳を振り上げた!
……しかし男の拳は空を切る。
クラマは咄嗟に下がって回避していた。
「な……なに避けてんだコラァ!」
理不尽な逆上!
男は不意打ちのパンチが避けられたことに怒り、さらに拳を振るってくる。
二発、三発と拳を繰り出すが、男の拳がクラマに触れることはなかった。
イエニアの突きに比べたら、男にパンチはあまりに遅く、予備動作も大振りで非常に分かりやすい。
「くっそが! 避けるんじゃねェっつってんだろ! クソガキャア!」
「いやいや避ける、避けますよそりゃ。……あ」
クラマの背中が壁に当たる。
何度も避けているうちに、壁際に来てしまっていた。
クラマは壁から離れようとする。
……が、そこで男に襟首を掴まれた。
もう逃げられない。
「旦那!」
一郎が飛び出そうとしたその時だった。
「おい」
低いが、妙によく通る声だった。
その声に拳を上げていた男は振り向く。
見ると、奥で料理していた酒場のマスターがカウンターに姿を表していた。
厳つい風貌の男だった。
肩幅が広くがっしりした体格。
薄紫色の髪を後ろになでつけ、紫色の瞳は右側が眼帯で塞がれている。
マスターはさして興味なさそうなそぶりで、グラスを拭きながら告げる。
「ケンカしてえなら余所でやれ。ここはメシを食う場所だ」
「あぁ!? うるっせえなオッサン、奥に引っ込んでやが――」
ズダン! と冒険者の男の顔をかすめて、包丁が壁に突き刺さった。
男の頬を一筋の血が流れる。
「れ……え……?」
「この店はな、てめえら冒険者がダンジョンに潜る前に、最期のメシを食わせてやる場所だ」
低く、しかし無視できない迫力をもって語る酒場のマスター。
そのひとつしかない目がギロリと動き、眼光が冒険者の男の身を刺し貫いた。
「だが……てめえらがここで骨を埋めたいってんなら、俺は別に構わんぞ」
気圧された男は膝を震わせながら、ぱくぱくと魚のように口を開いて何かを言い返そうとしていたが、隣で騒動を気にせず飯を食っていた男が声をかけた。
「おい、ひとつ忠告しておくけどよ。周りを見た方がいいぜ」
その言葉に冒険者たちは周囲を見渡した。
クラマも周りに目を向ける。
すると――
「おれらのアイドルに……何してくれとんじゃ……小僧が……」
「虫の餌にしたろうか……?」
そこには今にも襲いかからんばかりの殺気に満ちた瞳の群れが!
いつの間にやら、店内で酒をあおっていた冒険者たちが集まり、周囲を取り囲んでいた。
「う、うう……うわぁーーーーっ!!」
「おま、また先に逃げっ……! ちくしょう! こんな店、二度と来るかぁ!」
……2人の男は、情けなく悲鳴をあげて逃げだした。
逃げ出していく人の多い酒場だなあ、などと思いながらクラマは皺の寄った衣服を正す。
するとクラマは、今度は自分が周囲の冒険者たちに取り囲まれていることに気がついた。
「おう兄ちゃん! 地球人のくせによくやるのう!」
クラマはむさ苦しい男たちに肩や背中を叩かれ、口々に賞賛された。
「いやあ、それほどでもないですよ」
「ガハハ、謙遜しよる! まさかこのわしが地球人に先を越されるたぁな! 兄ちゃん、こいつはわしのオゴリだ!」
そう言って髭の冒険者はクラマの口に酒を突っ込んでくる!
「もがもがもが、んぐ……ぷはーーーっ!」
クラマは大勢の冒険者にもみくちゃにされ、そのままテーブルをかき集めて即席の宴会が始まった。
真っ昼間からの馬鹿騒ぎは、マスターが「仕込みの時間だから出ていけバカども」といって男たちを追い出すまで続いたのであった。
……冒険者たちが追い出された後の納骨亭。
まだ残って話している者も数人いたが、食器はすべて下げられている。
酒場の中央では、テーブルに突っ伏したクラマが一郎に介抱されていた。
「大丈夫ですかい、旦那」
「だめだ~、パフィ~、解毒してくれ~い……」
クラマはさんざん飲まされてまともに歩けない状態だったので、マスターの厚意で少し休ませてもらっていた。
そこへウェイトレスの女性がグラスを持って現れた。
「あの……酔い覚ましの特製アイードジュースです。どうぞ」
クラマは手渡された橙色の液体を一息に飲み下した。
苦みを濃くしたグレープフルーツのような果実の味の中に、これまた強い甘さが加わっている。どろっとした喉越しもあって、ジュースというより薬のようだというのがクラマの感想だった。
「ぐええ……まずいー、にがいー、でもなんか頭スッキリしてきた。ありがとう」
「いいえ、お礼を言うのはこっちの方です。庇ってくれてありがとうございました」
それから少しの間、クラマはウェイトレスの女性と話した。
彼女は明るい笑顔でテフラと名乗った。
テフラは両親ともにこの街で生まれ育った生粋の現地民で、家族はこの付近でイルラユーヒの養殖業を営んでいるという。
彼女がこの酒場で働いているのも、この店のマスターがイルラユーヒの買い付けに来たのがきっかけだった。
「へえ……マスターはこの街の人なの? なんかそれっぽくないけど」
クラマは酒場のマスターのことも聞いてみた。
「それが、実は私もあんまり知らないんです。政府の冒険者誘致政策から、この街にやってきた人なので」
彼女がマスターについて知っていたのは、ヤイツノという名前。
あとは元冒険者らしい……という事だけだった。
あまり自分のことを語りたがらない男のようだ。
「何回聞いても、はぐらかして答えてくれないんですよね」
テフラは口を尖らせてそう言った。
そこへ噂をすればといった感じに、奥からマスターが顔を出す。
「テフラ、調味料が足りなくなった。買い出しを頼む」
「あ、はーい! それじゃあ失礼しますね」
テフラはマスターからメモを受け取って、店の外に出ていった。
そうしてマスターがクラマを見やる。
「……うちの看板娘が世話になったな。口は軽いが、よく働いてくれる。こんな寂れた場末の酒場には、勿体無い娘だ」
クラマは心の中で頷いた。
こんな通りから外れた目立たない場所で働くにはもったいないくらい、テフラはかわいい。
そして胸も大きい。
しかしそれはそれとして胸の内に仕舞っておいて、クラマは別の言葉を口から吐き出した。
「いやあ、そんな事ないですよ。この店の料理はもうホント最高でしたから」
隣の一郎もそれに同意する。
「えぇ、アッシも料理人のはしくれとして尊敬しまさぁ」
「……そうかい、ありがとよ」
マスターは礼を言いながらも、仏頂面で顔を背ける。
気難しい性格が、そのしぐさひとつひとつに表れていた。
「俺は仕込みに戻る。お前らも落ち着いたら帰れ」
そう言って背を向けるマスターを、クラマは呼び止めた。
「すみません、折り入ってお願いがあるんですが」
「……あぁ? 何だ?」
「僕に料理を教えてもらえないでしょうか?」
クラマは頭を下げて頼んだ。
しかしクラマに乞われたマスターは、露骨に嫌な顔をする。
「教えてくれっておめぇ……そういう事はしてねえんだ。俺のガラでもねぇ」
そう言って奥に戻ろうとするマスター。
そんなマスターの言葉に、店の隅に残っていた男のひとりが口を挟んできた。
「ハン、人にものを教えるのなんざ、アンタが一番得意な事だったじゃねえか」
「セサイル、てめぇ」
マスターは声をかけてきた男を睨む。
セサイルと呼ばれた男は、長身のハンサムだが、野性的な雰囲気のする男だった。
くすんだ黄色の髪に、黄色い瞳。
先ほどの騒動の中でも気にせず食事をしながら、暴れていた冒険者に忠告をした男だった。
セサイルはテーブルに足を乗せて、小馬鹿にするようにマスターに言う。
「いっつも人には『受けた恩を忘れるな』なーんて言っといてよぉー、ありゃあ一体なんだったんだ? オレの空耳だったかぁ?」
「うるせえ、黙れ」
マスターに凄まれても、セサイルは臆することなくカッカッと笑っている。
しかし言い返す言葉もないようで、マスターは舌打ちしてクラマに言う。
「……チッ、しょうがねえ。おい、軽く教えてやる。入ってこい」
「はい!」
クラマはマスターを追って厨房へ向かう。
途中、クラマがセサイルに向けてグッと親指を立てると、セサイルはひらひらと手を振って返した。
そうしてクラマは納骨亭のマスターより、ダンジョン内での調理のいろはを教わることとなった。
「お前は別に料理人になりたい訳じゃないんだろう。ダンジョン内での調理に限るなら、薬味、香辛料を思いきり使っていけ。凝った料理は“上”に戻ってから作ればいい。まずはシンプルにいけ」
「押忍! 師匠!」
「師匠はやめろ」
その教えは効率的かつ実践的であった。
クラマがすぐに使えるように、要所を押さえて具体的に話してくれる。
端的に言って、教え上手だった。
「いやあ、分かりやすいっす。自分で調べたんですか、こういうのって?」
「まあな。……俺も昔は冒険者でな。料理なんざまるで興味なかったが、組んでた奴らは自分でメシを作りたがらねえ。仕方なくいつも俺がやってたんだが……そのうち面白くなってきてな」
ひととおり教え終わったあたりで、ぽつぽつとマスターはかつてのことを語りだした。
「そうして旨いメシを作れるようになってきた頃に、思ったんだよ。あいつらが死んじまう前にも、もっと旨いメシを食わせてやりたかった……ってな」
クラマの方からは眼帯で目は隠れていたが、その横顔からはいくらかの後悔が滲んでいるように見えた。
「冒険者って奴らはろくでもねえクソッタレばかりだが、旨いメシを食った時だけは、どいつもこいつも一丁前に感謝の言葉を吐きやがる」
その気持ちはクラマにもよく分かった。
豊かな食事は心を豊かにするということを、クラマはこの世界に来てしみじみと感じていた。
「だからこの街で冒険者を集めてるって聞いてな。バカどもが死ぬ前に一度くらいは、旨いメシを食わせてやろうと思って来たんだよ。そうしたら何だ? どいつも奥まで行かずに戻ってきて、何度もメシを食いにきやがる。バカッタレどもが」
などと悪態をつくマスター。
しかしそんな言葉とは裏腹に、その口元は笑っているのがクラマには分かった。
「……フン、無駄話をしちまった。ほら出ろ、今日はもう終わりだ」
「ウッス! ありがとうございました!」
そうしてクラマはマスターに頭を下げて、厨房からカウンターに出る。
するとまだ店の中にいたセサイルが笑いかけてきた。
「カッカッ、ずいぶん熱心に教えてたじゃねえか。この教えたがりめ」
クラマの後から出てきたマスターはそんなセサイルを指さして、クラマに向けて言った。
「よし、次はあいつにダンジョンでの動き方を教えてもらえ」
「オッス! よろしくオナシャッス!」
「はぁ!? ちょっと待てよ、なんでオレが!?」
慌てて椅子から転げ落ちそうになるセサイル。
それをマスターはジロリと睨みつけた。
「あぁ? てめぇ、いつから俺に意見できるようになった?」
「ぐっ……! いや、オレはもうアンタの生徒じゃ……」
「なんだ、溜まったツケを今すぐ払いたいってか。そりゃ感心だ」
「チッ! クラマっつったかお前、外に出ろ! オレが特別にダンジョンの歩き方を教えてやる!」
「ウィッス! アザーッス!」
そうしてクラマはさらに続けて、セサイルからダンジョン探索の心得を学んだ。
……なんだかんだと色々あって、クラマと一郎が帰宅する頃には、すっかり日が暮れていた。
2人は並んで夜道を歩く。
「いやあ、申し訳ないね一郎さん。こんなに遅くなっちゃって」
「いえ、旦那の役に立てたようで何よりでさぁ」
歩きながら2人は、仲良く料理の感想なぞを言い合った。
「チェーニャ鳥は卵が凄いんすよ。次に来た時に頼みやしょう」
「へえ、卵か。それは楽しみだね。……ん?」
クラマは妙な引っかかりを感じた。
……なにか忘れているような……?
「旦那、どうかしやしたか?」
「ああ、ううん、なんでもないよ」
思い出せないことなら大したことではない。
そう思い直して、クラマは皆が待つ貸家への帰途についた。