DUNGEONS & LIARS - 迷宮が暴く君の嘘 -   作:日下部慎

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第34話

 ベギゥフの横を抜けて窓まで辿り着いた次郎と三郎。

 2人はその窓からロープを下ろして、建物の外に降りていく。

 先に次郎が地面に降りて、三郎を促す。

 

「ぃよっと! よォ~し、まだ警備員来てないな! 三郎、早く降りろ降りろ!」

 

「ヒ……ヒィ~……」

 

 三郎は怯えながらも、なんとかロープ一本で降りきった。

 

「うう……腕が……足も……ガクガクする……おれもうだめ……」

 

「ちゃんとござるって言え! キャラ守れ!」

 

 そんなふうにバタバタと夜の闇へと消えていく次郎と三郎。

 そうして建物の裏手には人の姿が消え、静寂が訪れる。

 するとそこへ小さな人影が現れる。

 その人影は次郎と三郎の2人が降りてきた窓の下へと歩いていき――

 

「オクシオ・オノウェ……ササシウィ・イーバイーボ・オノウェ・ウーヴォウ・チナエ・ニシイーツ……走って逃げたねずみたち。あしあと消すのは忘れたけれど、朝になったら霜の下。さあ、5つめの扉を開きましょう。――オクシオ・センプル」

 

 

> パフィー心量:441 → 407/500(-34)

 

 

 オノウェ隠蔽を行ったのはパフィーだった。

 そしてパフィーに続いて、物陰からイクスが歩いてきた。

 イクスはパフィーの前に来ると口を開く。

 

「……クラマは?」

 

「ううん、まだ出てこないみたい……」

 

 パフィーは不安げな顔で建物を見上げた。

 それを見てイクスが言う。

 

「わたしが行こうか?」

 

 次郎と三郎が下りたロープを伝えば、魔法具がなくてもイクスなら上がっていける。

 しかしパフィーは首を横に振った。

 

「だめよ。わたしたちは中に入ったらいけないって。オノウェ隠蔽も確実なものじゃないから……」

 

 それに対してイクスは怪訝な顔をする。

 

「なんで気付かれないように隠れて支援するの?」

 

「わたしも納得いかないわ! これじゃあ、クラマ達を使い捨ての駒にしてるみたい! ――どうなの、イエニア!?」

 

 パフィーは振り返って言う。背後のイエニアへと。

 イエニアの来た方向の植木の中には、ぐるぐるに縛られた警備員たちが転がされている。

 また、建物の正面側からは「金持ちを許すなー!」などと声高に叫ぶサクラの声が聞こえる。

 サクラに関しては、隠れて支援するという趣旨を理解しているのか不明であった。

 

 パフィーの眼差しを受けてイエニアが答える。

 

「はじめにパーティーを組んだ時に伝えた方針そのままです。あなたも納得したはず」

 

「でも! それじゃあクラマが……」

 

 パフィーは俯き、ぎゅっと自分のスカートを握る。

 それ以上は言葉が出てこなかった。

 そんなパフィーの様子を見ても、イエニアの表情は揺らがない。

 

「あの人なら大丈夫です。きっと」

 

 そう言って、彼女はそびえ立つ壁を見上げた。

 

 

 

 

 

 クラマは目の前に現れた謎の女とベギゥフの戦いに、目を見張っていた。

 見覚えのない女だったが、彼女はどうやらクラマを助けてくれるらしい。

 クラマの代わりに彼女がベギゥフと戦いを繰り広げていた。

 

「ふッ! はあっ!」

 

 女の戦いは拳闘スタイルだった。

 左の鋭いジャブ、フックでダメージを与えながら間合いを測る。

 ベギゥフは伸ばしてきた手を掴もうとするが……女の拳は想像以上に重く、速い。

 

「ちっ、結構痛えもんだな打撃ってのは」

 

 組み技を専門とするベギゥフは、打撃を受けた経験はそこまで多くない。

 その多くない経験の中で言うと、目の前の女の拳は過去の誰よりも鋭かった。

 

 ただし、威力はそれほどでもない。

 あくまで女にしては重くて強いという事。

 ならばダメージを覚悟で一気に詰めれば、と思うところだが……先程からほとんど使われていない右拳に、ベギゥフは不穏なものを感じていた。

 

 ベギゥフは何度も打たれた顔面の痛みが疼く。

 ほとんど手打ちの左ですら、芯まで届くこの威力。

 もし腰を入れた右をまともに受ければどうなるか――

 

 ベギゥフの口の端が釣り上がる。

 ……試してみたい。

 自分は避けられるのか。あるいは受けきれるのか。

 冒険者となってからは久しく感じていなかった、近い土台にいる強敵との闘争。

 ベギゥフの全身が震えた。

 それは、筋肉の歓喜であった。

 鍛えた肉体と技を存分に使える悦びが、ベギゥフの脳を支配する。

 その興奮が脳内物質の分泌を促し、肉体に刻まれた痛みを彼方へと追いやっていく――

 

 

 

 戦況は、一見すると一方的に殴っている女の優勢。

 しかしクラマの目には、互角の攻防に見えた。

 ベギゥフは組み技特化。その性質上、たった一度掴んでしまえば、その瞬間に勝負が決まる。

 むしろ攻めあぐねているのは女の方だった。

 大きく踏み込んで拳を放てば、腕を掴まれるか、懐に入られてしまう。

 自然、その打撃は牽制に留まり、「倒しきる一撃」が出せないのだ。

 

 これが通路でなくもっと広い場所だったなら。

 時間を長くかけても構わない状況だったなら。

 そう、時間をかければ向こうは応援が来る可能性がある。これは心理面で大きなファクターだった。

 

 ……自分が動くしかない。

 クラマはそう判断した。

 だが、あの2人の戦いには割って入れない。

 下手に近付けばベギゥフに掴まり、人質になって終わりだ。

 鞭での支援も、あれだけ動きが激しいと女に当たる可能性がある。

 

 クラマは思考を回転させる。

 今の自分に出来る最善の事。それは――

 

「オクシオ・シド! サウォ・ヒシハ・セエス・レエダエ・タナハ・セエスナ……!」

 

 魔法の詠唱!

 勿論その声は2人に届く。

 大きく反応したのは、ベギゥフの方だった。

 魔法の標的となるのは自分なのだから、警戒するのは当然だ。

 その足が止まり、クラマの方に目が行く。

 

「フレイニュード・アートニー!」

 

 

> クラマ 心量:42 → 12(-30)

 

 

 魔法を発動させる発動句。

 クラマがそれを唱えた瞬間、女が踏み込んだ!

 相手の意識がクラマの魔法に向いた今が好機……!

 これを逃がす手はない。

 全力で踏み込み。

 速度と体重を乗せて、温存した右拳を繰り出す!

 

「はあああああああああっ!!!」

 

 ベギゥフは女の踏み込みを見て、咄嗟に顎と頭部をガード。

 だが、女の狙いはそこではなかった。

 

 ――貫く衝撃。

 

 女の拳が、ベギゥフのがら空きの腹部に突き刺さる!

 

「く――お……っ!」

 

 鈍器で打たれたか、とベギゥフは錯覚した。

 それほどの衝撃がベギゥフの腹から背中までを突き抜ける。

 彼の瞳は眼球が飛び出すかというほどに見開かれ、全身が硬直する。

 

 その目が、ぎょろりと動いた。

 

 瞳孔が女に向けられる。

 ひきつるように、わずかに歪む口の端。

 

 ベギゥフは倒れなかった。

 鍛え上げられた腹筋、それだけではない。

 クラマの詠唱によって生じたベギゥフの隙……それは隙ではなかった。隙に見せかけた、誘い。

 ベギゥフの位置から詠唱は止められない、またベギゥフには魔法の効果も分からない。

 故にベギゥフは魔法への対応をすっぱりと諦め、女に攻めさせるよう、あえて隙を作って見せたのだ。

 その駆け引きに、彼は勝った。

 

 女の腕が掴まれている。ベギゥフの手で。

 女は咄嗟に下がった。掴まれた手から逃れるために。

 同時にベギゥフも前に出る。

 もはや駆け引きは要らない。体重で押し倒すだけ。

 上から女に覆い被さるベギゥフ。

 女は背中から地面に倒され――

 

「ぬっ……?」

 

 その最中、女の足がベギゥフの股の付け根に当てられた。

 女は逃げるのではなくベギゥフを掴んで引き込みながら、股の付け根にあてた足を思いきり押し上げた!

 

 ――巴投げ。

 

 ベギゥフの巨体が宙を舞い、廊下の反対側へ転がり落ちた!

 

「ぐぅっ! くそっ、投げもあるのか!」

 

 受け身をとったベギゥフが立ち上がろうとする。

 そこへ――

 

「こっちだ!」

 

 上空からクラマの声。

 見れば天井に空いた穴からクラマが、銀の鞭を女の方へと伸ばしている。

 女は跳び上がり、その鞭を掴んだ。

 クラマは思いきり鞭を引き上げる!

 

「逃がすかっ!」

 

 地面を蹴って駆けるベギゥフ。

 その手が女の足に伸び……宙を掴んだ。

 

 間一髪、ベギゥフに捕まる寸前で、女は空中に身を逃れた。

 引き寄せた女を、しっかりと抱きとめたクラマ。

 そうしてクラマと女は危機を脱した。

 

 

 

 

 

 届かぬところに引き上げられた獲物を、ベギゥフは見送り……力なく座り込んだ。

 

「……っかぁ~~! やられたかぁ~~!!」

 

 天を仰いで、両手で顔を覆う。

 駆け引きには勝ったが、あと一歩で掴みきれなかった。

 悔しい。が、妙に清々しくもあった。

 次にやればどうなるか分からない。久々に堪能した、きりきりとした緊迫した戦い。心地よい疲労感がベギゥフの体を満たしていた。

 最後の投げも手を離すつもりはなかったが、直前のボディブローが効いていたようで力が入らなかった。

 走るのが遅れて逃したのも、そのせいだ。

 ――そこで気がついた。

 

「そうだ……逃がしちまったんだ……!」

 

 自身が警護の任務に失敗したことに。

 ベギゥフは苦しげに頭を抱えた。

 

「ぐぅぅぅぅ……またおれの悪い癖が……!」

 

 あまりに戦いが楽しくて、仕事であることを忘れてしまった。

 時間をかけられて嫌なのは相手なのだから、決着を急がず時間を稼ぐことに徹すれば……と激しく悔やんだ。

 しかし、楽しかったのだ。

 いやしかし、楽しさに我を忘れてはならない。

 

「くそぉぉぉっ! 反省だっ!!」

 

 元組み技格闘チャンピオン、ベギゥフ。

 根っからの格闘好きであり、そして真面目な男であった。

 

 

 

 

 

 ――天井から忽然と女が現れたのだから、天井に抜け穴があるはず。

 そこから間取り図を見た時の記憶を辿ると、このあたりに天井点検口の表記があったのをクラマは思い出した。

 それを踏まえて見上げると天井に扉を見つけることができた。

 そこでクラマは魔法で跳躍力を高めて跳んだのだった。

 

 そうして屋根裏から屋根の上に、屋根の上から建物の外へと降りた2人。

 

「ありがとう、助かったよ」

 

 クラマが礼を言うと、正体不明の女は背を向けたまま答える。

 

「あなたを助けたわけじゃないわ。目的が同じだから、手伝っただけよ」

 

 そう言う女の姿、声。

 やはりクラマの記憶にある人物とは一致しない。

 

「そっか。ああ、そうだ。自己紹介もしてなかったね。僕はクラマ。きみはどう呼べばいいかな?」

 

「名乗るほどの者じゃ……いや」

 

 女は少し思案して、若干ためらいがちに告げた。

 

「……エイト。それが、私の名前」

 

「エイトか。うん、ありがとう。エイト」

 

 クラマがにっこりと笑うと、エイトはマスク越しにも分かるほどの苦渋の表情をする。

 そしてエイトは我慢できないとばかりに、クラマに詰め寄った。

 

「……あのね! こういうのはやめなさい、本当に!」

 

 言って、彼女はクラマが被っているパンツと、首にかけた水着を剥ぎ取った。

 一緒に元からクラマが被っていた覆面も脱げる。

 

「あ、忘れてた。いやあ、自分と一体になるほどフィットしてたんだなあ」

 

「そっ……っ……!」

 

 何かを言おうとして必死に堪えるエイト。

 どうやら、意外と感情的になりやすい人物のようだった。

 彼女はふーっと大きく息を吐いて落ち着くと、改めてクラマに背を向けた。

 

「とにかく、その借用書を早く届けてあげなさい。じゃあね」

 

「あーっと待った!」

 

 颯爽と立ち去ろうと地を蹴ったエイトの足首をクラマは掴んだ。

 

「うわっ! わっ、わっ……! そ、そういう危ないことはやめて!」

 

「ごめん。ごめんついでに、ひとつだけお願いしたいことがあって」

 

「え……?」

 

 エイトが振り向く。

 するとそこには、にこにこしたクラマの笑顔があった。

 

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