DUNGEONS & LIARS - 迷宮が暴く君の嘘 -   作:日下部慎

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第40話

 地下ダンジョンの上に蓋をするように広がるアギーバの街。

 暗く険しい地下ダンジョンと違い、今日も地上ではたくさんの人々が穏やかな暮らしを謳歌している。

 夕暮れ時の大通りでは買い物帰りの奥様が談笑し、子供達が笑顔で走り回る。

 そんな平和でゆったりとした空気は、大通りから外れた路地裏でも同様だった。

 

 ここは未だ客の入りが少ない納骨亭。

 納骨亭では昼から営業しているが、酒場だけあって賑わいを見せるのは夜になってからだ。

 今はテーブルやカウンターにぽつりぽつりと、予定のない人達が居座っている程度。

 その予定のない者達の中に、セサイル、マユミ、ノウトニーの3人の姿もあった。

 彼らは同じテーブルを囲んではいたが、セサイルは無言で酒を飲み、マユミはテーブルにへばりついてペンを走らせ、ノウトニーは楽器を奏でる。まったく関連のないそれぞれの行為。マイペースな人々であった。

 

 そんなゆったりとした空気の中。

 しかしひとりの人物の登場によって、突如として慌ただしいものとなった!

 静かな納骨亭に突風のように駆け込む人物。

 それは――

 

「セサイル様! セサイル様はいらっしゃいますか!?」

 

 ティアだった。

 彼女はここまで全力で走って来たのだろう、激しく息を切らせている。

 また、普段の落ち着きようとはうってかわって、大声をあげて店内をせわしなく見渡す。

 その目はすぐに奥のテーブルにいるセサイル達を発見した。

 彼女は早足に彼ら3人の卓まで詰め寄る!

 そしてバンッ、とテーブルに手をかけ、セサイルに正面から顔を突き合わせた。

 

「火急につき用件から失礼致します。我々のパーティーの救助をお願いしに参りました」

 

 それに対して驚きの声をあげたのは、隣で聞いているマユミだ。

 

「ええっ!? クラマ達が!?」

 

 マユミもクラマとは知らぬ中ではない……どころか、この世界でまともに話せる唯一の相手と言って良かった。

 そんなクラマが窮地とあっては彼女も気が気ではない。

 

「せっ、セサイル……!」

 

 マユミはセサイルに目を向ける。

 しかしセサイルは動き出すそぶりを見せず、テーブルに肘をついて椅子によりかかったまま、静かにティアを見つめ返して言った。

 

「……救助なんて間に合わねぇだろう。今日は地下4階まで行ってんだろ?」

 

 冷静な意見だ。

 だがティアは間髪入れずに言い返す。

 

「はい。それでも、無理を承知でお願い致します」

 

 深々と頭を下げるティア。

 それに対するセサイルの答えは……

 

「そうかい。じゃあ、幾ら出せる?」

 

 そのセサイルの言葉に、マユミが横から突っかかる。

 

「報酬なんていいじゃないすか! 助けてあげれば……!」

 

 さらにはノウトニーもその流れに乗る。

 

「急を要する事態にも金銭の交渉が先とは! ああ、なんという非英雄的行為!」

 

「うーるせぇバカども。お前ら冒険者を何だと思ってやがる。こちとら慈善事業でやってんじゃねぇんだ。冒険者にものを頼むって事は、仕事を依頼するって事なんだよ」

 

 セサイルの言う通り、この世界の冒険者とはそういうものだった。

 冒険者が揃ってダンジョンに挑んでいるこの街は、少しばかり特殊な環境にある。

 通常、冒険者というのは依頼をこなして報酬を得て、その稼ぎを路銀として旅を続ける者達のことだ。

 

「うぅ……でも……」

 

 セサイルの主張にマユミは言い返そうとしても言葉が出ない。

 なにしろ実際のところ危険を冒してダンジョンに潜るのはセサイル本人なのだ。

 この平和な地上でぬくぬくと待っているだけのマユミが言葉を挟めようはずもない。

 ノウトニーも悲しげに首を振る。

 

 近くでは、彼らのやりとりを看板娘のテフラが固唾を飲んで見守っていた。

 テフラはカウンターの奥にいるマスターへ何度か目を向けるも、元冒険者のマスターは黙したままだった。

 誰もセサイルの言葉に異を唱えることができない。

 それは当のティアも同様。彼女はセサイルの言葉に頷き、そして告げる。

 

「申し遅れましたが、正式な依頼と取って頂いて構いません。もちろん救助が間に合わなくても、報酬はお支払い致します」

 

「おう。で、報酬は?」

 

 報酬。

 彼女達が国から持ってきた軍資金はクラマの保釈金で使い切っている。

 だが、ティアは迷わず答えた。

 

 

「わたくしに出来る事なら、何でも」

 

 

 その答えにセサイルは目を見開き、周囲がざわめいた!

 セサイルはまじまじとティアの目を見返す。

 聞き返すまでもない、それは本気の目だった。

 ふーっと息を吐いてセサイルは椅子から立ち上がる。

 

「いいぜ、やってやる」

 

「なんと……仲間を救わんとするために、その身を捧げるとは……」

 

「そんな……セサイル……」

 

 マユミはどこか恨みがましいような、不安げな目でセサイルを見る。

 そんな視線も意に介さずに、セサイルはティアを伴って納骨亭を後にした。

 

 

 

 

 

「お引き受けくださいまして、ありがとうございます」

 

「なあに、あんたほどの人物にそこまで言われちゃ、断るわけにもいかねえ」

 

 セサイルはそう言って、ティアに意味深な目を向ける。

 亡国最後の将、セサイル。

 こう見えて彼は王侯貴族との付き合いが深い。

 彼は上から下まで幅広く、様々な身分の人間と接してきた経験がある。

 故に相手の立ち振る舞い、雰囲気から、どのような人生を歩んできたかをおおよそ察することができるという特技があった。

 そのセサイルの見立てによれば……

 

「――あんた、メイドじゃあないだろう」

 

 ティアはその問いには答えない。

 代わりに別の言葉を告げる。

 

「申し訳ございませんが、お話は後で。先を急ぎます」

 

「おう、そうだな」

 

 セサイルも深くは詮索しない。

 そうして2人は並んでアギーバの街を駆けた。

 

 

----------------------------------------

 

 そして一方、地下深くのクラマ達は――

 

「オクシオ・ヨニウェ……サウォ・ナアウェ・アーラエ・ヨサエ・ジェエラエ・アスセ・フェラエ・ヌウチセ……全方位警戒、集音。重要度差別開始。……アートニー・フーロウ」

 

 

> イクス 心量:384 → 364/500(-20)

 

 

 安全と思われる場所まで避難したクラマ達。

 イクスはまず奇襲防止のために、立哨(りっしょう)の魔法を使用した。

 浮力を得て体を軽くする『フレイニュード・アートニー』の他にもうひとつイクスの魔法具に入っている、『アートニー・フーロウ』。

 これは知性を司る第七次元(ヨニウェ)を操る魔法。

 この魔法は使用者が無意識のうちに重要と感じる音を拡大し、重要でないと感じる音を遮断する。

 イクスが長い間ダンジョンの中で逃げ延びることができたのは、ひとえにこの魔法のおかげであった。

 

 そうしてイクスが周囲を警戒。その間、パフィーがクラマの手当てを行う。

 クラマは重傷だった。

 サーベルで貫かれた脇腹は、一刻も早い治療が必要だ。

 コートに描かれた大きな赤い円は、いまだに広がり続けている。

 

「包帯、包帯は……あっ、レイフの荷袋の中……!」

 

 手元に包帯がない。パフィーは焦る。

 

「これ、使って」

 

 そこへイクスが自分のローブを切って手渡す。

 

「あ、ありがとう!」

 

 パフィーは早速、クラマの脇腹に包帯代わりのローブを巻いてゆく。

 その様子はいつになく落ち着きがなく、傍目にも強い動揺が見てとれた。

 しかしそれは無理からぬことであった。

 普段の大人びた言動から忘れがちになるが、パフィーはまだ年端もいかない少女。

 パーティーの要であったイエニアが倒れ、さらには親しいクラマが目の前で命の危機に瀕しているという状況。ショックを受けるのは当然だった。

 

「た、たぶんこれで大丈夫……大きな血管は避けてるみたいだから……安静にしてれば……」

 

「パフィー……少しいいかな」

 

「な、なに、クラマ!? どうかした!?」

 

 クラマは横になったままパフィーに頼み事をする。

 

「魔法で止血して欲しい」

 

 パフィーの見立てでは致命傷ではないという。

 だがクラマとしては、今は少しでも失血を減らしたかった。

 

「わ、わかったわ! 任せて!」

 

 クラマに言われたパフィーは、すぐに止血魔法の詠唱を行う。

 

「オクシオ・ビウヌ! ユトゥノハ・イーオ・スデデヌ・ソネゥレエ・ノウニウ……オクシオ・センプル!」

 

 傷口周囲の血流を停滞させる魔法だが、しかし……

 

「……あ、あれ? どうして……!?」

 

 魔法は発動しない。

 詠唱に失敗すると効果は発動せず、心量も消費されない。

 パフィーの唱えた言葉に間違いはなかった。

 失敗したのは詠唱の内容を立体的に思い描く「心想律定」だ。

 魔法具を使わない魔法の詠唱では、口から発した詠唱と、この心想律定の脳内イメージが一致しないと発動に失敗する。

 

「も、もう一度……! オクシオ・ビウヌ! ユトゥノハ・イーオ・スデデヌ・ソネゥレエ・ノウニウ! ……オクシオ・センプル!」

 

 再度の詠唱。

 だが、やはり不発。

 

「どうして……わたし、こんな失敗したことないのに……!」

 

 《森の魔女》の弟子達の中でも、パフィーは特に詠唱の失敗が少なく、それが彼女のささやかな自慢でもあった。

 失敗の理由が分からず、泣きそうな顔で狼狽えるパフィー。

 その目が、イクスの手で塞がれた。

 

「……落ち着いて」

 

「え、あ、イクス……?」

 

 イクスはパフィーの後ろから手を回して目隠しをしていた。

 

「わたしがパーティーを組んでた魔法使いはよく失敗してたけど、そういう時は目隠ししてやり直してた」

 

 パフィーはその言葉に、自分が魔法の修練を始めた頃のことを思い出していた。

 心想律定に慣れないうちは、目隠しをして練習をする。

 視覚情報を遮断することで、より深く己の内に埋没するためだった。

 

 そして前が見えないパフィーは、自分の頭に優しく手が置かれたのを感じた。

 この手の感触には覚えがある。

 クラマの手だ。

 パフィーの耳に、クラマの穏やかな語り声が聞こえてくる。

 

「大丈夫だよ、パフィー。失敗してもいいんだ」

 

「え……? だ、だめよ、魔法の詠唱は絶対に成功するって思ってやらないと……」

 

「うん、そうだね。でも、仮にパフィーが失敗して取り返しのつかない事になったとしても、僕は恨んだりしないよ。イエニアもレイフも、きっとそうだと思う」

 

「それは……」

 

「パフィーはどうだろう? 僕らのミスでパーティーが壊滅したとして、どう思う?」

 

「………………」

 

 パフィーは想像する。

 文句のひとつやふたつは言うかもしれない。

 しかし、自分が仲間を恨んだりということは考えられなかった。

 

「だから、いいんだ。ただ自分のやるべき事をやればそれでいい。その結果がどうなったとしても」

 

 そう言って、クラマはくしゃっとパフィーの頭を撫でた。

 

 

 

 ――己の成すべきことを見極めなさい。

 

 パフィーは師の言葉を思い出す。

 

 ――心量は無限じゃない。魔法の用途は限られている。だから魔法使いは魔法に頼ってはいけない。するべき事を見定めて、正しく選択するのが最も大事なこと。そのためには知識が必要になるから、今のうちに知識を溜め込んでおきなさい。

 

 敬愛する師の教え。

 それはパフィーがいつでも心掛けていたことだったが……。

 イクスとクラマのフォローで、思い出すことができた。

 

 

 

「……うん」

 

 パフィーは頷き、大きく息を吸った。

 

「もう一度やるわ。――オクシオ・ビウヌ」

 

 落ち着き払った声。

 先刻までの動揺は何処かへと消え去り、普段通りのパフィーがそこにいた。

 

「ユトゥノハ・イーオ・スデデヌ・ソネゥレエ・ノウニウ――オクシオ・センプル!」

 

 

> パフィー心量:334 → 318/500(-16)

 

 

 魔法が発動。

 クラマの傷口付近の血流が緩やかになり、止血が早まる。

 

「傷自体はこれで……でも失血は戻らないわ。だから……」

 

 パフィーは水袋を取り出して、近くにあった手ごろな容器に移した。

 それは真っ赤な液体。爪トカゲの血液だ。

 パフィーはそれを銀の鞭でよーく掻き混ぜる。

 

「銀は消毒作用があるから便利ね。解毒魔法の消費を抑えられる」

 

 しばらくしてパフィーが銀の鞭を引き上げると、鞭の先には繊維状の固形物が絡みついていた。

 

「血液は棒で掻き混ぜると、消化に悪い成分を取り除くことができるの。こうすると簡単に完全な栄養食が出来上がるのよ」

 

 普段の調子の戻ったパフィーは、持ち前の智慧を披露してくれる。

 そうしてパフィーはクラマに液体の入った容器を差し出した。

 

「血液は催吐作用があるから、少しずつ飲んで?」

 

「うん」

 

 この手のものも、クラマはもう慣れたものだ。

 特にイエニアを手伝って獣の解体をしたことで、グロテスクなイメージには耐性がついていた。

 クラマは渡された容器に口をつける。

 口内に広がる濃厚な鉄の味。

 

「血液を飲んだからといって、そのまま吸収されるわけじゃないけど……鉄分の補給は重要よ」

 

 クラマは時間をかけてちびちびと飲む。

 その間に3人は、これからの事を相談する。

 

「こういう時は救助隊を呼ぶのが普通だけど……」

 

 パフィーはそう呟いたが、詮ないことを言っているのは本人も承知していた。

 ギルドの救助隊は地下4階には来ない。

 それに、襲ってきた敵は救助隊の格好をしていた。それは襲撃者がギルドと通じている可能性を示唆している。

 

 それ以前の問題もある。

 そもそも、2人はまだ生きているのか?

 特にイエニアの出血量は尋常ではなかった。

 仮にあの襲撃者が、残った2人を殺すつもりがなかったとしても……

 

「……助けに行っても、イエニアはもう……」

 

「パフィー、ふたりが助からないという可能性は捨てよう。必ず助ける、そう考えて動くんだ」

 

「あ………う、うん、そうよね!」

 

 自分に言い聞かせるようにパフィーも同意した。

 続けてクラマは、先ほどの戦闘で気になったところがあったのでイクスに話を振る。

 

「ところでイクス、今の戦闘でトゥニスって言ってたけど……確かその名前は……」

 

 それはイクスのパーティーメンバーの名前だ。

 イクスはクラマに目を向けて答える。

 

「気にしないで。今はわたしもこっちに集中する。なんでトゥニスが向こうにいるか分からないから、考えても仕方ない」

 

「そっか……分かった」

 

「とにかく今は早く上に戻った方がいい。ここはいつ敵が来るか分からない」

 

 その提案に対して、クラマは首を横に振った。

 

「いや、ここで待とう」

 

「そうね……クラマの傷口が塞がって、体力が回復するまで……」

 

「いや、もう歩けるから大丈夫だよ。でも……」

 

「でも……?」

 

 怪訝な顔で聞き返すパフィー。

 クラマはイエニアの盾を手元にたぐり寄せて、言った。

 

「来るはずなんだ。さすがに……今度ばかりは」

 

 そう言って、クラマはぎゅっと胸元に盾を抱え込んだ。

 パフィーとイクスは頭に疑問符を浮かべて顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 ……クラマ達の会話を、ティアがどこかで聴いているのは分かっていた。

 あれは夜中にティアを追いかけ、初めてクラマがティアと会話した時。

 “イエニアがこれからティアに話すはずの内容”をティアは既に知っていた。

 それ以外にも、イエニアに話せばティアといつでも連絡がついたりする事から、この2人の間には何らかの通信手段があるのだろうとクラマは考えていた。

 

 クラマはずっと、頑なに外そうとしないイエニアの鎧がそれだと思っていた。

 だが先ほどイエニアが盾を滑らせてきた時、クラマの脳裏で繋がるものがあった。

 薄暗い小屋の中だったが、確かに記憶している。

 まったく同じ盾が、ティアが隠れる小屋の壁に立てかけられていたことを。

 

 おそらくこの盾に通信や発信機の機能がある。

 でなければ、瀕死のイエニアがわざわざ盾をこちらによこした意味がない。

 今の会話も、きっとティアに届いているはずだ。

 そして、ティアがイエニアを見捨てる事はない。

 ティアがイエニアを助けるためには、今すぐ降りてくるしかない。

 時間が経てば経つほど無事でいられる可能性が落ちていくのだから。

 だから待つ。

 降りてきたティアが見つけやすいように、このまま動かずに。

 

 普通ならば、生き残った者の安全を優先する。

 しかしティアは、たとえパーティー全滅の危険があろうとイエニア生存の可能性に賭けるはず。

 その点においてクラマとティアの考えは一致している。

 

 ……これがクラマの読みだった。

 この読みが正しいか否か。

 果たしてその答えはすぐに出た。

 

 

 

 

 

「ここにいましたか、皆様」

 

 しばらく待つと、メイド服の上から鎧を着込んだティアが、セサイルを伴って姿を現した。

 クラマは身を起こしつつ、わずかに口の端を歪めて言う。

 

「来たね」

 

「ええ、お待たせいたしました」

 

 ついにダンジョン内で姿を見せたティア。

 彼女の左手には、イエニアと同じ正騎士の盾。

 そして右手には、漆黒の槍を携えていた。

 

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