DUNGEONS & LIARS - 迷宮が暴く君の嘘 -   作:日下部慎

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第43話 - クラマの話

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 ――あんたは人間じゃない!

 

 

 ああ、まただ。

 またこの声。

 あの日から、眠るたびに繰り返し見る悪い夢。

 物心ついたばかりの小さな頃だったのに。

 いや、むしろまだ幼い子供だったからか。

 この言葉を姉に言われてからというもの、よほど疲れていないと睡眠薬なしには眠れなくなってしまった。

 今は病院から出られなくなってしまった、実の姉から。

 

 ……向こうとしては、他愛のない悪口だったのかもしれない。

 元から癇癪の激しい人だった。

 思い返せば、彼女はもっと口汚い罵倒を普段から飛ばしていた気もする。

 

 しかしこの時の、この言葉だけは、なぜだか僕の心の奥に深々と突き刺さって、あまつさえ根を張り、それ以降の僕の行動を規定した。

 

 

 ――人間なら、人間らしく、人のことを助けたりしたら!?

 

 

 それからの僕は、目の前に人を助けるチャンスがあると見れば、助けることを我慢できなくなってしまった。

 そう、本当は。

 本当の本当を言うと……僕は彼らを助けたくなんかなかった。

 ただ、やらなければならない。

 僕はやるべき事をしただけであって、電車に轢かれそうな子を助けた時も、川で溺れている人を見て飛び込んだ時も、下級生をいじめるジークンドー部の部長と殴り合いになった時も、脱法ハーブの売人の溜まり場へ乗り込んだ時も、別にやりたくてやったわけではなかった。

 もっと言ってしまえば、人助けが良いことだとすら、僕は思っていない。

 

 

 

 そう、はじめて彼女達と会ったあの時も。

 

 ――分かった、僕がみんなを連れてダンジョンを攻略して――

 

 ……守るつもりのない口先だけの約束。

 これだけじゃない。

 僕が吐く言葉は、その場を取り繕う空言ばかり。

 

 彼女たちへの自己紹介も視力以外は全部嘘だった。

 特技は特にない? 嘘だ。たくさんある。

 マラソン大会では陸上部の次につけるくらいだし、少林寺拳法の黒帯も持ってる。雑学も得意だ。市の美術展で賞を取ったこともある。

 それと部活は3つ掛け持ち。

 成績も都内のいわゆる有名校の中にあって、いつも上位一桁。

 父は現職の大臣で、母は海外で活動するオーケストラ指揮者。

 

 ……自分より凄い人なんて探せば何人もいる。

 ただ、多くの人から見れば「普通」ではないことは理解していた。

 それでも自分は普通の人間なのだと思いたくて。

 自分は普通だと自称した。

 浅はかな嘘をついてまで。

 

 

 

 彼女たちが僕に語った嘘など、些細なものだ。

 

 他でもない僕自身が、誰よりも嘘にまみれている。

 

 だから僕は……自分のことが一番、信用できない。

 

 

 

 でも……

 

 けれど……

 

 

 

 ――別にね、人と違ってたっていいのよ。

 

 

 

 その言葉が嬉しかった。

 

 ずっとずっと、「人らしさ」を探し求めて生きてきた。

 だけど何人助けても、そんなものは手に入らなくて。

 顔で笑って、いつでも心は削れてた。

 きっと他人から見たら、くだらない、取るに足りない事なのだろうけど……

 

 嬉しかった。

 

 本当に嬉しかったんだ。

 

 だから、それからの僕は、本心から彼女たちの力になりたいと願った。

 どこもかしこも嘘にまみれた僕だけど。

 彼女たちと一緒にいるのが本当に楽しくて。

 かけがえのない仲間だと思ってる。

 

 それだけは、どうか、信じて欲しい。

 

 

 

 

 

「だが、おまえさんが隠しているのはそれだけではないだろう?」

 

 

 

 

 

 誰だ。

 

 ひとの夢の中でポエムにツッコミを入れる鬼畜外道は。

 

「そりゃあ悪かったね。けど、おまえさんを治すには心の奥底まで覗き込む必要があったからね」

 

 聞いたことのない老婆の声だ。

 治すとは一体?

 

「思い出しな、おまえさんが何をして倒れたか。一番ぶっ壊れてたのは体じゃない、脳みそだよ」

 

 ……なるほど。

 脳内麻薬の出しすぎか。

 

「分かりが早いじゃないか。本当ならこんな莫迦(ばか)は放っておくんだがね。かわいい愛弟子(まなでし)がどうしてもって言うもんだから仕方がない」

 

 愛弟子。

 こんな他人の夢の中に入り込むような仕業ができるのは魔法使いしかない。

 愛弟子とはパフィーのことだろう。

 つまり、あなたはパフィーの師匠である“イードの森の魔女”グンシー。

 

「ふん、よく調べてあるじゃないか」

 

 隠さないのか……。

 

「真実を隠すという行為が嫌いでね。あたしは誰かさんと違って」

 

 耳に痛いことを言うおばあさんだ。

 

「そう思うなら、いつかあの子らにも打ち明けてやるんだね。……まあ、おまえさんの闇は少しばかり深すぎた。あたしは復元のために全部見てしまったから、なんとも言えんさね」

 

 復元のために全部見た。

 魔法で精神を復元したということか。

 そして僕の心の中を全部見られてしまったということか。

 恥ずかしい。

 

「厳密には精神とは違うんだがね。人格を司る第七次元メンタル……いやヨニウェを操る魔法だ。魔法は次元が高いほど難しい。パフリットには、まだ荷が重い」

 

 メンタル……。

 まあいいか。

 助けて頂いてありがとうございました。

 それじゃあ助けてもらったついでに、隠すのが嫌いなおばあちゃんに質問してみようかな。

 

「カッ! 分かっていたけど図々しい男だね! それとおばあちゃんはやめな。生身のあたしを見たら腰抜かすよ!」

 

 ごめんごめん、グンちゃん。

 

「カァーッ! 頭ン中焼き切られたいのかい! あたしは男が嫌いなんだ! 特に女たらしの男がね! 覚えておきな!」

 

 はい。ごめんなさい。

 

「本当は一部焼き切ってやろうかと思ってたんだけどね。だが、本当に誤解だったようでそこは安心したよ。老婆心から忠告するけど、みんな本当に誤解しているから、さっさと解いた方がいいよ」

 

 …………はい。

 

「はいじゃない! 誰が老婆かっ!」

 

 えぇーっ!?

 

「ふん、まあいい。それで何が聞きたいんだい」

 

 とんでもない人だなあ。

 じゃあ聞くけど、近くで僕らのこと見てたの?

 

「そうとも言えるし、そうでないとも言える。あたしは本物のグンシーじゃない。第七次元魔法で作った人格のコピーだ。これまでずっとパフリットの中に入っていたのさ。おかしいと思わなかったかい? あの歳にしては知識が豊富すぎると」

 

 いや、それについては特に……普通に納得してた。

 

「……まあ、パフリットに求められた時だけ起きて、知識を与えてやってただけだからね。あたしが表に出ていた事はないよ」

 

 そうなんだ。

 てっきり、いざって時にはパフィーの代わりに魔法を使ったりするのかと。

 

「それも考えてたさ。ただ、あたしの心量は補充できないからね。……それも今、おまえさんを治すのに使ってなくなっちまった。もうパフリットの中にも戻れない。このままおまえさんの中で10日ほどしたら、心量がなくなると同時に消え去る存在さ」

 

 ……すみませんでした。

 

「カッ! 謝るくらいなら最初から無茶するんじゃないよ! それに謝る事でもないさね。コピーの人格を作った時点で、いずれ消え去るのは分かってるんだ。むしろ知識を授ける以外でパフリットに頼み事されるなんて初めてだったから、おまえさんには感謝してるくらいだよ」

 

 そうなのか。

 意外だ。

 僕らといる時は、結構ちょくちょく頼み事とかしてたと思うけど。

 

「おまえさんには想像つかないかもしれないがね。あの子は出来が良すぎるんだよ。何ひとつ文句を言わず、師の言うことを聞いて……優秀な弟子だが、子供らしさの欠片もなかった。それが、おまえさんたちと会ってから変わったんだ。人並みに我が侭を言えるくらいにね」

 

 と言われても、僕は別に大した事してないと思うんだけどなあ。

 

「人の心を変える事ってのは、えてして余人にとっては小さくて、くだらない事なのさ。おまえさんには分かるだろう」

 

 確かに、それは……そうだね。

 

「……で、他には何か聞きたいことはあるのかい」

 

 うーん……イエニアとティアの目的とか知ってる?

 

「確かに隠し事は嫌いだが、それはあたしが答えるわけにはいかないね。あの子とおまえさんの問題だ。ただ、ひとつ言うなら……彼女らが喋れないのは、おまえさんのせいでもある。あまり問い詰めないことだね」

 

 端的にアドバイスしてくれるね。

 そうか、僕の問題か……。

 

「日頃の行いさね。カッカッ」

 

 いじわるばあさん。

 

「カァーッ!!」

 

 あたまいたい!

 ごめんなさい!

 

「生意気言うんなら、もう帰るよ! こうして話してるのだって、あたしは心量を食うんだ!」

 

 すみませんでした。

 じゃあ、あとひとつだけ。

 ……あなたの目的は?

 

「……おまえさんが知っても仕方がないが……まあいい。あたしの師……“陽だまりの賢者”ヨールンが、ここのダンジョンの奥にいると分かってね。あのゴミクソペドフィリアをブチ殺しに来たのさ」

 

 ゴミクソペドフィリア……。

 

「あたし自身が行こうとすると、すぐ察知されて逃げられちまう。どうしたもんかと思っていたけど、丁度いい具合にウェイチェ坊やの娘が来て、手を貸してくれと言うもんだからね」

 

 ウェイチェ坊や?

 

「ああ、イエニアの父親の名前さね」

 

 イエニアの父というと、ラーウェイブ王国の王様か。

 王様を坊や扱いかあ……………何歳ですか?

 

「カッ! 今のが最後の質問だったはずだよ!」

 

 そうでした。

 

「ふん……最後に念押ししておくけど、二度と精神操作魔法の重ねがけなんて莫迦な真似はしない事だね。もう治せる心量がないから、次やったら確実に廃人だよ」

 

 うん、わかった。

 

「なんて軽い返事だ。あの子らが心配になる気持ちがよく分かるよ」

 

 そんなあ。

 

「甘えた声を出すんじゃない! 男のくせに!」

 

 怪奇! 脳内差別ババア!

 

「カァァァーーーーッ!!!」

 

 ぎぃええええええええええ!?

 ごめんなさいごめんなさいすいませんでした!

 

「あたしはもう寝るよ! おまえさんも寝な!」

 

 もう寝てるんだけどなあ……。

 なんともはや。

 

 とにかく、いろんな人に迷惑をかけてしまったようだ。

 もういいかげんに僕も……変わっていかないと。

 パフィーには心配をかけてしまった。

 イエニアは無事だろうか。

 レイフは……

 

 ……そう。

 そうだな……そう。

 

 誤解を、解いておかないと。

 

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