DUNGEONS & LIARS - 迷宮が暴く君の嘘 - 作:日下部慎
第66話『クラマ#01 - 迷宮が暴く僕の嘘』
「きみは私の同類だ」
……ああ、そうだ。その通り。
僕の本性はあの青い瞳の男、ワイトピートと同じ。
僕は他人の感情に共感したことがただの一度もない、生まれもっての非人間だった。
べつに感情がないわけじゃない。
殴られれば僕だって怒る。
大事なものをなくせば、当然悲しい。
でも友達が殴られても怒りが湧いたことがない。
虫の死骸と人の死体に、大きさ以外の違いを感じたことがない。
自分がどうも周りの人と違うようだと勘付いてからは、ずっとひた隠しにしてきた。
……いや、一度だけ、友達だと思っていた人に相談したことがある。
すると翌日から彼は僕を避けるようになり、代わりに僕の机の中にゴミが入るようになった。
僕はクラスの中で発言力の強い数人を味方に引き入れて、友達だった彼に捏造した罪を着せて、クラス全員の前で弾劾し、彼の居場所を排除した。
人望を手に入れるのは簡単だった。
人の嫌がることを進んでやって、耳障りのいい格好良い言葉を堂々と吐いて、自分の頑張りを派手に脚色して見せつけて、最後におどけて貧乏くじを引くだけだ。
人望があれば、多少のミスはなかったものとして見過ごしてもらえた。
後で知ったが、バイアスというらしい。
人は自分が信じたいものを信じる傾向にあるもので、いつの間にやら確たる証拠が出ない限りは僕を疑わない……という空気が出来あがっていた。
そうして最終的に、僕を敵に回した彼は学期の途中で転校していった。
空き家となった彼の家の前を通って、僕が思ったことは……「この事は誰にも言わない方がいいんだな」だった。
「悪い事をした」とか「寂しい」だとかは思わなかった。
悪い事をしたのは彼の方で、僕はそれを排除しただけだし、その時にはもっと多くの人と仲良くなっていたから。
ただ、“友達”の定義は僕の中で少し変わった。
そうして僕は自分の本性を隠しながらも、姉の言葉に従って、人間らしく人の役に立つよう努力した。
そうすれば彼らに近づけるかもしれないと思って。
でも世の中そう都合よくなかった。
むしろ近付くどころか、人間らしい振る舞いをすることに何も感じぬ自分の姿が見えるばかりで、僕と人との間にある溝の大きさを浮き彫りにし続ける毎日だった。
ただ、姉の教えを守り続けたことで、ひとつだけ得られたものがあった。
人助けのために危険な場所へ飛び込む。
これは成功すれば感謝されて恩を売ることができるし……。
失敗すれば、とても楽しかった。
「私が……いや我々が悲劇に惹かれるのは、単純に悲劇というものが優れた構造を持つのではないか? と、私は考えている」
ワイトピートは僕に槍を突きつけられながらも、泰然と構えたまま持論を語る。
「破滅に向かう人間の姿は非常にドラマティックだ。その言動や表情も似たようで人それぞれ違う……。手を加えることで、さらに示唆の富んだものになる。飽きないのだ。これまで366の悲劇を作り出してきたが、未だに飽きる気配がない」
そうか、それは……それはそれは……羨ましい。
僕はそう思った。
「きみと私の立ち位置はまったくの逆だが、おそらくはこうだろう。私はこの手で積極的に悲劇を作り出して鑑賞する。きみは作り物ではない新鮮な悲劇を間近で見て、さらには自らもそれに加わることで、よりダイナミックに感動を味わっているのだ。あるいは、そう――」
ワイトピートは全てを見透かした目で告げた。
「己自身が悲劇の主役とならんがために」
……そう。
僕を信頼してくれる仲間たちにも打ち明けることができずに、みっともなく嘘をつき続けた。
この僕、クラマ=ヒロの正体を。
地球にいた時から17年間ずっと隠し続けてきたけれど……こうしてダンジョンに潜り、この男と出会ったせいで、ついに暴かれた。
これが、迷宮が暴いた僕の嘘。
だって、知られてしまっては立ち行かない。
「きみたちと仲良くなってから破滅するのが僕の目的です」などと、口にした時点ですべてが終わる。
受け入れる、受け入れないの話ではない。
そんなものは、もはやパーティーとして……仲間として成立しない。
第一、この話を聞いて乗ってくるような心中希望者がいたとして、互いに心構えが出来てしまっては台無しもいいところだ。
結局どうあっても話すことは出来はしない。
僕の望む破滅とは仕組まれたものでなく、少なくとも僕にとっては、避けることのできない非業の運命でなくてはならないのだから。
ダイモンジさんが冒険者に虐げられているのを見た時、僕が抱いた感情は怒りではなく感動だった。
薬物で地球人を言いなりに!? そうそう、これ! こういうのがないと始まらない! ……と。
この世界に召喚されてからこっち、僕はそういうシチュエーションを待ちわびていた。
だから、冒険者に腹を蹴られてゲェゲェ胃液をもどすダイモンジさんを目撃して……僕は、歓喜に震えていたのだ。
そして今、ガーブが殺されたのも同じだ。
「私はガーブ君のことを前々から知っていたからね。おおよそ、思った通りに動いてくれたよ。悲しいかな、彼がこの仕事に向いていないのは分かっていた。優しすぎるんだな、彼は。……そこが部下には慕われていた所なのかもしれないがね」
ガーブは優しい。そして真面目すぎた。
彼は「世の中に善も悪もない」と考えることで、自らの悪行に対する罪悪感を誤魔化していた。
でも根本的に、人を売り買いして邪魔者を秘密裏に消すような汚い仕事をするには、善悪についてしっかり定義するほどに思慮深くてはいけないんだと思う。
「そんなのどうでもいい」と一蹴するくらいのバカでないといけないのだ。
「私は彼を、人間としては嫌いではなかったよ。忠誠心と罪悪感の板挟みに苦しんでいる彼は、良い機会があれば殺してあげたいとは考えていた」
この男に同意するのは癪だが、僕もそう思っていた。
もう少しワイトピートが来るのが遅ければ、きっと僕がやっていただろう。
彼が僕に告げた決闘の申し出に対して、今ここで戦う意思はないと思わせるために、わざわざ「地上へ出てから一対一で」という条件をつけたのだから。
遅かれ早かれ彼とは殺し合う運命にあるのだから、少しでも早く彼を楽にしてあげたかった。
だから、彼の背後に忍び寄るワイトピートに協力したのだ。
「フフ……どうやらきみも同意見のようだな」
わかったふうに。気に食わない。
まったくお前の言う通りだ。
……きっと、お互いに分かっていた。
初めて会ったあの日から。
そして僕は予感していた。
この男の青い瞳を見た時に。
この男は僕と同じもの。
同類であるがゆえに、自分でも受け入れられずに目を逸らしていた、僕の本性を暴かれる気がした。
だから、この男は消さなければならないと感じていたのだ。
そしてそれは叶わず、暴かれた以上はもはや槍を突きつける意味もない。
僕は黒槍を力なく下ろした。
ワイトピートは迎え入れるように両腕を広げて、告げた。
「ようこそ。いや、初めまして、かな? 我が同胞よ」
そう言って僕を見つめる彼の瞳は、死人のように虚ろで優しかった。
僕は口を開いた。
「それで、あんたは何がしたいんだ。僕を邪神の信者にしたいのか?」
彼は苦笑を浮かべて首を横に振った。
「フッ、教団に入っても仕方がない。奴らは人間の断末魔や命乞いに、背徳的な興奮や抑圧から解き放たれるカタルシスを求めて活動している。私は……我々は違う。結果、やることは同じだとしても、彼らと価値観は共有できない」
「だろうね。いくら邪神、悲劇の神を信奉しているとはいっても、仲間殺しまで奨励されるわけがない。あんたは邪神の徒っていう反社会勢力の中でも、さらに異端なんだ」
「ああ、そうとも!」
くそ。
嬉しそうにするな。
「ま、そもそも地球人が邪神の徒になることもできんしな」
「そうなのか」
「知らなかったのかね? 地球人は改宗が出来ない。形だけの入信ならできるが、瞳の色は変わらず、祈りや奉納もしても神から心量を授かることはできない」
「……そうか。なら何なんだ? あんたの目的は」
「ふむ、そうさな……」
ワイトピートは考えるしぐさをする。
だが、あれは考えてはいない。
考えるポーズだ。
僕にはわかる。
そして溜めを挟んでタイミングを見計らってから、奴は言った。
「答えはすでに言ってしまったのだがね……私はただ、きみと価値観の共有がしたいだけだ」
「価値観の共有……?」
それはつまり……
「つまり、そう! 私と友達になろう!」
………………。
「なろうではないか!」
………………。
「……だめかね?」
ワイトピートは小首をかしげてこちらを覗き込んだ。
僕は即答する。
「だめだ」
「なぜかね!?」
「なぜもクソもあるかあ! 何度もこっちが死ぬような事しといて、なんでそんな事が言えるのか!」
「ははは、私なりのコミュニケーションさ。命の取り合いをした者にのみ生まれる友情……そういうのどうかね?」
「どうもなにもクソだね。何より『自分なりに』とかそういう
「これは手厳しいな。それでは、どうしたらきみは私と友達になってくれるかな?」
「どうしたらもこうしたらも……僕は友達いるし。ひとりしかいないけど。べつに新しく欲しくないし」
「そうか……残念だ」
ワイトピートはがっくりと肩を落とす。
そして、パッと顔を上げて聞いてきた。
「……ところでそれは誰かな?」
「誰かな? じゃないよ。殺す気でしょ教えたら」
「ははは、バレたか」
爽やかに笑うんじゃないよタコ。
「それに地球人だしね」
「おお、なんということ……! それでは、その友人も召喚されているという、淡い希望に賭けるしか……!」
まあ、されてるけどね。多分。
「物騒なこと言うのやめなよ。そんなだから友達できないんだよ?」
「むぅおっ……!」
僕の言葉にワイトピートはショックを受けたように頭を抱えた。
……だめだ、良くない。
気付くとこの男のペースに引っ張られてしまう。
まともに相手をしないようにしていたのに。
こいつの話しやすい飄々とした立ち振る舞いは、僕と同じく計算された作りものだと分かってるのに。
分かっていても抗いがたい。
これが年季の違いというやつか。
「うーむむ……我が半生を費やしたコレクションを見せてあげたというのに! ガーブ君の悲劇も演出して見せて! これでもまだ足りないというのかね、このよくばりさんめ!」
などとぬかしている輩に、馬鹿正直に応答しても良いことはない。
僕は冷静さを取り戻すよう、軽く頭を振った。
「はぁ……とにかく、僕はあんたの仲間になる気はないよ。悪いけどね」
僕がそう言うと、ワイトピートはふっと笑った。
……不気味な笑いだった。
「……? なにがおかしい?」
「フッ、分かっていて言っているのか……いや、仲間になる必要はないさ。むしろ対立していた方が我々にとっては都合がいい。……そうだろう?」
「………………」
こいつ……。
「親愛のしるしに、きみが最も望むものを送ろう! それが我々の友情を示す、はじめての共同作業となるだろう……!」
こいつは……!
――そのとき、咆哮が響き渡った。
初めて耳にする獣の雄叫び。
地下洞窟の暗く湿った空気を瞬時に吹き飛ばす、低音ながらに透き通った音の風。
その瞬間、すべてを忘れて振り向いた。
「お……」
そこに立っていたのは、見上げるほどの巨体。
緑色の鱗に覆われた体。
大きく広がった巨大な翼。
鋭く太い牙と爪。
翼を持った爬虫類。
それはまさしく――
「ドラゴンじゃん!!」
僕の叫びに応えるように、その竜は雄叫びをあげて向かってきた!