DUNGEONS & LIARS - 迷宮が暴く君の嘘 -   作:日下部慎

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第79話『クラマ#09 - 変わりゆく人たち』

 ヒウゥース邸から脱出した僕らは、ヌアリさんの家に戻った。

 見たことのない人達が大勢上がり込んでも、いやな顔ひとつ見せずに受け入れてくれるヌアリさん一家。

 度量の深さを感じる。

 いや本当に頭が上がらない。

 

 ともかくも、まずは薬で動けなくされているセサイルたちをニーオ先生に診せる。

 実はここに来る間にパフィーの魔法具で解毒は終えていた。

 だが解毒をしても彼らが動けるようになる気配はない。

 僕がそれを伝えると、ニーオ先生は特に慌てるでもなく冷静に言った。

 

「それはそうよ。パフィーは分かってるだろうけど、魔法で毒を取り除いても身体への影響はすぐには消えない。毒がなくなってすぐに体が元に戻るわけじゃないの。それ以上悪くなることがないってだけ。失った体力や身体機能は、本人の治癒力で回復させなきゃいけない。……分かったかしら?」

 

 それはそうだ。

 

「うーん、なるほどなぁ。……明後日までに回復するのは無理ですかね、先生?」

 

「戦闘できるようになるかって事よね? それは諦めなさい。このまま丸一日安静にして、立ち上がれるようになるかどうか……ってところかしら」

 

 つまり彼ら……セサイル、ベギゥフ、ノウトニーの3人はここでリタイアというわけだ。

 いや、ひとつだけ方法はあるけど……。

 

「パフィー、心量の残りはある?」

 

 僕は後ろで控えているパフィーに尋ねた。

 それに対してパフィーは、申し訳なさそうな、難しい顔をする。

 

「魔法で代謝を促進するのを考えてるのね?」

 

 その通りだ。

 ニーオ先生もパフィーも、ガンガンこっちの意図を読み取ってくるから話が早い。すごい。

 

「うん、そうそう。どうだろう?」

 

「それはね……実はもう心量が残ってないの。ダンジョン地下5階でクラマが崖から落ちた後、クラマの位置情報を探るのにほとんど消費してしまったから……」

 

「そっか。ごめんね、苦労かけちゃって」

 

「ううん……私の方こそ、たくさん心量を使ったのにクラマを見つけられなくてごめんなさい」

 

 とりあえず僕はパフィーをぎゅーっと抱きしめた。

 

「よしよし」

 

「ん……」

 

 しかしセサイルが動けないのは痛すぎる。

 他に魔法を使えるのは……ディーザ。

 僕はディーザに視線を投げかけた。

 

「……なんだ? 私の心量はないぞ。さっきので打ち止めだ」

 

 これは……リソース切れ!

 人数だけは多いけど、動ける人が少ない。

 そしてタイムリミットがすぐそこで、体制を整える時間もない。

 これはかなり苦しい状況だ。

 

「むぅ……せめてセサイルだけでも……」

 

 心量が少ないのはサクラの治療にあたっていた三郎さんも同様だろう。

 となると、あとは一人しかいない……。

 そう考えていると、僕の腕の中にいるパフィーが言う。

 

「そもそも魔法で代謝を早くするのは老化を伴うものだから、そんなに気軽にやっていいものじゃないのよ」

 

「そうかぁ……」

 

 いやしかし、しかしセサイルだけでも……。

 と、僕らの話に区切りがついたのを見て、ニーオ先生が口を開く。

 

「とにかく彼らはベッドに寝かせて安静に。彼らだけじゃなくて……あなたもよ。自分で気がついてるか分からないけど、ひっどい顔色してるわよ。診てあげるから来なさい」

 

 わかってる。

 丸二日間ずっと休まず動き続けてきたのだ。

 体調は最悪。

 しかもそこへヒウゥースの強烈な打撃を受けて、体も頭もぐちゃぐちゃで吐き気と悪寒が止まらない。

 とはいえ、僕はまだ寝るわけにはいかない。

 

「いやいや、そんな大したことないですよ」

 

「いいから来なさい」

 

 ニーオ先生に睨まれて、僕は大人しく診察を受けた。

 ひととおり問診と触診を終えて――

 

「……過労ね。栄養をとって寝なさい。と言いたいところだけど、内臓にダメージか……参ったわね。薬は持ってきてないし……」

 

 ニーオ先生は手にしたペンを自分のこめかみに当ててコツコツと叩いた。

 お医者先生といえど、薬や道具がなければ出来ることは少ない。

 なまじ能力が高くて出来ることが多い人なだけに、歯がゆいだろう。

 

 とりあえず僕は栄養か。

 食欲はないけど、まだまだ動かなきゃならないから食事は必要だ。

 かといって診療所に薬を取りに行くというのも……

 と、考えていた時だった。

 

「ふ……ふふ……お困り……ですかな……?」

 

 ずり……ずり……と何者かが床を這いずり近付いてくる。

 ゾンビか?

 いや違う。ノウトニーだ。

 地を這うノウトニーゾンビは懐から薬包を取り出すと、こちらに差し出してきた。

 

「これは……?」

 

「主に……トラエディの茎を……煎じた……もの、です……体内の……不調や……吐き気を、おさ、え……しょ、消化を……た、たた、たすけ……」

 

「いや、そんな無理して喋らなくていいから。薬だよね? ありがとう」

 

 僕はノウトニーの震える手から薬包を受け取った。

 

「ふふ……薬学には……通じておりまして、ね……私には……これくらいしか……役に立てることが、なかっ……」

 

 そこでノウトニーはガクッと力尽きた。

 

「の、ノウトニーっ!!」

 

 僕はノウトニーの手を握って叫んだ。

 ノウトニー……いいやつだったのに。どうして、こんな……!

 

「こら、何を死んだみたいな扱いしてんの。私がベッドに戻しておくから、あなたは薬を飲んできなさい」

 

「はーい」

 

 ニーオ先生におこられた。

 だってノウトニーの動きがゾンビみたいだったんだもん。

 テンションが高いのは徹夜のせいだもん。

 ……と、僕がふらつきながら診察室代わりの部屋から出たところで、ガチャリと玄関が開くのが見えた。

 

「戻ったわよ! どう? あたしの完璧な陽動は!?」

 

 サクラ達だ。

 メグル達のパーティーもいる。

 良かった、みんな無事だったようだ。

 

「おかえり。いやー、完璧だったね。撫でてあげよう」

 

「ちょっ、ちょっと子供じゃないのよ! こらぁ!」

 

 中学生が子供じゃなかったら何が子供なのか?

 自称子供じゃないサクラは、恥ずかしがって頭を抱えて逃げる。

 相変わらずいい反応してくれるなぁ。

 これだからやめられない。

 しかし僕の行く手が不意に阻まれた。

 

「……お?」

 

 三郎さんが無言で僕とサクラの間に割って入っていた。

 ……なんだか顔つきが昨日までと違う。

 今までの彼と違って、こっちを臆せず目を合わせてきている。

 さらには横からメグルまで現れた。

 

「うまくできたら頭を撫でてくれるんだ? じゃあ当然、私も撫でてくれるんだよね?」

 

 メグルは腕組みをして、侮蔑するように目を細めてこちらを見ている。

 

「う……」

 

 こ、これは……サクラの守りが固い!

 この世界で出会った頃のメグルは、伏せ目がちで悲壮感の漂う、儚げな感じがしていたけど……サクラと仲が良くなってからの彼女はどこか雰囲気が変わった気がする。

 なんというか、妹を守る姉のような。

 三郎さんといいメグルといい……あとは一郎さんもか。

 サクラは周りの人を変えていくような資質があるのかもしれない。

 

 しかし、姉……か。

 いやな響きだ。

 

 ……………………。

 

「……ま、ままま、玄関で立ち話もなんだし、みんな上がって上がって! リビングに案内するよ~!」

 

 僕は逃げるように背を向けた。

 決して姉という響きに気圧されたわけではない。

 逃げているように見えたかもしれないけど、玄関の外で立ち往生してるみんなに気を使った結果なのである。

 

 ということで、一同リビングへ。

 ごく普通の民家にしては、かなり広いお部屋。

 しかしながら――

 

「……ねえ、狭くない?」

 

 まあ、狭い。狭いね。

 今この部屋にいるのは……僕、イエニア、パフィー、レイフ、イクス、ティア、サクラ、一郎さん、次郎さん、三郎さん、メグル、バコス、ナメロト、ケリケイラ、ディーザの15人。

 ダイモンジさんはニーオ先生のところにいる。

 これでさらにセサイル、ベギゥフ、ノウトニー、ヤエナの3人が寝ているわけだ。

 ――総勢21人!

 いやはや、とんでもない大所帯になってしまったなあ。

 とりわけ人一倍体の大きなケリケイラが申し訳なさそうにしている。

 

「やー、スミマセン。無駄に場所取っちゃって」

 

「えっ? あぁいや、そういう意味で言ったんじゃないから!」

 

 慌てるサクラ。

 僕は流れを切ってケリケイラに話を聞いた。

 

「ダンジョンに侵入するための貸家は憲兵に封鎖されてたはずだけど……うまく通り抜けられたみたいだね。ありがとう、ケリケイラ」

 

「えっ!?」

 

 すると今度はなぜかケリケイラが驚く。

 彼女は半笑いで僕から目を逸らした。

 

「あー、まあー……そ、そんな褒められることでは~……」

 

 なんだろう。何かやらかしたのか。

 その真相はケリケイラに代わってメグルが答えてくれた。

 

「警備してた人達なら、みんな家の中でのびてるよ」

 

「あ、そうなんだ」

 

 うまく話を通す、というのは無理だったみたいだ。

 仕方ないね。

 そこへメグルのパーティーメンバーのバコスとナメロトが口を挟む。

 

「私に任せてください! って話しに行ったかと思えば……いきなり憲兵にラリアット! だからなぁ~、いやブッたまげたぜ!」

 

「いや違いねえ! ア~~ッヒャッヒャッ!」

 

「ギャーーーーハハハハハ!!」

 

 おなかを抱えて笑う2名。

 

「うーん。結局、頼れるものは暴力なんだなぁ。せちがらい世の中なんだなぁ。あと見つかるとまずいんで、笑い声はもう少しだけ抑えてくれるとたすかります」

 

「わ、私のせいじゃないです! 諸悪の根源はアレ……そう、そこにいるあの男ですよー!」

 

 ケリケイラが指さした先。

 そこにいるのは――

 

「……私か?」

 

 ソファーに腰かけ、ハーブティーの入ったカップを片手に、新聞を読み込んでいるディーザだった。

 我が家のように(くつろ)いでるね。

 さっきの逃げながらの詠唱成功といい、神経質そうに見えて実は肝が太いのか。

 そんなディーザに向けて、ケリケイラは口を尖らせて批難する。

 

「そう、そのわたしさんですー。あなたが下手こいたせいで、とばっちりで私まで重要参考人扱いですよ」

 

 そりゃ大変だ。

 ……が、しかしそこへケリケイラが思いもしなかった所から声が。

 

「ケイラ、その人と知り合いなの?」

 

 メグルだ。

 

「あ」

 

 まずったとばかりに、ケリケイラは自分の口を手で覆った。

 相変わらず嘘が下手な人だね彼女は。

 自分がディーザの手下としてスパイ行為をしていたことは、仲間にも秘密にしていたのだろう。

 

 ……ケリケイラがヒウゥース側の人間である可能性が高いということは、だいぶ前から調べがついていた。

 実際はディーザの下にいたようだけど。

 そのことは僕のパーティーやサクラのパーティー、そしてセサイルには話を通していた。

 だが、メグル達には話していない。

 

 そんな渦中のディーザだが、彼はたいして興味もなさそうに口を開いた。

 

「ふん、何がとばっちりだ。貴様のような図体のでかく、どんくさい女を使ってやったのは誰だと思っている。この優秀な私の下でなければ、貴様のような無能者など――」

 

「あ、ごめんお茶こぼした」

 

 僕は淹れたてのお茶をディーザの足にぶっかけた。

 

「あっづぅぃあ!」

 

「はいゴメンナサイね、ズボン脱いでー、向こうでね~」

 

「なぜ向こうに行く必要がある! やめろ! 引きずるなっ!」

 

 ディーザの足を掴んだ僕は、ずりずりと隣の部屋の方へと引きずっていく。

 ……しかしそれを止めたのは、誰あろうケリケイラだった。

 

「あ~……いいです、クラマさん。そんな気を使わなくて」

 

「……ん」

 

 ケリケイラは皆に向き直る。

 そうして、彼女は一度だけ大きく息をついてから、周囲に告げた。

 

「皆さん聞いてください。私は皆さんを騙していました。そこにいるディーザの手先として、皆さんの情報を流していました」

 

 ケリケイラの罪の告白。

 それに対して最初に口を開いて答えたのはディーザだった。

 

「貴様らのような不穏分子は監視されて当然。事実、こうして反逆を企てている。それもこれも初めて貴様が留置場にぶち込まれた時、釈放などせず私の言う通りにしていれば良かったのだ! それはそうと早く氷をよこせ!」

 

「はい、氷よ」

 

 パフィーだ。

 いつの間にか現れたパフィーが氷を持ってきた。

 

「ご苦労。早いではないか。貴様は優秀だな」

 

 口の減らない男だ。

 ……しかし、彼の言葉は正鵠を射ていた。

 あの日、僕がサクラ達の身代わりとなって憲兵に捕まり、留置場で僕とディーザとヒウゥースの3人が対面した時。

 あそこでディーザの進言をヒウゥースが受け入れていれば、今のような状況はなかった。

 結果論ではあるけれど、こうして改めて思い返してみれば……ヒウゥースにとっては、あそこがまさにターニングポイントだったと言える。

 

「とにかく、私がスパイとして動いてたのは事実です。言い訳することもないです。私にはもう敵対する理由はないですけど……消えろというなら消えます。皆さん、本当にすみませんでした」

 

 そう言って、ケリケイラは全員に向かって深く頭を下げた。

 

「それもまるで役に立たなかったのだがな、この無能も……むぐっ!?」

 

 僕はディーザの口を塞いだ。

 真面目な話をしてるところだから邪魔しないようにね。

 いくぶん長く感じる沈黙の後、最初に口を開いたのはメグルだった。

 

「……ケイラ、それっていつから?」

 

「ダンジョンの地下3階で、クラマ達と出会った後からです」

 

「そう……何か理由があるの?」

 

「それは……何を言っても言い訳になるんで……」

 

「ふん、考えの足りぬ愚かな小娘め。人に言えない後ろ暗い仕事をする理由など決まっている! 金だ! もっとも、故郷にいる親兄弟12人に仕送りしているなどという話、私も信じてなどいないがな!」

 

 油断して手を離したらディーザがまた割り込んできた。

 しかし、これは……?

 僕はひとまず訊いてみた。

 

「魔法を使えば嘘ついたら分かるんじゃないの?」

 

「馬鹿め。他人の金の使い道など、これ程どうでも良いことはない。貴重な私の心量を、そんな無駄なことに使えというのか?」

 

 そうかなあ。

 お金の使い道は一番その人を把握しやすいポイントだから、調べるのはアリじゃないかな?

 きっとディーザは他人の考えや価値観を把握する必要がないって考えなんだろう。

 それはともかく、話の腰を折られたメグルがこっちを睨んでるのが見えた。

 

「あの、クラマ? その人ちょっとどこかに置いてきてくれる?」

 

「うい~す」

 

「な、なんだその扱いは……私を……私がここでは公平ではない……!」

 

 僕はディーザを隣の部屋に引きずり込んで、簀巻きにしてから元の部屋に戻った。

 中ではメグルとケリケイラが問答の続きをしている。

 

「消えろというなら消える……ね。ねえケイラ。ケイラはどうしたいの?」

 

 ケリケイラを見据える、メグルの真剣な眼差し。

 その真っ直ぐな視線を受け止めきれないのか、ケリケイラは視線を所在なげに彷徨わせた。

 

「え? どうしたいって、そりゃー……いや、皆さんに迷惑かけておいて、そんな自分に都合のいいこと言うのはー……」

 

「じゃあ、クラマ達みんなじゃなくて、私。私たちのパーティーに居たい? それとも居たくない?」

 

「それは……ヒメ……や、メグルに迷惑をかけるわけには」

 

「ヒメでいいよ。……あっ、やっぱヒメやめて。メグルで」

 

 ヒメという謎の呼称。

 たしかにサラサラした綺麗なストレートの黒髪に、目鼻筋の整った美形。

 黙っていればお姫様のようではある。

 が、メグル自身はお姫様扱いされるのを拒否していた。

 不意の失言に、メグルはこほんと咳払いして続ける。

 

「んんっ……で、どうなの? 私は迷惑かどうかじゃなくて、ただ今まで通り、私たちのパーティーと一緒にいたいかどうか聞いてるんだけど? 私はケイラの気持ちを聞きたいの」

 

 攻めるなぁ。

 以前のメグルは、こんなに主導権を取って踏み込んでくるようなイメージはなかったのだけど。

 人は変わるものだ。

 

「いや、それは……そのー……」

 

 攻め込まれ、追い詰められたケリケイラの視線があちこちに目移りする。

 そこで僕と目が合った。

 僕は微笑みながら、ゆっくりと頷く。

 

「う……」

 

 それでケリケイラはメグルに向き直ると、観念したように答えた。

 

「……はい。私はヒメやみんなと一緒にいたいです」

 

 やめろと言われたばかりのヒメ呼び。

 メグルがむっとした表情を見せる。

 ……が、それはポーズだ。

 明らかにわざと作った怒り顔を見せている。

 

 イタズラや冗談というのは、互いの信頼関係によって成立するものだ。

 改めてケリケイラがヒメと呼んだことで、ふたりの表情が柔らかくなったのが分かる。

 それからメグルはパーティーメンバーのふたりに振り返って訊く。

 

「みんなはどう?」

 

「それ聞くぅ~? おれらに聞いちまうかぁ~?」

 

「アッヒャッヒャッ!」

 

 いつでも楽しそうだね~、彼らは。

 

「じゃあOKってことね?」

 

「アヒャッ、いや違いねぇ、違いねぇや」

 

 しかも地味に笑い声の声量を抑えている。

 了承が得られたメグルは、今度は僕らの方に向き直る。

 

「クラマ、それからみんな……私からお願い。ケイラを許してあげて」

 

 そう言ってメグルは頭を下げた。

 

「ヒメ……」

 

 さて。

 僕らは互いに視線を交わした。

 アイコンタクトで意思確認すると、僕は他の皆に先んじて、シュバッと鋭く手を挙げた!

 

「僕はオッケーでーす!」

 

 すかさずパフィーも続く。

 

「はい! わたしもー!」

 

「じゃあ私もー♪」

 

 レイフも空気を読んで乗ってきた。

 このフットワークの軽さよ。

 このあたりが、このチームの強みだと感じる。

 さても、さてさて。

 皆の視線がイエニアへと集まった。

 彼女は腕を組んだまましばらく考え、イクスとティアに目を向ける。

 

「ふたりも同じですか?」

 

 イエニアに訊かれて、ふたりも静かに頷く。

 それを見てからイエニアは再び口を開いた。

 

「……分かりました。それでは彼女の身柄はメグルさん、あなたが預かってください。何かあればあなたの責任ということになりますが、構いませんね?」

 

「うん、それでいいよ。ありがとう」

 

 イエニアがうまくまとめてくれた。

 これにて一件落着! ということで。

 要するに今まで通りということなのだけど、集団をまとめるには規律やケジメが必要なのだ。

 こういう役目は周囲から煙たがられるから、みんなやりたがらない。

 嫌な役でも文句を言わずにやってくれるイエニアは本当にありがたい。

 よーし、それじゃあ僕はオチをつけにいこうか。

 

「まあ、親玉があんなんじゃ、今さらケジメも何もない気はするけどね」

 

 言いながら僕は、ディーザが封印されている隣の部屋を指さした。

 皆が苦笑だったり、微妙な顔をする。

 そもそも、成り行きとはいえディーザを受け入れておいて、ディーザの指示で動いていたケリケイラに責任を問うのは道理に合わないのだ。

 ……と、扉の向こうからドタドタ騒ぐ音が届いてきた。

 

「なんか騒いでるから、僕はちょっと見てくるね」

 

 そう言って僕はその場を抜けて隣の部屋へ。

 そこには毛布でぐるぐる巻きになったディーザがいた。

 

「むぐーっ! ぬぐぐぅー!」

 

 うねうね動いてお怒りのご様子。

 僕は彼の口を塞いだ猿轡を解きながら、先ほど少し気になったことを尋ねてみた。

 

「あのさ、ひょっとしてさっき……わざと言ってた?」

 

 ディーザはうねうねと暴れる動きをピタッと止めた。

 

「……なんのことだ?」

 

「ケリケイラが自分で言いにくいことを、代わりに言ってあげてたんじゃない?」

 

 そう。

 ちょっとばかり不自然に感じたのだ。

 いつも通りに悪態をついているようで、それでいてその内容は、周囲からケリケイラの心象を良くすることばかりだった。

 

「ふん……奴には公平さを欠いていたかもしれんと、少し思い至っただけだ。元々あの女は、図体はでかいくせに気が小さい奴だった。スパイ行為は私の想像よりも負担が大きかったのかもしれん」

 

「へえー……あなたはそういうの気にしない人かと思ってたよ」

 

「……貴様も聞いていただろう。ヒウゥースのやつが、この私に向かって人望がないなどと言っていたのを」

 

 そういえば、そんなことも言ってたね。

 僕が天井でサクラ達の動きを待ってた時に。

 

「私は能力さえあれば人に媚びる必要などないと考えていた。だが結果として……この無様な体たらくだ。私がヒウゥースや貴様に能力で劣っていたのか? いや、そんなわけはない。だが現状をみれば、より周囲を己の意に沿うように動かし、深いところで事態の中心にあって、大きな流れを作り出しているのは……私ではなく……ヒウゥースでもない。貴様だ。貴様にあって私にないものと言えば、人望くらいのものだろう」

 

「……………」

 

 無様という自覚はあったのか。

 彼も色々と考えているようだ。

 でもそれにしては、さっきの一幕では、いまいち人望を得られそうにない態度であった。

 能力的には優秀なのに、不器用なんだなぁ、この人は。

 

 しかし、こうして話していると思い出す。

 

 ――どんな人間でも多かれ少なかれ良心は存在する。根本的には善人も悪人も存在しない。

 

 ……確かにきみの言う通りだね、ガーブ。

 ディーザもこれまでだいぶ悪行を働いてきたんだろうけど、こうして話してみれば分かる。

 彼も根本的には悪人でもなんでもない。

 自意識が強くて、周りに迷惑を与えやすいだけだ。

 おそらくヒウゥースにしてもそうだろう。

 悪人というのは、もっと、こう……根本から違うものだ。

 

「そういえば私になくて貴様にあるものが、もうひとつあったな」

 

 ディーザは思い出したようにそんなことを言い出した。

 

「貴様……嘘を見抜く感知魔法が効いていないだろう。何故だ?」

 

 ああ――やっぱりそうだったのか。

 対象の心音と精神の揺らぎを感知するという仕組みを聞いて、ひょっとしたらそうじゃないかと思っていた。

 僕が嘘をつこうとして心がざわつくのは、レイフと二人きりの時だけだ。

 しかし彼はなんでそれが分かった?

 ひとまずとぼけてディーザの出方を窺ってみよう。

 

「えっ、僕が? なんで?」

 

「貴様にそれを教える必要があるか?」

 

 ないね。

 ないけど、こっちもだいたい予想はつく。

 ベルトのバックルだ。

 ケリケイラにもらったこの魔法具は、ダンジョン内で落としてしまったと言ってあった。

 おそらくあの時、どこか――隣の部屋あたりで感知していたのだろう。

 ……が、それはそれとして、僕がそれを認めるメリットもない。

 

「そっか……頼りになる仲間が増えたと思ってたけど……そんな簡単なことじゃないよね。ごめん……」

 

「……ちっ、貴様と騎士の女がヒウゥースに連れられて画家の家に行った時だ。貴様はケリケイラに魔法具をなくしたと言っていただろう。私はその時、隣の部屋で魔法を使って感知していた」

 

 やっぱりか。

 

「えっ!? あの時に……!? そうだったんだ……よく分からないんだけど、感知に引っかからない例外っていうのはないの?」

 

「ない。どれだけ嘘を吐き慣れた生粋の詐欺師であっても、魔法の感知を逃れることは不可能だ」

 

「無意識は誤魔化せないってことかな?」

 

「そうだ。どんな人間でも必ず、虚偽の言葉を喋れば無意識下に特有の揺らぎが発生する。例外はない……はずなのだがな。貴様、本当に人間か?」

 

 ……………………。

 

「僕は人間だよ。間違いなくね」

 

「ふん、そんな所にだけ真面目に答えてどうする。貴様のする事はよく分からん」

 

「そう? ああ~、そっか! 僕のハイセンスなジョークが分からない感じだ?」

 

「分かるか! たわけがっ!」

 

 僕はあははと笑って話の流れを濁した。

 そのすぐ後に、パフィーから食事の用意ができたと声がかかって、僕らはダイニングへ向かう。

 

 ……いや、だめだなぁ。

 自分を人間だと思ってる彼が、本当はただの人形だということを教えてあげたら、一体どんな顔をするだろう? なんて思ってしまった。

 この考えは人間らしくない。

 変なことを口走らないように、しっかり抑えていこう。

 

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