DUNGEONS & LIARS - 迷宮が暴く君の嘘 -   作:日下部慎

82 / 94
第82話 - ヒウゥース邸の挿話

「……ギルド内の報告は以上となります」

 

 ヒウゥースは自室でコイニーの報告を受けていた。

 ヤイドゥークも同席し、やはり残り物の焼き菓子をモグモグと頬張っている。

 ベッドに腰かけたヒウゥースは、自分の額をコンコンと指で小突いて思索する。

 

「ふぅむ……まさか冒険者ギルドに立て籠もるとはな……憲兵は役に立ちそうにないか」

 

 ヤイドゥークが食べるのを中断して答える。

 

「もともと憲兵ってのは地元民すからね。兵としての練度は低いし、知人親戚の繋がりでクラマ=ヒロを知ってる奴らも多いでしょうし」

 

「連中を捜索させた時も、地元民が全く聞き込みに応じなかったそうだな。冒険者連中にしてもそうだったか」

 

 これに答えるのはコイニー。

 

「はい。ギルドから賞金を出しても、ダンジョン内の捕獲作戦に協力を申し出たのは、わずか2パーティーのみでした」

 

「ち……金で動かず……国家権力も恐れんか。まったく、冒険者という人種の頭の悪さを、少しばかり見誤っておったわ」

 

 悪態をつくヒウゥース。

 その顔には、苛立ちの色が見える。

 

 ヒウゥースの人生は順風満帆なものではなかった。

 幾度となく困難に突き当たっては、その都度ひとつ先を読み、周囲を出し抜くことでここまでやってきた。

 しかし権力を手にするようになってからは、それも少なくなってきた。

 ここまで思い通りに事態が進まない事は、久しく記憶にない。

 

「……ヤイドゥーク。奴らがここに攻めてきたらどうなる」

 

「んー……そりゃキツイっすね。人数はこっちが勝ってますけど、実戦経験の差があるんで……まあ負けるでしょ」

 

「首都からの国軍は明日の昼には着く。それまで守りを固めても駄目か?」

 

「ギリっすね。立て籠もるにしても、あの地下を破壊した魔法具がね……他にも魔法具持ってる奴はいるでしょうし。守りよりも攻めのが強いんすよ、魔法ってやつは」

 

「そうか……」

 

 ヒウゥースはフゥーッと大きく溜め息をついた。

 その表情は、諦めたようで諦めていない。

 まだ余裕があった。

 しかし、ひとつの事を諦めたことには違いがない。

 

「いやぁ、人望っつーもんは厄介なモンですなぁ。どうしますかねぇ」

 

「どうするもこうするもあるか。お前を頼ることになるぞ」

 

「ですよね」

 

 余裕の空気はヤイドゥークにも伝わっている。

 なぜなら残っているからだ。

 彼らの切り札が。

 

「ふん……奴らも粘ったが、最後で運がなかったな。地下に襲撃してきた方が本命だったなら、あるいは違う結果もあったかもしれんというのに」

 

「そりゃあ酷な話でしょう。こっちの切り札が置いてある場所なんて、向こうは知らんかったでしょうし。まぁ操作室の方で爆発音が聞こえた時は肝を冷やしましたが」

 

 そう、彼らの切り札は首都から招集している国軍ではない。

 この屋敷の地下にある、ひとつの魔法具だ。

 

「ふん、だが次はもうない。結局は備え……財力……権力……持ち得る力の総数がものをいうのだということを教えてやろう。くくっ……奴ら冒険者には、生涯縁のないものだな」

 

「そうっすね」

 

 ヤイドゥークはそっけなく答えた。

 その主人を主人と思わぬ不遜な態度は普段通り。

 ……のように見えたが……ヤイドゥークを横目で見るコイニーは違和感を覚えていた。

 やる気がないのとは違う。

 どこか遠い所を見据えるような……あるいは、記憶の奥深くを探るような……心ここにあらずといった視線……。

 

 しかし今は彼らの主人の前。

 無関係の話をするわけにはいかない。

 

「……ヒウゥース様、私はギルドに戻って向こうの動向を探りますか?」

 

「ん? いや、向こうにはディーザがいるのだろう。戻れば捕まる危険がある。屋敷内で待機だ」

 

「分かりました。それでは失礼いたします」

 

 コイニーは一礼して退室する。

 

 そうして結局、彼女がその違和感の正体をヤイドゥークに問い詰める機会は、最後まで訪れることはなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。