DUNGEONS & LIARS - 迷宮が暴く君の嘘 - 作:日下部慎
「……ギルド内の報告は以上となります」
ヒウゥースは自室でコイニーの報告を受けていた。
ヤイドゥークも同席し、やはり残り物の焼き菓子をモグモグと頬張っている。
ベッドに腰かけたヒウゥースは、自分の額をコンコンと指で小突いて思索する。
「ふぅむ……まさか冒険者ギルドに立て籠もるとはな……憲兵は役に立ちそうにないか」
ヤイドゥークが食べるのを中断して答える。
「もともと憲兵ってのは地元民すからね。兵としての練度は低いし、知人親戚の繋がりでクラマ=ヒロを知ってる奴らも多いでしょうし」
「連中を捜索させた時も、地元民が全く聞き込みに応じなかったそうだな。冒険者連中にしてもそうだったか」
これに答えるのはコイニー。
「はい。ギルドから賞金を出しても、ダンジョン内の捕獲作戦に協力を申し出たのは、わずか2パーティーのみでした」
「ち……金で動かず……国家権力も恐れんか。まったく、冒険者という人種の頭の悪さを、少しばかり見誤っておったわ」
悪態をつくヒウゥース。
その顔には、苛立ちの色が見える。
ヒウゥースの人生は順風満帆なものではなかった。
幾度となく困難に突き当たっては、その都度ひとつ先を読み、周囲を出し抜くことでここまでやってきた。
しかし権力を手にするようになってからは、それも少なくなってきた。
ここまで思い通りに事態が進まない事は、久しく記憶にない。
「……ヤイドゥーク。奴らがここに攻めてきたらどうなる」
「んー……そりゃキツイっすね。人数はこっちが勝ってますけど、実戦経験の差があるんで……まあ負けるでしょ」
「首都からの国軍は明日の昼には着く。それまで守りを固めても駄目か?」
「ギリっすね。立て籠もるにしても、あの地下を破壊した魔法具がね……他にも魔法具持ってる奴はいるでしょうし。守りよりも攻めのが強いんすよ、魔法ってやつは」
「そうか……」
ヒウゥースはフゥーッと大きく溜め息をついた。
その表情は、諦めたようで諦めていない。
まだ余裕があった。
しかし、ひとつの事を諦めたことには違いがない。
「いやぁ、人望っつーもんは厄介なモンですなぁ。どうしますかねぇ」
「どうするもこうするもあるか。お前を頼ることになるぞ」
「ですよね」
余裕の空気はヤイドゥークにも伝わっている。
なぜなら残っているからだ。
彼らの切り札が。
「ふん……奴らも粘ったが、最後で運がなかったな。地下に襲撃してきた方が本命だったなら、あるいは違う結果もあったかもしれんというのに」
「そりゃあ酷な話でしょう。こっちの切り札が置いてある場所なんて、向こうは知らんかったでしょうし。まぁ操作室の方で爆発音が聞こえた時は肝を冷やしましたが」
そう、彼らの切り札は首都から招集している国軍ではない。
この屋敷の地下にある、ひとつの魔法具だ。
「ふん、だが次はもうない。結局は備え……財力……権力……持ち得る力の総数がものをいうのだということを教えてやろう。くくっ……奴ら冒険者には、生涯縁のないものだな」
「そうっすね」
ヤイドゥークはそっけなく答えた。
その主人を主人と思わぬ不遜な態度は普段通り。
……のように見えたが……ヤイドゥークを横目で見るコイニーは違和感を覚えていた。
やる気がないのとは違う。
どこか遠い所を見据えるような……あるいは、記憶の奥深くを探るような……心ここにあらずといった視線……。
しかし今は彼らの主人の前。
無関係の話をするわけにはいかない。
「……ヒウゥース様、私はギルドに戻って向こうの動向を探りますか?」
「ん? いや、向こうにはディーザがいるのだろう。戻れば捕まる危険がある。屋敷内で待機だ」
「分かりました。それでは失礼いたします」
コイニーは一礼して退室する。
そうして結局、彼女がその違和感の正体をヤイドゥークに問い詰める機会は、最後まで訪れることはなかった。