DUNGEONS & LIARS - 迷宮が暴く君の嘘 -   作:日下部慎

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第88話 - 将、そして王の挿話

 此処(ここ)は首都からアギーバの街へと向かう唯一の街道。

 目的のアギーバの街は目前というところで、サーダ自由共和国軍は立ち往生を余儀なくされていた。

 

「一体どういうつもりだ……」

 

 国軍を率いるトレイダー将軍は、苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。

 目下には街道を塞ぐように陣を布いている、武装した一団。

 トレイダーの隣にいる若い副官が言う。

 

「何度見ても間違いありません、騎士王国ラーウェイブの旗……それに……中央で馬に跨っているのは、国王パウィダ・ヴォウ=ウェイチェです」

 

 これには将軍トレイダーも頭を抱えざるを得なかった。

 まさか一国の王が直々に騎士団を率いて他国に侵入するとは、前代未聞のことだ。

 事態を難しくしている理由は、ここにいるのが「騎士団」だということだった。

 

 これが他国の軍隊であれば、紛れもない侵略行為である。国軍としては排除する以外の選択肢はない。

 しかし、ラーウェイブの騎士団は軍隊ではなく警察機構。

 軍隊は軍隊で、また別個に存在している。

 それゆえ、これが侵略行為にあたるかどうか……判断が難しい。

 

「我が軍にも通信用の魔法具があればな……」

 

 長距離通信を行える魔法具というのは、非常に珍しい代物だ。

 なぜなら魔法は「距離」に弱い。

 姿が見えなくなるほどの遠方への通信を可能とする魔法具というのは、製作できる者が限られている。

 

「伝書鳥は送りましたが……ヒウゥース評議会議長からの返答はありません」

 

「……ヒウゥース評議会議長……か」

 

 騎士団の奥に隠れるように見えるアギーバの街に目を向けて、将軍トレイダーはぼそりと呟いた。

 それに反応した隣の副官が、躊躇いがちに口を開く。

 

「将軍……我々は、このまま進んでいいのでしょうか?」

 

「何が言いたい」

 

「いえ、その……ヒウゥース議長のことです。あの男が、この街で召喚した地球人を四大国へ流しているという噂……将軍もご存じでしょう? それ以外にも数えきれないほどの不正、違法行為の数々……あの男が議長となってから、議会と官僚の腐敗は目に余ります……!」

 

 不正や違法行為など知ったことではない、不満は結果で黙らせる……というのがヒウゥースのスタイルである。

 そのため、ヒウゥースは常にこうした批判を浴びてきた。

 だが、ヒウゥースが評議会議長となって国政を握ってからというもの、サーダ自由共和国は急激に国力を増し、国民の暮らしぶりが向上した事もまた事実である。

 

 ヒウゥースの政権に対して良し悪しは言いにくい。

 しかしながら、彼ら軍部としては、まるでヒウゥースによって軍を私物化されているかのような現状には、忸怩(じくじ)たる思いがあった。

 

「……フェゼシ」

 

 トレイダー将軍は副官の名を呼んだ。

 

「はっ! ――ぬぎゃ!?」

 

 トレイダーの拳骨(げんこつ)が副官フェゼシの脳天に落ちる!

 フェゼシは頭を抱えてふらふらとよろけた。

 

「あ……あぐぐ……!」

 

「馬鹿者が!! 貴様、今の言葉は軍法会議ものだぞ!!」

 

「も、申し訳ありません……しっ、しかしお言葉ですが将軍……このままでは軍部としての面子(メンツ)が……!」

 

「そんなことは言わなくても分かっとるわ、たわけ! だからといって儂らが軍規に反してどうする!? 秩序を失った軍隊なぞ、ならず者の集団と変わらんわ!」

 

 トレイダーは副官フェゼシの襟首を掴んで引き上げる!

 

「いいかフェゼシ……国軍にとって必要なのは正しさではない、与えられた指令を全うする事だ! それこそが、我ら軍人の矜持と心得よ!」

 

 そう告げてトレイダーは副官を掴む手を離した。

 解放された副官は首を押さえて咳込む。

 

「ごほっ! ごほ……もっ、申し訳ありませんでした!」

 

 背筋を伸ばして敬礼するフェゼシ。

 そこへ、ひとりの兵士が駆けてくる。

 

「伝令! 伝令ーーーーッ!!」

 

 駆けてきた兵士はトレイダーの前で止まり、敬礼を行う。

 トレイダー将軍は兵士に向かって静かに口を開いた。

 

「報告せよ」

 

 兵士は目前のラーウェイブ騎士団へ送った遣い。

 内容はもちろん、一体どういうつもりかという問いかけ。

 それに対する騎士団側の返答は……

 

「はっ! 報告します! 『日が陰るまでここを通すわけにはいかない。不当に囚われている我が国の王族を保護するためであり、軍事目的ではない』――とのことです!」

 

 周囲の兵士がざわつく。

 遣いの男は続けた。

 

「それから……『これは騎士の誇りにかけて、正義の行いである』……と」

 

 その報告に、大きなどよめきが湧いた。

 兵士たちの間に露骨に広がった動揺。

 それには理由があった。

 

 騎士の誇りにかけて――という、この一文。

 これはラーウェイブ王国が対外的な公式声明において、伝統的に用いる定型句だ。

 彼らがこの句を出して退いたことは過去の歴史にただの一度としてなく、また彼らの主張する正しさが誤りだった事もない。

 

 つまり、ここで街道を塞いでいるラーウェイブの騎士団は、すでにあの街で行われている不正の証拠を握っているということだ。

 兵たちの動揺は、それを理解したために起こったものだ。

 浮つく空気。

 そこに響き渡る怒号! 

 

「たわけが!!!」

 

 トレイダー将軍の一喝により、場は一気に静まり返る。

 そして兵を黙らせた将軍は、颯爽と全軍の先頭に躍り出た!

 

「聞け!! 誇り高きラーウェイブ国王、パウィダ・ヴォウ=ウェイチェよ!! 我が名はサーダ自由共和国軍司令、トレイダー!! 我が軍を代表して、貴殿に一騎討ちを求める!!!」

 

「な……!?」

 

 自分達の司令官が唱えた突然の宣言に、兵士たちは驚き戸惑う。

 

「な、なぜですか将軍……!?」

 

 ラーウェイブの騎士団は確かに強い。

 が、しかし軍隊ではない。

 戦えば自由共和国軍が勝つのは明白だ。

 その確実な勝利をあえて捨てるのは、相手に勝ちを譲るため――?

 否、そんな事はない。

 もちろんそこには、与えられた指令を果たすための合理的な理由があった。

 

「戦えば儂らが勝つ。だが、連中は日が陰るまで通さぬと言った。それはつまり、儂らはそれまでにはアギーバの街に入らなければならんということだ。……もうあまり時間はない。ここで正面から戦い、時間を取られれば、戦いで勝っても指令を果たせなくなるだろう」

 

「う――な、なるほど……! しかし騎士を相手に一騎討ちとは……」

 

「なんだフェゼシ。儂が負けると思うのか?」

 

「い、いえ! 滅相もありません!」

 

「うむ。お前達はここで待機しろ!!」

 

 戦列を離れて、ひとり歩み出るトレイダー。

 その背を見送る兵士達の視線は、信頼に満ち溢れていた。

 

 それもそのはず。

 このトレイダー将軍は、自由共和国内の競技者が集う大競技会において、10期連続で表彰数トップの記録を更新し続けている鉄人だ。

 特に剣術種目と槍術種目では、8期連続で決勝進出という前人未到の大記録を打ち立てている。

 誰もが認める国内最強の戦士。

 それがこのトレイダー将軍である。

 

 そして、これは部下達の前では口にしなかったが……トレイダーにはこの一騎打ちに勝算があった。

 ラーウェイブの騎士は強い。

 その勇名は世界中に届いている。

 いかに国内最強の称号を得ている自分でも、勝てるかどうかは分からない。

 だが、先ほどから騎士団の布陣を見て彼は気がついていた。

 

 ――正騎士がいない。

 

 ラーウェイブ王国騎士団の頂点に立つ8人の正騎士。

 その姿がひとつも見えない。

 

 おそらく招集が間に合わなかったのだろう、とトレイダーは考えた。

 ここ5ロイほど(地球時間で15年近く)も前線に立っていないラーウェイブ国王が、こうして直々に騎士団を率いていることも、向こう側の切羽詰まった事情が見てとれる。

 さらに国王パウィダ・ヴォウ=ウェイチェは、ここ3ロイ(約10年)は公の場で剣を握った記録すらない。

 熟年ながら未だ全盛期のトレイダーと違って、ウェイチェ王はとうの昔に引退している。

 負ける要素はなかった。

 

 懸念といえば、国王に代わってまだ見ぬ猛者が出てくる事だが……それを避けるために、わざわざ国王の名を呼んだ。

 騎士というものは何よりも誇りを重んじる。

 一騎討ちの申し出を受けないなどというのは論外である。

 騎士の立場を把握した、トレイダー将軍による計算された一騎討ちの要求。

 果たして騎士団の一群から出てきたのは――指名の通り、国王パウィダ・ヴォウ=ウェイチェその人であった。

 

 ――勝った。

 トレイダー、そしてその背後に控える兵たちは勝利を確信した。

 

 

 

 トレイダー将軍とウェイチェ王は、両軍の中間で対峙する。

 向き合った両者は兜を脱いだ。

 一騎討ちにおいては互いの顔を隠さない。

 それがこの世界の流儀であった。

 

 トレイダーもそれなりの歳だが、ウェイチェ王はそれより一回りほど年上になる。

 老年に差し掛かろうとしている王。

 その佇まいには威厳と貫禄があった。

 

 王を呼び寄せたトレイダーが先に口を開く。

 

「申し出に応じて頂き感謝する、騎士たちの王よ。ろくな口上も交えず申し訳ないが、我が軍は時が惜しい。すぐにでも始めたいが……負けた方が退く、という事でよろしいか?」

 

「構わぬ」

 

 王の答えは、ただ一言。

 それだけを告げると王は、背に負った剣を抜いた。

 

 ――大きい。

 トレイダーは息を呑んだ。

 異様に長大で分厚い、大型の両手剣。

 刃の側面には一切の装飾がなく、武骨な作りであるにもかかわらず、その刀身は太陽の光を受けて七色に色彩を変じ、眩く輝いていた。

 噂に聞くウェイチェ王の光輝剣ジャロエイトに相違ない。

 光り輝く大剣。それをウェイチェ王は頭上にかざして、大上段に構える。

 まるで刀身の輝きを衆目に見せつけるかのようであった。

 

 その偉容、美しさに、周囲の兵・騎士双方から感嘆の声が漏れた。

 

 ジャロエイトは強力な魔法具であるが、一騎討ちに魔法が使用される事はない。

 トレイダーは光輝剣の輝きに気圧されることなく、冷静に観察した。

 

 わずかに思考した後、トレイダーは槍を選ぶ。

 相手の剣は長大だが、槍ほどのリーチはない。

 ならばその剣の届かぬ距離で戦えばいい。

 当然の選択だった。

 剣と槍とでは、圧倒的に槍を持つ側が有利なのだから。

 

 槍を握って構えをとるトレイダー。

 王と将。

 互いの指揮官が一対一で相対する。

 

「では、参る」

 

「応」

 

 すでに先刻、時が惜しいと告げた通り。

 短く素っ気ない言葉と共に、一騎討ちは開始された。

 

 しん、と静まり返る場の空気。

 すべての兵と騎士が、固唾を飲んでふたりの動向を見守る。

 

 上段に構えたまま不動のウェイチェ王。

 じりじりと間合いを測るトレイダー将軍。

 張り詰めた糸のような緊張感。

 互いに経験豊富な歴戦の勇士である。

 呼吸を掴み……集中力が崩れた一瞬を待ち……機を読む。

 一対一で相対した状態でも、そうした僅かな有利を掴む術は心得ている。

 熟達した者同士の、見えない圧力のかけ合い。

 精神を削る消耗戦。

 しかし、今この戦いにおいて、そうはならなかった。

 

「ふっ――」

 

 トレイダーが動く!

 消耗戦になど付き合ってはいられない。

 一秒でも早く――しかし焦らず、逸らず――トレイダーはただ鋭く、正確無比な槍の突きを放つ!

 

 その、瞬間。

 

「ぜぃあああああああああああああッ!!!!」

 

 轟、と迸った。

 裂帛の気勢。

 剣の一閃。

 

 振り下ろされた剣は槍を断ち切り、鎧をひしゃげ、鎖骨をへし折った。

 剣圧に押し潰されるように、地面に尻餅をつかされたトレイダー。

 

「あ――ぐぁ……っ」

 

 ――勝負あった。

 呆気ない、あまりにも呆気ない幕切れ。

 有利や不利……駆け引き……細やかな戦闘理論。

 王の剛剣は、それらすべてをただ一刀にして叩き伏せた。

 

 トレイダーは苦悶の中、見上げて知った。

 これが騎士王国ラーウェイブの王。

 パウィダ・ヴォウ=ウェイチェであると。

 

 

 

 

 

「将軍!!」

 

 殺気立った自由共和国軍の兵士たちが飛び出してくる。

 そこへ一喝する声が響いた。

 

「止まれッ!!!」

 

 兵士たちは縫い付けられたようにぴたりと止まる。

 

「しょ、将軍……しかし……!」

 

「我々の負けだ。引き上げるぞ」

 

 トレイダー将軍は立ち上がり、兵士たちのもとへ向かう。

 その右腕はだらりとしたまま動かないが、足取りはしっかりしていた。

 まだ戦えないことはない。

 だが……職務に殉ずる覚悟を持つ彼も、それほどまでに恥を知らないわけでもなかった。

 

 トレイダーは理解しているのだ。

 ウェイチェ王が振り下ろした剣を途中で止めなければ、自分の体は今ごろ鎧ごと断ち切られ、二つに別れて草の上に転がっていた事を。

 

 トレイダーは立ち去る前に一度振り向いて、自身を打ち負かした王に問う。

 

「……ひとつ聞かせて欲しい。なぜ、それだけの力を持ちながら一線を退いた?」

 

 問われた王は、それまでの威圧感ある表情をニカッと崩して言った。

 

「いや、私も老いた。12人の妻の相手をしながらでは、以前のように戦場を駆け回るほどの余裕がなくなってしまった」

 

 その言葉にトレイダーは、まじまじとウェイチェ王の顔を見る。

 改めて見るウェイチェ王は、生気に溢れ、肌も艶があり、実際の年齢よりも遥かに若々しく見えた。

 トレイダーは、ふっと笑って言った。

 

「……なるほど。それでは、この後が大変というわけだ」

 

 ウェイチェ王は爽やかな笑いをもって、その回答とした。

 

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