「えー、皆さんに大切なお知らせがあります。ここにいる彼女ですが、実は彼女は個性に目覚めたことにより性転換してしまった緑谷出久君なのです。個性の詳細な効果はまだわかってはいませんが、元に戻るまでしばらくかかるか、最悪元に戻らない可能性もあるとのことなので、今日から彼は女生徒として学校に通うこととなりました。色々聞きたいことはあるでしょうが、それは授業の後に市してくださいね。では緑谷は着席してよろしい。……よしではみなさん教科書の135ページを開いてください。今日は──」
「……大変な一日だった」
彼女、いや彼、緑谷出久にとってここ最近の日常はまるで嵐のように激しいものであった。
数日にかけて彼に起こった変化を分析するために検査を繰り返したものの、結果はなにも分かってはいない。
現状で判明しているのは彼の体はDNAや指紋、血液型に至るまで彼自身と何ら変化しているわけではないにも関わらず、体だけが女性へと転化しているという不可解な状態であること、そして、彼に備わった個性の
その力は彼の声を通して相手に影響を与えるタイプの力であり、音楽系ヒーローや洗脳系ヴィランに多く備わっているものと同質の力である。
しかし重要なのはその力の内容ではなく、その力がこの世界に蔓延している
これは出久自身と母、そして検査に関わった関係者しか知らされていないことだ。
彼の力は通常個性の発現、使用に必要な個性因子と呼ばれる物質によるものではなく、全く未知の物質によって引き起こされていることが確認された。
その物質は彼の体の至る所から検出されるものの、体外に摘出されると時間経過によって消えてしまうという厄介な性質を持ち合わせていた。
よって分析は難解を極め、今現在ですらこの現象の解析は進んではいない。
結果、彼は個性に目覚めたことにより体が女性化してしまったということにしてしばらくは様子を見ることとなったのだ。
これを聞いた時彼は心の底から喜んだ。
個性ではないが、自分が待ち望んだ特別な力に目覚めたのだ。それは幼い頃より憧れたヒーローとなるためには必要不可欠なものであり、これでようやく彼もスタート地点に立てたと言えるからだ。
あの時は夢と思った出来事、良く思い返せばあのヘドロのようなヴィランも彼を知っているような言動をしていたではないか。
つまり、あの時あの場であったことは紛れもなく現実であり、自分は謎の少女によってこの力を授けられたのだと理解するのに総時間を必要とはしなかった。
だがどうして自分なんかに、と思わずにはいられない。
自分は無個性で、何の取り柄もなくて、いつもヒーローの情報を集めているだけの根暗な子供だと彼自身は思っている。
そんなどうしようもない子供に、なぜこの力を分け与えてくれたのか、なぜ自分は女の子にされたのか、彼女に聞きたいことは山ほどあったが、今日に至るまで彼女が現れることはなかった。
そうして迎えた女性化して初めての登校。
それは予想通りというべきか、想像以上というべきか、彼は休み時間の全てをクラスメイトや学校の皆への説明に費やすこととなったと言えば彼がどのような目にあったのか理解しやすいだろう。
「あ……」
ふと視線を上げた先、そこで目にしたのは一人の少年だ。
少年は手元のゲーム機に夢中で自身が進む先にあるのもが見えてはいない。
そこは交差点であり、歩行者側の信号は……赤を照らしていた。
眼前を猛スピードで進む車に気づく様子はなく、少年は前へと進んでいく。
「危ない!!」
気がついた時彼は叫んでいた。
自身の声とは思えないほど澄んでいて、それでいて遥か彼方まで響くと思えるほどの声量。
それは風よりも早く少年の元へ届くと、反射的に少年は体を硬直させた。
驚き顔を上げると、そこには車が行き交う横断歩道であり、自分が今どこへ足を踏み入れようとしていたのかようやく気づいたようだ。
「よかったぁ……あれならもう大丈夫だよね……あわわわ!!」
出久はほっと胸を撫で下ろす。
慣れない膨らみが腕に当たり、慌てて手を離した。
そんな彼の背後から、パチパチと誰かが拍手する音が聞こえる。
「ふふ、ちょっとだけ不安でしたけど、どうやら力は問題なく馴染んでいるようですね。……まあ、体には早く慣れてもらうしかありませんが」
「この声は!?」
バッと勢いよく振り返る。
そこには数日前に見た少女。彼に力を与えた元凶がそこに佇んでいたのだ。
「すみませんね。本来ならここに来るべきではないのですけど、今どうなってるのか気になったので来ちゃいました」
「いえ、そんな……あの! どうして僕にこの力をくれたのですか? そしてあなたは一体何者なのですか?」
彼はそう問いかけるが、彼女はまあまあと彼を宥めると、すぐ近くにある海岸を指さしてこう言った。
「あまり大っぴらにしていい話でもないですし、あちらの方で話しましょうか」
そこは海流の関係で海へと捨てられたゴミが流れ着く場所であったが、それに漬け込んで近隣からも違法にゴミを捨てにくるものが後を立たない。
結果、そこはまるでゴミの群生地とも呼べるような荒地へと変わり果ててしまい、近隣の住人は誰も近寄らなくなった場所なのであり、秘密の話をするのにはうってつけの場所であった。
「ん〜と、どこから話したものですかね……」
程よい大きさの冷蔵庫の上に腰をかけ、ぷらぷらと足を遊ばせる彼女。
「まずあなたは自分に宿った力のことをどんなふうに捉えていますか?」
「え!? えっと、自分の声が届いた相手の行動を自在に操る個性、のような物だと思います。何回か実験してもらって、許可をもらって試しもしたので間違いないはず」
「残念! ハズレです!」
「ええ!?」
ビシッと両腕でバッテンの字を作り、彼らが調べた成果を否定する。
「私たちの力はそんな安っぽいものじゃありません。もっと自由で強力で、そしてこの世で最も尊い力なのですから。まあ、まだあなたの同調率は五割を超えた程度みたいですし、目覚めたてならその認識でもいいのですけど、このままだと変なふうに劣化しちゃいそうなので少し私がお手本を見せてあげましょう」
ぴょんと冷蔵庫から降りて、一つ咳払いをする。
右手をあげればその手にはいつの間にかスタンド付きのマイクが握り締められていた。
彼女は大きく息を吸い、その透き通るような声が彼の耳に届いた瞬間、
「こんなに月が蒼い夜は、不思議なことが起きるよ。どこか深い森の中で、さまようわたし」
彼女を中心として、周辺一帯が闇に包まれた。
午後だったとはいえまだ日が沈むには早すぎるにも関わらず、何時の間にか天には次が昇っている。
「タキシード姿のうさぎが来て、ワインはいかが?とテーブルへ、真っ赤なキノコの傘の下で、踊りが始まる」
ゴミで埋め尽くされていた海岸は何時の間にか外国式の茶会会場のように様変わりしており、そこに人間サイズのウサギのような何かが出久へとワインを勧める。
彼は慌ててそれを断ると、ウサギは少し寂しげにそれをテーブルに置いた。
「貴方は何処にいるの? 時間の国の迷子。帰り道が、解らないの。待って待っているのに」
急に視界が漆黒に染まり、周囲どころか自身が立っている地面すら把握できなくなった。
不思議と自身の体だけは発光しているかのようにはっきりと視認できるものの、このような不可思議な状況に置かれたからか分からないが、強く心が乱される。
「眠れぬこの魂は、貴方を捜し森の中。
しかし、その漆黒は直ぐに消え去り、視界が晴れるとそこは夜の森の中、目の前には片膝をつき出久へ手を差し出す王子様のような男性がそこにいた。
そのあまりの美貌に出久は思わず手を伸ばしそうになって、指と指が触れ合うかと思われたその瞬間、唐突に王子の姿が消える。
「え!? あれここって」
慌てて周囲を見渡すと、そこは見慣れたゴミの山へと姿を変えていた。
「曲名【月のワルツ】。どうやらお楽しみいただけたようですね。そうですこれがあなたが持つ力の一端ですよ」
そう言って何時の間にか手に持っていたグラスに入った紅い液体を飲み干す。
それは先ほど彼がウサギに進められたワインと全く同じもののように思えた。
「あなたも同調率が進めばこのようなことだってできますし、何よりも
「今のは、周囲の風景を錯覚させる個性? いえ、それなら歌う必要性がないしなにより僕の力についてお手本を見せるって話だったから声をトリガーにして発動する力? いやでもそれだと今飲まれたワインについての説明ができない。単に幻覚だけなら今飲んだワインも消えているはず。なら今のも幻覚?何の意味があって? でも」
「あー、これが噂に聞く出久の呟き癖ですか。目には見えませんがきっと吹き出しもブツブツってなってるんでしょうね」
こちらのことが眼中にないというよりも思考に集中するあまり彼女のことが目に入らなくなっているようだ。
しかたないので彼女が大きく手を叩くと、驚いた出久がこちらへと顔を向ける。
「す、すいません。昔から集中するとこうなっちゃって」
「まったく、そうやって思考に没頭するのは悪い癖ですよ。まあ、必要最低限のことは伝えられたし、現状確認も済んだのでまあいいですけど」
そう言うと彼女は出久に背を向けてすたすたと歩き出す。
彼女が帰ろうとしているのをみて、彼は慌てて止めに入る。
「ま、待ってください、まだあなたに聞きたいことがあるんです。どうして僕に」
「あ、それ以上は近づいちゃ駄目。下がらないと危ないよ」
パチンと、彼女が指を鳴らすと急に出久の体が後方へと押し出される。
急な衝撃に驚いたものの、何とか体勢を立て直し顔を上げたその瞬間だった。
彼女が立っていた場所を中心にとても大きな衝撃が周囲一体を振るわせたのだ。
まるで地雷かミサイルでも爆発したかのようなその衝撃に、出久は一瞬理解が追いつかなくなる。
しかし、周囲に舞っていた土煙が晴れ彼女の姿が、いや、彼女たちの姿があらわになると、何が起きたのかすぐに把握することが出来た。
「あいたたた。やっぱり生身だと結構しびれますね。人間相手にそんな馬鹿力使うのゆかりさんどうかと思うのですけど」
「HAHAHA。その一撃を軽々と受け止めておいてよく言う! 何が狙いか知らないが、これ以上いたいけな少年をかどわかすのはやめてもらおうか。凶悪ヴィラン。
突如現れた彼が幼い頃より憧れ続けていたスーパーヒーロー。オールマイトが彼女へ殴りかかっていたのだ。
曲名【月のワルツ】
歌手:諫山実生 作詞:湯川れい子 作曲:諫山実生
昔NHKで放送したあの映像が結構印象にのこりますし、歌そのものも良いですよね。