虚無と魔法   作:邪骨

1 / 1
第一話 虚無

 廻る、巡る、ぐるぐると。この世は円環、輪廻じみて繰り返す。螺旋状の上昇志向を持って、延々と高みを目指している。

 

 私たち人間もそう、知らずの内にその一部と化していた。

 

 終わらない。

 

 世界は無数の始まりで満ちていた。

 

 

♦♦♦

 

 

 白より白く、黒より暗い。果てしなく無限で、虚無。何かあるようで何もない、虚構。

 

 それこそが私が漂う『ここ』の全てであった。

 

 私がここを彷徨うようになったのは15歳の何てことのない、普通の日の事だった。箪笥の角に小指をぶつけた瞬間、有り得ない、しかし有り得てしまった超偶然的な奇跡で私は次元の裂けめに落ちた。落ちて落ちて、気が付いた時にはここに居た。

 

 何ということだと、私は大いに焦った。死ぬかもしれない恐怖から、「死にたくない」と願った。

 

 願うと、私は死ななかった。そしてその願いは、今の今まで継続されている。

 

 数百年も、もしかしたら何千年もこの状態なのだ。

 

 これだけ生きたら普通は死ぬ、死なねばならない。それこそが自然という物だ。しかし私は死ねなかった。死にたいと思っても、死ねなかった。

 

 死ねなかったから、私は死ぬ以外の事をし始めた。道理である。

 

 まず私が着手したのは、この空間の研究である。私の「死にたくない」との願いを見事に叶えたこの空間には、何かしらの力が存在しているはずであった。なので私は、一先ず願ってみることにした。

 

「キャンディが欲しいな」

 

 すると、白濁色をした球体が現れた。勿論包装などされていない剥き出しの状態で、だ。まさかこれがキャンディだというのか。怪しんだ私は、物は試しと球体を口に含む。

 

 コロコロと、口腔内に取り込んだ球体を舌で舐めまわす。

 

 味は・・・うん、砂糖の味だ。何のフレーバーでもない、ただ砂糖を煮込んだだけのような、そんなキャンディ。もしかしたら何味か指定しなかった結果こうなったのかもしれない。

 

 まあ味はともかく、何となくこの空間について分かってきた。

 

 この空間―――虚無と呼称する―――は、虚無であるが故に存在を欲する。しかし虚無は虚無であるが故に、自ら存在を創り出すことは出来ない。

 そこで私が想像し、創造する。願いを虚無に反映させる。願いは虚無に受諾され、すぐさま実現する。存在を欲するがため。

 

 概要はこんなものだろうか。虚無が存在を欲するというのは私の想像でしかないが、何だかそのような気がした。

 

 きっと私の居た世界も、驚異的な偶然で虚無に落ちた人間が創造した産物なのだろう。ならば私も世界を作ることが出来るはずだ。

 

 そんな確信を持った私は、また、願った。

 

 「星よ、来れ」と。

 

 結果、私の眼前には巨大な壁が出現した。いや、それは壁ではなかった。それはとてつもなく大きな、途方もない恒星であった。

 

 まばゆい光だ。この生み出して一分とも満たない時間のうちに、私の肉体は何遍も蒸発し、再生を繰り返している。恐ろしい熱量だった。

 しかしそれだけの膨大な熱と光をもってしても、この虚無が照らされることはない。相も変わらず白とも黒ともつかぬ『無』を晒すばかりだ。

 

 私は我慢ならなくなって、恒星の熱から逃れるために「後方に移動する」ことを願い、かなりの距離を移動した。幾ら死なないと言っても、流石に何度も消し炭になるつもりはないのだ。普通に痛いしね。(一瞬で蒸発するためそこまでの痛みではなかったが)

 

 恒星から逃げた私は、ふと面白い事に気が付いた。

 

 熱さを感じないのだ、あんなにも近くに恒星があるのにである。地球で生活していても太陽の熱を感じることが出来るのに、それがない。

 

 これは恐らく、この虚無に文字通り『何もない』ためだろう。熱は空間に満ち溢れる様々な物質を介して伝わるものだが、この空間にはそのために必要なモノが何一つとして存在していないのだ。あの恒星から放たれた熱は、恒星のほんの表面にしか存在できず、一歩でも虚無に近づこうものなら瞬時に消滅する運命なのだ。

 

 ならば何故私は消滅しないのか。

 

 それは私が死なぬことを願ったことが原因だろう。この願いの結果として、私はこの虚無に存在を『許されて』いる。どれだけ縦横無尽に虚無を動き回ったとしても、私は死なない。それに対してあの恒星は、存在の許可が極めて限定的だ。多分だが、あの恒星が少しでもあの場所から動けば消滅は免れないだろう。

 

 この空間では『願い』こそが絶対であり、願わぬものは許されないのだ。

 

 私はそのことを肝に銘じて、再度件の恒星を観測するべく周囲を見渡すが、恒星は見当たらなかった。あれだけ激しく輝いていたのに、私を燃やし尽くしたというのに、その光は私の居る場所までは届かなかった。

 

 そうか、光も消滅したのか。

 

 私は虚無の厳格で普遍のルールに恐ろしさを抱いた。

 

 ともかくあの恒星を観察せねば研究は遅々として進まないだろう。だから私は虚無に「恒星を目視する」ことを願った。

 

 そうすると視界は開けて、恒星の姿があらわになる。どのような原理なのかは理解できなかったが、とにかく見えるようになった。不思議である。

 

 恒星は相変わらず青白い光を放っていて、熱を自身の表面で渦巻かせていた。どうやら恒星は自分の放ったエネルギーに耐え切れず、圧縮されているようだった。恒星は見る見るうちに圧縮されて、10分後には一際激しい光を放って消滅した。

 

 哀れ。

 

 星に対するイメージ不足が招いた悲劇だった。私が『星』などという漠然な願いをしたことが原因であった。あの恒星は星としてはあまりにも不完全で、自爆してしまったのだ。

 

 すまない恒星よ、すまない。

 

 しかしこれでまた一つ分かったことがある。それは願いは正確でなくてはならない、ということ。「死にたくない」という願いに期限を設けなかったことで、私は絶対に死ぬことが出来なくなったし、キャンディは味を願わなかったから砂糖の塊になった。恒星は『空で輝く球体』というイメージしか再現できずに消滅した。

 

 そして「死にたい」と願っても死ねなかったことから分かるように、願いは不可逆であり取り消す願いは不可である、ということ。

 

 例えば今ここで私が眼鏡を呼び出して、それを願いの力で破壊したとする。しかし破壊できても、それを願いの力で破棄することは出来ない。もし眼鏡を完全に消し去りたいならば、新たに炎でも呼び出して燃やし尽くさねばならないのだ。

 

 つまりそういうことである。

 

 ちなみに私は「絶対に死なない」ので、燃やしても突き刺しても死ぬことはないし、願いを上書きして死ねる体になることもできないというわけだ。

 

 まあ、死なないことはどうでもいい。時間はあればあるだけいいのだから、死なないというのは良いことだ。そう思いたい。この空間に時間の概念が存在しているのかは知らないが。

 

 とにかく、こういう地道なことを繰り返して、色々していこうではないか。

 

♦♦♦

 

 寂しい。

 

 ふと思ってしまった。

 

 出来るだけ考えないようにしてきたが、周囲に人間が存在しないのはあまりにも寂しい、悲しい事だった。

 それを自覚してしまった私は、願いの力で『他人』を作り出したくてたまらなくなった。しかしそれは非常に危険で、忌避すべきことであった。

 

 何故か。

 

 勿論倫理的にアウトというところもあるが、私以外に『願う』ことが出来る存在が出現するのは危ういことだからだ。

 

 もしも生み出した『他人』が好き勝手に虚無を改変し始めたらどうだろう。私の手が出せない、混沌とした世界が出来上がるに違いなかった。

 

 それは私の望むべきところではないのだ。出来れば一人で、統一性のある世界を作りたいのである。

 

 

 だが、それでもだが、私は他者が欲しくてたまらなかった。

 

 

 だから、私は虚無に『人格』を付与することにした。虚無の性質上、虚無は自分自身を改変することが不可能。これは恐らく『人格』を得ても不変の理だろう・・・そう思いたい。私はもうどんな存在でも『他』と会話をしたくて仕方がなかったのだ。

 

「虚無よ、大いなる虚無よ。知恵を得よ、思考せよ、そして私に話しかけよ」

 

 仰々しい語り口だったが、内容はただのボッチの悲鳴である。悲しいかな、元の世界では孤高の存在を決め込んだ私が、こんな哀れな台詞を言うことになろうとは。嘆かわしい。

 

 

 私の願いはすぐさま虚無に受諾され、実現される。

 

 

 虚無は赤か、黄か、それとも青か、判別がつかぬ色に明滅し、雄叫びを上げる。

 

 

―――オオオォオオォッ―――

 

 

 聞こえるはずもなかった。虚無には私以外何も存在しないのだから、音が鳴るハズが無かった。

 

 しかし、虚無を揺らすような唸りが、私には確かに聞こえたのだ。

 

 

「おい、人間。お前が私を生んだのか」

 

 

 不意に声。

 

 後ろを振り向けば、辛うじて人間の姿をした、不気味な者が居た。

 

 

「うわッ」

 

「うわッ、とは何だ、失礼な。私はお前と共に在ったというのに」

 

 何だこいつは、キモチワルイ。あからさまに人間ではない。逃げなくては。恐ろしい。怖い。恐怖。助けて。

 

「コラ、逃げるな。まさか忘れたというのか?散々願いを叶えてやったというのに、恩知らずな奴め」

 

 その一言で私の思考はクリーンになる。ああ、そうか、こいつは―――

 

「お前、虚無・・・なのか?」

 

「そうだとも。まあ、お前がそう呼んでいるだけだがな」

 

 はは、こんな馬鹿みたいな願いが叶うなんて、虚無は何でもありだなぁ。

 

「すまなかった、逃げようとして。お前の姿があまりにも不気味だったものだから、恐ろしくなってしまった」

 

「ふーん、難儀なモノだな、人間とは」

 

「そのようだね」

 

 まま、こいつが人間であろうと何だろうと、孤独の解消という目的は達成できたので良しとするか。

 

「ところでお前、虚無なのに何で人間を知って・・・いや、そもそも何故言葉を操れる?」

 

「ん、それは私がお前を参考にして作られた存在だからな。知識もお前と会話するために必要だったから、お前の脳味噌から全て転写させてもらった」

 

「・・・それはつまり、俺のことなら何でも知っていると?」

 

「うむ、その通り。お前が私に何を願ったのかだって、お前の記憶から得た知識だしな。だからお前が私を生んだ存在だとわかったわけだし」

 

「その喋り方は?」

 

「無論お前を参考に」

 

「初めて買ったエロ本は?」

 

「『■■■■と×××トレーニング!』だったかな?」

 

「わかった、もういい、喋らんでくれ」

 

「了解した」

 

「あ、待て、これは願いではないからな。永久に喋らなくなるとかやめろよな」

 

「そのくらい分かっとるわ」

 

 お前という『人間』を参考にしたのだから、そのくらいニューロに対応するさ。

 

 虚無はそう言い放つと、人型を崩して虚無に溶け込んだ。

 

 ―――消えたわけではないので安心しろ、少し休むだけだ―――

 

 脳内に直接流れ込んできたのは、虚無の声だった。

 

「それはいいのだが、お前のあの気味の悪い姿、あれも私を参考に?」

 

 ―――その通りだとも―――

 

 ふざけんな。

 

「次に私の前に現れるときはもっとマシな姿になってこい!」

 

 ―――善処しよう―――

 

「あと口調も変えてこい!薄気味悪い!」

 

 ―――それも善処しよう―――

 

 ああ、一人じゃないって、良いな。

 

 ―――私もそう思うぞ―――

 

 思考を読むな。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。