ロリな勇者と全身凶器   作:喜多見 健

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鎧袖一触

 草を踏みつける音が青空に溶けてゆく。地図を片手にちらちらとアルベルトを見る幼い勇者は、おどおどと言葉を切り出した。

 

「アルベルトさんは、その……戦闘をしたこと、ありますか?」

 

「……ああ」

 

 シャーロットの前を、大股で二歩程先立って歩いている胴着の男はぶっきらぼうにそう言った。

 

 まるで、話したくないというかのように、ひどくぶっきらぼうに。

 

「あ……そうですか……」

 

 沈黙が二人を包み、気まずさがシャーロットの周囲を漂う。

 

「……あの」

 

 ちらりとシャーロットが目の前のアルベルトを見つめると、アルベルトは立ち止り、シャーロットに向けて掌を向けていた。「動くな」の彼なりの合図であろうか。

 

「前に二匹『いる』」

 

 その言葉に、シャーロットは左の腰の鞘から剣を抜いた――否、抜こうとした瞬間、鋭い視線がシャーロットに突き刺さった。

 

「私がやる。君は手を出すな」

 

「で、でも――」

 

「女は戦うものじゃない」

 

 必死にシャーロットが抗議するが、その言葉は「女」という一言で一蹴される。ギリ、と悔しそうに歯をかみしめるシャーロットは、二つの影に突撃するアルベルトの背を見つめていた。

 

 

 

――――

 

 

 

 アルベルトと影との距離が縮まる。

 

 5メートル……3メートル……1メートル。

 

 めき、という骨の砕けるような音とともに、影が、いや、敵が宙を舞った。30センチほどの、大型のネズミのような「魔物」である。鋭い前歯にかみつかれれば、おそらくはその場所を根こそぎ持っていかれるだろう。それに対して、アルベルトは接近戦を挑んだのだ。

 

 完璧な不意打ちとはいえ、大ネズミはまるでゴムボールのように宙を舞い、柔らかな草が覆う地面を跳ねた。アルベルトはただ、右手でネズミの腹部にアッパーをたたきこんだに過ぎない。

 

 だがそれだけで、大ネズミの背中、殴った場所の対面からは背骨とさまざまな臓器が突出し、瀕死の状態であることを周囲に教えていた。

 

 仲間を倒されたもう一匹の大ネズミは、自慢の前歯をアルベルトに向け、飛びかかった。アッパーを打ち終わったアルベルトが体を戻しながら左拳を思いっきり振り下ろすと、何かが砕けるような音とともに、べしゃっ、という水を地面にぶちまけたような音が草原に響き渡った。

 

「終わったよ」

 

 両手を血で真っ赤にぬらしたアルベルトは、何でもないかのようにそうつぶやく。

 

 彼の背後には絶命したであろう一匹が、足元には頭部がぺしゃんこにつぶれ、前歯さえも粉砕した一匹が、地面に倒れていた。剣を構えながら恐る恐る近寄るシャーロットは、目の前の光景を震えながら見つめていた。

 

「この程度でどうする? もっと『人間みたいな姿のやつらがうじゃうじゃいる』んだぞ?」

 

 血で塗れた両手を握ったり開いたりしながら、アルベルトは言う。ぐぱぐぱという粘ついた音が空気を渡る。

 

「す……すいません、大丈夫です。行きましょう」

 

 顔色の悪いシャーロットは、地図を見ながら歩き出す。それを確認してから、アルベルトはため息を吐く。

 

「戦利品の回収も大事だ」

 

 シャーロットを呼びとめたアルベルトは、先ほどしとめた大ネズミのもとへと向かう。シャーロットが見たものは、大ネズミの体内を探るアルベルトであった。

 

「な、に……してるんですか?」

 

「こういう奴らは人間を丸ごと喰うからね、胃とか腸とかに消化されなかったお金とかアイテムとかがあるのが常なんだよ」

 

 やがてアルベルトは腕を引き抜き、モンスターの体液でぬれた指輪とわずかな硬貨をシャーロットに見せる。

 

「大当たり、だ。君もやってみると良い」

 

 その言葉に、ぶるぶると震えながらシャーロットは無残にも内臓の露出した大ネズミに剣先を向ける。あらわになった内臓の上から下までを剣で切り開くと、中には無数のペンダントと硬貨がおさまっていた。

 

「上出来だ。お嬢さん」

 

 さすがに少女に体内を探らせるようなことはせず、アルベルトは粘液に濡れたアイテムをつかむと少女のリュックサックの中におさめる。

 

「……アルベルトさん、冒険慣れしてますね」

 

「……小さい頃、やんちゃをしてたからね」

 

 足の震えているシャーロットは自らに活を入れると、剣をしまいこみ、力強く歩き出した。そんな小さな勇者の様子に、笑みを浮かべながらアルベルトは大股に歩きだす。少女に危険を与えないために、少女に地獄を見せないために。

 

 

 

――――

 

 

 

「つきました! エルオールです!」

 

 シャーロットは心底安心したようにそう言う。

 

「敵らしい敵もいなかったな。楽な道中でなによりだ」

 

 既に乾いた血を落としたアルベルトは、街中をきょろきょろと見渡す。

 

「どうかしましたか?」

 

「質屋か鑑定所でもあればと思ったんだがな。その荷物、重いだろう?」

 

 アルベルトの言葉に、シャーロットは必死に反論する。

 

「重くありません!! 第一、私戦闘でちっとも役に立たないですからこれくらいしないと何のために出てきたのかわからないじゃないですか!」

 

 気丈にそういう勇者の姿に、アルベルトは苦笑を浮かべる。そんな二人の下へ、一人の若者が近づいてきた。タバコから紫煙を立ち上らせる青年である。

 

「どうしたの、御二人さん?」

 

「ああ、商店の場所を教えてもらいたいんだ。装飾品の売れる場所を」

 

 アルベルトが尋ねると、青年はある建物を指さした。看板には、宿屋と書かれている。

 

「あの場所で全部そろう。そう言う場所だぜ、ここは」

 

「恩に着る」

 

 大股でアルベルトが歩きはじめ、思い出したようにちらりと後ろを向く。とことことシャーロットが追いかけているところであった。

 

 

 

――――

 

 

 

「そうですねぇ……こちらの指輪が120Erg(エルグ)、ペンダント類が合計で540Erg、合計660Ergでいかがでしょうか?」

 

「ああ、それで良い」

 

 二言三言の言葉だけを交わし、商談は成立した。

 

「ああ、そうだ。武器はどこで売ってる? 道具でも良い。拳の保護ができるやつがあれば教えてほしいんだが」

 

「それならあちらです。手前のカウンターが武器で、その奥が防具。一番奥が雑貨です」

 

「どうも」

 

 アルベルトが軽く礼を述べると、質屋の男は形式的な言葉を述べた。

 

「またのお越しをおまちしております」

 

 ふう、と小さく息を吐き、アルベルトは彼の主、シャーロットの下へと向かう。

 

「660Ergだったよ。なかなかの収穫だ」

 

 まるで皮膚が裂けたようにぱっくりと口が開き、アルベルトの顔に笑みが浮かぶ。

 

「けっこうなお金になりましたねー。ありがとうございます、アルベルトさん」

 

 無邪気に笑みを作り、シャーロットは言う。

 

「そこで、だ。君には防具を新調してもらう。何があるかわからないからね」

 

「む、子供扱いしないでください! これでも14の誕生日は終わってるんですから!」

 

 その言葉に、アルベルトの顔にありありと驚きが浮かんだ。

 

「本当にお嬢さんじゃないか。どうなっているんだ、こんな少女を勇者にするなんて」

 

「だーかーら! 子供扱いしないでください!!」

 

 ムキになって反論するシャーロットに対して、アルベルトは穏やかな笑みを浮かべる。

 

 だいぶ二人の心の距離は近づいているのだろうか。

 

「まあ、防具は否応なしに新調させてもらうよ。14の少女ならなおさらだ。傷なんてつけてしまったら私はご両親に殺されてしまう」

 

 小さく声をあげながら笑うと、シャーロットは反論をしようと口を開く。

 

 だが、アルベルトは反論を聞くよりも早く、防具売場へと足を進めていた。

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