十数分後、所持金と今までの装備を合わせた代金で装備を新調した二人は、上機嫌で次の街への道を歩んでいた。
「この服本当にすごいですよ! こんなに軽くても耐久力が高いなんて!」
「だから言っただろう? 掘り出し物はあるものだ、と」
買う時までさんざん「重いのと革臭いのはいや!」と駄々をこねていたシャーロットも、新しい衣服に満足したらしい。
服の間に着こむもので、細い魔法鉄で編まれた服であるために対刃性能が高いのだ。もちろん、彼女に攻撃が来ないようにするのが仲間であるアルベルトの仕事であるのだが、どうしても後れを取ることがある、そのためのものだ。
「でも、良かったんですか? アルベルトさん、何も装備しないで――」
「武道家は速さが命だからね。下手に重いものを着ても動けなくなるだけさ」
そういうと、アルベルトは真っ白なバンテージを巻いた腕を差し出す。
「でもでも! 武器くらいは買ってよかったんですよ? あの籠手とか、アルベルトさんにぴったりだと思ったんですけど……」
「籠手を着けていると、『組めない』からね。まあ、これはいずれ教えてあげようか」
ぴく、とアルベルトの眉がつりあがった。そして、狼のような、獰猛な笑みを浮かべる。
「今、教えてあげよう」
その雰囲気を敏感に察知したシャーロットは、アルベルトの後ろに就く。
魔物の気配をとらえたのだ。
――――
小柄な動物が――二足歩行をし、防具を着込み、武器を持った小柄な動物が5匹ほど、アルベルトたちの前に立ちはだかっていた。
一般にゴブリンと呼ばれる、深い褐色の毛が全身を覆っている生物だ。鼻自体は低いが、鼻は根元から大きく前方に突き出した奇妙な外見をしている。
アルベルトとシャーロットを見つけたゴブリン達は、甲高い声で一声鳴くと、武器を振りかざしながら二人の元へと襲いかかる。飛びかかったゴブリンにより、アルベルトの顔面に、錆びた斧が振り下ろされるが、アルベルトはそれを意に返さずに、斧を持つ手を殴り飛ばし、ゴブリンの衣服を万力のごとき力でつかんだ。
その次の瞬間には、ゴブリンの頭部が地面に突き刺さっていた。胸倉をつかみ、そのまま回転させ、勢いそのままに地面にたたきつけたのだ。鈍い音とともにゴブリンは背中の方向へ体を折り曲げ、ピクリともせずにいる。
「しッ!」
アルベルトは短く息を発すると、鋭い後ろ廻し蹴りを放つ。
みちっ、という肉をたたく音とともに、背後で斧を振り上げていたゴブリンが横薙ぎに吹き飛んでいった。
「どうした? かかってこい」
アルベルトは残りの3匹を見つめながら、凍てつくような調子でつぶやく。
生き残りのゴブリン達は互いに顔を見合わせると、斧を放り投げて一目散に走って行った。
逃げたのだ。
「……ふむ」
驚いたように立ち尽くすアルベルトを傍目に、シャーロットは地面に突き刺さったゴブリンを観察している。
「うわ……あ……」
ゴブリンの首は見事に地面に突き刺さり、すでにピクリとも動いてはいない。
完全に、絶命していた。
アルベルトはつきささったゴブリンの足をつかみ、ひょいっと引き上げると、頭部が壊れ、脳が垂れ下がったゴブリンが姿を現す。
たまらず、シャーロットは口を押さえ、数歩ほど後ろに下がった。
それを気にする様子はなく、アルベルトはゴブリンの体をあさってゆく。
「うえ……こ、こんどもまた体の中を……?」
「いや、こいつらはある程度知恵があるからね。装飾品とか光るものはだいたい身につけているのさ。巣を見つけられれば一番いいんだがね」
思ったような収穫はなかったらしく、アルベルトはゴブリンを放り出すとため息を吐いてもう一匹の下へと歩みを進める。
その時、一枚の紙切れが落ちたのをシャーロットは見逃さなかったが、アルベルトは次の獲物を求めるための思考に切り替えているようだ。
シャーロットは落ちた紙切れを拾い上げ、目を這わせる。見たところ、周囲の地図のようだが、いたるところに黒の線で何かが書き示してあった。
「……お墓のマーク?」
シャーロットがそうつぶやいて視線を上げる。
彼女の目の前に、1匹のモンスターが整然と存在している時であった。緑色の、ゼリーのようなものだ。ただの液体のようにも見えたが、内部では小さな物体が2つ、ふよふよと漂い、流動していた。良く良く見ればそれは、人間の目玉であった。
シャーロットが小さく悲鳴を上げると、モンスターはシャーロットの体を薙ぐように体をふるう。遠心力に導かれてゼリーの体が細長く伸び、シャーロットを吹き飛ばした。
「きゃあっ!!」
「!?」
アイテム回収に思考が行っていたアルベルトは悲鳴に振りかえる。
そして、強く自らの唇をかみ、ゼリーへと走り寄った。
「(油断していたッッ!! もうしないと誓ったのに!! 私は……私はどこまで鈍ったのだ!!)」
「うおぉぉぉぉッッ!!」
力強い、いや、触れるあらゆるものを砕いてしまいそうな重い前蹴りがゼリーに突き刺さった。だが、ゼリーは衝撃に体を歪めるだけで、すぐに目標を切り替えたようだった。
ゼリーの体が一瞬で巨大化し、アルベルトを包み、消化しようと襲いかかる。ゼリーの中に浮いている、溶けかけた人間の目玉と視線を交えたアルベルトは、その左目に向けて渾身の右ストレートを放った。
水風船を叩くような音がしたが、その音にうめき声が混ざる。見れば、アルベルトの右手の指の背は酸でも浴びたかのように焼けただれていた。
「良し、わかった。わかった」
アルベルトは焼けた右手をいたわるそぶりは見せずに、小さくうなづいた。
「お前は『敵』だ。この冒険始まって、最初の敵だ」
無造作に、アルベルトは足を踏みだす。まるで散歩にでも行くかのように、無造作に、だ。
ゼリーがアルベルトを再び包み込もうと体を広げた。水風船を殴り飛ばすような音が何度も響いた。
「はッ!」
アルベルトは包み込もうとするゼリーの中に突っ込みながら、殴り飛ばしているのだ。
しかし、拳足は徐々に酸に侵され、血が流れている。
ちらりと、アルベルトが反対側で行動を考えているシャーロットの腰にささっている剣を見つめた。
その意味を理解したシャーロットは、剣を引き抜くと雄たけびを上げながらゼリーに駆け寄った。
「はあぁぁぁぁっ!!」
水風船を切り開くような音とともに白刃が緑色の液体に剣を突き刺さると、その内部からは大量の緑色の液体が流れ出た。液体が二人の足元をぬらすが、これは酸ではないようだ。
ふう、とアルベルトはぬれた地面に倒れこみ、天を見上げた。真っ白な太陽が、アルベルトを見下ろしている。
その横で、シャーロットも倒れこんだ。顔には笑みを浮かべてはいるが、震えていた。
「は、は、初めて……私が……」
「ああ、君のおかげで、助かったよ」
むくりとアルベルトは上半身を起こし、まだ地面に倒れているシャーロットに深く頭を下げた。
「ありがとう、勇者。言葉を撤回するようで悪いんだが、これから、一緒に戦ってくれないか?」
その言葉に、シャーロットはさらに笑みを浮かべ、頷く。
彼女の震えはすでに、おさまっていた。