「熱くないですか?」
「うん、平気」
自分と同じシャンプーの匂いがする濡羽色の髪の毛へ、丁寧にドライヤーをかけていく。
今は結ばれていないこの髪が揺れるのを、玲は目で追いかけ続けていた。今だって視線の先には、いつも彼女がいる。
玲は、楽羽の隣で並んで歩いていく事をずっと夢見てきた。
あの雨の日、あの楽しそうに笑っていた顔を見て、目で追いかけ始めて。この感情の名前を知って、それでも目で追いかけることしかできなくて。楽羽がシャンフロを始め、勇気を振り絞り、少しずつ彼女に近づく事ができた日々を経て、女の子同士でいいのかなんて悩んだりもしたけど。
玲は、楽羽と『恋人』という関係になった。玲は彼女の隣で歩いていく権利を得たのだ。それが、堪らなく。そう。堪らなく嬉しい。
「こんなこと毎日毎日しなくてもいいのに」
めんどくさくない? 放っておいても乾くよ? なんて言う楽羽は、気をつかってくれているのだろう。
「めんどくさくないですよ」
「そう?」
楽羽は、自分でやるにはめんどくさい、と感じるからいっそう不思議に感じているのかもしれない。乾かしきったのでドライヤーを置き、今度は手にオイルを広げて、髪に馴染ませていく。
玲と楽羽は、ルームシェア、すなわち同棲をしている。そんななかで、毎日楽羽の髪の毛を乾かすのは玲の役目である。
「瑠美さんにも言われたじゃないですか。毎日の手入れが大切なんですよ」
「うへぇ……」
瑠美には「お姉ちゃん、放っておいたら自分の事なんかとことん何もしないので、玲さんお願いしますね」と念を押されている。楽羽が実家にいた際には、瑠美がこの役目を担っていたと玲は聞いている。
「そ、それに、」
「ん?」
「ま、まえを向いていてくださいっ」
振り向こうとした楽羽を止め、玲はぽつりとこぼす。
「わ、私が、し……したい、んです」
───楽羽さんの手入れを。髪の毛だけじゃなくて、楽羽さんのためならなんでも。
楽羽がしたいことならば、楽羽がすればいい。だけど、楽羽がしないと言うならば。玲は、それをする権利を請う。
楽羽の事ならば、どんなにしても負担ではないし、めんどくさくもない。
ずっと、ずっと、玲は楽羽の隣に並びたかった。その権利が欲しかった。星屑にだって願い続けていた。
だから、隣に並んでいる今だからこそ持ち得ることのできるひとつひとつ、その全部が、玲にとっては喜ばしいことなのだ。
「えっと、ダメ……でしょうか?」
「……ううん」
楽羽がわずかに下を向く。髪の隙間から、少し赤く染まった首筋がのぞいた。
「玲ちゃんがしたいなら、いいよ」
楽羽がぼそりとつぶやいた「かなわないなぁ」という言葉は、玲には届かなかった。
サブタイは『想い、夢見ていた者の願い事』の意です。ずっと願い続けていたその先にいる彼女は、たった一人の、彼女の一番星に請う。
ありがとうございました