朔月の巫女   作:Hiso=サダネ

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別の事で少々忙しくなって手が離せなかったため、とりあえず最新を投稿。後々タイトルを修正するかも。
今回地の分極小。想定してたより長くなりすぎて、地の分増やすと倍くらいになる。期間開いているのに何言ってんだとなるかもだけど、羽休めする気分で読んでいってほしい。


まあ、よく振り回されましたから


第二節 第四話 紫色の境 ~color’s meets Girl ───エーデルフェルトの切り札 ~ Blue Gemini

「博麗美遊です───」

 

 白い校舎。白い教室。ここが学校。思ったよりうるさい場所。

 茶色の制服と黒のスカートを纏い、美遊は教室を眺める。美遊にとって勉強する場所というのは静かなイメージであったため、周りが気づかぬ苦い顔をする。勉強とは学習であり、学習は本を読んでするのだから、勉強は静かにするものだと、認識していたためだ。

 転校生の登場に、教室はざわめく。

 

「はいはい、みんな静かに。美遊ちゃんは前までエーデルフェルトさん、っていうフィンラ~ンドの親戚の元で暮らしていた帰国子女さんです。わからない事がたくさんあるだろうから、みんな仲良くしてあげてねー」

 

 帰国子女という言葉に、またもざわめき立つ児童たち。

 

「……あれ?」

「これは…………」

 

 確かあの子は金髪の人とは仲が悪かったんじゃ。イリヤは言葉にしなかったが、疑問には思った。ルビーはイリヤにのみ聞こえる声を漏らし、何かを理解した。

 

「さーて、席だけど~ぉお~お。あ、イリヤちゃんの後ろね」

「はい」

 

 イリヤが驚愕しているのを、美遊は見た。が、気にすることもなく移動し、席に座る。

 そして気になりだしてイリヤに視線を向ける。

 銀糸と表現できる、煌びやかな銀髪の少女だ。

 銀の髪が窓からさす陽光で、輝く光沢が眩しい。

 あの黒髪が夜空であれば、まるで星の様に瞬く髪。

 どうしてこの子は、カードを回収しているのだろう。目的は、理由は、どんな経緯で? ……どんな気持ちで、この異変に参加しているのだろう。

 

(……なんか、見られてる。このプレッシャーは何!?)

(メンチ切りで負けてはいけませんよ、イリヤさん!!)

 

 ジト目になってイリヤを見ているとは、美遊は思ってもいなかった。

 

「さーて、一時間目。ありゃ? ……なっ、は!? プリント忘れてきたー!! …………うふふのふ~。よーいこのみんな、すこーししずかに、じしゅうしてちょうだーい」

 

 教師、藤村大河。プリントを忘れて職員室までダッシュ。「先生、廊下を走らないで!」と隣の教室の教師に言われるのであった。

 なお小学五年生、「ひろがる国語」という教科書を開いて気づいているため、教科書にプリントを挟んでいたようだ。おそらく児童30名ほどのプリント全てを。かさばるし、もはやずぼらでは?

 

「いよっしゃオラー! 自習だー!」

 

 黄色の髪を団子にして、おさげを二つ作ったアホ毛の小柄な少女。嶽間沢龍子がクラス中の喜びを、大げさな身振り手振りとハイテンションな声で表現した。

 自習。自分で学習すること。しかしその騒ぎ具合が、学習する雰囲気に合わず、美遊は困惑する。

 すると、三人の少女を始めとした、何人かのクラスメイトが、美遊を囲む。

 

「なあなあ、フィンランド、ってあれだよな! 船乗りながら舞踏会でヘッドショットするんだよな!」

「どこに住んでるのー」

「博麗、って聞きなれない苗字だよねー。ここらへん出身なの?」

「そうか? 私はどっかで聞いたことあるんだけどなー。姉貴だったかな……? それより何か漫画とかアニメとか見てるのある?」

 

 今まで接した事のない人数に質問攻めに遭い、思わず戸惑ってしまう。

 自習ではなかったのだろうか、と記憶をたどるほどに、学習とは静かに知識を得るためにするものではないのか、と認識のギャップに付いていけていなかった。

 

「すごいねー、みんな」

「うん……ああ、ごめん! わたし、ちょっとトイレ行ってくるね」

「あ、うん」

「えへへへ」

 

 美遊が児童たちに囲まれている間に、イリヤは気持ちを整えるために教室を去る。

 人に囲まれている。

 自分を注視している。

 質問を向けられる。

 誰から答えるべきか。

 まず、フィンランドはそんな場所ではない。

 まず、私は霊夢さんの家に住んでいる。

 まず、博麗は霊夢さんからもらったもの。

 まず、漫画やゲームを見た事が無い。

 まず、まず、まず…………

 

「少し、うるさいわね」

 

 耐えきれず、素直な気持ちを告げて、教室を去ってしまう。美遊は生まれて初めて人酔いした。

 周りは最後まで、美遊をキョトンとしたクールな子だと思った。

 

 

   ◎○●●●

 

 

「はじめまして。サファイアと申します」

 

 蒼いカレイドステッキのコンパクトタイプ状態のサファイアが、イリヤに挨拶をする。

 誰もいなかった廊下で声をかけてきたサファイアと会話をするために、イリヤは屋上に来ていた。

 屋上はフェンスで囲まれており、昨今自殺事件の多い学校界隈では珍しく、屋上に鍵はかかっていない。一応、バレれば少々叱りを受けるが、それでも軽すぎるほど。PTAにバレると問題になるので、児童はこれを秘密としている。あまり屋上に興味が無いから、知らないともいえる。

 

「こちらは、私の新しいマスターの、イリヤさんです」

「姉がお世話になっております」

「お、えっと。こちらこそ」

 

 礼儀正しい。ルビーとは全く別の印象。おもわず驚きつつも、礼を返した。

 

「私とサファイアちゃんは、二人同時に造られた姉妹なんですよー」

「へえー。ステッキ、って二本あったんだね」

「ところでサファイアちゃん?」

「はい、美遊様ですね。私の新しいマスターです。姉さんとはぐれた後、出会いました」

「やはりそうでしたかー。さっすがサファイアちゃん、かわいい子を見つけましたね!」

 

 ルビーはサファイアをほめちぎる。イリヤはそういう風に出会ったんじゃないと思うけどな、と思った。

 

「それにしても、サファイアちゃん。エーデルフェルトの親戚、って。もしや買収でもされましたか?」

「あ、そうだ。どうして博麗さんは、あの……ルヴィアさん、って人と親戚なの?」

 

 思い出すのは藤村の言っていた説明。あれだけ敵対的な雰囲気であったのに。どうして親戚であったのか。イリヤはよくわからなかった。

 

「はい……いいえ、違うと申しましょうか。あれは、昨晩の事になります…………」

 

 

   ◎●●○●

 

 

 32階建ての冬木で二番目に高い円柱型の高層建築。冬木氏ハイアットホテルにて、美遊と霊夢は、その最上階のフロアの一室にルヴィアによって招かれていた。一度テロに見舞われ、全壊した事件があったが、今ではこの通り再建していた。

 ルヴィアは優雅に椅子に座り、細見長身の耳長の老執事オーギュストの淹れた紅茶をカップの取手をつまみ優雅に飲む。丸机には、あと二脚の椅子が囲み、二つのティーカップが置かれている。

 

「お掛けになって?」

 

 余裕と優雅をもってルヴィアは促す。美遊は警戒しながらも、その椅子に腰を掛ける。

 霊夢はベッドに腰を掛ける。ドスンと体重をかけて。

 ルヴィアは目を丸くして、唖然とした。

 

「……何をしてらっしゃいますの?」

「掛けているだけよ」

「普通椅子ではなくて?」

「知らん。私はこっち」

「霊夢さん、お茶冷めちゃいますよ」

「紅茶か。あんまりいい思い出が無いわね」

「あら、何か苦手な茶葉でもありまして?」

「吸血鬼が飲んでいた毒草の紅茶」

「そんなもの出しませんわよ!?」

「霊夢様は、吸血種とも交流がありましたか」

「異変の首謀者で、倒したらなんかべったり付きまとわれた。紅茶はそこのメイドが主人の吸血鬼に出してた」

「ふん! そこのメイドは主人に毒を盛るほど品が無いのですわね」

「館の品はあいつが全部管理してたけど」

「霊夢さん、そのメイドさんがですか?」

「メイドの妖精が散らかした分、そいつがいつも一日で全部片づけてたわね。食事も家事も洗濯もして大変そうだったわー」

「ほう」

 

 オーギュストがつぶやいた。一瞬目がキラッ、となったが、全員気にしなかった。

 

「……妖精が、メイド…………?」

 

 ルヴィアはつぶやいた。頭にクエスチョンが浮かんだが、全員気にしなかった。

 

「……で。交渉、って?」

 

 本題に移ろう、と言外に提案する霊夢。鏡面世界を出た後に、美遊と霊夢はルヴィアに引き留められて、交渉を持ちかけられたのだ。

 ルヴィアは咳払いをして、面持ちをこわばらせて美遊に向く。

 

「ワタクシの傘下に下ってくださいましたら、ワタクシが叶えられる望みを全て叶えましょう」

「はあ?」

 

 霊夢が口をぽかんと開ける。まさかの降伏勧告に、霊夢は驚きを禁じ得ない。

 美遊は表情を動かず、されど警戒を浮かべて疑問を投ず。

 

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味ですわ。従ってくれれば、相応の対価を与える。等価交換の法則に則った伝統ある交渉を行っているだけです」

「ホントに?」

「ええ、嘘じゃありませんわよ?」

「うさんくさ」

「あら、こんなことも知らないようでしたのね。品が疑われますわ」

「私たちを魚か何かだと思ってない?」

「…貴女たちには、ワタクシの全力をもって対価を支払う価値がある。そう思っただけでしてよ」

「全力で私たちを食べるということ?」

「……全てを持ってでも、貴女たちを身内に引き入れるべきということです」

「腹に抱え込んでるでしょ?」

「………同胞に入れるという意味では、抱え込みますわ」

「嘘ね」

「嘘じゃありませんわよ………」

 

 優雅に振舞おうとして、霊夢の口回しに合わせていった結果、話が進んでいるのかわからずに頭だけを使ってしまったルヴィアであった。優雅に振舞ってより疲れが強調されている。

 静かに思考に沈む美遊。しばらくして、顔を上げてルヴィアに向き直る。

 

「……なら、私に戸籍を下さい。そして生活基盤をください。そして霊夢さんに、普段の所得の数倍の報酬をください」

「ちょっと。まさかホントに傘下になる気?」

 

 霊夢が疑わし気に美遊に尋ねる。やめておけ、と言っているのだろう。

 

「霊夢さんを、巻き込んでしまったことに報いたい」

「だから私は……」

「それに。助けてくれた感謝として、返せるものを返したい、今の私には何もないから。……ダメですか?」

 

 遠慮するように笑う美遊。

 霊夢は、苦い顔をしながらも、その思いを無碍にはできなかった。

 

「……わかった。けど一つ訂正して」

「え……?」

「何も持ってないなんて言わない。あなたには大切な想い出があるはずよ。それを無碍にしないで」

 

 美遊は、目を見開いて、口ごもる。

 

 

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 自然な笑みを、美遊は浮かべた。

 この時、抑揚が静かに上がっていたことを、霊夢以外知らない。

 

「…………随分と仲の良い姉妹愛ですこと」

「え……あ。あの、私と霊夢さんは姉妹では…………」

「わかってますわよ。戸籍が無いと言う時点で、血縁関係は無いことくらい」

「何でしたら、私が今からでもDNA検査を行いましょうか? 血液を戴ければ、数秒で解析いたします」

 

 これで血を採血できれば、霊夢のDNAを検査できると踏んだサファイアが提案する。

 ルヴィアが「ほう…………」と呟く。ルヴィアも同じことを考えたのだ。DNAというのはよくわからずとも、それが血縁関係を示すものであるとわかった。ならば、少なくとも人間か否かがわかるのではないかと考えたのだ。

 

「記念にやってみればよろしいのでは?」

「いやだ。痛そう」

「なら痛覚が無いようにさせていただきます」

「……まあ、減るもんじゃないか?」

「では早速……」

 

 サファイアは霊夢の手の甲に触れる。仕込んでおいた針で軽くつつき、血液を採血した。霊夢が小さく舐める。

 

「ヒリヒリするんだけど」

「痛みはありません」

「あー痛いわー、これは慰謝料もらわなきゃー」

「さて、検査の結果ですが…………」

「おいコラ」

 

 サファイアは皆に向き直り、その結果を言う。

 

「他人との結果がでました。しっかりとした日本人のDNAです。よかったですね、霊夢様。その暴力性が猛獣ではなく、人間由来であることが証明されました」

「そりゃそうだ」

「なるほど…………」

 

 つまり彼女は幻想種ではなく人間、ルヴィアはそう理解した。英霊に拮抗どころか圧倒する人間がいることが発覚することになる。ルヴィアは霊夢を一瞥して、より眼を鋭くする。

 

「…………他人……」

 

 か細い声で、美遊はその言葉をこぼす。寂し気に視線を落とす。霊夢は口を開く。

 ルヴィアは、そんな少女の姿を見る。憐れむようにではなく、慈悲の面持ちで。

 

「ならば、戸籍でこの方の妹にして差し上げますわ」

 

 美遊と霊夢が同時に二人の方を見やる。驚いたように、そちらに振り向く。

 

「本当なら? ワタクシの傘下になるならば、エーデルフェルトを名乗って戴きたいのですが。やはりエーデルフェルトの名は安くはありませんわね。日本の方同士なのですから、ちょうどよろしいのではなくて?」

 

 霊夢は口を開いたまま、傲岸不遜に言うルヴィアを見続ける。

 

「それならば、このまま霊夢様のご自宅で暮らすことになっても問題ありません。周辺住民を警戒する必要もなくなります」

「私が、霊夢さんの…………義妹(いもうと)

 

 口を開いて、霊夢の方に向く。その瞳は照明に照らされて、星のような光を湛え、白い肌の月を映す。

 

「最も、それも傘下になることが条件ですが。まあ、望むので「入ります」したら?」

 

 決意をもって、美遊はルヴィアに向き合う。

 

「入ります。軍門にも、傘下にも、隷属にも」

 

 その瞳は揺るぐことはない。

 

「言い過ぎよ。ただでさえ傘下だなんて、っていう話なのに。もっと自分を大切にしなさい」

 

 窘めるようにして、霊夢は言う。

 

「相手がそれでいい、って言っているのなら、素直に乗っかっちゃいなさい。図々しいくらいがちょうどいいのよ。そもそもそれでいい、って言っている時点で相手はされてもいい、って思っているのだし」

「そうです。ルヴィア様に隷属すれば、おそらく地獄の日々が訪れます。きっと、あんなことや、こんなことに……」

「だ・れ・が! そうしますの!!」

 

 思わず机を叩いてしまうルヴィア。紅茶が零れかけたが、机を濡らすことはなかった。代わりに優雅さが抜けた。

 

「はあ…………よろしいので?」

「はい。今後ともよろしくお願いします……エーデルフェルト様」

「ルヴィアさん、でよろしいですわ。貴女に敬称で呼ばれると、義姉(おねえ)(さま)に牙をむかれそうですし」

「だれが獣か」

「それに、今回の場合、交渉なのですから互いに対等ですわ。私は望むものを与える。貴女たちは力を振るう。ほら、対等ですわ」

「まるでペットね」

「雇用者と労働者と呼んでほしいですわ」

「雇用?」

「当事者の一方が相手に対して労働に従事して、片方がその労働に対価を支払うことです」

「依頼される感じかしら? まあ、報酬弾んでくれるなら、やってもいいけど」

「では契約書を…………そういえば、あなたの所得の数倍を支払うのでしたわね。おいくらなのですか?」

 

 ルヴィアは思い出すように、疑問を投げかける。

 

「……所得? 社会の教科書に載ってたな位しかわかんないんだけど」

「この場合の所得とは、霊夢さんが仕事をした時に得る収入のことです。異変解決における報酬の相場が、今回の所得になると思います」

「じゃあ、特にないわね」

「…………はい?」

 

 全員の表情が固まる。言っていることを理解できていないとでも言いたげな表情に、霊夢は首をかしげる。

 

「いや、だから所得無し」

「……いや、ならどうやって収入を得ているんですの?」

「夜中出歩いているガラ悪いやつらから巻き上げている」

「なんて野蛮!? ……もしや、神秘の漏洩などしているのではありませんわよね!?」

「何それ」

「何それ?! ……魔術の行使をしておりませんわよね!?」

「はあ、魔術? ……面倒くさそうだし、いつも蹴り上げてやってたから、見られてはないと思うけど」

「がらわるい?」

「よく落書きしてるのや、白い粉とかと金銭を交換しているヤツみたいなの。時々オレ達は藤村組だぞ、って言ってるやつらもよく見かける。なんかお嬢、って呼ばれてるけど、なんなのかしらね?」

「それはヤクザの事では、霊夢様?」

「ヤクザ…………────ああ! ああいうのをヤクザ、っていうのね! ならヤクザを見るのは2回目だわ。……でも私はヤクザじゃないんだけど?」

「ヤクザ…………あ、確か暴力団の別称ですね」

 ルヴィアはしかめ面の冷たい目で霊夢を見やる。そして咳払いをして、話を戻した。

「なら、ワタクシが前任者のカード回収の際に支払われた報酬の数倍をこちらで支払いますわ。えー……これくらいでよろしいかしら?」

 

 ルヴィアは用意しておいた手形に金額を記入し、それを霊夢に見せる。霊夢はまじまじと見つめるが、納得いく顔ではない様子。

 

「……不満かしら?」

「いや、ゼロが多いなと思って。あなたがこれで納得できるのならいいけれど?」

「え? ……これなら正社員の一年分の所得と同じですね」

「高いの?」

「…………?」

「いや、そこで考えないでくださいまし! ……はあ、わかりました。ならもう少し引き上げさせていただきます」

 

 ルヴィアが小さな声で、「本当に数倍の値段になってしまいましたわ」と言っているあたり、得をしようとしていたようであるが、そのあきれ顔に陰謀めいた臭いは感じない。

 

「なんか、意外。あんた結構やさしいのね」

「……では、早速契約をすることにいたしましょう。オーギュスト」

「ここに」

 

 ルヴィアが受け取った書類に記載すると、美遊の前に、二枚の紙が差し出される。英語で書かれた記述されており、最後に二項の、Nameの文字と明記欄が書かれており、上の項目にはルヴィアの文字が書かれている。

 

「こちらは義姉の方の書類。こちらが義妹の方の書類ですわ。あとはここに名前を書いていただければよろしくてよ」

「なんで私も」

「貴女の分はこの契約の立会人としての書類ですわ。ペンはこちらに、ベッドから離れてお書きになってくださいまし」

「あーはいはい」

 

 霊夢は立ち上がり、そこに名前を書きなぐる。

 

「あー。なんか昔を思い出すわ」

「じゃあ、私も……あ、名前…………」

「新しい戸籍上の名前でよろしいですわ」

「……はい」

 

 微笑んだ様子で美遊も名前を書いた。

 ルヴィアの前には二人の名前が書かれた書類。

 そしてルヴィアは、にやりと笑った。

 

「オーッホッホッホッホッホ!!!」

「あ?」

「え?」

「まさか……」

「これで貴女たちはワタクシの思うまま!!」

 

 霊夢は怪訝な目でルヴィアを睨む。美遊は何が起こっているのかわかっていない。

 

「どういう意味?」

「美遊様、霊夢様。おそらく自己強制証明(セルフギアス・スクロール)かと」

「せる……何?」

「自己強制証明。魔術師の世界において最も容赦のない呪術契約です。己の魔術刻印を用いて魂に掛けられる契約で、違反者は己の魔術刻印によって蝕まれます。最悪の場合……」

「安心なさい。魔術師である貴女にしか使っておりません故。貴女との会話から一般常識と言うものが欠如していることは明白でしたわ! あなたとの契約は、貴女には貴女の魔術的行為への一切の妨害は行わない代わりに、ワタクシの全ての命令に絶対服従ですわ! さあ! まずは跪きなさい!」

 

 

 

 ……………………

 

 

「…………あれ?」

 

 一切何も起きず、全て不変であった。

 

「な、なぜ……!?」

 

 ルヴィアは何が起こっているのかわからない。訳も分からずに霊夢を見やる。

 美遊は不安な瞳で霊夢を見る。

 霊夢は面食らったような表情で口を開く。

 

 

「あの……魔術刻印、って。何?」

 

 

 ルヴィアの頭は、真っ白になったのだろう。

 

「は? あの、魔術刻印ですのよ。魔術師の家系ならば持っていて当然のものですのよ。それを知らない?」

「刻印、ってそもそも何よ。……あ、あれ? 御札の文字のようなものの事? それならよくあいつらが使っているのを見た事がある」

「いや、それは魔術の行使における魔術刻印では…………まさかあなた、一代目の魔術師ですの!?」

「一代目? 普通に先代の巫女から教わったけれど」

「じゃあ、魔術刻印を使わずに、あの魔術を研鑽してきたと。口伝で、あの大魔術を!?」

「私魔術師じゃないんだけど。そもそも私の術は魔術じゃない」

「は?」

「あ?」

「…………?」

 

 霊夢以外の全員が、疑問符を浮かべる。美遊は瞳を潤わしながら眉をひそめた。

 

「いやいや! では何だとおっしゃるの!」

「博麗の巫女の術よ」

「東洋魔術では!」

「そもそも魔術、って魔法の別称でしょ」

「何を言っていますの!? ……まさか、魔術と魔法の区別もついてらっしゃらない…………?」

 

 魔術と魔法。それは、その時代の科学で再現できるか否かによって分かれる奇跡の名称。魔術は魔術以外で結果を再現できる奇跡、魔法ができない奇跡である。カレイドステッキに用いられている第二魔法───並行世界の運営が、その魔法の一つである。

 霊夢の術は、一見再現できないが。結界を創ることで“空間を分ける”ことは、壁を造るや扉を閉めれば同じ結果を得られる。敵対者を封印することで“倒す”ことは言わずもがなである。

 

「ではまさか……ワタクシは自分にだけギアスを掛けたと…………?」

「さ?」

「…………ふ、ふざ、けるなあぁぁぁ!!!」

 

 ルヴィアは頭を抱えながら机に伏してしまう。霊夢は立ち上がって針を構える。オーギュストは懐に手を伸ばして構える。

 

「あそこまでの奇跡を見せられて、幻想種じゃないと思えば。ならば古い家系の魔術師だと思うでしょう! 脈絡もなく表れた魔術師であれば、クラスカードを狙って、カレイドステッキを狙っていると思うでしょう! あんな奇跡が敵に回る前に、縛り付けておこうとするのは当然でしょう! 大師父に弟子にしてもらえるという根源の道が啓かれているのに、それを邪魔されてしまっては堪りませんわよ!!」

「まさか名前を書くだけで呪ってくるとは思わなかったけれど、あんたやっぱ悪いやつね! 退治してあげ……」

 

 霊夢の続く言葉は、美遊によって封じられた。

 美遊が霊夢に飛びついたのだ。

 

「良かった……! 蝕まれる、って言うから……最悪の場合、って…………生きてて…………!!」

 

 美遊の頬に、涙が伝う。それは霊夢の白い巫女服を濡らした。

 霊夢は呆気にとられる。「ぁえ」や「あぅ」など言葉が定まらない。

 しばらくの静寂が訪れた。今度は、誰も破らなかった。

 

「……自分の魂を死後も縛り続ける呪いまで使ったのに。無駄に終わるなんて…………」

「…………そうなの?」

 

 霊夢は、その言葉に目を丸くした。

 

「自己強制証明とは、自分の魔術刻印を用いて行う呪術契約。人を呪わば穴二つと言うように、相手の魂を縛るのならば、自分もまた縛られるのです。その魔術刻印が続く限り」

「何度も聞くけど、その魔術刻印、って何なの?」

「自分の積み上げてきた魔術を、後世に伝えるために創り上げるものです。生涯を持って鍛え上げた神秘を刻印にして子孫に残すために。いわば、その血統の努力と歴史そのものでもあります」

「…………」

 

 霊夢はしばし思考する。

 

「……とりあえず、離れて。暑い」

「!? ご、ごめんなさい…………」

「いいのよ、誰も悪くないから」

 

 美遊が霊夢を解放すると、少し俯いた。霊夢は美遊の頭を撫でて、微笑む。

 

「…………ちょっと待ってて」

 

 霊夢はルヴィアに近づく。

 

「……なんでそこまでして私を?」

「…………はぁ……魔術使いである貴女にはわからないかもしれませんが、魔術師には何をしてでも叶えたい願いと言うものがあるのです」

「じゃあ、どうしてあんたはあの子に義妹になれば、って言ったの? さっさと契約しちゃえばよかったじゃない」

「いくら魔術師であっても、戸籍のない孤児に慈悲の気持ちを懐かないのは魔術師としての優雅さに欠けますわ」

「ふーん。じゃあ、別にその魔術師じゃなかったら助けないんだ」

「…………はぁー。本当に、私は魔術師になり切れないですわ。不名誉も無い誇りに見合う魔術師にといつも思って、それで空回りばかり。今日は遂にエーデルフェルトの家に泥を塗ってしまいましたわ。子孫も浮かばれない」

「ということは」

「まあ……助けますとも。その思いに付け込んでいると思っていたから、助けようとも、思っていましたもの。根源に至るのに必要ならば、進んでします。ですが他人がそれをしているのであれば、容赦なく叩き潰す。ついでに貰えるものも貰っておきますが」

「じゃ、いいや」

 

 霊夢は目を閉じると、一つの陰陽玉を浮かべる。ルヴィアは椅子から飛びあがるも「取りたいものがあるだけだから」と霊夢が言って手を突っ込むのを見て、目を見開きつつも髪をかき上げた。

 取り出したのは、白い紙垂が垂れた幣。パーカーを着た巫女服の姿にそれは、何とも自然体であった。

 

「霊夢さん…………?」

「黙ってて、()()()()()()

 

 オーギュストの腕が止まる。

 美遊は、その厳かな雰囲気に唇をかみしめた。

 

「────、───────」

 

 霊夢が小さく言の葉を紡ぐ。朗々として厳粛な調に、美遊は固唾を飲み込んで小さくため息を履く。

 ルヴィアは懐に手を伸ばし、蒼い宝石をちらつかせた。その目は霊夢を睨む。

 

 

 

 

 

 

「────『伊豆能売』」

 

 

 空気が変わった。それを一番早く理解できなかったのは美遊だ。

 

 霊夢が変わった。それを一番正しく察していたのは美遊だけだ。

 

 霊格が変わった。それを最も感知できたのはサファイアのみである。

 

 打ち靡く黒髪の月が、夜の光の様に艶めく。かすかだが神々しく、慎み深く清廉なる気品。

 

 幣を持ち。金の髪の少女に寄り添うように歩み、その瞳の厳かを以て、やさしく振るう。

 

 山と森を流れ、草花と双魚たちを慈しむ細流の。陽光に瞬きせせらぎの様に撫でる。

 

 ルヴィアは、目を瞬きさせて見開いた。

 

 

 

 

 

 …………戻って来た。霊夢の格の変移を感じ取ったサファイアは、思考をクリアにする。

 

「…………今のは…………一体?」

 

 ルヴィアは今なお戸惑っている。腰が抜けるように、椅子に座り込む。

 美遊は胸に手を当てて撫でている、何かその瞳は輝かしい。

 

「あらゆる厄災を司る神様。その厄災を祓う巫女の神様よ」

「…………神、ですって?」

「神様…………」

「まさか、神霊を…………!?」

 

 神霊───神話に語られる神々なるもの。その神々が実体を失くし世界へ溶けたものの事である。

 自然現象や古の人物、果てには宇宙から飛来した巨大戦艦など。多くの神々が元々の姿を変えて語られてきた。

 神霊を呼ぶのは不可能。英霊でさえ、普通ならばその英霊に関わる現象を間借りするような事が関の山なのだ。

 

「まさか。神霊を召喚……いや、降霊させた……?」

「とりあえずさっきの呪いはもう無いわよ」

「は───」

 

 信じられない。ルヴィアは瞠目する。

 自己強制証明は、魂に働きかける呪術契約。そしておよそ1400年代から続くエーデルフェルトの歴史そのものである魔術刻印を以て掛けられる呪い。その呪いは誰にも解くことはできない。

 それは諸説あるが、最も簡潔的な通説は、魂というものと魔術刻印の神秘に敗北するというもの。魂は現時点では全く解明されておらず、その正体は謎に包まれている。裏を返せば、どの魔術師も手を出し切れていない神秘が眠っている意味でもある。なおかつ、研鑽の歴史そのものである魔術刻印はそれ自体が各一族によって異なり。程度にもよるが、それこそ魂の神秘が加わっていることもあり、大抵の神秘では太刀打ちできない。もしくはその神秘を知っている家系のものにしか解く道筋が無いということだ。

 

「なんか試しに……この陰陽玉動かすから、それを妨害するとかはどう?」

「…………それでしたら、節々の痛み程度では無いかと…………?」

 

 霊夢は陰陽玉でひし形を描くように動かす。

 いぶかしみながらも、ルヴィアは陰陽玉に指を向け、両眉を上げる。

 

「ガンド」

 

 銃声が、鳴り響く。

 陰陽玉はその弾幕に銃撃されるも、空気の弾が壁に当たって散るかのように掻き消えた。

 

「……どう?」

「…………そんな……自己強制証明が、効いていない?」

 

 ルヴィアは自分の手を見て、茫然と固まってしまう。

 

「まさか……本当に…………」

「ふー……久々にするもんだから疲れた。初めてあの神様を神降ろししたけれど、まあ奇跡的だったわね」

「奇跡的……って…………馬鹿な……こんなこと、抑止力が働かない訳が…………」

「神降ろし…………神様を、降ろす」

「まあ、悔しかったから修行したんだけどね」

 

 霊夢は陰陽玉に幣をしまうと陰陽玉を消して、美遊に振り向く。

 

「じゃあ、帰ろ、っか」

「…………あ!? はい、わかりました。霊夢さん」

「ちょ、ちょっとお待ちになって!!」

 

 霊夢は睨むようにルヴィアを見やる。

 

「何?」

「……いろいろ聞きたいことがありますが、今はこの際、置いておきます。ですが、どうしてワタクシを助けるような真似を…………」

「そんなの勝手でしょ」

「……明日、ワタクシの別荘が立つ予定でしてよ」

「自慢話? つきあってらんないわよ」

「話は最後まで聞いてくださいまし。日本には来たばかりでして、使用人はおりませんの」

「メイドなんてしないわよ」

「仕事が無いのでしょう? なら、ワタクシが今回とは別で、雇わせていただきます」

「あの、霊夢さんは15歳以下なので、働くことは法律で禁じられています」

「なら、貴女方は私の親戚ということで。親戚の炊事家事を手伝いに来ているだけであり、ワタクシはそれの礼に金銭を渡しているだけですわ」

「…………いいのかな?」

「だから働かないけど」

「霊夢様。その発言はニート宣言と捉えてよろしいですか?」

「はっ倒すぞ」

 

 美遊は考え込むと、ルヴィアの目を見る。

 

「なら、私が働きます」

「こら、またそんなこと……」

「食費光熱費水道代の支払いを少しでも軽くさせてください。……それにカード回収の連携にもつながるかもしれません」

「……そう。ま、話はあとでちゃんと聞くからね。なら、私も手伝うくらいしてあげる。報酬は弾んでもらうわよ」

「では交渉締結ということで。貴女たちは、ワタクシの召使い(サーヴァント)として、働いていただきますわ」

「だれが従者じゃ。……んー、となると私が学校に行ってる間に仕事する感じ?」

「別に学校に行けばいいじゃないですか」

「ん? 学校、って別に行かなくても良いんじゃないの?」

「いや。何を言っていますの…………もしや、不登校というものかしら?」

「行かないと神社のお賽銭が入らないわよ。……行きたい?」

 

 美遊は少し考えこむ。

 

「…………行ってみたいです」

「なら決まりね。同じ学校にすれば、道案内もできるし」

「そちらの手続きもさせていただきます。学校名と、年齢も教えくださる?」

「穂群原学園小等部。私は11歳の六年生で、この子は10歳だから、五年生になるかな?」

「住所はどちらに?」

「あー。あっちの方は別にいいのよね。えーっと、冬木の新都のはずれで…………」

「あ。なら私の生年月日は…………」

 

 そうして、戸籍の情報をすり合わしていく。そうしていく内に、夜中の2時頃になっていった。

 

「これでよろしい。無償でやって差し上げるのですから、感謝しなさい」

「シェイシェイ。あんたが赤だったら、完全にそれだったのにねえ」

 

 ふと、霊夢は少し考えこんで、美遊を見やる。

 

「……霊夢さん?」

「いや、義姉妹ねえ。と、思って。知り合いの蝙蝠を思い出してただけ。……そういえば、アンタ姉の方に似てるわ。えーっ、と…………」

「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトですわ。蝙蝠に似てると言われても嬉しくありません…………そういえば、貴女方のお名前を聞いてませんでした。尋ねてもよろしくて?」

「はいはい、よろしくてよろしくて。……博麗霊夢。博麗の巫女よ」

「改めて美遊です。よろしくお願いします、ルヴィアさん」

「博麗霊夢と、博麗美遊。ですわね。では、今後ともお見知りおきを」

「姉妹か……あんな二人がかりでいじめるのも姉妹愛なのかしら…………」

 

 蝙蝠の事だろうか。皆とくに取り留めなかった。

 

「行きましょうか、美遊」

「はい、霊夢さん。さようなら」

「では、また後日」

 

 オーギュストが先導して、二人とステッキは去っていった。

 

 

 

「…………本当でしたら、伝統ある交渉の通りに。要求の程度を下げて飲み込ませる交渉を行いましたのに。あの方々は交渉することに関しては素人なのかしら。…………いや、正直なだけですわね。

 よく似ている、本当に双子のような方々でしたわ。まるでエーデルフェルトの魔術特性の様で…………」

 

 ルヴィアの言葉を聞いたものは、居なかった。

 




でも、私は……好きですよ。姉さまたちの事。
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