戦術人形の髪をさわりたい   作:あーふぁ

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M14の髪をさわりたい

 段々と冬の寒さを感じるようになってきた日の午前。

 グリフィン支配下の街を拠点に、地上7階地下2階のビルで指揮官をしている俺は強く思った。

 仕事をナパーム弾で燃やし尽くしたい、と。

 前線勤務とは違い、後方で街の治安維持や周辺地域の警備、物資輸送の護衛やらの仕事はいい。

 

 だが、なんで民間軍事会社のグリフィンの人だからという理由で地元警察や市長から面倒な仕事が回ってくるんだ。

 それら面倒なのは反戦団体、環境保護団体、人権保護団体といった市民団体相手の苦情を聞く仕事だ。

 やつらは一方的に要求と怒りのみを突きつけてきて、こちらの言い分を聞こうともしない。

 

 何が平和団体だ。何が市民の総意だ。

 銃を使わないだけで、言葉の暴力をぶつけてくる荒くれ者だ。

 俺が我慢して低姿勢で話を聞かないと帰ってくれはしない。それがちょくちょくあるから、胃が痛くてたまらない。それと同時に仕事をしたあとは体を鍛える気力もなくなっているのも悩みだ。

 幸いにも、こっちに面倒ごとを回してきた奴らは、俺らに便宜や融通を何かとやってくれるから損だけではないのだが。

 

 35歳のおっさんの俺だが、このまま後方勤務を続けていると、ストレスで肌荒れや抜け毛がひどくなってくるんじゃないかと心配だ。

 グリフィン社の制服である赤いベレー帽と同じく赤いジャケット。黒いズボンを脱ぎ捨てたいところだ。

 

 でも、それはできない。

 荒れ果てた世界で、安定している会社に勤められるのは幸運であり、人間の部下と人形たちを捨てたくはないからだ。

 責任感はあるものの、ストレス発散といったら酒を飲むのがせいぜいだ。その酒も合成した安いのばかりで、本物の酒は高いし、手に入りづらい。

 ……ウィスキーのジャックダニエルでも飲めたら、一気にストレスなんて忘れてしまえそうだ。

 

 ひどく大きなため息をつき、仕事をしていた司令室から指揮官の俺と戦術人形たちと共同の休憩室へと移動する。

 5階にある休憩室は2Kほどの広さで、キッチンも料理が少しはできるほどに器具などが揃えられている。部屋は南向きで対物ライフルにも耐えられる防弾の窓は大きくて良い。

 部屋の中は3人掛けのソファーやテーブルなどが複数あり、テレビやラジオ、ゲームもできるリラックス空間になっている。

 誰もいない今は俺だけの独占であり、心を休めようとしてコーヒーを飲もうと思うも体がすぐに休みを求めているため、ソファーへと仰向けに倒れ込む。

 その時に着けていたベレー帽は床へと落ちてしまうが気にせずに、ぼぅっと白い天井を見上げる。

 眠気もなく、ただただ見上げる静かな時間。

 

 それを何分か、たぶん10分ほど過ぎた頃だろうか。

 休憩室の扉を開けて誰かが入ってきた。

 コツコツと足音が俺に近づき、顔を覗き込んできたのは戦術人形のM14だ。

 白く女子高生のような幼さと大人っぽさが同居している美しい顔立ちをしていて、淡く輝くような金色の目がまばたきもせずに、『なんで寝ているの?』とでも思っている不思議そうな表情をして俺と目を合わせてくる。

 栗色で途中から赤色のグラデーションになって黒色のリボンで結わえているツインテールの髪は腰まで届くほどの長さで、俺の顔へと毛先が顔にあたってくすぐったい。

 

 その髪の毛を腕で払いのけてから起き上がると、ぼんやりとした顔で微笑みを向けてくるM14を見る。

 白いワイシャツの上に茶色のブレザー、紺色の短いスカート、白いニーソックスに茶色のローファーを身に着けている。

 疲れとちょっとだけやってきている眠気が、頭の働きを遅くし、きちんと認識するまでは時間がかかった。

 

「お疲れですか、指揮官」

「ああ。いつものように疲れている。お前は……射撃訓練が終わったのか」

 

 部屋の壁に掛けてあるアナログの時計をちらりと見たあと、そう声をかけると「はい!」と元気よく声を出す。

 こんなにも元気だと若さっていいなと思ってしまうが、彼女は人形だ。

 美少女の外見ではあるが、機械の体を持ってバッテリーで動いているんだから、すべてが人と同じなわけではない。

 ……どうにも頭がぼぅっとしている。ここ連日は苦情が続いたために疲れがひどく溜まっているのかもしれない。

 

「あたしはコーヒーを飲みに来たんですけど、指揮官のも一緒に淹れますか? インスタントですけど」

「ありがとう」

「指揮官のためなら当然のことです!」

 

 そんな嬉しいことを言っては、床に落ちていたベレー帽を俺へと手渡すとキッチンへと気分良く歩いていくM14の後ろ姿を見送る。

 見送ったのだが、その時にゆらゆらと揺れるツインテールが物凄く気になってしまった。

 6秒という短い時間で見れた、さらさらと歩くたびに揺れる髪。

 今はコーヒーの準備をしているから、歩く程ではないにしろ揺れ続けている。

 髪から目を離せず、ツインテールの動きだけを長時間見られるほどに強く集中してしまう。

 

「……さわりたいな」

 

 ベレー帽をかぶりながらも視線は髪だけを見つめつづけていると、無意識に小さな声が出てしまった。

 髪をさわりたいという欲望が。

 その声は俺だけが聞こえ、ただの独り言で終わるはずだったが人形の性能を持ってすれば聞き取ることは簡単らしい。

 M14はヤカンをガスコンロに置いてから俺へと振り向いた。

 

「何をさわりたいんですか?」

 

 首を傾げ、きょとんとした目で見てくるのを見て心が痛む。

 そんなまっすぐな目で見られると、俺の心がひどく汚れているようで苦しい。

 

「いや、お前の髪が綺麗だなと思ってだな。さわりたいと思って……いや、忘れてくれ」

「さわってもいいですよ。人同士で起きる問題は気にする必要はありません。それと指揮官とあたしは上司と部下の関係じゃないですからね。戦術人形であるM14は道具であり、使われる存在です。

 指揮官と人形は主従関係ですから、よっぽど嫌なことでなければ従いますよ?」

 

「そういうふうに命令を拒否できないことをプログラムされているのはわかる。わかるが、あまり嫌がることはしたくない。俺は嫌われたくないんだ」

「あっ! すみません、言葉が悪かったですね! 別に嫌がっているわけじゃないんです。指揮官がふれてくれるのなら嬉しいですよ!! 

 

 M14は驚きの言葉と共に急いでガスの火を止めると、慌てて俺のところにやってきて、すぐ隣へと座ってくる。

 悲しげな目と、不安な表情。

 

 それは俺に誤解されたくない、嫌われたくないという感情だと思う。普通の人工知能とは違い、人間と同じように感情を持ち、考えることができるメンタルモデルというのがある。

 だから、これはM14の素直な気持ちだ。メンタルモデルがあるなら、こういう機械的に見て無駄なことをできる。

 いや、言い方が悪かった。別にただのプログラムとして見ているわけじゃない。出会ったときはそう思うこともあったが、4か月も一緒にいれば人間同然と思う。

 むしろ人間より信頼できるかもしれないほどに。

 

「わかっている。ありがとう、素直に言ってくれて」

「よかったです。嫌われなくて。……それで、さわりますか?」

「ああ、さわらせてくれ」

「はい。お気に召すままにさわってくださいね?」

 

 明るく笑みを浮かべたM14は目をつむり、俺の方へと少し頭を差し出した。

 俺は自分の欲が表に出せることと、ずっと気になっていたM14の髪をさわれるとあって興奮している。

 見た感じ、人間とは変わりがなさそうな髪の揺れ具合だった。では感触も同じぐらいだろうかと期待する。

 

 そして、頭へと手を伸ばすと、ふれるかふれないかぐらいの接触で、柔らかな栗色のなめらかな感触を感じ取れた。

 その髪の一本一本が俺にとっては宝石と同価値に思え、優しく撫でていくたびに髪の素晴らしさに気づいていく。

 人と違って枝毛がなく、感触は人間のよりもいい。

 

「この髪は人工毛か?」

「はい。アクリル系、ポリエステル、ポリアミドの成分でできていますよ。それがどうかしました?」

「いや、いい手触りだなと思ったんだ」

「人形によって髪の成分はそれぞれ違うので、あたしの髪を気に入っていただけたのなら、とっても嬉しいです!」

 

 目をつむりながら、恥ずかしそうに、でもすごく嬉しそうに笑みを浮かべていると、こっちまで嬉しい気分になる。

 その笑顔に心が癒されながらも、髪を撫でる俺の手は止まらない。

 元は民生用の人形であるためか、髪ひとつとってもこだわっている部分があるのがわかる。

 しかし、他の人形もM14と同じように手触りが良く、それぞれ髪質が違うと聞くと全員分をさわりたくてたまらない。

 

「人形だけに囲まれて生きていきたいな」

 

 ため息をつきながら言ってM14の髪から手を離すと、彼女は静かに目を開けた。

 見た目は人間そっくりで、どの人形も綺麗だ。

 言葉のやりとりに対する反応や仕草も人間にしか見えない。

 人間と違う部分と言えば、中身が機械というだけだ。

 

 だというのに多くの人間、特に人権団体はロボットである人形が職を奪った、人間を支配するつもりだ、偽物の生物は悪であるという。

 核や崩壊液で荒廃した世界で、人形がいないと生きていくのは難しいと素直に認識すればいいものを。ストレス発散のためにやっているだけとしか思えない。

 そもそも偽物と言う奴らに、人間とはどういうものかと問いただしたい。

 

「人間の定義とはなんだろうな」

「定義ですか? 人間の遺伝子を持つから、人間じゃあないんです?」

 

 ただの愚痴がもれただけなのに、首を傾げて不思議そうに答えるM14がかわいくてたまらない。首の傾きに応じて、さらさらと流れるような髪なんて惚れてしまう。

 ……それに注目してばかりはダメだ。人として、指揮官として疑問には答えてあげないと。

 

「遺伝子で決めるなら、人の先祖は猿だから猿まで人間になってしまわないか? それに人形が使っている生体パーツに人間の遺伝子を混ぜれば人間になるということになるが」

 

 その言葉を聞いたM14は少し驚いた様子で片手を口にあてると、視線を下に向けて考え事を始めた。

 何かの答えが出るまで、俺自身も人間を定義する物とは何かを考え始める。

 そうして行く中で、自分の考えではないが、どこかで聞いたことを思い出す。

 

「俺の考えではないが、人間は考える動物だとか、道具を作る動物という考えがあったな」

「でもそれだと機能を停止した、人間で言うと脳死状態で動けなくなったのは人間じゃないということですか?」

「そうなってしまうな。だから、こういう考えを持つのは人間を全体としてでなく、一個人としての狭い範囲でしか見ていないというのがわかる」

「じゃあ、指揮官はどういう考えをお持ちなんです?」

 

 そう言われてもすぐに答えは出ない。

 俺が難しい顔をして悩み始めると、M14は「コーヒーを淹れてきます」と言ってツインテールを揺らしながらお湯を沸かしに行く。

 コーヒーを淹れる用意をするM14の後ろ姿を見ながら考え事を続けていく。……休むために休憩室へ来たというのに酷使するという矛盾は気にしないことにする。

 M14とか他の人形たちとこういう穏やかな時間があるだけで俺は幸せなんだが。

 

 一緒にコーヒーを飲む時間を過ごし、なんでもない話をしては遊びに行く。それとある程度の文明的な生活、テレビだとか車に乗るとかがあればいい。

 そういう欲望まみれの生活を実現したいな、と思ったところで人間の定義という答えが自分の中で出ていく。

 M14から目を離し、壁しかない正面へと体を戻して考えを始めていく。

 ぼぅっと時間を過ごしていると、M14がマグカップふたつを持って俺の隣へと座ってくる。

 湯気が立つ、コーヒーの良い匂いがするマグカップを受け取って一口。

 

「うまいな。出会った頃は色がついただけの薄いコーヒーしか淹れられなかったのとは大違いだ」

「そんな恥ずかしいことを思い出さないでください。あの時から反省して、指揮官のために豆やメーカーごとに違ってもおいしくなれるように努力したんですよ」

 

 頬をふくらませ、怒っているぞアピールをしてくるM14をかわいいなと思いながら謝る。

 

「それでさっきの答えは出たんですか?」

「ああ。社会や文明を生み出せたからこそ人間ということになるんじゃないかと思ったんだ」

「言われると、他の動物たちにはできていませんね」

 

 指揮官すごい、ときらきらした目で見つめてくるM14に苦笑しながらお互い静かにコーヒーを飲んでいく。

 さんざん頭を使ったあとのコーヒーは心を落ち着かせてくれる。味も俺好みの苦さで、感謝の限りだ。

 戦闘もでき、うまいコーヒーも淹れられるM14はいい女だなと思ったところで、俺の思考は髪へと戻る。

 お互いにコーヒーを飲み干したところで、俺は今日まで思っていたことを言って楽になる。

 

「俺は女性の髪が好きなんだ。特にM14のは大好きだ」

「どんなところがいいんです?」

「歩くたびに揺れるツインテールには目が奪われてしまう。栗色と赤色のグラデーションの髪は見ていて飽きないし、風で髪がさらさらとなびくのを見たときはときめくほどだ。

 

 そんな髪を持つM14が笑みを浮かべれば、精神が落ち着く」

 思うがままに感想を言って褒めると、M14は落ち着きなく視線を動かし、恥ずかしそうな雰囲気だ。

 それが10秒ほど続き、俺と目が会うと、視線を少しずらして小さな声を出す。

 

さわりたい時に言ってくれれば、さわっていいですよ?

 

 耳元でささやくように言ってくれた言葉とその意味に、俺の背筋は快感で震えてしまう。

 M14が俺からゆっくりと離れ、照れた笑顔を浮かべる。

 それを見た俺は深呼吸して精神を落ち着け、感謝の言葉を言った。

 

「ありがとう。そう言ってくれると、なんだってやれそうな気になるよ」

 

 また髪をさわらせてくれる。そんな約束があれば、俺は頑張って仕事を続けられる。

 疲れたときはM14のところに逃げればいいんだという場所を得られたから。


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