先日約束した、警察に護衛されてのマカロフとふたりきりのおでかけが終わった夕方の今。
マカロフとウィンドウショッピングをしていたときに、帳簿外の骨董品や酒類はどうなったのがか気になり、ビルへと帰ってきた今は8階にある事務室へと向かっている。
ひとつ上は屋上で、8階は事務室と倉庫しかないため、人や人形たちは誰もいなく静かだ。
廊下を歩く足音がよく響いて聞こえるほどに。
さっきまでマカロフと一緒だったためか、ひとりでいるのは寂しく思いつつ事務室の前にたどりつき、電子ロックにパスコードを打ち込んで扉を開ける。
まぶしいオレンジ色の光が差し込む事務室は休憩室よりも狭く、広さは正方形のワンルームだ。
部屋にはスチールの本棚に書類を挟んだファイルが左右にある。中央には事務机と椅子、デスクトップパソコンがひとつずつ。
そんな部屋だが、俺は入ることに恐怖している。
なぜなら、その机の上に戦術人形が一体座っていたからだ。
夕日を背中にし、目をつむった姿。動く様子はなく、スリープモードなのだろう。
その人形の名前はUMP45。
腰に届くほどの長く暗い茶色の髪を持ち、左側をサイドテールにして黒と黄色の髪留めを付けている。
服はリボンを付けた学生風の白いワイシャツ。その上には前を開いた黒色のパーカーを着ている。
スカートは黒のミニスカで同じ色のタイツ。そして黒のブーツを履いている。
17歳ぐらいの顔立ちで、左目には縦に1本傷がある。今は見えないが、目の色は明るい金色だ。
そんな見た目はかわいらしい戦術人形のUMP45とはグリフィンの本部にいたときに知り合い、仲良くなってしまった。
この人形は本部では常に笑顔で明るく、人当りがいいと社内でも人気がある子だ。でも、誰も彼女の指揮官を知らないし、どういう仕事をやっているかわからない。ただ、特殊な戦術人形かなというぐらいだ。
本部にいた頃は、嘘の笑顔を張り付けて挨拶してきた彼女にそっけない態度を取り、それでもまとわりついてきたために嫌いだと強く言ったことがある。
その時からだ。俺が彼女に気に入られてしまったのは。
彼女と会うときはそう多くなかったが、会ったときは積極的に話しかけてきて、無視しつづけても俺の近くにいた。
M16と話をしている時には強引に俺の体をお姫様抱っこしては誘拐していくし、部屋に盗聴器を仕掛けていたことも。
ふたりきりになったときは押し倒してきて、性的な意味で誘惑をしてくるのが辛かったものだ。向こうから誘っているならいいかとも思うが、受け入れたら何をされるか、何を要求されるかがわからなくて怖かった。
時々、気が向いたときには誰かが複数いる場所で話をするのは、彼女の話題選びが上手なのもあって楽しかったが。
まとめると、被害はないものの俺に執着をしている詳細不明の戦術人形ということになる。
俺と彼女以外、誰もいないということに恐怖すると共に、なぜこの部屋に入ることができたのだろうと疑問に思う。
電子ロックの暗証番号を知っているのは、仕事の手伝いをしてもらっているLWMMGとマカロフといった落ち着いた子ぐらいしか知らないというのに。
そもそも俺に来客があるとの知らせはなく、どこからか不法に侵入してきたのだろう。
こっそり来て会いに来るほどの理由はまったくわからないが。
とりあえずは静かに部屋を出てから対処を考えよう。
そう思って静かに1歩後退すると、突然UMP45の目が勢いよく開いて口が動いた。
「入ってこないと、壊すわよ?」
無表情ながらも怒りの感情を乗せた言葉に俺は従うほかはなく、扉を閉めるとUMP45の前へと恐る恐る歩いていく。
そうしてたどりつくと、やわらかな微笑みを向けてくれる。
「前に本部で会ってから、5か月ぶりか?」
「6か月2日と1時間4分47秒ぶりよ。ひさしぶりに会えて嬉しい? 私の愛しい人」
「嬉しくないし、愛しい人でもない。お前とふたりきりで会うたびに、俺はなにかしら襲われるんだが?」
「ごめんね、つい嬉しくなっちゃって」
はずかしそうに頬を赤くして顔をそむけた瞬間、俺は助けを呼ぶために大声をあげようと口を開く。
だが、声は出せなかった。
なぜなら、そうした瞬間に素早くUMP45が俺の体を押し倒して馬乗りになり、いつの間にか右手に握っていたナイフを首の動脈に突きつけていたから。
「そんなに私とふたりきりは嫌なの? 私はあなたと一緒にいたいだけなのに。ずっとずっとあなたと一緒にいたいのを我慢して仕事をしてたんだよ?」
「こんなふうに脅迫してくるから嫌いなんだ」
「ふたりだけの時間を過ごしたいというだけよ?」
UMP45は左手で俺の体を抑えつつ、鼻と鼻がさわりそうになるほどの距離で俺の目を覗き込んでくる。
首筋に感じるナイフの冷たさもあり、恐怖で息が荒く、早くなってしまう。
「私を嫌いだなんて言っているけど、前は一緒に楽しく話をしたことがあるじゃない」
「それは他に人がいる場所だからだ。そういうところならお前との話は楽しいんだが。だから今、お前とは何も話をしたくない」
そう言った途端、動脈とは違う場所の首筋に鋭い痛みが走る。
UMP45が俺の首筋から離したナイフを見ると、そこには少しだけ血がついていた。
通常、戦術人形というのは何の抵抗もしていない人間を傷つけることはできない。なのに、それができるというのはやはり特殊な人形なんだと確信する。
「私は話したいの。……もういっそのこと、両足を切り取って連れ帰ろうかな。そうすれば大好きなあなたと一緒にいれるし、いなくなる心配もないし」
「足を切られたら、お前が好きな俺ではなくなってしまうぞ。人間は身体欠損で精神が大きく変わるんだ」
「そこまで考えてなかった。そっか、人間は繊細なものなのよね。連れ帰るときはロープで拘束してからにするね」
「なんで俺がそんなに好きなんだ?」
「前にも言ったけど、偽の笑顔で演技している私を嫌ってくれたから。あなたなら本当の私を見てくれるんじゃないかって。事実として、今までこういうことが何度もあったのに私を嫌わないでしょ?」
「嫌っているさ。鉄血の人形並みに」
「そうかな? 時々私と楽しく話をしてくれるあなたを、私はそうは思わないけど」
不思議そうな表情で首をかしげたUMP45はナイフをしまうと、パーカーの内側からバンソウコウを取り出して俺の傷口へと貼ってくれる。
貼ったあとは優しく俺の首筋を何度か撫でて、俺からどいて立ち上がっていく。
そうして立ち上がってやわらかなほほ笑みをUMP45から手を差し出され、それを握って立つか5秒ほど悩んでから手を取って立ち上がる。
こんな傷つけられているけど、UMP45のことは単純には嫌いになれない。
嫌いな部分は多いけれど、時々見せる優しさと仮面をかぶっていない素の笑顔が好きだからだ。特に長いサイドポニーの髪が揺れるところなんかが。
「それで今日は何の用で来たんだ?」
「ここを私たちの拠点として使わせてくれないかなって。全員で4体の戦術人形よ。その分の弾薬や装備、宿舎を用意してくれると嬉しいんだけど」
「嫌と言っても強引に来るだろう?」
「うん、もちろん」
「……あとでリストをくれ。準備しておく」
どうしても断れないということを知り、ため息をついて了承する俺。
でもそのおかげで初めて知った彼女の情報。今まではよくわからなかったけど、なんらかの特殊な任務をする部隊らしい。
だから今まで何度か調べてもよくわからなかったのかと納得する。
そして、この会話をしている今まで握られていた手を振りほどくと、UMP45は素早く髪留めを外してロングヘアになると、パーカーのポケットから物を取り出した。
それはヘアブラシだ。高級感がある木製のヘアブラシ。
「これはなんだ?」
「オーク材でできた、木製ウッドピンブラシ! 民生用人形の振りして、あなたがいないあいだに情報集めてたんだけど最近になって人形たちの髪が好きだって聞いたから」
別に物の名称を聞いたわけじゃない。なんで俺へとブラシを出してくるんだ。このブラシの木製ピンは1本1本の先端はなめらかな曲面になっていて、使うと気持ちのいい感触が来るに違いない。
そもそも、これは頭皮マッサージを目的としているが効果はわかっているのだろうか。
いや、髪をとかす目的にしても静電気が発生しない素材だからいいのか……?
と、渡されたブラシをまじまじと見ていると、UMP45はさっきまで座っていた事務机の上へと戻り、笑顔を浮かべて俺を待っている。
あと情報収集で髪好きがわかったからって俺がお前の髪をすくことなど―――と無視する決意を固めたものの、UMP45の明るい笑顔を見て、仕方ないなと苦笑する。
それに明るい笑顔を見ていると優しくなりたくなる。
普段のUMP45は偽物の笑顔だ。
でも、だからこそなのか、ふたりの時には多くの表情を見せてくれる。とても生き生きしている表情を。
そんな彼女に抱く、嫌いだけど好きという感情。
首筋に貼られたバンソウコウを軽くさわり、UMP45は手間がかかる奴だと苦笑いし、彼女の元へと歩いていく。
そうして彼女の後ろに来たときに「さわるぞ」と言ってブラシで髪をとかし始める。
腰まで届く、長くて暗い茶色のロングヘア。
その髪を持ちながら、頭のてっぺんから髪先までブラシを通していく。
UMP45の髪は柔らかく、癖っ毛がある髪質だ。
夕日の光にあたってもキューティクルはそれほど目立たず、色合い的に長く見ていても目が疲れない。
UMP45の外見で最も好きなのは髪で、黙っていれば見た目だけは俺好みの戦術人形なのに。
「あ、なんか今、えっちな視線を感じた。ねぇ、恋人同士ですること全部しない?」
「なんでそうなる。お前ら戦術人形を信頼することはあるが、恋愛感情なんて持たない」
「それって恋愛したことがないからじゃ?」
「1度だけ恋人がいたぞ。あの時は俺が15歳の時だったな。面白くないって相手に言われて4日で別れたが。相手を愛していなかった俺も悪かったんだろうな」
あれは今から20年前で、相手は小さい頃からずっと一緒にいた13歳のヘリアントスさんだった。当時はヘリアンと親しく呼ぶほどに仲はよかったが、今では自然とそう呼ぶことはなくなった。
彼女の方から恋人になろうと言われ、断る理由がない俺は恋愛的に好きでもないまま付き合った。
そのためか、デートを2度しただけでつまらないと言われ、振られてしまったが。
懐かしいなぁと思い出していると、硬直していたUMP45が勢いよく振り返り、俺は慌てて髪をとかしていた手をUMP45から慌てて話す。
その振り返ったUMP45はかなり驚いた様子で俺を見つめてくる。
「誰に聞いても、どのデータにもそんな話はなかった」
「初めて言ったからな。……そうか、この話をしたのはお前が初めてになってしまうのか」
こういう過去の恋愛経験は親しい相手に言いたかった。
別に辛い思い出というわけではないのだが、自分の過去を知って欲しいと思う相手は選びたい。まぁUMP45のことだから誰かに言いふらしたりはしないだろう。
私たちだけの秘密ね、とか思っていそうだ。
「ねぇ」
「なんだ」
「愛ってなんだろうね」
そんな答えを物凄く難しい問いを出したUMP45は少し沈んだ声で前へと向き、俺が持つヘアブラシはまた髪をとかし始める。
そうしながら愛について考えるも、そもそも恋愛感情を持ったことがない俺に答えが出せるわけもなく。
かといって世間一般論を出したところでは怒るだろうし。
髪をとかしながら5分以上長考して出した俺の答えはこうだ。
「好きな人と一緒にいたいという想いが深くなったら愛になるんじゃないか?」
「それが愛なら、私はあなたとどんな時でも一緒にいたいわ。こんなふうにあなたを想う私に愛はあるかしら?」
「俺はお前を嫌っているんだが」
「でも心の底からではないでしょ? もしそうだったら、私が怖いといってもこんな優しい手つきで髪をとかしてくれないもの」
髪をとかす手は止まり、俺がUMP45を嫌いな理由は実はたいしたことではないのではと思ってしまう。
本部で会う機会が多かったときは、さっきのように時々ナイフで切られ、盗聴や盗撮をされ、他の女や戦術人形と話していると怒られ、ベッドへと押し倒されたりするだけだ。
怖くはある。怖くはあるが、殴られることや銃で撃たれることがないから、少し暴力的なだけなのではと思ってしまいそうだ。
そもそも、人間に危害を加えやすいプログラムは大きな問題ではあるが。
「私にとって思う愛とは、いつも変わらないからこそ本当の愛だと思うの。嫌われても好かれても変わらない好意こそ愛だってね。これは人間でも戦術人形でも同じことだと思うの」
「あぁ、それは……そうかもしれない」
「そうよね。あと私の想いはプログラムによる定義付けじゃなく、メンタルモデルに寄るものよ? だから私はあなたに対して愛を持っている。あなたが欲しいの。表面だけの私でなく、隠された私を見てくれるあなたを」
早口で、でも小声で少し恥ずかしそうに言ったUMP45は言い終えると振り返って俺の頭を両手で押さえ、そっと静かにおでこをくっつけてくる。
夕陽に照らされた金色の目は強く輝いていて、その光の強さはまるで恋愛の情熱を感じさせてくるような。
「いつか、あなたを振り向かせてみせる」
「それなら薬や監禁をしない方向で頼む」
ドキドキと心臓が強く動き、緊張とUMP45の美しさに興奮してしまう心を抑え、冷静に言葉を返す。
……これは驚いただけで、見惚れたというわけじゃない。夕陽の効果もあって、とても美しく見えて驚いただけだ。
それだけのことだ。
深呼吸して心を落ち着けると、UMP45の頭を掴み、前を向かせて髪をとかすのを続ける。
もう少し静かなら、いい友達付き合いができるのにと思いつつ。
戦術人形はヤンデレ適性が高い子が多いと思う。