11月最後の雪がぱらぱらと静かに降っている今日、都市外部を早朝からG36率いるパトロール隊は大きな戦果をあげた。
それは鉄血の人形に追われ、この地区へと逃げていた戦術人形をG36の主導により味方を救出して敵を壊滅させたからだ。
外出した俺に報告が入ってからは急いで司令室にて指揮を取ったが、俺が外から戻って指揮するまでの自律戦闘をしていた7分間は見事なものだった。
そんな活躍をしたG36を褒め、褒美は何が欲しいと聞いたことから、今の少し変わった状況になっている。
そのきっかけとなった要望は『髪を洗って欲しい』というものだった。
褒美としては少し、いや結構変わっているけど俺はそれを叶えることにした。
濃い色の夕陽が窓から入り込む時間に人形専用の浴場がある、両手を横に伸ばしたマカロフ3人分の広さがある脱衣室の洗面台で。
その洗面台に向かい、G36は普段から着ている黒と白を基調とした落ち着いた色合いのメイド服を着て膝立ちで立っている。
G36の身長は155㎝であり、膝立ちになって洗面台へと頭を下げるとちょうどいい高さになってくれるのはいい。
洗面台に向かって頭を下げているG36の頭はメイド服に付き物のヘッドドレスを外し、普段はセミロングと三つ編みにしている髪型だ。
でも、今は黄金のライ麦畑のように淡く輝く金色と背中の部分から髪の先端まで銀灰色をしている美しい三つ編みの髪をほどき、膝まである長さとなったロングヘアを床にたらしている。
俺はそんなG36の斜め後ろに立ち、グリフィン社支給の赤いジャケットを脱いで髪を洗っている。
でもそれは一般的に使用されるシャンプーではなく、スプレー缶タイプである炭酸シャンプーのスプレーを頭に吹きかけて。
なぜ炭酸シャンプーなのかというと、元々はマカロフの髪を洗おうと思って用意したものだ。
炭酸シャンプーは名前のとおり、スプレー缶から出てくる泡はぱちぱちという音がし、炭酸特有の刺激的な感覚をくれる。
これは人間用だが、炭酸シャンプーの効能は髪表面の汚れや毛穴に詰まった効能は人形にも効果がある。
他には頭皮臭の改善や血の流れを良くする、綺麗になった毛穴を引き締めるというのもあるが、こればかりは血が流れていない人形には効果がない。
「炭酸シャンプーはどうだ?」
「はい、とても新鮮な刺激です。普通のシャンプーとは結構違いますね」
炭酸シャンプーのことを聞くとそんな感想が返って来たから人と人形の違いがわかってしまう。
人なら気持ちいい、気持ち悪い、くすぐったいなんていう言葉が来るものだけど、数値のデータでしか感じ取れない人形だとこういうものかと理解させられてしまう。
人形は単なる道具ではないが、人でもない。人と道具の中間点にいる存在。
見た目が人だから、彼女らは機械の体だと思っていても人と同じように扱ってしまうことがある。それ自体は悪くはないが、人形に親しみを持ちすぎると近い将来は人形の誰かと結婚してしまいそうだ。
今の時点でマカロフという戦術人形の娘もいて、違和感も悪い気持ちもなく生活できているから、そうなったらそうなったでいいかと気楽に考えることにした。
気持ちがひと段落ついたところで、炭酸スプレーをかけ終えると持っていたスプレー缶を洗面台の脇へと置く。
次は手による頭皮マッサージだ。G36にやる前はM14の頭で練習したから、下手じゃない手つきでできるはずだ。
こっちは炭酸シャンプーをかけた時と違い、『気持ちいいです』と言ってもらえたからG36から悪くない感想をもらえるに違いない。
むしろ、そうでないと褒美にはならないからな。
「頭のマッサージをするぞ」
「お願いします、ご主人様」
次にやることを伝え、俺はG36の金髪の中へと手を入れる。
炭酸シャンプーの泡でしめっている髪に手がふれ、そのままさわり続けたいというしっとりとした感触に誘惑される。
が、今の俺はそういう気持ちを強引に理性で振り切り、G36の頭を指で押していく。
そうしてマッサージを始めると、なんだかいい香りがする。
炭酸シャンプーの香りとは違い、これはなんと言えばいいか……。M14が使っているシャンプーとも違う香りで、シャンプーのように強いものではない。
この香りを言葉にするなら……わからない。知っているけど知らないという言葉しか浮かんでこない。
「気になる香りがお前からしてくるんだが、これは何の香料だ?」
「20代ドイツ人女性の体臭アンプルを使いました。M14が指揮官は香りが好きだということを聞きましたので。……お嫌いでしたか?」
「いや、好きな香りだ」
「それはよかったです」
嬉しそうな声を聞いた俺はマッサージの手を止め、G36の20歳ぐらいの大人っぽい顔を覗き込むように見つめてしまう。
その表情は目をつむったままだが、小さく笑みを浮かべている。
俺のために香りについて調べ、買ってくれたのは嬉しい。
指揮官をやっていてよかったと心から強く思う。
嬉しくなりながら手の動きを再開し、少ししてからシャワーノズルを引っ張ってお湯でG36の髪についた炭酸シャンプーの残りを洗い落としていく。髪の毛を痛めないよう、丁寧に手で髪をかきわけながら。
そうしたあとはバスタオルを頭にかぶせて髪の水分をある程度落としたあとはタオルで髪をはさむようにして押える。そのあとは顔や目元にタオルをあてて髪以外の水分を取ることも忘れずに。
「よし、もう顔をあげていいぞ」
「お手数をおかけしました」
「なに、お前が頑張った褒美だ。喜んでくれたなら嬉しいが」
「はい、それはとても」
洗面台から顔をあげ、洗面台の鏡越しにG36の爽やかな青空のような青色をした目とみつめあう。
G36の言葉に笑みを浮かべると、同じように笑みを返してくれた。
はじめは褒美が『髪を洗って欲しい』と言われたときはうまくできるか心配だったが、どうにかできたようで一安心だ。だが、髪を洗うという行為はかわかすことも含めてだと思いなおす。
タオルを置いた俺は、ドライヤーを手に取ると強い風量で熱風を当てる。その時に髪や頭皮が痛まないよう、ドライヤーを左右に振りながら。
髪が渇ききったら冷風を1分ほどあてる。人の髪なら、これで髪の毛のキューティクルが閉じてすべすべの手触りになる。
ずっと昔、ヘリアントスさんと恋人として別れたあとでも強くねだられて髪を洗ってあげた経験が今になって活躍し、心のすみっこでヘリアントスさんのおかげだと感謝しておく。
最も、このやり方が人形の髪の毛にも良いかはわからないが。
まぁ、ひとまずこれで終了だ。髪をぬらしたのは部分的なため、そう時間はかからずに終わった。もし、膝までのある長さの髪をかわかすんだったら、40分はかかるに違いない。
「終わったぞ」
「ありがとうございます。……これが幸せというものでしょうか」
G36は立ち上がると俺へと振りむいて感謝の言葉を言ったあとに、自身の髪を愛おしそうに撫でながら髪を見つめている。
そんな仕草が色っぽく、心がときめきそうになってしまう。
「幸せとはもっと大きいものだ。人の場合だと家を買えた、子供を産んだとか。目標を達成して、自分の人生に満足するというのが幸せなんじゃないか?」
「どれも人形である私ではできないものですね」
「あぁ、いや……そうだったな、すまない。他に例えが思い浮かばなかったんだ」
人形は人権がなく道具扱いであるため、家や土地の登記はできない。また機械では子供を作ることもできない。
そして人に従って行動する物だ。自律して行動できるとはいえ、人形自身ができる範囲を決して超えることはない。
人ならできなくても、できるように環境や自分自身を変えていくことができる。
「例として何も出せなかった俺が言うのもなんだが、やっぱり俺はそういうのが幸せとは思わない」
「ではご主人様が考える、人形である私の幸せを教えてくれませんか?」
首を傾げ、不思議そうに見つめてくるG36に「髪を結んでおけ」と指示してから髪を洗った道具を片付け始める。
G36は俺の言葉に従い、ロングヘアのままだった金髪を手で三つ編みへと結っていく。
道具の片づけという時間稼ぎをしつつ、俺は考える。人形の幸せというものを。
以前、M14は自身が思う幸せは『体の故障がなくバッテリーや予備パーツに困らなくて、指揮官である、あなたのそばにいることですね』と恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言っていた。
それは人形であるM14が思ったことだ。でも今にして考えれば、人形であるからこそ幸せの幅が狭いのではないかと思う。
人形は人間と違い、与えられるものの中で最善を考える。決めた以上の幸せを欲しがるなんてことはしないと。
道具を片付け終わっても俺はG36が三つ編みを結っていくのを見ながら考え続ける。
……俺からすれば、人形たちの髪をさわることや近くで綺麗な髪を見るのが幸せになる。
だが機械の体を持つ人形からすれば、見る、聞くと言ったものはデータを書き込むだけで簡単にできる。
だとすれば、データの上書きや追加だけでは感じ取れないことが幸せになるかもしれない。
「うまく言葉にできないかもしれないが、データ化できないことが幸せなんじゃないかと思ったんだ。他の人形へと幸せの体験の共有をしても、それは記録だけで幸せまでは共有できない。
ならば、自分だけの記憶で自分だけが幸せになれる。そんな体験が幸せなんじゃないか」
「……そういう考えもありますね。試しとしてひとつ実行してみますが、よろしいですか?」
「あぁ、いいぞ」
そう言ってから俺のすぐ目の前へとやってきたG36は俺の頭の後ろへと両手を回し、そして自身の胸の中へと引っ張っていく。
突然の予想できないことに抵抗するも、強く力を入れたG36には抵抗しきれずに俺の頭は胸の感触をあじわってしまう。
本物とは違う偽物の胸。だけれども、それは本物に近く、マシュマロのような弾力性を持った柔らかさだった。
はじめは離れようとしていた俺だが、次第に力を失って身を預けるようになってしまう。
それというのも胸の感触にプラスして、G36が頭を優しく撫でてきたからだ。
その手つきは壊れ物を扱うかのように慎重にさわってきて、撫でていくほど優しく、癒される撫で方になっていった。
「これはいいものですね。これほどに私の心が満足するだなんて」
普段は硬さと鋭さがあるG36の声が甘く聞こえる。「いい子、いい子」と耳の近くでそんな声を聞かされるとなんだかダメになってしまいそうだ。いや、ダメになる。
「……これがやりたかったことか?」
「はい。いつも頑張るご主人様のために何かしてあげたいと思っていたんです。戦術人形になる前の私はメイドでしたから」
配属時、G36の説明資料には民生人形でメイド出身と書いてあったのを思い出した。
年配の女主人の元で家事や料理をしていたと。
つまりは元々やっていた仕事に影響され、俺に対して尽くしたいという気持ちが出てきたかもしれない。
そんなことをぼぅっとしてきた頭で頑張って考えた。
「お前は俺のために何かをしたいということでいいのか?」
「いいえ。何かをしたいのではなく奉仕したいのです。掃除や料理に添い寝。それとご主人様の娘であるマカロフにも」
「マカロフにもか。それはなんと言うか……あー……」
「なんですか?」
考えをまとめるため、G36の撫でる手を止めて胸から顔を離し、2歩ほど離れて距離をあける。
「まるで妻みたいだな」
「……妻、妻ですか。あぁ、それこそが私の望んでいた役割かもしれません。今からご主人様を、あなたのことを私の夫と定義付けさせていただきます」
「待て。それはまずい。そんなことをしてみろ。俺はお前におぼれてしまう。そういう情けない姿を見たくないだろう?」
「私の影響を受け、私におぼれてくれるのなら、それほど幸せなことはありません」
と、今まで見たなかで天使の微笑みとも言うべきで、柔らかく明るく優しい笑みを向けてくれた。
その笑みに見とれてしまうも、人としてダメになってしまうという恐怖から妻扱いはしないことを強く決める。
ひとまずG36を妻として俺が認識するかは保留にしよう。
「この件は時間を置いて考える。お前が求める幸せを否定はしないが、妻というのはよくない。ひとまずは俺に料理を作るというので妥協してくれないか」
「ご主人様がそういうのであれば、そういたしましょう。ですけど、それならお願いしたいことがあります」
「聞くだけ聞こうか」
俺の返事を聞き、不満な顔をするG36にため息をつき、変な要望は聞きたくないと牽制をしておく。
G36は俺から1歩後ろに下がると、両手でスカートの端を持つと片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を深く曲げ、背筋は伸ばしたまま頭を下げた。
それはカーテシーと呼ばれる動作で、G36の上品で高貴さを強く感じる。
「私の個体名は
「わかった。気が向いたときに呼ばせてもらおう…………セントレーシー」
流ちょうなドイツ語の発音で名前を教えてくれるG36。
その名前を呼ぶのは普段の銃系統の名前とは違い、なんだか恥ずかしい。
けれど恥ずかしがりながらも彼女の個体名を呼ぶと、顔をあげたセントレーシーは太陽のように明るくまぶしい笑顔になった。
資料には書いてなかったG36の個体名。その名前を教えてくれたことは信頼を得られたようで嬉しい。
信頼というよりも妻と言ったからには愛になるのだろうか?
そのことを聞こうかとも思ったが、嬉しそうにしている彼女と恋愛感情について話すと機嫌を悪くするだろう。
今度、何かの機会に俺へと恋愛感情があるか聞くことにしよう。
別にこの感情が恋愛でなくても、俺を信頼してくれることには変わりがないのだから。
G36=妻(仮)
マカロフ=娘(正式)
UMP45=恋人(45の片想い)
???「みんな、これからは家族だ!」