戦術人形の髪をさわりたい   作:あーふぁ

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戦術人形の髪をながめたい

 M16と会った日の2日後、ぱらぱらと雪が降ってきた朝の9時ちょうどにUMP45は人形たち3体を連れてやってきた。M16から聞かされた話では404小隊という名前の部隊だ。

 が、特殊部隊ゆえに部隊名を明かせない代わりに『G&K社戦術人形第4広報小隊』という部隊名でやってきた。

 司令室でM14を副官として会ったときは、今まで陽気で明るいUMP45がとても静かに真面目だったときは驚き、いかにも仕事ができる女みたいだと感心した。

 

 そう思ったのもその時だけで、時間があれば俺に会いに来ては抱き着き、耳元で愛を語り、控えめな胸を押し付けてきたりする。

 そんな恋愛アピールと共に「私たちのことは内緒にしてね」と耳を甘噛みされながらお願いされた。そのお願いだけは強く守ることを決めた。わざわざ隠されたのを暴いて自分から自殺する趣味でもないから。

 でも、この身体的接触は言いつけてやる。マカロフやM14、セントレーシーがそばにいればUMP45なんて怖くないからな!

 親しい人形に助けを求めた結果、危ない時には人形たちが俺とUMP45の間に入って人形同士で険悪な空気になるものの、とても助かっている。

 でも俺に構ってばかりでなく、UMP45率いる小隊は連日どこかへと行っては帰ってくる。

 

 そのせいかはわからないが、仲の良い警官から犯人が見つからない殺人事件が複数起きたという愚痴の電話やパトロールの人形たちからは鉄血製ロボットの残骸が出て不気味だと相談を受けた。

 きっとそれらはUMP45たちがやったんだよなぁと確信しつつも、知らない振りをして必要なときには俺が問題の処理をした。

 そんな忙しい12日を送り、あっというまに12月24日のクリスマスイブの日になるが、だからといって、特別なことをやるわけでもない。

 今だって朝飯を食べてから、すぐに休憩室でテレビを鑑賞するほどだ。

 ソファに座り、開いた足の間にはマカロフが座って俺の胸へともたれ掛かり、M14は拳ふたつぶんの距離を取って隣に座っている。

 休憩室にいる9体の人形たちもそれぞれ椅子やソファに座り、または立ってテレビを見ている。

 

 テレビの内容はクリスマスに関する特集だ。

 そういう番組をぼぅっと見つつ、女性らしい香りで満ちている部屋はなんだか自分がいてはいけない空間だと感じてしまう。

 以前は人形たちには匂いがなかった。でも髪の香りや体臭を気にするようになり、段々と多くの人形たちが匂いを気にするようになった。まるで人間がいるような気がして。

 そして今は匂いを付けた多くの人形たちと部屋で一緒になるのは初めてだ。

 そのうち指揮官は男臭いから嫌です、と言われたら人形不信になって指揮官という仕事を辞めてしまいそうだ。

 そう思うとため息が出て、自然とマカロフのお腹に手を回し、少しだけ力を入れて抱きしめてしまう。

 

「どうしたの、指揮官?」

「これからも人形たちとうまくやっていけるかが不安になってな」

 

 頭を動かし、不思議そうに俺を見上げてくるマカロフ。

 そのいつもと同じの声を聞くとなんだか安心し、小さく笑みが浮かんでくる。

 マカロフは赤い瞳でじっと5秒ほど見つめてテレビへと向くが、すぐにまた俺を見てくる。

 

「ね、明日は忙しくなる予定が入ってる?」

「いや、特には。いつも通りの日だな」

「それじゃあ、明日のクリスマスは何かやらない? お父さんもたまには楽しまなきゃ!」

 

 時々俺のことを"お父さん"とマカロフは呼ぶが、そういう時は大抵の場合、俺を心配するか甘えるときだ。今だって、きっと俺がストレスを溜めて疲れていると考えたんだろう。

 この時期はどうしたって忙しくなるから疲れる。

 だから、こういう心遣いはすごく嬉しい。俺自身のためというより、マカロフが提案してくれた明日のクリスマスは何かやってもいいかもしれない。

 それもこのビルにいる人と42体いる人形の全員で。そうなると仕事はどうするかという問題だが、そこは警察に貸りを作ればなんとかなる。

 ひとまず電話をして聞いてみるか、と思って考え事をやめると、テレビの音がいつのかにか消えていた。

 あたりを見回すと、マカロフとM14を含めて11体の人形たちの視線が俺へと集まり、声もなく驚いてしまう。ちょっとしたホラー要素を感じたほどに。

 

 静かなプレッシャーを感じつつ、制服のポケットから携帯電話を取り出して警察へ。用件は急だけど会えないかというアポイメントを取ろうとしたのだが、受付から署長へと回されて、むしろ向こうから会おうと予定を押し付けてくる。

 いったい何を考えているかとも考えつつ、次に電話するのは市庁舎だ。

 そこも同じようにすぐ市長と会う予定ができた。できてしまった。

 続けてこういうことがあると、これは俺の普段のおこないのおかげだろうと納得する。いつも電話やメールだけで終わらせてしまうから、直接話したいのだろう。

 ……電話をするだけの短い時間で、いかに自分が人と会おうとしないかを自覚し、反省する。

 そのことはひとまず置いて、今は俺を見つめてくる人形たちに言わないといけない。

 

「明日はクリスマスパーティをしようか」

 

 そういうと人形たちはそれぞれ目を合わせたあとに喜びの声をあげ、中には両腕を天井へ振り上げて喜ぶ子も。

 そんな喜ぶ姿を見て、時々は息抜きでイベントをやったほうがいいなと気づく。

 彼女たちの体は機械だが、メンタルモデルは人間に近い。

 いつもは大切に扱う道具のように状態が悪くないか、不自由していないか程度の意識しかなかった。また、何か足りないものがないかとの会話もあまりすることはない。

 

 つまりはコミュニケーションが足りていないということだ。

 人形について資料では知りながらも実際の彼女たちは多種多様だ。指揮官という職になってから、まだ日が浅いことを痛感してしまう。

 でも気づいたからこそ変えていく必要がある。人は話をすることでお互いをわかりあえるように、人形たちとも同じぐらいに。

 

 反省をしたあとは、また電話をかける。今度は俺の部下となっている人たちにだ。

 整備士や事務員の人に電話をかけていき、明日のパーティをするために、貴重品倉庫に眠っている貴金属や骨董品を売って現金化して来いという命令を。

 その命令に続けて言うのは人形たちを連れていくようにと。理由は人形たちが人とのやりとりを見て多くの学習をさせる。

 実際には人形たちの好きなことをさせたいというだけなのだが。

 電話を終えたあと、喜び終わった人形たちがまた俺を見ていた。でもそれはさきほどとは違い、楽しそうな笑みを浮かべて。

 そんなわかりやすく、とてもかわいい彼女たちへ向けて俺は苦笑いを浮かべながら言う。

 

「突然の仕事ですまないが、予定がなければ整備士や事務員の人と一緒に店で物を売ってきてくれないか? 明日のパーティのために現金を作らないとな」

 

 言い終えた途端、隣にいたM14が俺をちらりと見てから我先にと部屋から勢いよくダッシュで出て行き、それに他の人形たちが続いていく。

 マカロフをのぞいて。

 マカロフは俺を見上げ、不安そうな表情をしていた。

 それは父親を心配する子供だった。きっと罪悪感があるんだろう。私のせいで大変なことになったって。でも俺はそれが嬉しい。こうやって心配されることが。

 もちろん、人形たちが喜んでくれることもだ。

 俺は心配無用とばかりにマカロフのかぶっている帽子ごと頭をぐりぐりと撫でると、マカロフの体を押し上げて立たせる。

 

「みんなと行ってくるといい」

「でも、これから仕事でしょ? 手伝うわ」

「今回のは人と会うだけだから大丈夫だ。護衛は手の空いている奴にでも頼むさ。だから、一緒に行ってくるといい」

 

 マカロフは不安そうに俺を見ながら出口を歩いていき、部屋を出るときに立ち止まって俺を見つめてくる。

 

「高く売りつけてくるわ」

「店の人と仲悪くならない程度にな」

 

 俺は笑顔を向けてマカロフを見送るが、マカロフは部屋を出ようとして、廊下側のほうにある何かに驚いたらしく一瞬だけ立ち止まる。ちょっとして俺と廊下の何かを何度か見たあとに扉を閉めて姿が見えなくなった。

 静かになった部屋で俺はソファへと深く背中を預け天井を見上げる。

 マカロフにはああ言ったものの、これからの交渉は面倒だ。急にお願いをするのに、どれくらいの借りを作るのかと思うとため息が少し出てしまう。

 

 だが、それも人形たちの喜ぶ姿のためだ。今回は事前に気づけなかったが、次からは今日のように楽しめる何かをやればいいと気づけたんだから良しとしよう。

 雪が積もっている外に出ていくのは面倒だな、と思っているとドアが開く音がし、誰かが入ってきた。

 誰かを確認する気力はまだなく、放っておいていると誰かが隣へと座ってきた。

 髪の匂いからM14だと気づく。

 

「指揮官は優しいんですね」

「何を言っているんだ。俺の仕事はお前たち人形が頑張ってくれないといけないんだ。これくらいはどうってことない」

「はい、知っています」

 

 くすくすと温かみがある声で優しく笑われると、なんだか恥ずかしく思う。

 ただ俺は普段から殺し合いをしている人形、彼女たちに楽しい時間を過ごしてもらいたいだけだ。

 これは仕事上必要なことで、喜ぶ顔が見たかったなんてことは少ししかない。

 

「俺はこれから仕事だが、お前はどうする?」

「指揮官のそばにいてもいいです?」

「好きにしてくれ」

 

 俺の命令に従ったふりをして戻ってくるM14の反抗的な態度に大きなため息をつき、けれども命令でもないのに俺を気にしてくれるM14は将来いい女になりそうだなんて感想を持つ。

 そして部屋を出て仕事を始めた俺は偉い人たちに会っていき、急な明日の予定変更のお願いを聞き入れてもらった。

 代わりとして市長からは3日ほど護衛を人形にして欲しい。警察からは人形たちとの合同訓練や一般市民とのイベントに出てくれとのことだった。

 この街を支配下に置いているグリフィン社と仲がいいというのをアピールしたいことはわかるが、ただ美少女たちとふれあいたいと思うのは俺の心が汚れているからだろう。

 

 

 

 夜遅くまで仕事の話し合いや雑談と戦況の確認、スケジュールの調整をし終えて、すぐに携帯電話で明日はビルの警備以外全員休みだと伝えてから自室があるビルに帰ってきた頃にはすっかりとくたびれていた。

 午前1時ともなると眠気が強くなってきて、歩くのもふらふらで途中M14に体を支えてもらいながら自室へと戻ることができた。

 戻ってからの記憶はあまりなく、意識がはっきりとしたときは翌日だった。

 カーテン越しに窓から入る光は明るく、ベッドに入ったまま腕を伸ばしてカーテンを開ける。

 よく晴れた青い空。まぶしい光に目を細めながら冷たい空気を感じつつ起き上がると、ぼんやりとした脳で寝間着に着替えていることに気づく。

 壁にかけてある時計は午前9時ということを教えてくれる。

 昨日は自室にどうやって帰ってきて着替えをしたかは覚えていない。けれど部屋に強く残るM14の香りが、その謎を教えてくれた。

 洗面台で顔を冷たい水ですっきりしたあとは寝間着から新しい下着とグリフィンの赤い制服に着替えて部屋を出る。

 すると、扉を開けた正面にはG36ことセントレーシーが両手をメイド服の前に重ねながら前にまっすぐに立ち、目を開けて待っていた。ここ3週間はこうして待ってくれているが、いまだに慣れない。

 

「おはよう、セントレーシー。遅くなってすまない」

「おはようございます、ご主人さま。今日は急ぎの用事がないため、遅く起きても大丈夫です。現在、パーティ準備は順調に進んでいます。それとM16さんが休憩室にて指揮官を待っています」

「M16が?」

「はい。用件はクリスマスプレゼントを渡しにきたとのことでした。朝食はいかがなさいますか?」

 

 メイドでありながら、自主的に秘書としても仕事をするようになったセントレーシー。

 始めた頃はそこまでやらなくていいと言ったものの『ご主人様に尽くすのが私の楽しみであり生きがいです。それをどうか奪わないでください』と頭を下げて言うものだから許してしまった。

 それからはこうやって毎朝仕事に関することを報告してくれる。

 しかし、M16がプレゼントとは。あいつがクリスマスに合わせてプレゼントを送ってきたことは今までになく、今回はヘリアントスさんか知人から頼まれて持ってきたのだろう。

 

「食事は食堂で……いや休憩室で取ろう。あいつなら文句は言わないからな」

 

 食事をしながら会話というのはしないが、場所を移動する時間節約のためなら理解してくれる。そもそも見た目どおりにずぼらというか、男っぽくガサツなあいつだ。逆に食べながら話をしろと言っても驚きはしない。

 セントレーシーがすぐに持っていくと言ったのを聞いてから俺は休憩室へと歩いていく。

 途中、人や人形が慌ただしくもパーティの準備を楽しそうにやっている姿を見ると、こういう企画をしてよかったと思う。これからも余裕があるときに、こういうのをやるのはいいかもな。

 みんなの行動に満足しつつ休憩室へと着いて部屋へと入る。

 暖かい部屋の中にはM16が一人だけいて、足元には四角いバッグが置いてある。M16はソファに座りながら楽しそうにテレビを見ていたが俺が入ってくるのに気付くとテレビを消して、こちらを見る。

 軽く片手を挙げて挨拶すると、M16も同じように挨拶をしてくれる。そのM16の隣へ座ると、以前来たときよりも豊かな匂い。体臭と髪の香りがいい具合に混ざり、前にも増して魅力的に見えてしまう。

 

「なんだ、こっちをじっと見て」

「いや、いい匂いだなと」

「私はお前好みの匂いになっているかい?」

「ああ、とても」

「それは安心した。親友のためにやったんだ。これで嫌がられたらショックを受けるとこだったよ」

 

 大きく安心したように息をついたM16は「よかったよかった」と言いながら笑みを浮かべている。

 近頃、俺の近くの人形たちは段々と人間に近づいてきて、時々人間の女性と何も変わらないじゃないかと思えてしまう。

 髪や匂いの次は化粧や私服に興味を持つのだろうか。

 指揮官というよりも個人として、人形たちがどういったふうになっていくかが楽しみだ。

 

「それで今日の用事は?」

「ほら、頼まれたクリスマスプレゼントを渡しに来たんだ」

 

 そう言って足元のカバンから出した書類を受け取った俺は、その内容を見ていく。

 その書類はグリフィン社の装備や資源を追加で受け取れる書類で、ヘリアントスという署名が入っている。

 この前のお酒をプレゼントしたお返しだろうか。しかし実用的な物を好むヘリアントスさんらしく、実に彼女らしいクリスマスプレゼントだと小さな笑みが浮かんできてしまう。

 昔から実用的というか、効率や費用対効果を気にして生きてきた彼女らしい。

 ヘリアントスさんは変わらないなと思っていると、ドアをノックする音と共にセントレーシーが両手にトレーを持って入ってくる。そのトレーの上にはサンドウィッチがふたつ乗っていた。

 

「ご主人様、お食事を持って参りました」

「ありがとう。今日は俺の好物か」

「はい、昨夜はお疲れかと思いましたので甘い物を作らせていただきました」

 

 セントレーシーから受け取ったそのサンドウィッチはフルーツサンドウィッチだ。パンの耳を切り落とし、2枚のパンの間に生クリームと缶詰のフルーツが入っている。

 ひとつを受け取ると、喜んで口に入れる。口の中身はほどよい甘さは、朝に最適だ。

 うまさを感じつつ、ソファ越しに後ろに立っているセントレーシーに対して右手を軽くあげて感謝を示していると、隣にいたM16は変なものを見たと声をあげて嫌がる顔をしている。

 パンをケーキみたくするのはパンをバカにしていないか、と言われたこともあるし、単にまずそうだと強く思われたこともある。

 

「M16はこういうのを食べたことがあるか?」

「そういうのはケーキだけで―――おっと、そうはさせないよ?」

 

 一口食べてみれば感想はわかるだろうと、喋っているあいだに俺はM16の口へと突っ込もうとするも力強く手を掴まれて止められた。

 俺が力を入れて押し込もうとするも、どうしても人形の力が強いために食べさせることはできなかった。

 結局1人で食べることになり、朝食が終わったあとはM16を今日のパーティに誘い、ついでに手伝ってこいと部屋から送り出した。

 パーティだと知って乗り気で行ったM16を送りだしたあとは、俺とセントレーシーだけになった部屋。

 静かになった部屋で、俺は昨日に話し合ったお願いは順調かの確認と、感謝の言葉を言うために携帯電話を取って連絡を始めた。

 それが終わったあとは、俺のそばにいたがるセントレーシーをマカロフへと預けて各所を見てまわる。

 人と人形が一緒に食事を作る食堂、ホールで飾り付けを楽しんでいる人形たち。

 それにせっかくだからと人がいなくなった場所を見回って、ここで多くの人が働いていることを改めて実感したと共に俺がしっかりしてこそ皆がいい仕事ができるのだということを確認した。

 

 

 

 夕方の6時になると、準備は終わってホールはパーティ会場へと変わっていた。

 2階すべてがホールとなっているから、中々に広く感じる。

 ライトで明るくなっているホールには、ところどころにクリスマスリースが壁にかけられている。他にも壁にはモミや雪の結晶の形をしているのが飾られているし、たくさんの星型のシールも張られている。

 壁以外では大人の身長ぐらいのクリスマスツリーがひとつ。あとは多くのテーブルとイスだ。

 テーブルには色とりどりのクリスマスらしいフライドチキンやポテトにピザ、あとは寿司までもが。それと料理が置かれてあるテーブルとは別に、ホールの隅っこのテーブルには酒がたくさん置かれている。

 人と人形たちが一緒に働いている光景を見ると、人と人形が同じ場所で同じ仕事をしているのを見るのは感慨深い。普段から市民団体の抗議や訴えを聞いているから余計に。

 ホールをぶらぶら歩いていると、近寄ってきたマカロフにもうすぐ始まると言われ、手を引っ張って連れて行かれたのはマイクスタンドがある場所だ。

 そこで俺は突然開会のあいさつを振られて悩むも、簡単にみんなへの感謝の言葉を言うだけにしてパーティは始まった。

 和気あいあいとみんながパーティを楽しむなか、俺は今日パーティを作ってくれた人や人形たちに感謝の言葉を言ったあとは壁際でひとり静かにワイングラスを持って立っていた。

 仲良く話している光景を眺めるだけでも中々に楽しいし、昨日から喋り続けたせいか、楽しく話をする精神力が足りていない。

 

 そうやって、ぼぅっとしているとUMP45がひとり無表情で俺のほうに早足で近づいてくる。

 何か怒らせることをしたかと考え、あまりUMP45に構っていなかったせいかと気づき、少しの恐怖を覚える。

 だが、ここは多くの人や人形がいる場所だ。以前のようにナイフで襲い掛かってくるはずはない。……ないと信じたい。

 UMP45は俺の前へと近づいてきても勢いは止まらず、俺は気迫に押されるようにして後ろへ下がってしまい、背中が壁にぶつかる。

 俺に密着するほど近づいてきたUMP45は俺の胸へ鼻を近づけたあと、物凄く嫌そうな顔をしてから俺のワイングラスを持つ右手を片手で強く握ってくる。

 痛みを感じて振り払おうとするもできず、その状態のまま俺の左手を掴み、他の人に見えないような位置に持ってくると勢いよく指を噛んできた。

 

「ぐっ……!」

 

 痛みで表情が歪み、とっさに声を抑えるも漏れ出てしまう。

 UMP45の歯が人差し指に当たり、その歯が皮膚を破って血を出してくる。血が出ると、それを舐めたあとにUMP45は掴んでいた手と指を舐めていた口を離し、懐から出したバンソウコウを丁寧に巻いてくれた。

 そして俺の血が付いた口を袖でふくと、にこりとかわいらしい笑みを浮かべてくる。

 

「こんばんは。クリスマスパーティは楽しめていますか?」

「お前が来るまでは楽しかった」

 

 UMP45の行動に怒りを覚え、荒い声で返事をするも気にする様子はない。

 

「そんなこと言わず、私に構ってくださいよ。知らないあいだにいろんな女の匂いを付けちゃって。だから今みたいに私の物だっていう印をつけちゃいますよ?」

「話すだけならいいが、お前は俺を押し倒し、ナイフを突きつけて血を出し、今は噛んできた。そういう奴と一緒にいたくはないな」

「話をするだけだと私を忘れるでしょ? 人は痛みや恐怖を感じた時に強い記憶となるって聞いたから」

「嫌いになるぞ」

「でも、こんなことをしても嫌いにならないから好き。私を許してくれる、あなたが大好きよ」

 

 そう言って俺の体に腕を回すと「うにゃぁ」と甘える声を出しては顔を胸へとうずめてくる。

 かわいい姿を見ると嫌いにはなりきれない。それに俺好みの綺麗な顔をしているということもあった。

 本部にいた頃は血を出してくることは滅多になかったが、俺が指揮官となってから増えてきた。普段会えないから、俺への愛情が強くなっているのはわかるが。

 これ以上過激になる前になんとかしたい。……今度、ヘリアントスさんに会ったときに相談しないとな。

 ため息をつくと共に、手に持っていたグラスを傾けてワインを一気に飲み干す。

 

 UMP45に抱き着かれたままホールを見渡すと、20m先で俺たちを見つめてくる3体の人形に気づく。

 こちらを見て、にんまりとした笑顔を浮かべる茶髪ツインテール。ひどく冷めた目で見てくる青髪ロングヘア。眠そうな雰囲気を出している銀髪のぼさぼさロングヘア。

 その3体はUMP45が連れてきた小隊の一員だ。こっちに来てくれ、と右手でハンドサインを出そうとしたらUMP45に手をすばやく抑えられた。

 そうして動けないでいると、3体はそれぞれテーブルに行って料理を食べ始めていく。

 しばらくの間、時間にすると3分か5分ほど抱きしめられたままでいると、満足した笑みを浮かべるUMP45が胸から顔を離してくれた。

 

 

「ね、一緒に夜空を見に行こうよ」

「お前とふたりきりは嫌だ」

「人数増やすから。それならいいでしょう?」

「……ここの屋上でなら」

 

 俺を逃がすつもりがないUMP45に妥協するとUMP45は後ろの方を向いた。

 わずかの時間のあと、さっき俺を見ていた3体がこっちを見たて、1体は嬉しそうに笑みを浮かべた。あとの2体はめんどくさそうな表情で。

 その3体はホールの端に置いてある使ってない椅子を全部で5つ持ってホールの外へと出ていった。

 言葉もなく動いたのは、人形同士で通信できるツェナーネットワークを使って指示をしたのだろう。

 

「私たちも行こっか?」

「このままだと俺は寒い。部屋でコートを着たいんだが」

「あ、そっか。ごめんね、あなたのことを大切に思っているけど、そんなことにも気づけなくて……」

「なに、次から気をつければいいだけだ」

 

 俺から体を2歩ほど離れたUMP45は目をそらして落ち込むが、そんな彼女を見て俺は雑に頭を撫でてなんでもないことのように言う。

 いつも強気で自信たっぷりな姿ばかり見るから、こういう弱気になるのを見ると、つい優しくしたくなる。

 ……UMP45と接するとき、俺の中で嫌いと好きという感情が手のひらを返すようにくるくると変わってしまう。こういうのをなんと言うんだったか。魔性の女ではないだろうし。

 いったい何と表現すればいいか考えてしまっていると、左手からワイングラスがなくなっていてUMP45が近くのテーブルへと置いてきた。そして右腕はUMP45に抱きかかえられてホールの外へと歩いていく。

 行き先は俺の自室だ。UMP45は入りたがっていたが、そこは強く止める。

 1度部屋の中に入るのを許すと、今後自由に入ってくるに違いないから。最もUMP45がやる気になれば、電子鍵でもアナログな鍵でもすぐに開錠されるだろうが。

 

 コートと手袋を身に着け、暖かい恰好になった俺はUMP45と一緒にビルの屋上へと行く。

 屋上に行くと、空には雲ひとつなく、満月に近い欠けた月がやわらかな月明かりで照らしてくれていた。

 月で照らされている屋上は積もっていた雪が片付けられており、ライトが付けられて足元が明るくなっている。そよ風が吹き、冷たい風を刺すように痛い。

 そんな屋上には、ホールにいた全人形と人数分の椅子が置かれていた。

 

 …………なんでこうなっているんだろうか。

 こんな大勢で行く予定だったかと不思議に思い、腕に抱き着いているUMP45を見ると彼女は物凄く不満な表情だ。

 これを見るに、誰かが来ようといったか俺たちの動きに釣られて来たのだろう。

 人形たちはそれぞれ集まって話をしているが、その中のひとつのグループからマカロフが俺たちに気づいて向かってくるとUMP45は俺から離れて怒り顔で足早に屋上の端にいる404小隊のところへと行った。

 あとでちょっとだけ優しくしようと考えたあと、俺の前へとやってきたマカロフに軽く手をあげて挨拶をする。

 

「いい夜空だな」

「ええ、とても月が綺麗ね」

 

 マカロフに言われて空を見上げて月を見ると、その綺麗さは心を落ち着かせてくる。

 空を見上げることは生活しているうえでそうはなく、夜空を意味もなく見上げるなんてことは特にだ。

 こうして美しい月を見るのは、心が浄化されそうな気にもなる。

 月を見続けていると、袖を引かれてマカロフの顔を見る。

 それは俺が相手をしなかったためか、ちょっとだけ不満そうに。

 

「すまない。月があまりにも綺麗で」

「それなら許すけど、この指はどうしたの?」

 

 袖を引いていたマカロフの手は俺が怪我した部分のバンソウコウの上をとても優しく撫でてくれる。

 その傷を見て、何かに気づいたのか手の動きを止め、殺気が出ていそうなほどの怒った顔を向けてきた。

 

「誰にやられたの」

 

 低音で小さな、けれど耳へはっきりと届いた声。マカロフの赤い瞳は、今すぐにでもそいつを殺してこようという雰囲気すら感じる。

 ここで正直にUMP45にやられたと言えばマカロフはすぐに銃で撃つか、ダミーを連れてきてから銃撃戦でもしそうだ。

 俺の返事で、この穏やかな屋上の雰囲気が変わり、それどころか404小隊と撃ち合う可能性があるために全身に冷や汗と緊張感が一気にやってくる。

 なんとか嘘を、いや嘘を言ったところでばれる。よく一緒にいるようになってから、マカロフは俺のことについて詳しくなってしまった。

 

「あー……猫に噛まれたんだ」

「猫? このビルに? ホールに来た時は傷がなかったじゃない」

 

 とても気まぐれでUMP45は猫みたいだから例えでそう言ったが、寂しがりやだからウサギのほうがよかったかもしれない。マカロフなら犬だ。それもハスキーみたいな強い犬だ。

 頭の中で動物は癒されるよな、と現実逃避したくなるが、今はそれどころじゃない。

 俺を見上げるマカロフが段々と戦闘モードに近づいている気がする。放っておくと武装したダミーを連れて、人形を一体ずつ尋問しそうだ。いや、する。

 だからごまかせ。平穏のためになんとしてでもごまかせ!

 こういうときはどうすればいい。俺には正しい対処がわからない。

 わからない場合は、誰かを参考にして問題の解決を目指す。

 こういうとき参考にするならM16だ。男前でいつも自分に自信のあるあいつなら、こういう場面はどう対処する……?

 

「ねぇ、お父さんを傷付けたのは誰? どの人形? 人でも構わないわ。今の私なら―――」

 

 物騒なことを言い始めたマカロフの体へ両腕を回して、力いっぱいにぎゅうっと抱きしめた。

 そうしたうえで耳元に口を近づける。

 

「そんなことよりも俺はマカロフと一緒にいたいんだ。せっかくのクリスマスなんだから、嫌なことは忘れて過ごそうじゃないか」

「え、でも、でも私はお父さんの敵を……」

「大丈夫だ、マカロフ。ここに敵はいないし、いたとしても悪い奴なら俺が殺しているさ。この傷は友情を確かめるちょっとしたじゃれあいなんだ。賢いマカロフならわかるだろう?」

 

 マカロフが段々と静かになっていき、これでとどめだとばかりにマカロフの髪をかきあげ、おでこへと軽くふれるだけのキスをする。

 キスをしたあとは抱きしめていた腕から力を抜いて離れると、マカロフはぽーっとした赤い表情でうるんだ目で俺を見上げてくる。

 

「椅子に座って一緒に空を見ようじゃないか」

「……うん」

 

 歩き始めた俺の後ろをマカロフはおとなしくついてくる。

 ……助かった。我ながら恥ずかしく、キスをしたときなんか心臓がばくばくと鼓動がうるさかった。だが、その苦労もあって落ち着いたマカロフは普段よりもかわいいマカロフになってくれた。

 M16を参考にしておいてなんだが、あいつはこういうことをやって何がしたいんだ。本部にいた時は人間、人形を構わずくどいていた。男も女も。

 恋愛をしたいというよりも相手の反応を見て楽しんでいたのかと思う。今度M16の友達に聞いてみよう。本人に聞いたなら、どういう悪ふざけがくるかわかったもんじゃない。

 ふたつある椅子の片方に座り、もうひとつはマカロフが嬉しそうに座って一緒に夜空の月を見る。

 それでも俺は気になってM16のことを考え続ける。あの人たらしのことを。単に暇つぶしかもしれない。

 その時に唇同士でした苦しくも情熱的なキスの感触を思い出し、恥ずかしくなりながら口元を手で押さえる。

 

「お父さん、大丈夫?」

「ああ、人付き合いで驚いたことを思い出してしまっただけだ」

 

 マカロフが俺の体にふれ、気遣ってくれる。俺はその手をさわり、安心させる声を出したあと、月を見上げる。

 M16のことは忘れ、今は月を心静かにしよう。

 そう思った途端、屋上の明かりが全部消されてざわめきが。だが、それは停電ではなく意図的に消したと人形たちの声が聞こえた。

 暗闇に目が慣れていくにつれ、夜空には月以外にも月の明かりで見えづらかった星が見えるようになってくる。

 8階建てビルの屋上、そこは周囲の音もあまり聞こえず、とても静かな夜空を楽しめる。

 しばらくのあいだ、人形たちは静かに月を見ていたが、俺から少し離れて空を見ていたグループのひとりが歌い始めた。

 

「Freude, schöner Götterfunken,Tochter aus Elysium Wir betreten feuertrunken. Himmlische, dein Heiligtum」

(喜びよ! 美しき神々の火花と楽園からの乙女。私たちはその炎に酔いしれて足を踏み入れる。 天のあなたの聖域へ)

 

 その透き通る歌声の主はセントレーシーだ。

 まわりにいる人形の話声を聞くと、お願いされて歌い始めたみたいだ。

 その曲はCDで何度か聞いたことのあるベートヴェンの…………なんだったか。

 

「あれはなんという曲だったか」

「ベートーヴェンの交響曲第9番、第4楽章ね」

「マカロフは知っているのか?」

 

 音楽に興味を持っていたことに知らず、小さな驚きと共に隣にいるマカロフを見る。

 マカロフは俺の知らないことを知っていたのが嬉しいらしく、どこか自慢げだ。

 

「あれはね、昨日売りにいった店で聞いたのよ。そのお店で音楽がかかっていて、日本人の店主が言うには日本人の間では第九と呼ばれて親しまれている曲をセントレーシーがとても気に入ったらしいわ」

 

 セントレーシーは俺と深く関わるようになるまでは音楽なんて何の興味も示していなかった。

 でも近頃は俺のために子守歌を勉強するようになったから興味を持ち始めたのかもしれない。

 それにしてもベートーヴェンか。クラシックはよくわからないが、音楽が好きだというのなら休憩室にプレーヤーとCDを何か買うのもいいかもしれない。

 俺は遠くからセントレーシーを見ていると、彼女はまわりの人形たちからすごいと言われ褒められまくっている。

 褒められ、照れている姿は新鮮で暖かく見守っていると、どうやら一緒に歌おうと言っているみたいだ。

 

「あ、私にも来たわ」

「何がだ?」

「さっき言っていた音楽のデータよ。セントレーシーが人形たちにツェナーネットワークで送っているわ」

 

 その音楽データを受け取った人形たちのほとんどがセントレーシーのまわりへと集まり、座っているセントレーシーを中心に人形たちの輪ができあがっている。

 人形たちが自主的に歌を歌おうとするのは初めてみた。

 俺が知っている人形たちは知っていること、できることしかしない。だというのに、知らないことを知って積極的にやろうとする姿は新鮮だ。

 そう感心していると、隣にいるマカロフが俺とセントレーシーを見比べてそわそわしている。

 

「歌ってきていいぞ」

「でも、お父さんをひとりにしておけないわ」

「人形たちが多くいるここなら安全だ。それと、ちょっとくらいならマカロフがいなくても寂しさを我慢できるさ。それにこんな機会はそうあるものじゃない。みんなと歌ってくるといい」

 

 そう言うとマカロフはやっとのことで椅子から立ち上がり、小走りでセントレーシーのところへと言った。

 少しして聞こえてくる人形たちの歌声。

 その中にはマカロフの歌声も聞こえてくる。でもまだ練習をするらしく、何度か合わせるといった調整作業をしている。

 そんな微笑ましい光景を眺めていると、セントレーシーを中心とした輪の中にはいなかったM14がやってきて、さっきまでマカロフがいたところに座ってくる。

 

「お前は歌わなくていいのか?」

「あたしは歌うよりも見るほうがいいんです。指揮官は歌わないですか? 教えますよ?」

「いや、遠慮しておく。それよりも見ろ。あいつらが歌い始めるぞ」

 

 M14から視線を外し、セントレーシーを中心に人形たちが。そこにはマカロフやM16がいた。

 少し離れたところにはUMP45をはじめとした404小隊の人形たちも口ずさんでいるのが見える。

 屋上に響き渡る合唱。その歌声と月明かりで輝く彼女たちの髪をながめる。

 

「指揮官は今年1年どういう年でした?」

「今年か? 今年は……」

 

 指揮官になって5か月。とても忙しいともいえず、ほどほどに忙しかった。思っていたよりも市民団体や他指揮官と接しての疲労が非常に多かったのをよく覚えている。あとは市長や警察とも。

 でもM14のおかげで助かったともいえる。それは俺の癒しの元となる、人形たちの髪をさわるきっかけを得たから。

 

 それにM14と親友みたいな関係は心落ち着く。もし人間だったら昔からの幼馴染と言えるぐらいの気安さと仲の良さだと思う。

 この黒髪ツインテールと笑顔が素敵な彼女は。

 

「お前たちと出逢えてよかったよ」

「なんですか、それぇ。褒めても戦果しか出ませんよ?」

 

 くすくすと笑い、本気に取ってくれないM14。

 あぁ、本当に出会えてよかった。でもこの気持ちは言葉では伝えきれないかもしれない。

 感謝だけでなく、戦術人形たちが人形らしくなくなかったから。

 これがもう少し面白みもなく、真面目なだけだったら俺の精神は疲れ、UMP45に迫られた時には体を許し、今頃は結婚式でもあげてしまってそうだ。

 人形たちはとても興味深いものだ。

 俺はベートーヴェンの歌を歌い終わり、クリスマスソングを歌い始めて自由に生きている人形たちを見てそんなことを想う。

 

「人形は誰のでもなく、人形自身の人形である」

「誰の言葉です?」

「昔、小説でこんな感じの言葉を見た覚えがあってな。ふと思い出したんだ。こんなにも楽しそうにして、命令以外で自主的に動いている人形たちを見ていると」

 

 みんなで歌っている人形を見ると、とても仲良さそうで俺は見ているだけで幸せな気分になる。

 家族みたいな仲の良さで、暖かい光景を見ると嬉しくなる。

 

「指揮官があなただからこそ、今があるんです」

「俺はいい指揮官だろうか?」

「はい。それはこのM14が保証します」

 

 俺へと優しい、まるで子供を褒めるかのようなやわらかい笑みで俺を見てくれる。

 こんな暖かい気持ちになれる今を、人形たちの穏やかで楽しんでいる光景を来年も見たい。

 ここにいる全員がひとりも欠けず、みんなでいれるようにと。

 そんなことを、風で穏やかに揺れる人形たちの髪を見て思った。




最終話。
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