プロローグ『ゼロから始まる異世界生活』
目が覚めたら、そこは異世界でした。
「ってシャレになんねぇぞマジで...」
そう言って、少年は辺りをキョロキョロと見回す。 竜のような異形が車を引き、周りを闊歩するのは派手な髪の毛の人間。 ましてや、猫耳や犬耳を持った人間のような何かでさえも、当たり前のようにそこに存在していた。
「意味が、わからない。 まず、何で俺はこんな所にいるんだ? 確か、フィアンマと殴り合った後、大天使とタイマン張って海に...」
まさか、死んでしまったのだろうか。 最後の記憶が海の中、ということはそれも十分にあり得る。 それにしても、今時既にテンプレと化したライトノベルあるあるの展開に自分が巻き込まれるなんて何とも複雑である。
「ふ、不幸だ...」
ツンツン頭の少年、『上条当麻』は、そう言って大きなため息を吐いたのだった。
流石の学園都市でも、ここまでのメルヘンさは再現できないだろう。
そんなことを思いながら、上条は周りを探索し始めた。 現在の彼の格好は長ズボンにパーカーを組み合わせたもので、ごくごく一般的なものであるはずなのだが...。
「なんだあの格好」
「見たことない服ね」
酷い言われようである。 こっちからすればアンタらの服がおかしいんだよと、思わず言い返したくなった上条だったが、更に不審者レベルが上がるのは嫌なので何とか踏みとどまる。
(これ、ステイルとか神裂とかだったら怪しまれなかったんじゃないか...)
奇抜な服装の知り合いを思い浮かべ、思わず苦笑を浮かべる。
と、その時、上条は視界の隅にあるものを捉えた。
「ジャージ...?」
西洋風の街並みの中で、その人物は圧倒的に浮いていた。 上下ジャージで手にコンビニ袋を下げるその姿は、誰から見ても上条のそれと同類だった。
「おい、アンタ! ちょっと待て!」
声をかけようとする上条だったが、目つきの悪いジャージの少年はこちらに気付いていないようで、何を思ったか路地裏に入っていった。
そして、その後、チンピラ風の三人組が彼の後をついていったことにも気付く様子はなく...。
「三人か...隙を突けばいけるか...?」
そう言いながら、上条も路地裏へと向かう。 彼から事情を聞くためにも何とかこのピンチを脱せねばならない。
そして、路地裏に到着した上条がそこで見たのは...。
「すいません。 俺が全面的に悪かったです」
少年がチンピラ三人組に向かって美しい土下座をしているという謎の光景だった。
「よくもやってくれやがったな...」
ナイフを持ったチンピラ三人組のうちの1人が青筋を浮かべて言った。
このままだと、少年がボコボコにされるのも時間の問題だろう。
だから、そうなる前に上条は少年の元へと近づいて、
「おいおい、こんな所で何やってんだよ〜。 ほら、さっさと行こうぜ」
「え?」
「あー、すいません、こいつ俺の連れなんですよ。 失礼させて貰いますね」
上条の突然の登場に、呆気に取られる少年とチンピラ三人組。 その隙をついて、少年を外へと連れ出そうとした上条だったが...。
「...おい待てや! テメェ何のつもりだ!」
「ヤバい正気に戻られた! 走るぞ!」
「状況が飲み込めねぇ!」
チンピラとの逃走劇が幕を開ける...その直前だった。
「そこまでよ、悪党」
凛とした声が、辺りに響いた。
「それ以上の狼藉は見過ごせないわ、そこまでよ」
声を発したのは、美しい少女だった。 透き通るような銀髪に、端正ながらも幼さの残る顔立ち。 上条も、思わずその姿に目を奪われた。
誰も何も言えないでいる中、その少女は更に続けて、
「私から盗んだものを早く返して」
「あぁ!? 何の話だよ!」
「とぼけないで。 私から徽章を盗んだのは貴方達でしょ?」
「知らねぇよ! さっきここを通った金髪のガキじゃねぇのか!」
チンピラ達の言い分を聞いて、少女は困った顔になった。 おそらく、あてが外れて焦っているのだろう。
「嘘ではないみたいね」
「そうやって言ってんじゃねぇか! 分かったらさっさとここから...」
「でも、だからと言って見逃せる状況でもないの」
少女がそう言った瞬間、氷でできた瓦礫ようなものが彼女の周りに浮かぶ。 普通の人間なら、当たればひとたまりもないような代物だ。
「魔法!?」
「関係ねぇ! 数の暴力に勝てると思うなよ!」
と、なおも退く気配のないチンピラ達だったが、
「僕のことも忘れて貰っちゃ困るな」
何処からともなく聞こえてきた第三者の声。 その声の主は、どうやら少女の左手にいるようで...。
「あんまり期待を込めて見られると、なんだね。照れちゃう」
そう言って顔を洗ったのは、直立する猫のような謎の存在だった。 それを見て、思わず怪訝な顔をしてしまう上条と少年だったが、どうやらチンピラ達はまた違った感情を抱いたらしい。
「クソッ! 精霊使いかよ!」
「覚えてやがれ!」
「この子に何かしたら末代まで祟るよ? その場合、君が末代なんだけど」
猫の恐ろしい言葉に顔を青くして、チンピラ共は逃げて行った。 捨て台詞を吐く辺り、何ともテンプレである。
とにかく、チンピラが去った今、ここに居るのは上条、ジャージの少年、そして銀髪の少女(+猫)のみとなった。 事情を聞こうと、上条は口を開こうとしたが...。
「動かないで」
その行動は、少女の凛とした声に阻まれた。
そのまま、少女はこちらをじっと見つめる。 上条達が先程のチンピラとは別だと分かっていても、決して信用しようとはしない冷徹な目だ。
見つめられたジャージの少年は顔を赤くして彼女の眼光から逃れるように目を逸らした。
「やましいことがあるから目をそらす。私の目に狂いはないみたいね」
「どうかな。今のは健全な男の子的反応であって、邪悪な感じはゼロだったけど」
「もう、黙ってて! ねぇ、貴方達。 私から徽章を盗んだ犯人に心当たりがあるでしょう?」
少女の言葉に、上条は慌てる。 どうやら、何か誤解をされているようだった。
「ちょ、ちょっと待った! さっきからその、徽章...って何のことだよ?
全く心当たりが無いのでせうが...」
「あ、あぁ、そうだ。 期待させて悪いけど、全然知らない」
「嘘っ!?」
さっきまでの凛々しい顔が崩れ、あたふたと慌てる少女。 こっちが素なのだろうか。
「ど、どうしよう。まさか本当にただの時間の無駄……?」
「逃げ足が早そうだったから、もう結構離されてるかもね」
少女がチラリとこちらを見る。
「あの子たちはどうするの?」
その言葉を聞いて、ジャージ姿の少年はようやく立ち上がり、
「助けてもらっただけで十分だ。 急いでるなら、早く行ったほうがいい」
「あ、まだ立たない方が...ってもう遅いか」
少女に向かってそう言うや否や、バタッと倒れてしまった。
「お、おい、大丈夫なのかよ、こいつ」
上条はジャージの少年の元へと駆け寄るが、少女はそれを無視して猫と何か言い争っていた。
「――で、どうするの?」
「関係ないでしょ。死ぬほどじゃないもの、放っておくわよ」
「ほんとに?」
「ホントに!!」
猫に反論していた少女は、それまでより一声大きい声で叫ぶ。
「絶対のぜったいに助けたりなんかしないんだからね!」
「テンプレみたいなツンデレ披露してるところ悪いんだけど、ちょっと手伝ってくんない?」
少女の言葉に呆れつつ、上条はジャージの少年を起こそうとする。 思ったより屈強な肉体をしており、上体を起こすだけでも一苦労だ。
少女達は、そんな上条に初めて気づいたかのように間抜けな顔を向けた。
「...てんぷれなつんでれって何かよくわからないけど、私は本当に....!?」
少女の言葉が途中で途切れる。 何事かと見れば、彼女の目は上条の右手へと向けられていた。
「あなた...その右手は...」
「ん、あぁ、こいつか。 やっぱりわかるのか?」
「マナが消滅してる...?」
「そのマナってのに心当たりはないけど、原因は俺の右手だ。 こいつは『
「そんなの...聞いたことないわ」
「...あぁ、まぁそりゃそうだろうな」
訝しげに右手を見る少女に、上条は肩をすくめる。 と、少女の掌に乗っていた猫が口を開いた。
「へぇ〜、興味深いね。 ちょっと触ってみてもいいかな?」
「別にいいけど、どうなるかは俺にもわからな...」
「えいや」
「ってノリが軽いな」
そんなことを言い合いながら戯れあっていた上条達だったが、ここで異変が起きた。
「パック!」
「あー、ちょっと甘く見てた。 君の右手、とんでもないね」
「いや、おいおい! 大丈夫かよ!」
上条が慌て始めた理由は一目同然、何と、猫の体が徐々に薄くなってきたのである。
「ごめん、僕はもう出てこれそうにないや。 リアに何かあれば、僕は盟約に従う。 いざとなったら、オドを絞ってでも僕を呼び出すんだよ」
そう言い残して、猫の体は完全に消えてしまった。
「もう! 何なの貴方!?」
「理不尽! そもそも、今のは俺のせいじゃないだろ!」
あたふたして上条を睨む少女に、思わず声を大きくして言い訳する。
「ってそうじゃなかった! この子を治療してあげないと...」
「あ、結局助けるのね」
「無償じゃないわ。 対価はちゃんと頂くわよ」
そう言って、ジャージの少年に手をかざす少女。 手を当てた部分が光り、傷が癒えていく。
「...凄いな」
「別に大したことじゃないわ。 貴方は? 怪我はないの?」
「俺は大丈夫だ。 それに回復してもらおうとしても、どうせこいつがダメにしちまうしな」
「ホントに全部打ち消しちゃうのね。 すごーく不思議」
と、そんな会話をしているうちにジャージの少年が目を覚ました。
「あー、えっと、状況が飲み込めねぇ」
「あ、気が付いた?」
少女に声をかけられ、目を白黒とさせる少年。 何とか状況を理解しようと体を起こすが...。
「まだ動かないで。頭も打ってるから、安心できないの」
「なんか悪いな、急いでるっぽいのに...」
「勘違いしないで。聞きたいことがあるから仕方なく残ったの。それがなかったらあなたのことなんて置き去りにしたわ。そう、してたの。だから勘違いしないこと」
「すげー見事なツンデレだな」
上条の突っ込みを無視して、彼女は続ける。
「それで、貴方は盗まれた私の徽章について何か知ってる?」
「あれ、なんかデジャヴ」
「質問に答えて」
厳しい顔をした少女に気圧され、少年はしどろもどろになりながらも、
「えーっと、それでしたらあの……心当たりとか、ないですね、はい」
すると、そんな少年に少女は満足そうな顔つきになった。
「そう。それじゃ仕方ないわ。でも、私は『あなたは何も知らない』という情報を得ることができたわけだから、ちゃんとケガを治した対価は貰っているわね」
「「は?」」
ドヤ顔をする少女に、上条は思わず瞠目する。 彼女の言い分は、詐欺師もびっくりのそれであった。
「それじゃあ、私は行くわね。 貴方達も気を付けなさいよ? 今度こそは、助けてあげないんだからね?」
言うだけ言って、颯爽と立ち去ろうとする少女。 そんな少女に上条は尚も声をかけようとしたが、その前にジャージの少年が行動を起こした。
「おい、待ってくれよ!」
「なに? 話ならもう終わったわ。貴方とはほんの一瞬だけ人生が交わっただけの赤の他人。いえそれ以下ね」
立ち塞がる少年を見て、少女は訝しげに口を開いた。 少年は、彼女の冷たい言葉にも臆さず、更に続ける。
「大切な物なんだろ? 俺にも手伝わせてくれよ」
「でも、貴方はさっき何も知らないって...」
「確かに、盗んだ奴の名前も素姓も性癖もわからねぇけど、少なくとも姿形ぐらいはわかる! 八重歯が目立つ金髪のプリティーガール! 身長は君より低くて胸も小さかったし、歳も二つ三つ下だと思うけどそんな感じでどうでござんしょ!?」
勢いよく言った少年だったが、その割には顔色が悪い。 見ているこちらが緊張しそうなその姿に見かねて、上条はフォローを出した。
「俺も手伝うよ。 三人寄れば何とやら、だろ?」
「お前...」
「...変な人たち」
上条達を見て、小首を傾げる少女。 突然の無償の協力に戸惑っているのだろうか。
「言っておくけど、こう見えて無一文なので、お礼はできません」
「あぁ、俺も無一文だからな! 全く問題ないぜ!」
「問題大ありだけど俺も無一文だから何も言えねぇ!」
上条の突っ込みを無視して、ジャージの少年はドン、と自分の胸を叩いた。
「そもそも、お礼なんていらない。 俺が君の手伝いをしたいんだ」
「治してあげた対価はもう貰ったわよ?」
「俺も俺のために君を手伝う。俺の目的はそう、だな。そう、善行を積むことだ!」
「ゼンコー?」
少女の疑問の声を受けて、少年は自信満々に続ける。
「そう、俺らの国での言い伝えでな。それを積むと死んだあとに天国に行ける。そこでは夢の自堕落ライフが待っているらしい。 そうだろ?」
「いや俺に振るなよ知らないよ」
「俺が言えることでもないけどもうちょっと空気読んでくれない!?」
一日一善とはよく言うが、上条の場合は一日一不幸だ。 どれだけ善行を積んだとしても神様は助けてくれないだろうなぁ、と上条は遠い目をした。
「と、とにかく! そのために俺は君を手伝う、いや、手伝わせて欲しいんだ!」
少年の言葉に、少女は数秒悩む素振りを見せると、観念したかのように口を開いた。
「――本当に、変な人たち」
「っ、じゃあ」
「もう一回言うけど、何のお礼もできないんだからね?」
「ノープロブレム! 俺は君の手伝いができればそれでいい」
「そっちの人も?」
「探し物を探せばいいだけだろ? そんなんでいちいちお礼貰ってたらキリねぇよ」
「貴方たち、お人好しなのね」
((お前が言うな))
心の中で同時に突っ込む2人だった。
「んで、君の落とし物を探す前に、ちょっと確認したいことがある。悪いけど、待っててくれるか?」
「? えぇ、別にいいけど」
少年は少女に了承を得ると、上条に向かって手招きをした。
「さてと、そろそろこっちもはっきりさせとかないとな」
「そのジャージ、やっぱそうか。 お前も、俺と同じって訳だ」
上条の言葉に少年は頷く。 その表情に若干の安堵が浮かんでいるのを見るに、明るく振る舞っているように見えて相応の不安を抱いていたのだろう。
「じゃあまずは自己紹介をば。 俺の名前は『ナツキ スバル』! 天下不滅の無一文だ!!」
ビシッと指を上に突きつけて叫ぶ少年___否、スバル。 その姿とめちゃくちゃな自己紹介に呆れつつ、上条も口を開く。
「俺は『上条 当麻』。 見ての通り、何処にでもいる普通の高校生だよ」
上条はそう言って、差し出されたスバルの手を取った。
上条君は一応第三次世界大戦直後の状態です。 1番転移させやすかったのがその時期だった()