「よかった、いてくれて。 ______今度は逃がさないから」
踏み込んできたのは、偽サテラ。 その姿を見て、フェルトが声もなく後ずさる。
「しつけーな、いい加減諦めろっつーのに」
「残念だけど諦められないものだから。 ...大人しくすれば、痛い思いはさせないわ」
(なんで...)
上条は思案する。 スバルから聞いた話によれば、偽サテラがここに到達するのはもっと後だった筈だ。 ここにきて、歯車が狂いだしたのか。
「はは」
スバルが複雑な笑みを浮かべる。
「俺がいなけりゃ、こんだけ早くたどり着けたんだな...」
なるほど、そういうことらしい。 1週目のことは詳しくは分からないが、偽サテラはスバルとの治療イベントがなくても、自力でここまで辿り着くというわけだ。
「まぁ気を落とすなよ、俺がいたらもっと時間かかってた気もするし。 いや、その場合エルザに殺されなかったとかあるかもな...」
スバルを励ましつつ、上条は再び偽サテラとフェルトに目をやる。 今にも激突しかねない、まさに一触即発だ。
「私からの要求は一つ。 徽章を返して。 あれは大切なものなの」
偽サテラの魔法だろうか、宙には氷柱が6本浮いている。
「ロム爺...」
「動けん。 厄介な相手を呼び込んでくれたもんじゃな、フェルト」
フェルトの静かな呼びかけに、ロム爺は首を横に振って答える。 手に棍棒を持つその姿も、今はどこか頼りなく感じる。
「ケンカやる前から負け認めるのかよ?」
「普通の魔法使いなら儂も引いたりはせんよ」
挑発的なフェルトをたしなめ、ロム爺はその灰色の瞳を細めて偽サテラを見やる。
「お嬢ちゃん、あんたエルフじゃろう」
上条とスバルは、その言葉を聞いて思わず顔を上げた。 その予想は半分間違っている。 2人は、既に1週目で偽サテラの素姓を聞いたことがあった。
ロム爺の問いに偽サテラはしばし瞑目、それから小さく吐息して、
「正しくは違う。 私がエルフなのは、半分だけだから」
痛みを告白するような口ぶりだった。 恐らく、偽名を使った本当の理由がそこにはあった。
スバルも眉をひそめるが、特に大きな反応を示したのは残りの2人。 その中でもフェルトの反応は顕著なもので、
「ハーフエルフ...それも銀髪!? まさか...!」
「他人の空似よ! ...私だって迷惑してるもの」
フェルトは恐らく、本当のサテラのことについて言及したのだろう。 ラインハルトも恐れる存在だ。 それに間違われることが、どれほど偽サテラにとって不本意なものなのかは今の反応を見れば伝わってくる。
だが、彼女の否定はフェルトの警戒を解くには至らない。 それどころか、フェルトは矛先を上条達に向けてきた。
「兄ちゃん達、さてはまんまとアタシをはめたな?」
「なに?」
「散々急かして邪魔すんのを妨げたのも作戦だろ? 完全にグルじゃねーか」
フェルトの発言を聞いて、上条はようやく合点がいく。 偽サテラがこの短期間で盗品蔵に辿り着けたのは、貧民街の面々の邪魔がなかったからだ。 上条達がフェルトを急かしたことで、足止めを頼む暇がなくなったのだ。
「どういうこと? あなたたち、仲間なんじゃないの?」
上条達とフェルトの仲違いを見て、偽サテラは困惑する。
「小芝居すんなよ。 さっさと徽章を取り返してアタシの間抜けさでも笑えばいーだろ」
乱暴に髪を掻いて舌打ちするフェルト。 険悪な空気もそろそろ限界だった。
それに、この流れは上条達にとっては好都合だ。 偽サテラに徽章は返されるし、その後にとっとと退散すればエルザに殺されることもない。
スバルもそう思ったのか、笑いながら2人をとりなそうとする。
「まぁまぁ、ややこしくなるしもういいじゃねぇか」
「その通り。 フェルトは徽章を返してやれよ。 ...それでハーフエルフのアンタはさっさとここから出てく。 もう盗られるなよ」
「なんで急に親身になってくれるの? すごーく釈然としない...」
「納得いかねーのはアタシもだ。 兄ちゃん達、マジでなんなんだよ...」
...説得は厳しそうだ。 なんか一歩間違えたら即座に氷の塊にされそうで怖い。 ...いや、偽サテラはそんなことしないか。
どうするべきか、首をひねっていたその時だった。
滑るように黒い影がそっと、銀髪の少女の背後へと忍び寄っていた。
「防げパック!!!」
本来ならば、そのまま少女の首が跳ね飛ばされるはずだった。
快音。 それは鋼が骨を断つ音ではなく、鋼がガラスを割るような響き。 わずかに身を屈める偽サテラの後頭部、そこに青白い魔法陣が展開されていた。
身を飛ばして振り返る偽サテラ。 彼女の流れる銀髪の隙間、灰色の体毛の小動物が立っている。 ピンクの鼻を得意げにふふんと鳴らし、小動物_______パックはちらりと上条を見て、
「なかなかどうして、紙一重のタイミングだったね。 助かったよ」
「助かったのはこっちだ。 あとうっかり俺の右手に触るなよ、消えちまうぞ」
「なるほどな、このぷりちーな小動物が当麻の消したパックってやつか!!」
「ボクはそう簡単には消えないよ...あぁ、なるほど。 その右手か」
納得したように頷くパック。 予想以上のパフォーマンスだ。
そして、まんまと奇襲を防がれた形になった襲撃者は、
「精霊、精霊ね。 ふふふ、素敵。 精霊は、まだお腹を割ってみたことないから」
凶刃を顔の前に持ち上げ、恍惚の表情をするのは見慣れた殺人鬼_______エルザだった。
唐突な来訪者に対して、誰もリアクションを起こせない。 ...1人を除いて。
「おい! どーいうことだよ!!」
叫び、前に踏み出して怒声を張り上げるのはフェルトだ。 フェルトはエルザに指を突きつけて、自分の持つ徽章を懐から取り出す。
「こいつを買い取るのがアンタの仕事だったはずだ! 話が違うじゃねーか!」
「持ち主まで持ってこられては商談なんてとてもとても。 だから予定を変更することにしたのよ」
エルザは殺意に濡れた瞳でフェルトを見つめる。
「この場にいる関係者は皆殺し。 徽章は後で回収することにするわ。 まぁなんにせよ、あなたは仕事をまっとうできなかった。 切り捨てられても仕方がない」
「_______ッ」
フェルトの表情が苦痛に歪む。 それは、恐怖とは別の感情に見えた。 エルザの言葉のどこがフェルトの琴線に触れたのかはわからない。 わからないが...。
「「ふざけんなよ!!!」」
上条とスバルを怒らせる理由には十分だった。
驚いたように上条達を見るエルザ。 フェルトやロム爺、偽サテラも例外ではない。 だけど、そんなことは知ったことではない。 今は言わなければ気が済まなかった。
「俺にはフェルトのことは分からない。 けどな、コイツだって必死で、盗みを働くくらい必死で生きてんだよ!! それを、あなたは仕事をまっとうできなかったので殺します、とかふざけるのも大概にしろよ! コイツの気持ち、考えたことあんのかよ!!!」
何を偉そうに、とは自分でも思う。 こんなことを言っても、エルザが攻撃を止めることはない。 それでも、言わなければならなかった。
そして、感情を吐き出したのは上条だけではない。
「こんな小さいガキいじめて楽しんでんじゃねぇよ!! 腸大好きのサディスティック女が! 予定狂ったからちゃぶ台ひっくり返して全部オジャンってガキかてめぇは! 命を大事にしろ! 腹切られるとどんだけ痛いかしってんのか、俺は知ってます!!」
「...何を言ってるの」
エルザが呆れたように上条達を見る。
「アンタが何もかもぶち壊して、みんなの笑顔を奪い去ろうとするなら、そんな幻想こそ俺がぶち壊してやる!!!」
「自分の中の思わぬ正義感と義侠心に任せてこの世の理不尽を弾劾中だよ! 俺にとっての理不尽はつまりお前でこの状況でチャンネルはそのままでどうぞ! はい時間稼ぎ終了やっちまえパック!!!」
「後世に残したい見事さだね。 ______ご期待に応えようか」
飄々とした声を聞きつけ、エルザがはっと顔を上げる。
立ち尽くすエルザの周囲、全方位を囲むのは先端を尖らせた氷柱、それが二十本以上。
「まだ自己紹介もしてなかったね、お嬢さん。 ボクの名前はパック。
...名前だけでも、覚えて逝ってね」
直後、全方位からの氷柱による砲撃がエルザの全身に叩きつけられていた。
「やったか!?」
「バカ、当麻! その台詞はダメだろ!」
クリーンヒットを見て、思わずタブーを口にしてしまう上条。 当たった氷柱は実に二十本。 命中すれば致命傷は免れないはずなのだが...。
「_______備えはしておくものね」
白煙を切り裂くようにして、黒髪を靡かせながらエルザが飛び出していた。 羽織っていた黒の外套を脱ぎ捨てている。
「まさか、コート自体が重くて、脱ぐことで身軽になる感じ!?」
「それも面白いわね。 でも、事実はもっと単純。 私の外套は一度だけ、魔を払うことができるのよ。 命拾いしてしまったわね」
スバルの空気の読めない発言に丁寧に応じて、低い姿勢からエルザが刃を正面へ突き出す。
刃の先に立つのは大技を放ったばかりの偽サテラだ。
「精霊術の使い手を舐めないこと。 敵に回すと、怖いんだから」
胸の前で手を合わせる偽サテラ。 その正面に多重展開された氷の盾が、エルザの刃を易々と食い止めていた。
上条はホッとしてスバルへと向き直る。
「どうする?」
「どうするも何も、俺たちは見てるしかないだろ。 足手まといだ。 ...っておい爺さん、何するつもりだ」
「機を見て助太刀をしようと思っての」
「やめとけ! 右腕切断されるぞ!」
「不吉なことを言うでないわ!!!」
「アタシもやめといた方がいいと思うぜロム爺。 なんか嫌な予感がすんだよ」
スバルとフェルトがロム爺をいさめる。 上条も同感、とばかりに首を縦に振った。
「タイマンならともかく、今の状況だと俺が偽サテラの邪魔をしかねない。 ま、それでも危なくなったら無理にでも出て行くけど」
「パックを消した前科があるもんな」
話している間にも戦況は目まぐるしい変化を見せる。
発射された氷柱はすでに百に近いはずだが、最初の先制攻撃を除いてはエルザの身に直接届いたものは一つとしてない。
「このまま物量で押してけばいけるか...?」
「精霊がいつまで顕現できるかが勝負じゃ。 精霊抜きだと一気に形成が傾くぞ」
「時間制限なんてあんのか!?」
それは不味い。 2体1でようやく押しているというのに...。
上条が焦燥に身を焦がしていると、ふいにエルザの動きが止まった。 そんなエルザに対し、パックはその黒い目で器用にウィンクする。
「そろそろ幕引きといこうか。 同じ演目も見飽きたでしょ?」
「足が____」
エルザの足下、その右足が凍結した床に縫い付けられていた。
砕かれた氷塊がわずかに降り積もり、彼女の足を絡め取る楔の役割を果たしている。
「無目的にばらまいてたわけじゃ、にゃいんだよ?」
「...してやられたってことかしら?」
「年季の違いだと思って、素直に賞賛してくれていいとも。オヤスミ」
パックが得意げに胸を張った次の瞬間だった。
極光が、盗品蔵を貫いた。 膨大な魔力が偽サテラからエルザに向かって放たれる。 それはもはや氷の形すらしていなかった。 ただのエネルギーの塊だ。
周りのものが凍りついていく。 この砲撃が直撃すれば、あのエルザでさえ氷像と化すであろうことは間違いなかった。
そう、直撃すれば______。
「嘘、だろ...」
「嘘じゃないわよ。 ああ、素敵。 死んじゃうかと思ったわ」
「女の子なんだから、そういうのは感心しないなぁ」
エルザの足を縫い付けていた氷床から湯気が立つ。
エルザは、咄嗟に右足の表面を切り落としてあの極光から逃げおおせたのだ。 いくらなんでも、正気の沙汰じゃない。
「早まって切り落とすところだったのだけれど、危ういところだったわ」
「それだけでも相当、痛いだろうに」
「ええ、そうね。 痛いわ。 素敵。 生きてるって感じがするもの」
エルザは何の躊躇いもなく皮の剥がれた右足を氷床へと押し付ける。 乱暴な止血と共に、完成したのは氷の靴だった。
「パック、いける?」
「ごめん、スゴイ眠い。ちょっと舐めてかかってた。マナ切れで消えちゃう」
まだ立ち上がってくるエルザを見て、偽サテラはパックに心配の声をかける。
その銀髪の横、肩の上の小猫の姿が淡くぼんやりと輝き、今にも消えそうなほど儚げにうつろっている。時間切れ、ということだ。
「あとはこっちでどうにかするから、今は休んで。 ありがとね」
「君になにかあれば、ボクは盟約に従う。...いざとなったら、オドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ」
最後に偽サテラに声をかけると、パックは完全に霧散してしまった。
「ああ、いなくなってしまうの。 それはひどく、残念なことだわ」
エルザが肩を落とす。 自分を殺しかけた相手にそんな感情を抱けるのは、まさに強者と言ったところか。
何にせよ、これでタイマンに持ち込まれた。
「そろそろ、黙って見てるわけにもいかなくなってきたわい」
戦況の変化を見て、ロム爺が声を上げた。
「加勢なしの勝算はもうわからん。 なら黙って見とるのも機を逃すだけじゃ。...わかっとるじゃろ、フェルト」
「わかってるっつーの。 逃げるにせよ、そろそろ動かねーといけねーってな」
そう言ってロム爺の隣に並ぶフェルト。 彼女は、ふと上条達の方に向き直った。
「さっきは...なんだ、ちょっと、救われた」
「あ?」
「ちょっとだけだけどな。 っつか、ガキとか言うんじゃねーよ。 アタシはこれでも十五だ。 兄ちゃん達とほとんど変わんねーだろ」
「...俺は今年で十八だ。 車に乗れれば結婚もできる」
「見えねー! 顔がガキすぎ。 もうちょっと人生刻んどけよ、面に」
「十五ってことは中学生か。 なんだかそう見ると可愛げがあるような気も...」
「...こっちの兄ちゃんは、確かに年上みたいだな」
「なんで!? 当麻どんだけ修羅場潜ってんの!?」
軽口を叩き合いながら、戦況を見守る。 気のせいか、僅かにだが偽サテラが押され始めているような...。
「よし、行くか」
意を決する。 これ以上傍観しているわけにもいかなかった。
「待て、儂も行く」
上条の決意の言葉に、ロム爺も同意した。 彼は棍棒を握りしめて、エルザの隙を窺っている。
そして、ついにスバルも、震える膝を手で叩いて立ち上がった。
「...力になれるかはわかんねぇけど、俺も頑張るよ」
スバルは更にフェルトに向かってこんなことを言った。
「あとフェルト、お前は逃げろ」
「は!?」
唐突なスバルの提案に、フェルトは怒りの声をあげる。
「こん中だと最年少だろ? お前が生きる確率が一番高いとこを選ぶのが当たり前だ。当たり前なんだよ」
「ふざけんなよ! さっきまでぶるってた癖に________」
激昂するフェルトだったが、その言葉が最後まで続くことはなかった。
原因は、耳をつんざくような破壊音。 まるで家が倒壊したかのような轟音に、思わず上条達はその方向に顔を向ける。
立ち込める砂埃。 それは、偽サテラが起こしたものでも、エルザが起こしたものでもなく...。
「誰...?」
偽サテラが呟く。 その後ろ辺りの壁に、大きな穴が開いていた。 誰かが意図的にそこを吹き飛ばしたかのような大きな穴だ。 恐らく先程の轟音は、何者かが盗品蔵に穴を開けて入ってきた音だったのだろう。
舞っていた砂埃が晴れていく。 その中から姿を現したのは_____。
「...ようやく見つけたぜ」
透き通るような白髪に、殺意を帯びた赤い瞳。 上条は、その姿に見覚えがあった。
「あ、
怒涛の1日目が、クライマックスを迎えようとしていた。
ということでアクセラレータさん合流です。 思ったんだけど一方さんと上条さんのコンビって隙がないよね。