「どォなってやがンだ...」
上条の、何故か元通りになっている右腕を見て、
前から異様な右手だとは思っていたが、ここまでくるともはや笑えてくる。 切られても生えてくるなんて、サイボーグもびっくりだろう。
「よくわからんけど、右腕が戻ったってのはいいことなんじゃねぇか?」
スバルが困惑気味に呟く。 確かに『切られた手がまた生えてきた』という事実に目を瞑れば、上条の容態は概ね大丈夫そうだ。 懸念すべきは血が大量に失われた、ということくらいか。
(ラインハルトの攻撃を受けたってのに外傷は殆ど目立たねェ。 それが右手の効力のせいなのか、ヤツが手加減したせいなのかは分からねェが...)
いずれにせよ一方通行には関係のない話だ。
気を取り直して、一方通行は改めてスバルへと顔を向ける。
「本題に入らせてもらうぜ」
「そ、そういやそんな話だったな。 あーでもちょっとだけ待って」
一方通行に声をかけられたスバルは一瞬びくっとして、申し訳なさそうに手を合わせた。 そのまま、偽サテラへと目をやる。
「そんな気に病むことねぇって。 君は何も悪くないんだから」
「でも...私を庇ったせいで、この人は...」
「当麻も多分、同じことを言うと思うぜ」
まだ知り合ってそんなに経たないけどよ、とスバルは呟く。
「まァ、コイツはヒーローと呼ばれる類の人間だ。 目につく人間を片っ端から救い出す。 いちいち気にする必要もねェだろ」
一方通行は誰に向けたものでもない言葉を吐き捨てた。 彼は彼で、上条について何か思うところがあるのだろう。
「で、当麻にはちょっと悪いけど」
スバルはそう前置きして、
「俺の名前はナツキ・スバル! 色々と言いたいことも聞きたいことも山ほどあるのはわかっちゃいるが、それらはとりあえずうっちゃってまず聞こう!」
「な、なによ...」
唐突にテンション高く自己紹介をし始めたスバルに、偽サテラは動揺する。 それを気にせず、スバルは話を進めていく。
「もうちょい良いところを見せられれば良かったんだけど、大体当麻に持ってかれたからなぁ」
「...貴方にも感謝はしてるわよ」
「そう! 一応俺ってば当麻の暴走から君を守り抜いた命の恩人! ここまでおーけー?」
スバルの怒涛の物言いに気圧される偽サテラ。 彼女は促されるままにおーけー、と呟いた。
そんな彼女の態度にスバルはうんうんと頷き、畳みかけるように続ける。
「俺命の恩人、レスキューお前。 ということは相応の礼があってもいいんじゃないかな!」
「わかってるわよ。...私にできることならって条件付きだけど」
「なら俺の願いはただ一つ」
指を一本だけ立てて突きつけ、くどいくらいにそれを強調。 そのあとに指をわきわきと動かすアクションを付け加えて少女の不安を誘い、喉を鳴らして悲愴な顔で頷く彼女にスバルは好色な笑みを向ける。
「そう、俺の願いは___」
「うん」
歯を光らせて、指を鳴らして、親指を立てて決め顔を作り、
「君の名前を教えてほしい」
呆気にとられたような顔で、少女の紫紺の瞳が見開かれた。 だが、それも一瞬。
「ふふっ」
口元に手を当てて、白い頬を紅潮させ、銀髪を揺らしながら少女が笑っている。
それは諦めた笑みでもなく、儚げな微笑でもなく、覚悟を決めた悲愴なものでもない。ただ純粋に、楽しいから笑った。それだけの微笑みだ。
「____エミリア」
「え____」
「私の名前はエミリア。 ただのエミリアよ。 ありがとう、スバル」
私を助けてくれてありがとう、と彼女は手を差し出した。
2回の死を乗り越えて、上条と協力して四苦八苦しながら手に入れたのが、この少女の笑顔一つ。 あぁ、なんと_______。
「ああ、まったく、わりに合わねぇ」
言いながらスバルもまた笑い、固く少女______エミリアの手を握り返したのだった。
「それにしても、当麻の奴、全然目を覚まさないな...」
「そりゃそォだろ。 あンだけ血を失ってすぐ目を覚ます方がバケモンだ」
とは言え、上条なら何事もなかったかのように起き上がってきても不思議ではないな、と一方通行はため息を吐く。
「その子、トウマって言うのね。 彼にもお礼をしないと」
エミリアは未だに申し訳なさそうだ。 そしてその顔のまま一方通行の方へと向き直る。
「それと、貴方にもね」
「...勘違いすンじゃねェよ。 俺は俺のために行動してるだけだ」
「でも結果的に助けられたもの。 貴方が来てくれなかったらどうなってたか...」
譲らないエミリアに、一方通行は面倒臭そうに舌打ちする。
「エミリアたん、あんま気にすんなよ。 アクセラレータ...って言ったか? コイツはあれだよ、ツンデレってやつだ」
「殺されてェよォだな」
「たん...?」
軽口を叩くスバルを睨む一方通行。 本当に殺されそうな雰囲気で、スバルは手を上げて降参した。
一方で、スバルからの謎の呼称に首を傾げていたエミリアは、殺伐とした場の雰囲気を察すると、
「こら、喧嘩しないの! それより、あくせられーた?は、スバルに用があったんじゃないの?」
エミリアが、指を立てて2人を諌める。 慣れない単語に舌足らずな様子だ。
その言葉を聞いて、スバルも思い出したかのように一方通行に向き直った。
「そうだ、お前は俺に用があるんだったよな...。 い、痛くしないでね」
「しねェよ」
恐る恐る口を開くスバルに、一方通行が呆れたような口ぶりで答える。 そしてそのままエミリアに顔を向けて、
「悪ィが、席外してくれ」
「わかったわ」
「ま、待った。 なんでエミリアたんを退場させるんだ? カツアゲ? 悪いけど俺は天下不滅の一文なしだぜ」
スバルの『待った』も虚しく、エミリアは場を離れていってしまった。
向こうの方ではラインハルトとフェルトが話をしているのが見える。 そして上条は気を失っているので、誰もスバルにフォローを出す者はいないというわけだ。
「本題に入らせてもらうぜ」
「...」
一方通行の語気が心なしか強くなる。 それを察したのか、スバルのおどけた態度も幾分か影をひそめた。
「見て分かると思うが、俺はこの世界の住人じゃねェ。 そこで伸びてるツンツン頭も同様だ」
「それはまぁ、なんとなく分かるよ。 それと当麻の話を聞く限り、俺が元いた世界とお前らが元いた世界も違うみたいだ」
わけわかんねぇよな、とスバルは肩をすくめる。 同時に、一方通行もスバルの発言に眉を顰めた。
「チッ...ってことはオマエは学園都市の能力者でも、ふざけたオカルトの使い手でもない。 本当にただの、一般人ってことか?」
「能力者ね...。 話を聞いた感じ、アクセラレータも能力者なんだよな?」
「まァな」
返す言葉は少ない。 というか、もし一方通行がスバルに能力のことを説明しても理解できるかは怪しいところだ。
あれだけ強力な能力を持っていたら異世界転生も楽だったのかな、とスバルは一瞬だけ微かな羨望を抱いた。
そんなスバルの胸中を知ってか知らずか、一方通行は淡々と話を進めていく。
「...このふざけた世界にやってきた少し後、俺はある違和感を覚えた」
「まさか_____」
「なんのタイムラグもなく、気づいた時には沈みかけてた陽が真上にあったンだよ。 ...まるで、時間が巻き戻ったたよォにな」
一方通行はそこで言葉を切り、スバルの顔をじっと見つめる。 その赤い瞳は、偽りを許さない、と言わんばかりに鋭く光っていて____。
「...死に戻りだ」
スバルは、恐る恐るその単語を口に出す。
「何故かは分からないけど、俺が死ぬ度に時間が巻き戻るんだ。 これまでに、2回死んだ」
死の瞬間は未だに思い出したくもない。 鋭い痛みを錯覚し、スバルは顔をしかめて腹を押さえた。
「馬鹿みてェな話だが...」
一方通行はそう前置きして、
「実際、時間は巻き戻ってンだ。 信じるしかねェな」
「やけにあっさり納得するな。 自分で言うのもなんだけど、こんなこと言い出したら頭おかしい奴だと思われても不思議じゃないぜ」
「そもそも、俺はタイムリープ系の能力者かオカルトの使い手がこの世界にいるんじゃねェかとは思ってたンだ。 まァ、オマエはそのどちらでもないみてェだが」
「異世界転生の特権だな! もっとわかりやすいチート能力がよかったけど!」
やけくそ気味に叫ぶスバルを横目に、一方通行は頭痛を覚えたかのようにこめかみを押さえる。
「確かに大層な能力だが、持ち主がアホだと報われねェな」
「流れるようなディス!! さっきから思ってたけど、ちょっと辛辣すぎませんか______」
と、スバルの異議の言葉はそこで遮られた。
「ついてきてもらいたい。すまないが、拒否権は与えられない」
場の空気を切り裂くような、相手の意思を無視した言葉。
声の方へと顔を向けると、ラインハルトがフェルトの腕を掴んでいた。
側にいるエミリアは困惑の表情を浮かべていて、ロム爺に至っては棍棒を持って今にもラインハルトに襲い掛かろうとしている。
が、次の瞬間には、フェルトもロム爺も意識を刈り取られていた。
ラインハルトの手慣れた動作にエミリアは眉をひそめ、
「また騎士様らしくないやり方...。 あんまり手酷くやると、ゲートに後遺症が残るわよ」
「幸い、生まれてからの付き合いなので加減は心得ております。 ...エミリア様、また近いうちに呼び出しがあるかと思われます。ご理解を」
意識のない少女の手から徽章を優しく奪い、エミリアに対して差し出す。
竜を象った徽章はまさしく、『親竜王国ルグニカ』の象徴そのものだ。 ラインハルトの手の中で、うっすら鈍い光を放っている赤い宝珠。 それがエミリアの手に渡ると同時に、持ち主の下へ戻ったのを喜ぶかのように眩く輝く。
「ご老体を頼みます」
「もう! ほんとに勝手なんだから!」
「どういうことだよラインハルト! 徽章を盗んだ罰なら____」
「それについては心配ないよ、スバル。 懸念しているのは、別の、もっと重要なことについてだ」
スバルの抗議を、有無を言わせずラインハルトが遮る。
言葉に嘘がないのははっきりと伝わってきて、スバルはそれ以上何も言えなくなってしまった。
「トウマのことを、どうかよろしくお願いします」
徽章を受け取り、無言で自分を見つめてくるエミリアにラインハルトは一礼。
「アクセラレータとスバルも、エミリア様を守ってくれてありがとう。 はは、騎士としては不甲斐ない言葉だね」
強い風が吹き、ラインハルトの赤い前髪が踊る。
その隙間から空を見上げ、すでに夕闇に沈んだ王都の上空_____月が浮かんでいる。 うっすらと青白く輝く満月、その美しさはどこか妖しげな魅力をはらんでおり、
「落ち着いて月を見れるのは、今日が最後かもしれないな_____」
ラインハルトの囁きは、彼らを見下ろす月だけにしか届かなかった。
ラインハルトと一方通行の関係については、また別の機会に。