「本当に不思議だぁね、君たちは。ルグニカ王国のロズワール・L・メイザースの邸宅まできていて、事情を知らないってぇいうんだから。よく、王国の入国審査を通ってこれたもんだね?」
「まぁ密入国みたいなもんだしな」
「不法入国、これで何回目だ?」
「普通は一回もないから! 当麻がおかしいだけだから!!」
そんな気の抜けたスバルと上条の答えにエミリアが驚き、それから幼子を叱るような義憤を浮かべて睨んでくる。
「呆れた。あっさりとそんなこと喋っちゃって、私たちがそれを管理局に報告したらどうなると思うの? いきなり牢屋に押し込められて、ぎったんぎったんにされるんだから」
「ぎったんぎったんて、きょうび聞かねぇな」
「きょうび聞かないって、きょうび聞かねぇな」
「茶化さないの。ねえ、スバル、トウマ。それにアクセラレータも。ホントに大丈夫? スバルたちの周りってみんなそうなの? それともスバルたちだけ特別物知らずなの?」
『
一方通行はため息をついて、
「悪ィが、説明してもらうぞ」
「それはいいんだけど...本当に大丈夫なの?」
「まぁ、こっちとしても世間知らずのままはごめんだな」
上条の言葉を受け、エミリアはようやく追求を止めた。それでも彼女の顔には心配の色が残っている。相変わらず極度のお人好し具合だ。
「それじゃ、話を戻すけど、スバルたちは今この国___ルグニカ王国がどんな状況にあるのか知ってる?」
「「まったくもってこれっぽちもわかりません」」
即答。何なら『ルグニカ王国』すら初耳である。
「ほんとに心配になってきたわね...」
呆れたようにため息をつくエミリア。彼女は続けて、
「えっと、今のルグニカは戒厳令が敷かれた状態なの。特に他国との出入国に関しては厳密な状態よ」
「戒厳令……穏やかじゃない響きだな」
「あはぁ、穏当とはいえないねぇ。___なにせ、今のルグニカ王国には『王が不在』なもんだからねぇ」
結論を引き継いだロズワール。その言葉を吟味し、意味を理解して上条は静かに息を呑んだ。
ちらりとエミリアと双子、それからベアトリスとパックの様子をうかがう。そこに動揺の兆しはなく、周知の事実なのだろう。その上で、部外者に等しい自分にその内容が知らされた事実に警戒心が先立つが、
「既に、世の中では周知の事実ってワケだ」
「その通り。だぁからこそ不思議なんだよねぇ。君たちがそれを知らないことが」
王の不在____。それはかなり切迫した状況のように思えた。日本で言うなら総理大臣がいないようなものだろう。王の不在、それはすなわち国の混乱を意味する。
「子孫は? 普通は跡継ぎがいるだろうよ」
スバルの当然の疑問にロズワールは答える。
「通例ならその通りになるよね。だぁけど、事の起こりは半年前までさかのぼっちゃう。王が御隠れになった同時期に、城内で蔓延した流行病の話にねぇ」
特定の血族に発症する伝染病、と発表されたとロズワールは語る。それにより、王城で暮らしていた王とその子孫は根絶やしにされたのだと。
「なるほどな。でも、国に王様は必要不可欠だろ? どうするんだ?」
「もう血筋以外から選ぶしかないよな」
「あァ、国民の誰もが納得するような形でな」
「何にも知らないのにみんな頭は回るのね...」
エミリアは素直に感心しているようだ。スバルはその称賛に少し照れつつ、照れ隠しかのように早口で捲し立てた。
「なるほど、段々とわかってきたぜ。つまり、王国は王不在な上に王選出のどたばたで混乱中。他国との関係も縮小中のプチ鎖国状態。だってのに現れる謎の異国人三人組______俺たち超怪しいな!!」
「さぁらに付け加えちゃうと、エミリア様に接触してメイザース家とも関わり合いを持ったわけだしねぇ。気が早ければそれだけで...」
ロズワールが目を瞑り、首に手刀を当ててギロチンアピール。その仕草に冷や汗を浮かべる上条とスバルだったが、一方通行はまるで気にせずに口を開く。
「オマエらは王選関係者。それも、エミリアに様をつけて呼ぶあたり間接的に関わってるワケじゃねェな」
一方通行の言葉を受け、机の上で手を組んだロズワールは意地悪げに微笑んだ。
「まさか...」
上条とスバルもようやく話の流れを理解する。つまり、だ。
「別に騙そうとか、そういうこと考えてたわけじゃないからね...。今の私の肩書きは、ルグニカ王国第四十二代目の『王候補』のひとり。そこのロズワール辺境伯の後ろ盾で、ね」
エミリアが観念したかのように口を開いた。
「マジか...」
スバルが放心したかのように呟く。上条も気持ち的には同じだった。少なくとも貴族とは思っていたが、まさか王候補の一人とは...。何ともビッグスケールな話だ。
「いや、でもイギリスの女王様と写真撮ったことあるし意外と怖気付かなくてもいいんじゃ...?」
「今なんて?」
「スバルも携帯の充電があるうちにエミリアとツーショット撮っとけよ」
「だから何でだよ!!」
スバルがヤケクソ気味に叫んでテーブルに突っ伏す。表情は見えないが、今の話を聞いて彼なりに思うところがあったに違いない。
一方で、呆れたような表情を浮かべて頬杖をついている人物が一人。
「オマエが、王候補ねェ...」
「む...。なによ、アクセラレータ。文句でもあるの?」
「徽章一つ無くすヤツに王が務まるか?」
「うぐ...」
一方通行の鋭い指摘にエミリアが言葉を詰まらせる。非常に痛いところを突かれてしまったようだ。
「うっかりミスは誰にだってあるぞ、アクセラレータ。お前にだってきっとあるだろ...。...あるよな?」
「...想像に任せるぜ」
スバルのフォローを適当に流す一方通行。とはいえ、一方通行の指摘は無視できない。うっかりミスはうっかりミスでも王のそれは一般人のそれよりも遥かに問題だ。
「その徽章は君たちの処遇とも関係があるものだよ。____エミリア様」
「うん、わかってるわ」
呼びかけにエミリアが小さく応じて、その懐に手を入れる。彼女が取り出したものは、件の徽章だった。
それを巡ってさまざまな混乱が起こったのは言うまでもない。上条は自然と異世界転生初日のことを思い出していた。
「竜はルグニカの紋章を示しているんだ。『親竜王国ルグニカ』なぁんて大仰に呼ばれていてねぇ。城壁や武具なんかも含めて、あちこちに使われているシンボルなんだよ。とりわけ、その徽章はとびきり大事だ。なぁにせ」
一息置いたロズワール。その先を促す上条たちの視線に彼は頷き、それから目線でエミリアに続きを催促する。彼女は瞑目し、それから、
「王選参加者の資格。____ルグニカ王国の玉座に座るのにふさわしい人物かどうか、それを確かめる試金石なの」
その言葉を聞いた上条は思わず目を剥いた。要約すると、それはすなわち_____。
「この子、王選の参加資格無くしてたってことか!?」
「うっかりミスの範疇じゃねぇ!! 徽章なくすのはもう尋常じゃないくらいヤバいミスだ!!」
「なくしたなんて人聞き悪い! 手癖の悪い子に盗られたの!」
「「一緒だよ!!」」
大声で叫び、食卓を叩きながら上条とスバルは立ち上がる。危うく食器がテーブルから落ちかけるが、そこは控えていたレムが見事にフォロー。
一方、やんややんやと騒ぎ立てる上条たちに一方通行は耳を塞ぎつつ、
「それで、処遇はどうなンだ? その徽章を俺たちは結果的に取り返したワケだが...」
その言葉に沈黙が生じる。
「...そうよ。スバルたちは私にとって、もうすごい恩人。命を救ってもらっただけじゃ済まないくらい。だから、なんでも言って」
エミリアは胸に手を当てて、真剣な顔つきで見つめ返した。
「私にできることなら、なんでもする。ううん、なんでもさせて。あなたたちが私に繋いでくれたのは、それぐらい意味のあることなんだから」
そんなエミリアの言葉を受け、上条たちは三者三様の反応を見せる。
困惑、安堵、そして長考...。
そんな中、一方通行はロズワールにちらりと視線を向けた。
「で、オマエは? まァ大体予想はついてるが...」
その質問に対して、意外にもロズワールは素直に答える。
「さっきちょっと口を滑らせたんだけどね...。私はエミリア様を女王候補として支援する立場。後ろ盾...まぁ体のいいパトロンってぇことだよ」
「へェ。素直じゃねェか」
「君たちを敵に回すのは悪手だと判断したまでだよ」
そう言いつつも、ロズワールが不適な笑みをこぼすことはない。その言葉が果たして本心なのかも怪しいところである。
「にしても、パトロンか...」
正直上条には細かい仕組みは何もわからないが、それが重要な存在だということだけはわかる。その重要な役割を、果たしてこの胡散臭い男に預けて大丈夫なのだろうか?
上条の訝しげな表情に気付いたのか、エミリアは肩を落として、
「仕方なかったの。王都で頼れる人なんて私にはいないし、そもそも私に協力してくれるなんて物好きはロズワールぐらいしか...」
「なーる、消去法ね」
「金は持ってそうだしな」
「本人を目の前にしていぃ〜度胸じゃないか、三人とも」
軽口を叩き合いつつ、上条は先ほどの話を噛み砕く。
エミリアは王選候補者。ロズワールがそのパトロン。そしてエミリアが無くした徽章は王選の参加資格みたいなもので、それを取り返した上条たちは命の恩人....ということになるのか。
つまり、話の流れとしてこれからエミリアにその対価を要求することになるわけだが...。正直言えば少し気が引ける。
「ちょっとタンマ」
ここでスバルがストップをかけた。
「そういえば、エミリアたんは一人で街に出てたのか? 王選候補者なのに? しかも街に出るのは初めてっぽかったけど」
「実質、初めてのことだろうねぇ。ラムが付いていたはぁずなんだけど」
苦笑して襟をいじり、桃髪に話題を向けるロズワール。スバルが背後のメイドを胡乱げな目で見ると、桃髪は髪の分け目をひっくり返して青髪に扮した体で平然としている。髪の色が違うから丸わかりなのだが。
「ほォ、つまり、この女にも責任はあるってワケだ。そしてその責任はそのままロズワール、オマエに繋がるンじゃねェのか」
一方通行が愉快そうに呟く。ロズワールはそれに首をひねるアクションで応じた。彼は、一理あるねと前置きして、
「確かにラムの監督不行き届きは私の責任でもあるかもねぇ。でぇも、それはそれとして君はなにを言いたいのかなぁ?」
「簡単な話だよ。エミリアたんが帰巣本能忘れてふらふらしてたのに、付き人がそれをサーチできなかったのは痛恨の極み! んでもって、つまるとこ俺はそこにつけ込んだ悪党キャラ。となれば絞れるところから絞れるだけ絞るのが正しい悪徳ってもんじゃねぇの」
一方通行の言葉の続きをスバルが引き継ぐ。
詰まるところ、エミリアではなくロズワールの方に対価を要求する、という話だろう。正直、上条はスバルが何を要求するのか薄々気付いていた。自分を悪く見せるのはスバルの癖なのだろうか。
しかしながら、スバルの言葉を額面通りに受け取ったメンバーは表情を一変させる。
エミリアが顔を強張らせ、双子が申し訳なさと敵意が同居した瞳でスバルを睨み、ベアトリスは我関せずの顔のままグラスを傾け、パックは卵料理の前で滑ったのか黄身に頭から突っ込んで大惨事。そしてロズワールが納得、とでも言いたげな微笑のまま何度も頷く。
「なぁるほど。確かに私財としては素寒貧に等しいエミリア様より、パトロンである私の方が褒美を求めるには適した相手だろうねぇ」
「だろ? そしてあんたはそれを断れないはずさ。な・に・せ! 俺たちってばエミリアたんの命の恩人な上に、王選ドロップアウトを防いだ功労者! つまるところ王選でのエミリアたん陣営にとって救世主的ななにかだ!」
「認めよう、事実だからねぇ。で、その上で問いかけよう。君たちは私になぁにを望むのかな? 現状、私はそれを断れない。君たちがどんな金銀財宝を望んでも。あるいはもっと別の、酒池肉林的な展開を望んだとしてもだ。徽章の紛失、その事実を隠ぺいするためなら何でもしよう」
「男に二言はねぇな?」
ロズワールが頷くのを確認して、今までの大仰な振りは何処へやら、スバルはあっさりきっぱりと答えた。
「じゃ、俺を屋敷で雇ってくれ」
「やっぱりな...」
「オイ。俺はそこまで下手に出ろとは言ってねェだろ」
予想通りのスバルの要求にため息をつく上条と、苛ついたようにスバルを睨む一方通行。そんな2人の反応を受け、スバルは心外そうに大声を出した。
「なんだよ、働かざる者食うべからずだろ! あとカッコつけは癖だから文句言うんじゃねぇぞ!」
一方で、唖然とした顔をするのは背後の女性陣だ。双子はその表情の変化の少ない面差しに困惑を浮かべ、ベアトリスはこれまた本気で嫌そうに顔をしかめる。
中でもエミリアは、
「わ、私が言うことじゃないけど、ちょっとそれは欲がなさすぎるんじゃ...」
「そォだな。俺は食客扱いで頼むぜ」
「あ、その手があったのか!?」
「男に二言はねェんだろ?」
「恨むぞつい数秒前の俺!!」
「俺は雇われる方を要求するか。『働かざる者食うべからず』ってのは身に染みてる」
周りなぞお構いなしに話が進んでいく。エミリアは途中から絶句していた。
「要求は了承したよ。...でも、エミリア様の言う通りだぁね。欲のない話だと私も思うよぉ? アクセラレータ君のように食客扱いを望んでいたとしても、それでもまだ全然見合ってないねぇ」
道化服の袂に手を入れながら、ロズワールはその柔和な面持ちに初めて苦笑めいた色の濃い表情を浮かべた。
「ま、当然のことをやったまでだしな。褒美なんて元から欲っしちゃいねぇよ」
「お人好しにも程があるわよ...」
アンタに言われたくないな、という言葉は何とか飲み込む。その言葉はきっとこの場の全員が言いたかったことだろうけど。
ともかく話は終わった。要求は通り、異世界において最もネックな衣食住の確保も無事できた。
最後にスバルがまとめる。
「俺たちみたいなわけわからん奴らは、わけわからんまんま放置するより手元に置いておけよ。その上で俺たちがエミリアたんにとって有用か有害か見極めてくれや」
「そうさせてもらうよ。願わくば、仲良くやぁっていきたいもんだね?」
スバルの失礼とも思える発言に、即座にそう切り返したロズワール。その左右色の違う双眸の奥の感情はまったく読み取れなかった。