「そぉれで、その後のスバルくんたちの様子はどんなもんだい?」
時刻は夜____すでに太陽は西の空の彼方へ沈み、空にはやや上弦の欠けた月がかかる頃、その密やかな報告は行われていた。
広い部屋だ。中央には来客を出迎える応接用の長椅子とテーブルが置かれ、奥には部屋の主専用の黒檀の机と革張りの椅子が配置されている。
黒檀の机には書類と羽ペンが散らばり、すぐ傍らにはまだ湯気の立つカップがほんのりと柔らかな香りを漂わせていた。
一見して執務室、と判断できるそこは屋敷上階中央の一室だ。
革張りの椅子に腰掛け、最初の問いかけを作ったのは藍色の長髪に、青と黄のオッドアイを双眸に宿した柔和な面持ちの男性____ロズワールだ。
問いかけは囁くような声量だったが、相手には過不足なく確かに届く。それもそのはず、密談を彼と行う相手は彼のすぐ近く____椅子に座る彼の膝の上で、その小柄な体をさらに小さくして横座りになっているのだから。
「彼らがこの館に来てから五日____いや、四日と半日か。そろそろ見えてくるものもある頃じゃぁないかね?」
「正直、三人とも評価に困っています」
耳元で囁かれ、桃色の髪を大人しく撫でられるのはラムだ。部屋にいるのはロズワールとラムの二人だけで、彼女にとって半身とも呼べる双子の妹の姿はそこにはない。
それは単純に、レムではなくラムがスバルとトウマの教育係の立場にあるためだ。
「ほう。というとぉ?」
「まずバルスは全然ダメです」
ラムの辛辣な言葉を聞いてロズワールが吹き出した。
「全然ダメかい! それだけ聞くと評価に困ってないように見えるけどねぇ」
「やる気はあるんです。仕事に関しては物覚えもいいし、ただ知らないだけだから」
「なるほどねぇ。他の二人は?」
「トウマに関しては良くも悪くも普通ですね。バルスよりは家事も得意です。...しかしながら、少しばかり不埒な行為が多すぎるかと」
ロズワールは目を丸くして、
「彼、そぉんなタイプには見えなかったけどねぇ。年頃だし仕方ないのかぁな?」
苦笑しつつ少しばかりのフォローを入れる。だが、ラムはそれを否定するかのように首を横に振った。
「いえ。わざとではないのだと思います。そういう体質なのでしょう。...それにしても、レムの胸に飛び込んだりラムの着替え中にドアを開けたり...挙げ句の果てには転倒してエミリア様のスカートの下に入り込むなど、辟易はしていますが」
「幸運な子なんだねぇ、きっと。それにしては自己紹介の時に不幸の避雷針だとか言っていたけぇど」
もしくは、日頃の不幸が作用してそちら系統の幸運に繋がっているのか。...なんて、ロズワールは益体もないことを考えていた。
ラムは続けて報告する。
「アクセラレータは...恐らく優秀な人間です。食客という立場を利用して昼過ぎまで惰眠を貪っていることもありますが...。それはそれとして空き時間に何かの学習をしているようです」
「それは私も少し聞いたね。何でも、禁書庫によく出入りしているとか」
いい加減にしてほしい、とベアトリスからは愚痴を言われたけどね、とロズワールは苦い笑みを浮かべた。
「それでラム、肝心の話だ。間者の可能性はどうかな?」
声音の調子は変わらないまま、ロズワールは笑みを崩さず問いかける。主語のない問いかけだが、求めている答えはわかっている。
ラムは目を閉じたまま、
「否定はできませんが、その目はかなり弱いと思います」
「...その心は?」
「三人とも、あらゆる意味で目立ち過ぎです。当家に入り込む手段もその後も。特にバルス」
「なるほど納得。となると、彼らは本当に善意の第三者か」
言いながら椅子を軋ませ、ロズワールが体の向きを変える。これまで机と正面から相対していた体を正反対____ちょうど、月明かりが煌々ときらめいている大窓の方へ。
左右色の違う双眸が細められ、眼下の光景に彼は口の端をゆるませたまま、
「噂をすれば、だねぇ」
執務室の窓から見下ろせるのは、屋敷の敷地内にある庭園だ。少し背の高い柵と木々に囲まれたその場所は、外から見えない代わりに屋敷の窓からは非常によく見渡せた。
その月明かりを盛大に受ける庭園の端、そこに銀髪の少女と黒髪の少年が談笑している姿がある。すぐそばにはツンツン頭の少年と白髪赤眼の少年の姿もあった。黒髪の少年(ツンツンしてない方)は一方的に少女に話しかけているようだったが、少女が不快な表情を見せることはない。
「微笑ましいものだ。ああいう情熱はもう私には持てないものだよ」
「アレぐらい追ってきてくれた方が女は嬉しいものですよ」
独白のつもりだったのかもしれない言葉に返答し、目を開けたラムは主が至近で自分を見下ろしているのに気付く。
そっと唇を震わせ、ラムは潤んだ瞳でその双眸と見つめ合う。が、
「ひょっとして、意外とスバルくんを高評価してる? いや、スバルくんに限らず他の二人も」
「ダメなところもありますが、悪いとは思いません」
不満を瞳に宿すラム。彼女の少し温度の冷えた答えにロズワールは曖昧に笑い、髪を梳いていた手で彼女の頬をそっとなぞる。
ふっと、陶酔したように瞳を揺らす少女の期待に応えながら、ロズワールは静かに瞑目して今の答えを思う。
ラムがこうして他人を評することは珍しい。よほど、少年たちは彼女のお気に召したのだろう。
その事実が素直に、ロズワールにとっては喜ばしい。
「私の立場としては、邪魔するべきなんだろうけどねぇ」
黄色の瞳だけで庭を見下ろし、ロズワールはそうこぼす。それに、
「どちらも子どもですから、放っておいても何も起きませんよ」
「それは言えてる」
かすかな笑声が執務室で重なり、少年と少女の逢瀬を見下ろしていた窓の幕が引かれる。
_____その後の執務室の様子は、月すら見ることは叶わなかった。
「どう? 悪くないだろ?」
「風呂上がり後の自分は五割り増しイケメンになるよな、気持ちが大きくなるのもわかる!」
「...くだらねェ」
屋敷に足を踏み入れてはや4日。上条たちは偶然にも庭園に集合していた。いや、本当に偶然なのだ。上条とスバルはともかく、
何はともあれ、異世界転生組全員集合だ。
「よし、じゃあ行ってくるか!」
スバルは頬を叩いくと同時に足を踏み出した。...と、それからすぐに足を止めて上条たちの方に振り向くと、
「お前らはそこにいろよ。特に当麻。このラッキースケベ男が」
「なんちゅー蔑称だよ!」
冗談混じりに釘を刺しつつ、スバルは再び歩み出した。
恐らく彼が向かうのは緑の一角____背の高い木々に囲まれ、一際強く月の恩恵を受けている場所だ。
そこに銀髪を月光にきらめかせ、淡い光をまとう少女が座っている。スバルは息を呑み、その少女_____エミリアに話しかけた。
「いやぁ、青春だなぁ」
「帰ってイイか?」
スバルとエミリアの会話はこの位置からは微妙に聞こえない。にも関わらず、上条たちはその光景をしばらく見守っていた。一方通行に関しては明らかに嫌そうな表情を浮かべているが。
「なぁ、
「あァ?」
何となく、上条は一方通行に話しかけた。一方通行は尚も嫌そうな顔でそれに応える。
「お前、結局さ____」
「言っておくが、
「さいですか」
考えてみれば、上条は一方通行のことをあまり知らない。学園都市最強の第一位であるということ。そして2度拳を交えた関係であるということ。
_____そして、第三次世界大戦に大きく関係していたということ。
ロシアで一方通行と拳を交えた時、上条は彼が自分に救いを求めているかのように感じた。最強の第一位が、レベル0の自分に、である。それほど、一方通行は当時追い詰められていたのだろう。あの時彼が救いたかった誰かは救われたのだろうか。
(...
「オイ」
と、唐突に一方通行から声をかけられる。彼が自ら会話のアクションを起こすのは結構珍しいことだ。
「まさか、この世界に甘んじていようなどと考えるほどバカじゃねェよな?」
その質問は、つまり_____。
「当たり前だ」
この異世界から元の世界_____第三次世界大戦後に戻る。それは、上条にとっても非常に重要な目標だった。当たり前だが、一方通行もそれを諦めてはいないようだ。
「とは言っても、方法はあるのか?」
「正直、検討つかねェな。こっちの文字を解読して、一応禁書庫を漁ったりもしたがさっぱりだ。そもそもオカルトに関してはオマエの方が詳しいんじゃねェのか?」
そんなことを言われても困る。上条はあくまで学園都市において科学サイドの人間で、多少は魔術と関わったとはいえ知識は素人に過ぎない。何よりこの世界の魔法は、明らかに上条の知る魔術とは勝手が違った。
「謎も多い。ナツキ・スバルの存在もそうだ」
一方通行は続けてバッテリーが何だとかぶつぶつと呟いていたが、説明する気はないようだ。
つまり、まとめると帰還の方法は謎。そもそもこの異世界において大部分が謎といったところか。ハードモードにも程がある。
「というか一方通行。さっきさらっと文字を解読とか言って______」
「トウマ、アクセラレータ! いたのなら言えばいいのに」
「あっ、俺とエミリアたんの蜜月があっけなく終焉を...」
上条の言葉はエミリアの呼びかけに遮られた。どうやら見つかってしまったようだ(別に隠れていたわけではないが)。
「エミリアたん! 当麻に近づくなよ、また覗かれちゃうぞ」
「その節は大変申し訳ありませんでした。どうか毛根大ダメージ噛みつきと電撃ビリビリだけはご勘弁を...!」
「そんな物騒なことしないわよ!!」
もう、気にしてないのに...と若干赤面しつつ頬を膨らませるエミリア。余談だが、彼女のスカートの丈はここ数日で少しだけ長くなったような気がする(気のせい)。
「そうだ! 聞けよお前ら! このたび、私ナツキ・スバルはエミリアたんとデートの約束をすることに成功しました!!!」
スバルが唐突に指を立てて決めポーズ。思わずおぉ〜と感嘆の声を漏らす上条だったが、他二人の反応は冷たいものだった。
「私の勉強がひと段落して、ちゃんとスバルがお屋敷の仕事が終わったら、って条件付きでね」
「...くだらねェ」
「そうだ、トウマとアクセラレータも一緒にどう?」
「それはもはやデートじゃない! 男三人とエミリアたんとかそれもう逆ハーレムだ!!」
「エミリア...なんて恐ろしい子!」
まさにフラグクラッシャーである。この恋の道のりは長そうだ、と上条は内心でスバルに同情した。
一方、エミリアはさて、と空を見上げて背を伸ばし、
「そろそろ私は部屋に戻るけど、スバルたちは?」
「エミリアたんに添い寝しなきゃだから俺も戻るよ」
「やめておけ。朝起きたら女の子に両腕を固められている状況を知ってるか? 死刑執行の待ち時間のごとく恐ろしい時間だぞ」
「謎に実感こもってんな...。証拠にその羨ましい状況がなぜか羨ましいと思えないもん」
軽口もほどほどに、四人は各々部屋へと戻って行った。
その後、上条は部屋に入るとすぐさまベッドにダイブを決める。四日間働き詰めで上条はところどころが筋肉痛だ。改めてこの屋敷の広さを実感した四日間だった。上条たちが来るまではレムとラムの二人だけで家事をしていたというのが信じられない。あの二人の家事スキルは化け物だ。
そんなことを考えながら瞼を閉じる。案の定疲れていたようで、上条はすぐに意識を手放した。
意識の覚醒は、海上への浮上によく似ている。
上条は寝ぼけ眼を擦りながら上体を起こした。朝だ。
「......」
そのままベッドから出ようとするが、どうにも体に違和感を感じる。疲れだろうか。ここ最近慣れない仕事ばかりしているのが原因かもしれない。
...いや、やはり疲れと呼ぶにはその症状には違和感があった。まるで、大量に睡眠をとった後のような、そんなだるさが上条を襲う。
何かがおかしい、と思った次の瞬間だった。
「オイ」
ノックもせずにドアを開け、勝手に上条の部屋に入ってきた男が一人。白髪赤眼が特徴の一方通行だ。
「不味いことになった」
彼にしては非常に珍しく、少し焦燥しているようにも見える。...して、最強の彼を少しでも焦らせる『不味い事態』というのは一体何か。上条は先ほどの自分の体の違和感を思い出し、ある一つの最悪な予想が頭をよぎった。
「まさか...!」
間違いであれと願う上条に、一方通行は無情にも言い放った。
「そのまさかだ。
それは、あれほど上条たちを苦しませた死のループが再び彼らを取り込んだ瞬間だった。
二度目の、一日目が始まる_____。
二章は誰を活躍させようかな〜