とても嬉しいです。
「くそっ」
意味がわからなかった。あの夜まで本当に何もなかったはずだ。スバルが死ぬような要素など、何もなかったはずなのに。
上条はスバルを探して屋敷を彷徨う。しかし、走り回っても走り回ってもスバルは見つからなかった。何なら屋敷の住民にさえエンカウントしない。上条は荒い息を吐きながら壁に寄りかかる。
「ちくしょう...」
「お、当麻じゃねぇか」
不意に聞き覚えのある声が耳に届いた。それは散々走り回って探していた件の人物、スバルの声だった。彼は上条の目の前にある部屋のドアから出てきたのだ。
その声は、予想に反してあっけらかんとしていた。
「スバル...どういうことだ?」
「まぁ...また死んじまったみたいだな、俺」
申し訳なさそうに笑うスバル。実感はないんだけど、と彼は付け足した。
「流石に起きた時は焦ったけど、今禁書庫で頭を冷やしてきた。...大丈夫だ、すべて取りもどしゃあいい話なんだから」
いくら走り回っても見つからなかったのはベアトリスのところにいたからか、と上条は納得。そして遅れて、すでに覚悟を決めた顔をしているスバルに驚いた。
「大丈夫、なんだな?」
「なんつー顔してんだよ、当麻。...あぁ、大丈夫だ。死ぬのに慣れたなんて言葉は口が裂けても言えそうにないけどな」
思えば、この会話は前のループでもした気がする。スバルはきっと精神力が強いんだろう。でなければ何回も訪れる死に耐えれるはずがない。
ひとまず、上条はスバルのその精神力を信じることにした。
「んで、今回も俺の死を回避しようって話なんだけど」
スバルは指を立てて言った。
「作戦会議の前に朝メシといこうぜ。前回の流れをちゃんと踏襲しないとな」
「なんだかなぁ...マズったかな、やっぱ」
「前回とまったく同じ流れのはずなんだけどな」
湯気立つ浴場に反響する会話。上条とスバルは現在屋敷の大浴場で身を休めていた。...が、会話の内容は決してポジティブなものではない。
出だしの一日目、スバルの『前回の流れを踏襲』という狙いは正直言ってうまくいかなかったと言わざるを得ないのだ。
「要求は同じ、会話も同じなのに...なんでだ?」
スバルは湯船に体を沈め、水泡を吹きながら気だるげにそうこぼした。
そう、スバルの言う通りなのだ。上条とスバルは労働を希望し、一方通行が食客扱いを希望する。前回と全く同じ要求をしたつもりだ。...しかしながら。
「なんか、スバルだけ異様にキツかったって感じだよな。仕事の難易度が前回より遥かに難しくなって...俺はそうでもなかったけど」
方針通りに前回の流れを踏襲し、そのまま勢いに乗れると判断したスバルの心を挫いたのは、恐らくラムがスバルに課した仕事の内容だ。
台所周りであったり、単なる部屋の掃除であったり、あるいは衣類の洗濯や片付けであったりしたそれらの仕事。前回のループでもこれらの内容に変わりはなかったが、純粋に任せられる仕事の量が質共に増した、というべきか。口さがない言い方をすれば押しつけられる仕事が、と言い換えてもいい。
「そうなんだよな。まるで俺だけ嫌われ者だぜ。空気が読めなくて嫌われやすいっていう自覚はあったけど、ここでもそれが発揮されるとは...」
段々と目から光が消えていくスバル。
「...空気が読めねェって自覚はあったンだな」
呆れた風に口を開いたのは一方通行だ。上条とスバルが大浴場にやってきた時、すでに彼は湯船に浸かっていたのである。...彼がやって来た上条とスバルを見て嫌そうな顔をしたのは言うまでもないだろう。
「ともかく、変化が起きたってことは_____その変化の規模の大小に関わらず_____前提条件の何かが変わったってことだろォが」
「前提条件...」
上条は考え込む。一方通行の言葉はもっともだ。しかし、やはり心当たりはない。
「あ〜、起きた時ちょっと取り乱しすぎたこととか、関係あったりすんのかな。そこは前回と違ったなと思ったけど」
スバルがぽつりと呟く。
やはり取り乱しはしたのか、と上条は内心スバルを心配する。まぁ、寝て起きたら初日に戻ってました、では取り乱すのも無理はない。
スバルの言葉を受け、一方通行は思案した。
「まァ、可能性はあるかもな。メイドに取り乱したところを見られて警戒されたってのはあり得る」
その言葉も所詮予想に過ぎない。本当のところは結局わからないのだから、対策のしようもないというわけだ。上条は今後の振る舞いについて悩み、深いため息をつく。
「____やぁ、ご一緒していいかい?」
直後、ネガティブな雰囲気の大浴場に突如聞き覚えのある声がこだました。
声のした方向に視線を向けると、そこには腰に手を当てた全裸の貴族が。上条は思わず視線を向けたことを後悔した。
「貸し切りです、お断りします」
「せめて隠せよ」
「......」
上条たちの辛辣な返事にロズワールは苦笑する。特に一方通行などとても嫌そうな顔だ。それこそ、浴場に入ってくる上条とスバルを見た時以上に。言葉抜きでここまで相手に拒絶を伝えられるのは彼だけだろう。
しかしながら、そんな拒絶をロズワールがまともに受け取るわけもなく。
「それじゃあ、隣に失礼するよ」
彼は上条とスバルの間に入り込むと、湯船の中に沈むと長い吐息を漏らす。湯浴みの快感は世界共通、無言の意思疎通の賜物だ。
「そぉれで? 初日の感想は?」
「有意義に過ごさせてもらったよ。俺の体の各所の筋肉のピロートーク聞きたいか? 朝までしくしくとお話してくれるだろうさ」
「魅力的な提案だけど、今夜の枕は先約があってねぇ。またの機会に」
「この溢れ出る勝ち組感、ムカつくな...」
ロズワールは一方通行にちらりと視線を向ける。
「アクセラレータくんはどうかな? 何でも、ずっと禁書庫にいるとか...」
ベアトリスに愚痴られたよ、と楽しそうに笑うロズワール。対照的に一方通行は仏頂面で、
「いろいろあンだよ。こちとら右も左も分からないときてンだ」
「ふぅむ、話を聞く限り君はかなり優秀だと思うけどねぇ。右も左もわからないときたか」
三人ともつい最近こちらの世界にやって来たばかりなので、右も左もわからないのは残当だ。が、そんなことは知らないロズワールからすれば、優秀なくせに右も左もわからない発言をした一方通行のことを不思議に思っているのだろう。...上条とスバルはともかく。
「マジにわからないことだらけだ。例えば、魔法のこととか」
その言葉を聞いたロズワールは「ふむ」と顎に触れながら吐息。それから指をひとつ立てるとにんまり微笑み、
「よし、こぉこはひとつレクチャーしようか。少し無知蒙昧な君たちに魔法使いのなんたるかを教授してあげようじゃぁないの」
「!」
スバルが顔を上げる。それは、まるで何かを期待しているかのような反応だった。
「それじゃぁ、まぁずは初級から。スバルくんたちはもちろん、『ゲート』については知っているねぇ?」
「「知りません」」
初耳である。...が、やはり上条の知る『魔術』とはまったくの別物であることに間違いはなかった。
「...ゲート。マナを溜め込み、そして放出するための器官と言ったところか?」
すらすらと答えたのは一方通行だ。その言葉を聞いて、上条は思わず豆鉄砲を喰らった鳩のような表情をしてしまった。スバルも似たような表情で一方通行に問いかける。
「アクセラレータさん? 何で知ってるの?」
「いやぁ、これに関しては知らない方がおかしいんだぁけどね。...何にせよ、アクセラレータくんの言う通りだぁね」
ロズワールの発言によれば、一方通行は禁書庫に入り浸っているらしい。彼なりに勉強したのだろうか。前回から入り浸っていたのだとしたらすでにかなりの知識を身につけていそうだ。そういえば、前のループで文字を解読した、とか言っていたような...。
上条は改めて一方通行の才能に驚かされた。さすが学園都市第一位である。
「で、続き。魔法には基本となる四つのマナ属性があるわけだけど、知ってるかなぁ?」
ロズワールが魔法の説明を続ける。
属性、ときたか。やはり上条の知る魔術とは根本的に違う。そもそも、魔術は体内で魔力を精製して行使するものではなかったか。体の外にあるマナを使う点で、こちらの世界の魔法は異質である。
「火・水・風・地。そンで四つじゃねェ。陽と陰もあンだろ」
「よぉく知ってるねぇ。陽と陰については該当者がほぉとんどいないから省いたんだけど」
「該当者?」
謎に博識な一方通行へのツッコミは置いておき。上条はロズワールの解説を聞いて引っかかった部分について尋ねた。
「そぉだよ。適性がある属性の魔法しか使えないからねぇ。常人ならどれか一つの属性でも適性があればマシと言えるかなぁ。ちぃなぁみぃにぃ、私は四つの属性全てに適性があるよ?」
なるほど、適性。そう聞くと、この世界の魔法はどちらかと言えば学園都市の超能力に近いように感じる。超能力も『熱能力』『念動力』『テレポート』のように種類が分けられ、基本一種類しか使えない。
そう考えた後、上条は四つの属性全てを使えるロズワールの異質さに改めて驚愕する。彼はやはりかなり実力のある魔法使いなのだろう。
「そぉだ。よかったら適性属性を調べてあげよぅか? 私くらいの魔法使いになると体に触れただけぇで適性がわかるんだよ」
「待ってました!! こっから俺の才能が開花するというわけだよ!」
スバルが歓喜の声を上げてロズワールに接近する。彼はスバルの体に触れた後、続けて上条と一方通行の体にも触れた。
そしてしばらくした後。
「スバルくんは『陰』だね」
「お?」
「トウマくんは適性なし。魔法使いの才能0ってことだぁけど、もし適性があったとしてもそぉの右手のせいで多分使えないかな、魔法」
「...ふ、不幸だ」
「アクセラレータくんは...こぉれは驚きだね。四属性すべてに適性がある。つまり私と同じだぁよ」
「......」
一方通行はどこまでいっても天才であった。反対に、自分の才能の無さに上条は軽く落ち込む。異世界転生の特典などなかったのだ。
「アクセラレータに全部持ってかれた感あるけど、結局陰属性って? さっき該当者がほとんどいないって言ってたよな?」
まさか超レアでチート的魔法か!?とスバルは目を輝かせるが、返ってきたロズワールの言葉は拍子はずれなものだった。
「そうだねぇ、『陰』属性の魔法だと有名なのは...相手の視界を塞いだり、音を遮断したり、動きを遅くしたりとか、それとかが使えるかな」
「デバフ特化!?」
余りにも想像と違うそれにスバルは頭を抱えた。夢に見ていた異世界チート転生は呆気なく崩れたのだった。...とはいえ、上条的には『死に戻り』も相当なチート能力だと思うが。
追い討ちをかけるようにロズワールは続ける。
「ちぃなみに見た感じ、スバルくんもトウマくんと同じで魔法の才能は全然ないねぇ。私が十なら、君は四ぐらいが限界値だよ」
ちなみにトウマくんは0、といらないことを付け足すロズワール。むしろ四あるだけスバルはマシな方ではないのか?
「もぉし使いたいなら教わればいーぃと思うよ。幸い、『陰』系統なら専門家がここにはちゃぁんといるからね」
「よし! こうなったらエミリアたんにマンツーマンで手取り足取りレッスンを...!」
「勘違いしてるみたいだけど『陰』属性の専門家はエミリア様じゃないよ」
「んだよ、違うのかよ! じゃあ誰...ってお前か! そりゃそうだよな、魔法の才能大アリだもんな! がっかりだよ!
「ベアトリスだよ」
「もっとがっかりだよ!?」
ばっしゃーん、と盛大に水飛沫を跳ね上げて、今宵最大の叫びが炸裂したのだった。
「あー、クソ、湯当たりした。ロズっちの野郎、上げて落として上げて落として繰り返しやがって。釈迦の掌か」
「スバルは四だからまだいいよな。俺なんて0。不幸だ...」
「結局その右手があるなら才能あっても同じじゃねぇ? あんま気にすんなよ!」
脱衣所にこれまたネガティブなトークがこだまする。
風呂場でのがっかりトークから少し間を空け、ロズワールを浴場に置いて先に上条たちが上がったところだ。とはいえ、少し長く入り過ぎたようだ。何だか頭がぼーっとする。
「にしてもアクセラレータはずるいよなぁ。超能力持ってる上に魔法の才能もピカイチときたもんだ」
スバルが一方通行にジト目を向ける。一方通行はそれを涼しいフェイスで受け流した。
「どォだか。そンな都合良くいくとも思ェねェな」
「...? まぁともかく、アクセラレータさんは超強力な戦力として期待させていただくぜ」
守ってくれ、と言わんばかりに笑顔で親指を立てるスバル。まさに他力本願という言葉がよく似合う。
「さてと、じゃあまた明日のしごきに備えて解散すっか。...にしてもラムちーめ覚えてろよ。これじゃあ明日は筋肉痛覚悟だぜ」
「お望み通り、覚えておくわ」
「「うわぁ!!!」」
予想だにしない声に声をあげる上条とスバルだったが、その原因はまるで違った。まず、いつのまにか脱衣所の通路に立っていたラムに驚いたスバル。彼は思わず声を上げて前にいた上条の背中を押してしまった。...さながらお化け屋敷で前の客を盾にする女子のように。そして押されたことに驚いて声を上げたのが上条だ。彼は突然の衝撃にバランスを崩し______。
「......」
結果的に、上条は倒れることになった。
「......」
_____ラムを押し倒す形で。
「...どいてくれる?」
「あ、はい、ごめんなさい」
氷のように冷たい視線を向けられ、上条は素直にラムの上からどいた。
ラムはゆっくりと起き上がり、もともと立っていた位置に戻ると服をぱんぱんと手で払う。
「...襲われそうになったのは初めてね」
「酷すぎる誤解だ!! せめて解かせて!! お願いだから!!!」
「羨ましすぎる体質だと思ってたけど、リスクとリターン考えると実はあんま嬉しくない体質だよなぁ、当麻のそれって」
「くだらねェ茶番だな」
上条がそれぞれから冷たいコメントをいただいたところで、スバルが改めてラムに尋ねた。
「で、何で脱衣所に?」
「ロズワール様の御着替えの手伝いのため。入浴の際はラムかレムが付き添うのが決まりよ」
ずいぶんといいご身分である。いや、実際ロズワールは恐らく偉い立場なのだから文句は言えないが。それにしても着替えまで手伝ってもらうとは甘やかしすぎではないのか。
...しかしながら、ラムに面と向かってこれを伝えると文字通り亡き者にされそうなので心の中にしまっておく上条だった。
「ところでバルスたち。この後はなにか?」
「うんにゃ。後は寝るだけ。...疲れたしな」
「明日も早いからな。朝早いのだけはマジで辛いっす先輩」
反骨精神と弱音がハイブリッドした上条とスバルの言葉に、ラムはそう、と小さく応じて押し黙る。
そのまま何も続けない彼女を見つめていると、彼女はなにかを決断するように改めてこちらに目をやった。
「それじゃ、あとで部屋に行くから。...そうね、バルスの部屋でいいわ。三人ともそこで待ってなさい」
「あん?」
「は?」
「あァ?」
ラムの意味深なセリフを受けて、三人の困惑と疑問の声が脱衣所にこだましたのであった。