Re:とあるヒーロー達の異世界生活   作:ちるみる

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第21話 『3度目の正直?』

目が覚めると、そこには見知った天井があった。

 

「...あぁ」

 

ロズワール邸に滞在している間に何回も見てきた天井だ。だが、それはもはや初めて見る天井と同義だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。また、初日に戻ってきてしまったのだと上条は何となく理解していた。

 

「情けねぇ...」

 

自戒の言葉が上条の口から漏れる。

 

前回、一体何が間違いだったのか。自分の身を案じて窓から飛び降りなかったことか。エミリアやロズワールに助けを求めなかったことか。...いや、もっと根本的な何かが違っていたのか。

 

その理由は上条にはわからない。ただ、『スバルを救えなかった』という事実だけが上条の心に重くのしかかった。足を切断され、絶叫しながらのたうち回るスバルの姿が脳裏を焼き付いて離れない。

 

「スバルに会うんだ...」

 

上条は誰に言うでもなくそう呟き、部屋のドアに手をかけた。部屋から出て、そのまま誰もいない廊下を歩いていく。

 

「確か、前は_____」

 

前のループで、スバルは禁書庫にいたはずだ。上条は近くの適当な扉に右手をかけた。そして、ゆっくりと開く。

 

「また、面倒臭い奴が増えたのよ」

 

瞬間、聞こえたのは心底うんざりしたような声。が、上条が用があるのはこの声の主______ベアトリスではない。

 

「スバル?」

 

ベアトリスに取り合わず、禁書庫のあちこちに視線を巡らせる上条。

 

そして_____。

 

「当麻、か」

 

禁書庫の隅の方にぽつりと座っているスバルを発見した。

 

前回____つまり二週目の最初と違い、スバルの顔色は見るからに悪かった。壮絶な死に加えて、自分の知る人物に命を狙われていた、という事実がかなりのダメージとなっているのだろう。無理もない、誰が責められようか。

 

「ずいぶんと、腑抜けになったのよ」

 

恐らく初対面のスバルのテンションと比較したのはベアトリスだ。彼女にとっては『さっきのスバル』と『今目の前にいるスバル』だが、両者はもはや別人と言っても過言ではない。

 

上条はゆっくりとスバルに歩み寄る。

 

「スバル...」

 

「惜しかったよな。せっかく当麻とアクセラレータが助けに来てくれて、もうちょっとだったのに。俺のせいでまた最初からだ...」

 

自虐気味にそう呟くスバルに、上条は思わず悲痛に顔を歪める。今まであまり見ることのなかった弱気なスバルの表情は、それすなわち彼が限界に近いということを表していた。

 

「そんな顔するなよ」

 

何度目かになるかもわからない、上条に対する気休めの言葉を口にするスバル。今のスバルは自分以外を気遣っている場合ではないというのに。

 

「俺は、お前らの存在に感謝してる。お前ら______『死に戻り』を打ち明けられる友達______がいなかったら、俺はとっくに壊れて塞ぎ込んでた」

 

スバルはボソリと内心を吐露する。

 

「今回はうまくやる。だめでも、せめて次に繋がるように」

 

冷静に語るスバルだが、それが上条には危うく見えた。

 

冷静に見えることと、冷静に行動できること。似ているようで、両者には決定的な違いがある。

 

「...次とか、言うなよ」

 

スバルの言葉を受けて、上条は思わず心情を口にしてしまった。スバルはその言葉に一瞬目を見開いたが、すぐに無表情に戻って、

 

「俺には『死に戻り(これ)』しか取り柄がないんだ。...お前らと違ってな」

 

搾り出すようなスバルの言葉に上条は言葉を失う。しばらく、両者の間に重い沈黙が流れ_____。

 

「オイ」

 

その沈黙は、禁書庫の扉が開く音にかき消された。

 

「間抜けな面ァしてンじゃねェよ。...交渉の時間だぜ」

 

呆れたように一言紡ぎ、禁書庫に入ってきたのは一方通行(アクセラレータ)だ。

 

しかしながらこうも続々と禁書庫を踏破されるベアトリスも不憫だな、と上条はどうでもいいことを考える。そんな心情を読み取ったのか、少女がうんざりしたように言った。

 

「なんでこうも面倒な奴らばかり来るかしら! ここはオマエたちの休憩所じゃないのよ!!」

 

喚くベアトリスを無視して、スバルは一方通行に向き直る。

 

「今回は、やり方を変えようと思ってる」

 

「そりゃ結構」

 

真剣なスバルの言葉に一方通行は肩をすくめる。どうでもいいから早くしろ、とでも言いたげな様子だ。

 

その心情を読み取っているのかいないのか、スバルは指を立てて素早く結論だけを述べた。

 

「全員、食客扱いでいこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、肝心の作戦なんだが」

 

朝食、もといロズワールとの交渉を終えた上条たちは再び禁書庫に集まっていた。

 

『食客として扱って欲しい』という要望はすぐに通り、何なら『好きなだけ滞在すればいい』とのお言葉もいただいた。上条たちにとっては非常に都合の良い展開だが、ロズワールが何を考えているかわからないのが懸念点ではある。

 

そして現在、上条たちはロズワール邸を攻略するための作戦を練っているところだ。

 

「籠城戦ってのはどうだ?」

 

そう言って片目を瞑るスバルはいつも通りだ。_____少なくとも、見た限りは。

 

「籠城戦...?」

 

「余計なことをするから危ない状況になるんだ。なら、四日目の夜から五日目の朝にかけてここに篭ればいい」

 

その方が危機に対処しやすいだろ、とスバルは付け加えた。

 

確かにスバルの言葉は正論に思える。...が、一方でそれでいいのかという思いも上条の胸中に渦巻いていた。

 

「レムとラムは...」

 

そこまで言って口をつぐむ。

 

上条は、レムとラムと一緒に過ごす時間(と言ってもこき使われるだけなのだが)がないことが不安だった。彼女らの信用を勝ち取る____という意味でもそうだが、何となく彼女たちと過ごす時間は必要不可欠なように思われたのだ。

 

だが、そのレムとラムに前回殺されたスバルにとって、彼女らと過ごす時間は苦痛以外の何者でもないだろう。そこまで考えて、上条は内心を表に出すのをやめた。代わりに一つの疑問を呈する。

 

「結局、スバルの死因はレムとラムだけなのか?」

 

その疑問を受けたスバルは難しい顔だ。

 

「いや、正直微妙なんだよな。二回目はレムとラムに襲われたわけだけど、一回目は_____痛みすらなかった。眠るように死んだんだ」

 

「つまり?」

 

「レムとラム以外に、別の死因もあると俺は考える。で、前回はなぜかそれが発動しなかった」

 

「その死因を明らかにしないと話にならねェな」

 

眠るような死。安楽死と言えば聞こえはいいが、結局のところ死は死だ。回避しないとループしてしまう。

 

「そもそもの話なンだが」

 

と、ここで一方通行が口を挟んだ。彼は続けて、

 

「なンでオマエはメイドに疑われてンだ」

 

当然の疑問を投げかけた。

 

その疑問にスバルはしばらく考え込み_____思い出したかのようにパッと顔を上げて、

 

「魔女教...」

 

ぽつりと呟いた。

 

「魔女、教?」

 

聞き覚えのない単語だ。困惑気味に反芻する上条に対し、スバルもまたその言葉についてよくわかっていないという感じがする。

 

「...レムに言われた言葉だ。俺から匂いがするって言ってた」

 

そんなに臭いか、と冗談混じりに笑うスバル。無論だが、別にスバルから変な匂いがすることはない。となると、レムが特別に鼻が効くとかかもしれない。...言い方が犬みたいではあるが。

 

「ん? 魔女...?」

 

ふと上条の頭をよぎったのは、かつて剣聖に言われたある言葉。

 

「嫉妬の魔女」

 

「今の世界で、魔女と言われてソレ以外のなにがあり得るのかしら」

 

何となくその言葉を口に出した上条に、ベアトリスが反応した。

 

「ベア子、ちょうどよかった。魔女教って言葉についてなんか心当たりあるか?」

 

気安く質問するスバルに彼女は顔をしかめ、

 

「その呼び方、今すぐやめるかしら。...確かに、お前からは魔女の臭いがするのよ。鼻が曲がりそうかしら」

 

肩をすくめるベアトリスは、それ以上の話題すら不快だと暗に態度で示している。その頑なな拒絶の姿勢にスバルは口をつぐんだ。

 

「それで」

 

思い出したかのようにベアトリスが付け加える。

 

「さっきここに篭るとかどうとか聞こえたのよ。...『ここ』というのはまさか禁書庫のことかしら」

 

「なんだ、ダメなのか?」

 

「ダメに決まってるのよ! ここはお前たちの休憩所じゃないかしら! 今すぐにでも出ていって欲しいのよ」

 

激昂するベアトリス。自分の部屋に見知らぬ男が三人もいる状況では、彼女がそう思うのも何ら不思議ではないだろう。

 

だからこそ、上条は頭を下げる。友達を守るために。

 

「頼む、ベアトリス。明々後日の夜から朝にかけての間でいい。その間だけ、いさせて欲しい」

 

「...曖昧な物言いなのよ。狙われる理由でもあるかしら?」

 

ベアトリスは至極当然な質問を返してくる。

 

彼女は上条たちを白眼視したまま、禁書庫の中をくるくると歩き始め、

 

「そも、もめ事をこの屋敷に持ち込まれるのはゴメンなのよ。ベティーにとってこの屋敷は、なくてはならない場所なのかしら」

 

その返答を受けて、今度はスバルが口を開いた。

 

「...俺の方からなにかする気はない。かかる火の粉を払いたいだけだ」

 

「それさえ他人任せな癖に、ずいぶんと立派な志なのよ」

 

「今回に限り、返す言葉もねぇよ」

 

俯くスバルにベアトリスは嘆息する。そのまましばらく、無言の時間が室内を流れた。

 

その沈黙を破ったのは、

 

「手、出すのよ」

 

「え...」

 

スバルに向かって手を差し出すベアトリス。彼女は続けて、

 

「本当に手がかかるのはお前だけだと見たのよ。他の連中はほっといても勝手に自分で何とかするかしら」

 

呆れたように首を横に張った。

 

勝手に自分で何とかするとはずいぶんな評価だ(一方通行はともかく)、と上条は思ったが、空気を読んで口には出さず内心に留めておく。一方通行も同じく(彼に限って空気を読んだ訳ではないだろうが)黙っていた。

 

ベアトリスは呆気に取られているスバルの右手を苛立たしげに取ると、その掌に自身の小さな掌を重ね合わせる。自然、誘われるままに指と指が絡み合うように手を握り合い、

 

「_____汝の願いを聞き届ける。ベアトリスの名において、契約はここに結ばれる」

 

厳かに、そう告げるベアトリスの姿にスバルは言葉を失っていた。

 

「たとえ仮でも契約事は契約事。儀式に則った上で結ばれたそれは絶対なのよ。お前のわけのわからない頼み、聞いてやるかしら」

 

感謝するがいいのよ、と最後にそう結び、ベアトリスは下からなのに上から目線でスバルを堂々と見据える。

 

「ツンデレ幼女ってヤツか」

 

「幼女言うんじゃないのよ! 感謝の心ってもんがないのかしら!?」

 

肝心なところで空気を読まない上条にベアトリスが激昂する。その様子をしばらく呆然と眺めていたスバルは、我に帰ったかのように苦笑して、

 

「ありがとな。...幼女に泣かされそうになったぜ」

 

「だから幼女とか言うんじゃないのよ!」

 

激昂するベアトリス。安堵する上条。どこまでも無言を貫く一方通行。

 

...そして、小さいながらも確かな笑みを浮かべたスバル。

 

絶望のスタートを切るかと思えた屋敷での三周目は、ベアトリスの功労で少しだけ希望のあるものとなったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、問題の四日目が訪れる。

 

「パックに話は通しておいた。エミリアたんの身は多分大丈夫だ」

 

異世界転生者三人組は、再びベアトリスの禁書庫に集まっていた。もちろん籠城戦をするためだ。余談だが、上条はともかく、他の二人も何故か扉渡りを易々と突破している。故に現在、本当に禁書庫が休憩所的な扱いになっており、ベアトリスの心労はマッハである。

 

「んで、目下の目標はこの四日目を乗り越えること。朝日が顔を出したら俺たちの完全勝利だ」

 

改めて状況をテキパキと整理していくスバル。意外と頭は回るようで、司令塔としての才能があるんじゃないかと上条は思った。

 

そんな上条の感傷はよそに、スバルは続ける。

 

「当麻、アクセラレータ、そしてベア子は適宜俺を守ってくれ。魔法に対しては当麻。物理に対してはアクセラレータ。不測の事態には...ベア子が頑張って対応してくれる!」

 

「どこまでも他力本願なヤツなのよ!!」

 

親指を立てて笑顔のサムズアップを決めるスバルにベアトリスが激昂。しかしながらちゃんと反応を返すあたり、彼女は意外と面倒見が良いのかもしれない。

 

そんなことより、

 

「もう俺たちの得意不得意は把握済みか。本当に司令塔が天職なんじゃないかスバルは」

 

ちゃんと話をしたわけでもないのに、それなりに上条と一方通行の能力を把握しているスバルに驚きを隠せない。

 

そんな上条の表情を見て、スバルは苦笑する。

 

「要はキャンセル系の当麻と反射系のアクセラレータだろ? あとはコピー系の能力があれば完璧だったな。俺がどれだけそれに憧れる厨二病だったか...」

 

「...確かにこの世界の魔法に限らず、オカルトのベクトルはイマイチ掴めねェ。オマエ、それに感付いてやがったのか?」

 

「俺には詳しい理屈はわからねぇよ。けど、アクセラレータのそれって超能力なんだろ? 何となく、超能力と魔法って反物質的な印象が俺の中にあったりなかったり...」

 

徐々に勢いがなくなるスバルの言葉だが、実のところその内容は概ね正しい。ほとんど勘だけで正解を導き出したスバルに、一方通行は(彼にしては非常に珍しいことに)少しだけ感心していた。

 

と、スバルが話を締めくくるかのように手を叩く。

 

「とまぁ、こんな感じ。三人...特にベアトリスには迷惑をかけるけど、後でマナでも何でも吸わせてやるから許してくれ」

 

若干何か言いたげなベアトリスをスバルは意図的に無視して、

 

「じゃ、籠城戦スタートだ。次の朝日を拝めることを、俺は心から願ってるぜ」

 

「ところでここってイ文字だけで書いてある本とかある?」

 

「ちょっとくらい空気読んでくれでもいいと思う!! 俺にこれ言わせるとかだいぶ末期だぜ当麻!」

 

スバルの決め台詞の直後にに空気を読まずに口を挟んだ上条。が、これにはもちろん理由がある。

 

「ずっと身構えてるってのも緊張するだろ。本でも読んで気を紛らわそう」

 

「イ文字だけで書かれてる本もあるにはあるのよ...。まさかお前、他の文字が読めないのかしら?」

 

「イ文字以外が読めないのは俺もだけど...まぁ当麻の言う通りか」

 

上条の場違いとも思える提案に、結局スバルも同意。ベアトリスにイ文字だけで書かれた本を選んでもらい(ちなみに渡す時に投げつけられた)、ページをめくる。

 

ちなみに一方通行は言われるまでもなく適当な本を開いていた。無論彼はイ文字以外も読めるので選び放題である。

 

「逆になんでお前たちは読めないのよ」

 

「それこそ逆! むしろ俺たちが普通だから!」

 

「くそ...あの天才二枚目フェイスめ...」

 

「それもうただ褒めてるだけだな!?」

 

緊張を払拭するかのように軽口を叩き合う。

 

そんな上条たちの姿勢に今度こそ両肩をすくめて、ベアトリスは完全に会話を諦めたように本を開き始めた。

 

すげない彼女の態度を見届け、上条とスバルもまた手近な椅子に座ると、ベアトリスが投げ選んでくれた本の一冊に視線を戻す。

 

決して冷たくはない、むしろ暖かい沈黙が禁書庫を満たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、禁書庫での静寂は緩やかに過ぎていく。

 

互いに言葉を発せず、ただゆっくりとした間隔でページをめくる音だけが交互に書庫の中を流れていた。

 

ベアトリスが選んでくれた本は、童話のような子ども向けの作品が多い。『イ文字』だけということは、つまり平仮名だけの内容と似たような要求なのだから、子ども向けに偏ってしまうのも仕方ない話だが。

 

_____閉め切られた禁書庫から、外の様子をうかがうことはできない。

 

(今、何時だ...?)

 

必然、とある疑問が上条の頭を駆け巡る。今が何時なのか、そしてあとどのくらいこうしていれば朝日が昇るのか。いずれにせよ、この禁書庫で時間を把握する手段を上条は持っていなかった。

 

ベアトリスに聞くのも気が引ける。彼女は上条たちのことを好ましくは思っていないだろうし、もし答えてくれたところでこの世界の時間の概念が理解できるかどうか。

 

そんな葛藤を心の中で繰り広げていた時だった。

 

「______呼んでる」

 

 ふいに、そんな呟きが書庫内に静かに響いた。

 

弾かれたように顔を上げる上条たちの眼前、本を畳んで脇に置くベアトリスがいる。彼女は脚立から軽やかに下りると、

 

「呼ばれているかしら」

 

「な、なんだ? 何があった?」

 

唐突な静寂の破壊に慌てた上条の言葉を受け、ベアトリスはようやくこちらに視線を向けた。

 

「あぁ、そういえばいたのよ...とは冗談でも言えないかしら。お前たちに囲まれて過ごした一晩、まさに最悪だったのよ」

 

「ひでー言い草だなオイ。匿ってもらってなんだが口から悪態が飛び出そうだよ」

 

「優先事項の問題かしら。____にーちゃが呼んでるのよ」

 

それだけ告げると、ベアトリスは上条たちの隣を抜けて扉の方へ。

 

当たり前のように外へ出ようとする彼女の背にスバルが焦って手を伸ばす。

 

「お、おい、待てよ! 今、外に出たら...」

 

ベアトリスは、スバルの言葉を無視して外に出て行ってしまった。無情にも閉ざされる扉。しかし、その扉に鍵など存在しない。開けようと思えば誰にでも開けられる代物だ。

 

「行かねェなら先行くぞ」

 

ベアトリスに続いて一方通行が扉に手をかける。上条もその後を追う形で意を決して扉の外へと踏み出した。

 

「あ________」

 

直後、上条の口から間抜けな声が溢れていた。

 

否、上条の口からだけではない。最後に、ようやく覚悟を決めて禁書庫から飛び出してきたスバルの口からもその声は漏れた。

 

「越え...たのか!? 四日目の夜を!」

 

「どォやらそうらしい」

 

窓を開け、しかめっ面で朝日を浴びる一方通行。外から屋敷に流れ込んでくる涼風を受け、ようやく上条も安堵のため息を漏らした。

 

「は、はは……」

 

スバルは力が抜けたかのようにその場にへたり込む。その口からは乾いた笑いが漏れ出ていた。彼はそのまま、正気を失ったかのように笑い続ける。

 

「______スバル?」

 

その乾いた笑いを遮ったのは、銀鈴のような声だった。

 

声の主を探して辺りに視線をめぐらすと、通路の奥に銀髪の少女が立っているのが見えた。エミリアだ。

 

彼女の声は上条やスバルのそれとは対照的。強張った彼女の表情が、上条にどうしようもなく嫌な予感を感じさせた。

 

「そォ簡単には、いかねェらしい」

 

「なんだって?」

 

一方通行の意味ありげな発言に上条は思わず聞き返すが、返答はない。その代わりと言うべきか、エミリアが再び口を開いた。

 

「スバル...。それにトウマとアクセラレータも。どこに、行ってたの?」

 

彼女はふいに走り出すと、座り込むスバルの側へ駆け寄り、

 

「...ううん、それはいい。いいから...一緒にきて」

 

手を引かれ、その強引さに驚きながらもスバルがなんとか立ち上がる。

 

そのままエミリアは上条たちの返事も聞かず、強引にスバルを引きずりながら廊下を走り出した。仕方なく上条と一方通行もそれに続く。

 

「おい、いったい何が______」

 

あったのか、と問いかけることはできなかった。

 

その言葉を口にするよりも早く、上条の鼓膜を別の音が打ったからだ。

 

それは、絶叫であったと思う。あるいは、悲鳴なのかもしれない。

 

高く、尾を引くそれは悲しみで満ちていて、聞く者の心に悲痛な爪痕を残さずにはいられない魂の叫びだ。半身を引き裂かれたような叫びは延々と続き、状況のわからない上条にもその切迫感を痛々しいほどに伝えてきていた。

 

通路を抜け、上階へ向かう。東側の二階は使用人それぞれの個室がある階層だ。数日前まで上条たちが寝泊まりしていた部屋を通り過ぎ、エミリアが手を引きながら目指すのはそのさらに奥。そこに_______。

 

「ロズワール...?」

 

藍色の長髪が通路に立ち、駆け寄るエミリアたちに目を細める。彼のすぐ傍らにはいなくなったベアトリスが壁に背を預けていて、彼女の手の中には灰色の体毛の猫が身を丸くしているのがわかった。

 

「中を」

 

その短い言葉は上条たちに事情を問いただす暇さえ与えない。戸惑う上条とスバルに、痺れを切らした一方通行が部屋の中に踏み込む。その少し後にようやく上条たちも部屋の中へと足を向けた。

 

踏み込む最中にも、さっきからの絶叫は途切れることなく続いている。そしてそれが今や、目の前の部屋から聞こえるのは明らかだ。

 

中に入り、緊張から閉じていた瞼______それをそっと開き、上条は見た。

 

個室の中央、そこに丁寧に整えられた寝台がある。

 

その寝台の上で、

 

「ぁぁああぁああああぁぁぁぁあああぁぁあ――ッ!」

 

深い深い悲しみに喉を引き裂かんばかりに絶叫し、滂沱と涙を流すラムがいて。

 

_____彼女に縋りつかれながら、レムが息を引き取って横たわっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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