「レムが______何で」
立ち尽くす上条たちの正面、寝台の上には青髪の少女が横たわっている。
生気の消えた顔は青白く、閉じられた瞳は二度と開くことはない。部屋着なのだろう薄手のネグリジェは、こんなときでなんではあるが、しっかりとした彼女の印象に比べて幼い雰囲気が良く似合っていた。
「オイオイ、一体全体どォなってやがンだ?」
あまりの衝撃で意識に空白が入り込む上条たちとは対照的に、一方通行はあくまで冷静にロズワールに向かって問いただす。学園都市の影の部分に身を落としていた彼にとって、誰かの死などもはや日常的なものになってしまっていた。
「そぉれは私の方が聞きたいんだけどね、お客人」
ロズワールは普段の緩み切った表情をわずかに引き締め、
「おそらくは魔法によるものだぁね。魔法より、呪術寄りに思えるけどねぇ」
「呪術、だァ?」
「死因は衰弱によるものだ。眠っている間に生気を奪われ、ゆぅっくりと鼓動を遠ざけられて、そのまぁま眠るように命の火を吹き消されている」
「眠るように、だと?」
ロズワールの言葉に、上条はふとスバルの方へと目を向ける。
屋敷でのスバルの一回目の死の原因。もしかしたらそういうことだったのかもしれない。だとしたら、なぜ今回はレムが______?
そこまで思考し、上条は急いで部屋の外の一方通行のもとへ駆け寄った。よろよろとした足取りでスバルもそれに続く。
「なるほどなァ。このメイドと呪術は完全に別件ってこった」
「...どういう、ことだ? 一回目のループは俺。二回目のループはなぜか呪いが発生しなくて、三回目でレムが呪われた。前々回、前回、そして今回で一体何が違うんだ...?」
「ずいぶんと、真剣に悩んでいるようだねぇ?」
少し高い位置から、ロズワールが上条たちを見下ろしてそう呟く。青と黄色のオッドアイは、まるで品定めでもするかのように細められており、自然と内心を見透かされる不愉快さに上条は眉を寄せた。
「見下ろしてンじゃねェよ、三下」
「失礼したね。私も少々、気が立っているようだ。さぁすがに、可愛がっている使用人がこんな目に遭わされたと思うと、ね」
謝罪を口にしながらも、ロズワールの態度は本当の意味では決して和らがない。彼は腕を組み、組んだ腕を指で軽く叩きながら、
「火で炙り、水で犯し、風で刻み、土に沈める。_____それぐらいのことをしなければ、この返礼にはならないと思うぐらいだ。こんなことを聞くのもなんなんだけど...お客人、なにか心当たりはないかねぇ?」
低い声で呟かれたそれに、冗談めかした響きは欠片も含まれていない。まっさらの本音だろう恫喝を言葉にして、ロズワールは試すように上条たちを見据える。
「仕方ねぇ、か。...これはもう、ぜんぶ説明するより他ねぇだろ」
諦めたかのようにスバルがそう呟く。恐らく、彼は『死に戻り』について洗いざらいすべて話すつもりなのだろう。上条としてもそれに異論はない。今のままでは自分たちがレムを殺した犯人だと疑われてしまうのだから。
「いいか。信じられないと思うが、よく聞いてくれ」
スバルはそう前置きして、息を吸い込んだ。そして________。
「俺は死に戻りをして_______」
その言葉の続きが語られることはなかった。
「スバル!?」
なぜなら、声の主が膝をついて言葉が途中で途切れたからだ。
スバルは胸を押さえ、額に大量の汗を浮かべて、荒く息をしていた。まるで
「魔女の残り香...」
ベアトリスのその呟きは、上条の耳には入らない。
「な、んでだ! なんで言えねぇ!?」
顔に困惑と苦悶の表情を浮かべ、悪態をつくスバル。
「_____なにか知っているのなら、逃がさない」
そんなスバルに痺れを切らしたかのように、部屋の中で泣き崩れていた少女が立ち上がった。刹那、上条のすぐそばを突風が走り抜け、スバルの頬を赤いものが伝う。
「ひッ______」
威嚇射撃であろうそのかまいたちに、スバルが思わず後ずさる。
寝台に横たわる妹を優しく撫で、その手とは反対の手をこちらに向けながら、桃髪の少女が憤怒を宿した目で上条たちを射抜いた。
「なにか知っているなら、洗いざらいぶちまけなさい」
「待て、ラム! それは_______」
口をつぐむスバルに、ラムは再びの警告の意味を込めて風を送り出す。
陳腐な表現が許されるのならば、それはやはり『風の刃』とでもいうような現象だった。
おそらくは風に関係する魔法だ。カマイタチを巻き起こす魔法は斬撃のような鋭さを一閃、スバルへ届くまでの進路上の壁と扉を切り裂き、頬を裂いたときのような一撃を叩き込んでくる______それが、ふいに消失した。
驚き、声を詰まらせるスバルとラム。そんな二人の間で、
「チッ、主の躾がなってねェみたいだな」
「______約束は、守る主義なのよ」
「待ってくれ! これは何かの間違いなんだ...!!」
上条、一方通行、ベアトリスの三人が立ちはだかる。
「屋敷にいる間、この人間の身の安全はベティーが守るかしら」
「ベアトリス様...!」
退屈そうに言い放つベアトリスに、ラムは憤慨して唇を噛む。
彼女らの会話を横目に、一方通行が傍に立つ長身に目をやり、
「オイ、話聞いてなかったか? 躾しろっつってンだよ」
水を向けられ、ロズワールは一瞬だけ眉を寄せる。が、すぐにいつもの余裕を取り戻すと、片目をつむって肩をすくめ、
「しかし、君たちは今は客人ではなく容疑者だ。できるなら私もすぐに君たちを客人として改めて歓待したい。その胸の内を吐き出し、身軽になってくれたのならすぐにでも」
「待ってくれ、ロズワール! 俺たちは昨日は一晩中禁書庫にいたんだ、だから______!」
「事態に重きを置くべきはすでにそこにない。トウマ君もそぉれぐらいは十分に承知しているはずじゃぁないかね?」
交渉は決裂し、ロズワールは肩をすくめたそのままに両手の掌を上へ向ける。その掌にふいに、色とりどりの輝きが複数浮かび上がるのが見えた。
「くそ、やるしかねぇのかよ...!?」
「どいてろ三下。俺一人で十分だ」
「ここは死にたがりばかりなのかしら。ベティーの邪魔をするならロズワールともども吹き飛ばしてやるのよ」
それぞれロズワールの前に立ちはだかる三人。その光景をスバルは呆然と見ていることしかできなかった。後ろ向きな能力を持ったただの一般人が、どうしてあそこに割って入れようと言うのか。
「トウマ君とアクセラレータ君はともかく...君はどうしてここまでするのかね?」
「契約は絶対なのよ。それを破れば、ベティーはベティーでなくなる。契約に対して誠実であることは、なによりも優先される」
ロズワールの吐息にそう応じて、ベアトリスはもっともと言葉を継ぎ、
「この状況を狙って、ベティーとの契約を利用したとしたら、とんでもない食わせ物ってことになるかしら」
「俺は、そんなつもりじゃ...!!」
流し目でスバルの方をうかがい、ベアトリスは無感情の瞳をすっとそらす。
「どうでもいい、そんなのは全部、どうでもいいのよ!」
地団太を踏み、そのやり取りに割り込んだのはラムだった。
全員の注視を受けながら、彼女はスカートの裾をギュッと握りしめ、
「邪魔をしないで、ラムを通して。レムの仇を...なにか知っているなら、全部話して。ラムを...レムを助けて...」
悲痛な叫びを受け、上条の内にはふつふつと怒りが湧き上がっていた。
年端もいかない、それこそ上条とそう変わらない歳の、気の強い女の子。そんな彼女を、ここまで悲しませる何者かがいるのだとしたら、ぶん殴ってやらないと気が済まない。
スバルもそうだ。死のループの果てにたどり着く結末がこんなものではあってはならない。彼を苦しませる呪縛をぶち壊すためにも、この激動の一週間の元凶をぶん殴る。
「話しなさいって言ってるのよ!!!」
だんまりを決め込むスバルに対し、再び風の刃が襲いくる。激昂と失望が宿るその見えない刃に、スバルはなすすべもなく目を瞑り______。
「もううんざりだ_____」
しかしながら、またしても風の刃はスバルに届くことなく遮られる。
「誰かが苦しむのを見るのは、もううんざりなんだよ...!」
原因は、上条当麻の、その右手。スバルとラムの間に割って入った彼の
「なに、を...」
「ラムも、レムも、スバルも!! 何度繰り返したって傷付いて苦しむのなら、そんなふざけた幻想は俺がぶち壊す!!!」
「何を今更...!!!!」
ラムの悲痛な叫びと共に、一際大きい風の刃が上条に向かって繰り出される。しかし、今度は刃は上条が右手を使うまでもなく消え去った。
「ごめんね、ラム。私はそれでも、スバルを...スバルたちを信じてみる」
上条の隣に並び、ラムを牽制したのはエミリアだった。
彼女は掌をラムの方へ向け、その肩にパックを乗せながらスバルに歩み寄る。そうして言葉を探すようにわずかに俯き、
「スバル、お願い。...あなたがラムを、レムを救ってあげられるなら、全部話して?」
その言葉を受け、スバルはしばしの間黙って俯いていた。そして、彼は覚悟を決めたかのように顔を上げる。...否、『ように』でない。上条は確かに見たのだ。スバルの覚悟を決めた表情を。同時に、上条はその表情にどうしようもない危うさを感じたのだ。
「スバル、お前_____」
「ありがとうみんな。そしてごめん。俺は、お前らのことが大好きだったよ!!!」
そう言うや否や、スバルは上条たちに背を向けて勢いよく駆け出した。しかしながら、それは決して無様な逃亡ではない。しっかりとした目的をもった、いわば
ただし、恐らくスバルの考える未来はここにはない。彼が望む未来は、決して誰も欠けることのない未来。それはつまり_______。
「スバル!!」
エミリアの叫び声を受けてもスバルは振り返らない。ただ、彼女の声で我に帰った上条は慌ててベアトリスに呼びかけた。
「追ってくれ、ベアトリス! 多分アンタが一番速い!」
「ただのニンゲンごときがベティーに指図とは命知らずにもほどがあるのよ。とはいえ、ベティーとしてもあの失礼なニンゲンが目の届くところで死ぬなんて夢見が悪いから、仕方なくその願いを受け入れてやるのよ」
そうツンデレ具合を存分に発揮した後、ベアトリスは姿を消した。
ここで、一連の出来事に呆気に取られていたラムがようやく我に帰る。
「殺してやる!!!」
「ラムはここで止めるしかねぇか...」
「私はスバルを、トウマたちを信じてるからね」
「他人が傷付くのは許せねェくせに、自分が傷付くのはお構いなし。ヒーローってのも難儀なもンだな」
「よぉそ見をしている暇があるのかい?」
ロズワールの底冷えのする声とともに、一方通行が廊下の窓から外へと吹き飛んだ。窓の割れる音が辺りをこだまし、間髪入れずにロズワールの体が宙を舞って一方通行を追う。
「アクセラレータ!?」
「大丈夫だ、アイツは強い。それこそ、敵に回したくないくらいにな」
「それは君も同じだと思うけどね、トウマ」
パックのいまいち本音かどうか分からない呟きを意図的に無視して、上条は改めてラムと向き合う。彼女の武器は先ほどから乱発している風の魔法。それだけなら右手で何とかできるかもしれないが_______。
「邪魔をしないでください、エミリア様。相手がエミリア様では手加減などできかねます」
「僕相手に手加減なんて面白い冗談だね」
そんなパックの挑発をきっかけに。
この乱戦の、戦いの火蓋が切って落とされた。