Re:とあるヒーロー達の異世界生活   作:ちるみる

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第25話『道化師』

「作戦会議を始めるぞ」

 

四度目の一週間、その初日。ロズワールとの交渉を済ませ(一周目同様、上条とスバルは雇われ希望、一方通行は客人扱い希望)、転生組三人はお馴染みの禁書庫に集合していた。彼らを見たベアトリスが非常に嫌そうな顔をしていたのはもはや言うまでもないだろう。

 

「いいか、ロズワール邸攻略において俺たちが越えなきゃならない関門は二つだ」

 

スバルは上条たちに向かって指を二本立て、

 

「ひとつは、屋敷関係者からの信頼を勝ち取ること」

 

「主にレムとラムの信頼、だな。レムとラムの信頼を勝ち取ればそれはロズワールの信頼を勝ち取ることにも繋がる」

 

「そのために雇われの身を希望するたァ、殊勝で何より」

 

「俺としてはアクセラレータにも協力してほしかったんだけどな。ただ、柄じゃなさそうなのは見りゃわかるし、それに、お前にはすでに戦力的にすげー助けられてる。感謝してるよ」

 

「そりゃどうも」

 

「もうちょい可愛げがあれば言う事なしなんだが______いや、冗談」

 

一方通行の刺すような視線を受けてスバルは一旦黙る。

 

「んで、もう一つは?」

 

上条が続きを促すとスバルは首を捻りながら、

 

「呪い師の正体の看破と対策、かな。未だに正体は掴めたもんじゃないけど」

 

一周目ではスバルの、三週目ではレムの直接の死因となった呪い。これを何とかしなければ全員生存エンドを達成することは不可能だ。

 

「個人的には二週目で呪いが発生しなかったことがポイントなんじゃねぇかと思ってるんだが...。いや、呪いが発動する前に死に戻った可能性もあるのか」

 

忘れてくれ、と言いながらスバルは困ったように頭を掻いた。

 

ともあれ、四周目にしてようやっと勝利条件が見えてきたのだ。三度目の正直とはいかなかったが、今度こそ何とかなるかもしれない。

 

「正直、前途多難さに弱音が出そうになるけど、お前らと一緒ならこの鬼畜クエストもクリアできそうな気がするぜ」

 

スバルはそのままニヤリと笑を浮かべ、

 

「まとめると、ラムやレムからそこはかとなく信頼を勝ち取り、その上で邪悪な魔法使いを撃破する。それが俺たちの勝利条件だ。一度、自分で死んだからには死んだつもりでやってみようじゃねぇか」

 

それは死のループへの宣戦布告だった。

 

四週目のロズワール邸、状況は大体把握できていて、何をすればいいかもわかっている。勝利条件は揃っている。揃っているからこそ、上条はスバルの精神状態が心配だった。幾度もの死を経験し、果たして人は心を壊さずにいられるのか。本人も気付かないうちに、その心にヒビが入っていてもおかしくはない。

 

そんな漠然とした、けれども決して小さくはない不安を抱えたまま、上条は禁書庫を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一日目の労働を何とかこなし、迎えた二日目、その昼。ラムから休憩を言い渡され、何もすることがない上条は、庭の真ん中に突っ立っていた。

 

「トウマ?」

 

「あん?」

 

照らす日差しに目を細めつつ、声のした方向に視線を向ける。そこには、眩しい銀髪をなびかせた少女が立っていた。

 

「エミリアか。なんでここに?」

 

「それはこっちの台詞」

 

そう言って、エミリアは優しげに微笑んだ。

 

「なんだか、元気がなさそうだったから」

 

「元気っつーか、何つーか」

 

上条は困ったように頭に手をやる。別に、目に見えて心配なことがあるわけではない。ただ単に漠然とした不安が胸中を渦巻いてやまないのだ。気のせいかもしれないが、その不安を意図的に無視できるほど上条は器用ではなかった。

 

「そのあたり、一方通行とかは上手くやってんだろうな...」

 

「アクセラレータ? なに、喧嘩でもしたの?」

 

「今はしてない。何なら昔のアレも、喧嘩と言っていいのか...」

 

要領を得ない上条の言葉にエミリアが首を傾げた。彼女はそのまま首を傾げた状態で、

 

「アクセラレータじゃないなら、スバルのこと?」

 

あなたたち三人すごーく仲良しだし、と呟くエミリア。仲良しかどうかは置いといて、上条がスバルのことを心配しているのは事実だった。

 

「エミリアは、スバルからなんか聞いてるか?」

 

「...特には、聞いてないけど。でも、スバルったら朝からものすごーく張り切ってて。らじおたいそう?とかを元気にやっててね」

 

「ラジオ体操ね...」

 

上条は思わず苦笑い。それはさすがに張り切りすぎだろう、と思いつつもスバルが本気でやっているであろうことはわかった。信頼を得るため、危険がないことをアピールするため、彼は必死で取り組んでいるのだろうと。

 

「そういやパックは?」

 

「ここだよ〜」

 

ふと気になり尋ねると、エミリアの背後から灰色の毛玉、もといパックが出てきた。彼(?)はその黒い眼を小さな手でぐしぐしとこすっている。

 

「いや〜、君の右手が怖くて思わず隠れちゃった」

 

「消したこと根に持ちすぎ...っていや、ごめん何でもない」

 

パックを消した記憶は上条の中にしかない。それを思い出し、急ブレーキをかける上条。そんな彼に怪訝な視線を向けるエミリアとパック。

 

「む、そういえばトウマ。君、リアに変なことしてなかった?」

 

「な、なんのことでせうか?」

 

言葉だけ聞けば可愛いが、言葉の端々に明らかな凄みがあった。

 

「もし僕のリアに手を出そうとするなら、その時は______」

 

「こら!! 私をだしにして遊ばないの!」

 

ぷくっと頬を膨らませて怒るエミリアの姿は可愛らしかったが、パックの言葉は冗談ではなさそうで、上条は引き攣った笑いを浮かべているしかなかった。とんだお父さんである。

 

「そんなことよりトウマはスバルを何とかしたほうがいいかもね」

 

「あん?」

 

あくまでマイペースに言葉を紡ぐパック。それを補う形でエミリアも口を開く。

 

「実は私も、スバルのことがなんだか引っかかってて...」

 

「まぁ、二人が引っかかるのも無理ないかもね」

 

その言葉に上条は思わず息が詰まった。ふと何かを言いたい衝動に駆られたが、同時に言葉も詰まる。パックの言葉の続きを黙って待つことしかできない。

 

真剣な面差しを向けられながらも、パックの態度は崩れない。彼は短いヒゲの先を指先でいじりながら、

 

「さっきぼんやりと触ってみたけどね。スバルの心、だーいぶごちゃごちゃしていたよ。外身と中身でぐっちゃぐちゃだ。あのままじゃ、そう遠くない内に擦り切れちゃうんじゃにゃいかなぁ」

 

なんて、あくまで呑気に言い放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____気持ち悪い。

 

「お、ラムちー! 今の見たか!? 俺の包丁さばきってば、たったの一日でかなり洗練されてきてね!? 才能が開花したか!?」

 

_____気持ち悪い気持ち悪い。

 

「レムりん、見て見て! この繊細な細工を可能とする技量___今、俺の指先にはまさしく奇跡が宿っている! アップリケ!」

 

_____気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 

「エミリアたんてば会うたび見かけるたびに俺の心を掻き乱すな! マジ罪作りすぎてギルティってるよ!」

 

______気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 

笑顔を浮かべ、ひょうきんにおどけて、油を差したかのように軽く回る舌を全速力。任された仕事には全力で取り組み、失敗も恐れず果敢に挑み、手が空けば即座にイベントを求めてさまよい歩く。記憶を総動員して、これまでの三度繰り返した日々を焼きつくほどに掘り返して、どんな些細なことでも起こせる限りの出来事に自分を刻み込んでいく。

 

そうでなくてはいけない。そうしなくてはならない。だって、現状自分が1番役に立っていないのだから。

 

一秒だって無駄にはできない。起こり得る可能性の全てを吟味して、必要なイベントのあらゆる成否をシミュレートして。ゲームだと思えばいい。徹底的なフラグ管理。得意だったはずだ。会えば会うほどに可能性は上がる。もっとうまく笑えるはずだ。もっとうまく笑わせられるはずだ。

 

頭を空っぽにしたように振舞え、しかして思考を決して止めるな。無意味で無駄で大げさなアクション。警戒に値しない愚物だと思わせろ。使えないほど馬鹿だと判断されるのは避けろ。相反する思考と結論。矛盾に思い悩む暇があるなら、考えるよりも先に行動だ。だが、動く前に己の行動の意義を自分に問え。不自然になっていないか常に気を配れ。一秒どころか刹那の間すら油断してはいけない。失敗はできない、できないのだから。

 

______失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない失敗できない。

 

繰り返し繰り返し、頭の中で警鐘が鳴り続けている。危険を報せるアラートだ。異世界にきて、欠片の進歩もない自分だがこの感覚だけは鋭くなってきた自負がある。危険が迫っている。誤りが正されようとしている。どこからくるのかはわからない。軽快に警戒を、ステップを踏んで身を回せ。

 

「おっと、ラムちー、別にサボっちゃいないぜ? ちゃんときっちりかっちりお仕事はやり遂げますとも。先輩はふんぞり返って部屋でステイしながらシエスタかましててもいいぐらいよ?」

 

かわすかわす、軽薄さと上っ面な微笑で状況を回避する。

 

うまくやれていたか。ちゃんとナツキ・スバルができているか。不信感を抱かせなかったろうか。ラムの前でできていたとしても、肝心のレムの前で地金が晒されれば全てはおじゃんだ。

 

自然で天然にナツキ・スバルを装え。簡単なことだ、自分の話だ。屋敷に住まう人々の心の内側になど微塵も気付かず、ただただ無邪気に無遠慮に不躾に不埒に、与えられるものを享受しているだけの怠惰な豚だった頃に戻ればいい。

 

なにも知らないこと、なにもわからないこと、なにも気付かないこと、なにもしないこと。得意だったはずだ。それしかできなかったはずだ。簡単なことのはずだ。笑いながらそれぐらいできたはずだ。

 

へらへらと、微笑の仮面を張りつけたままで歩く。屋敷の中だ。どこで誰と出くわすかわからない。自由な時間に自由などないと知れ。空白の時間は過去の想起と今後の行動予定を立てることに全て費やせ。

 

「お、う、ぇ......」

 

ふいに込み上げてきた嘔吐感。呻きだけが口の端から漏れ、スバルはしかし微笑みを決して崩さない。そのまま足はスキップを刻み、踊るように滑るように近場の客間へと忍び込む。そして、部屋に備えつけられた洗面所へ向かい、

 

「...おぶふぁっ。うぇっ、おうぇ...ッ」

 

すでに空っぽの胃の中身を、洗いざらい流しへとぶちまける。飲食物など体に入れた端から全て吐き出している。出てくるのは黄色がかった胃液だけで、ひたすらに内臓を痛めつけるように絞り上げるそれに胃液すら涸れ果てた状態だ。

 

それでも収まらぬ嘔吐感を満足させるために、流しの水をがぶ飲みして腹を満たし、直後にそれをぶちまける。繰り返し繰り返し、胃の中身を洗い流すようにそれは行われた。

 

「はぁ……はぁ、はぁ……」

 

乱暴に口元を袖で拭い、青白い顔つきでスバルは荒い息をつく。圧し掛かるプレッシャーにそれだけで殺されそうだ。このまま気の休まる暇のない時間が続けば、それだけで衰弱死できそうな気がする。

 

本末転倒な自分の状態を自嘲して、しかし渇いた笑みひとつ浮かばない。浮かぶのはひたすらに、胸中からわき上がってくる不安と絶望感だけだ。

 

(ちゃんと、できてるか_____?)

 

誰にも気付かれることなく。それこそ、上条や一方通行にさえ気付かれることなく。ひたすらに無害をアピールする。不信感なんて募りようもないくらい献身的に振る舞う。

 

幾度ものループで、足を引っ張っているのは自分だけだ。ナツキ・スバルさえ隙を見せなければこんなループ、とうの昔に抜け出している。そうでなければおかしい。

 

「...人間関係ってやつは、異世界にいる時でさえ困らせてくれやがるな」

 

レムとラムの信頼を勝ち取るためにスバルが行ったのは、一周目をなぞらえる_______否、一周目をなぞらえたうえで一周目より結果を出すというものだった。振り返ってみれば、屋敷の人間との関係がもっとも良好だったのは無知だった一周目の頃だったのではないか。

 

と、双子問題はこれで大丈夫だとして、問題は、

 

「依然、呪術師の行方に見当もつかねぇってことだ」

 

考えてはいるものの、ピンときそうでピンとこない。一周目でスバル、二周目は発動せず、三周目でレムに牙を向いた呪術。一体どの変化がどのような影響をもたらしたというのか。

 

そこまで考えたところでスバルは弱々しく頭を振った。

 

「弱音なんぞ、吐いてる暇があんのかよ、バカ野郎...」

 

弱音のひとつでもこぼす暇があるなら、軽口のひとつでも叩いて印象を稼ぐ方が重要だ。気付けばいつしか薄れた嘔吐感を振り切り、スバルは強張る頬を叩いて己を叱咤。それから客間の外へ向かう。

 

現状、割り振られた仕事は終えた空き時間だが、そんな時間すらも今は惜しい。とにかく、ラムかレムの姿を探して_______。

 

「やっと、見つけたぜ」

 

扉から身を乗り出したところで、そうして声をかけられた。

 

振り向くと、そこには見慣れたシルエットがある。

 

多少距離が離れていてもわかるツンツン頭の持ち主_____上条当麻だ。

 

「......」

 

一瞬安堵しかけ、すぐさま笑顔を張り付ける。これはナツキ・スバルの問題だ。上条たちにも気取られることなく解決しなければならない。だって、足を引っ張っているのは自分なのだから。

 

「トウマじゃねぇか、奇遇だな! 調子はどうだ? どうせまたラムのやつにどやされてるんだろ?」

 

スバルの軽口を受け、上条も口を開く。しかし、紡がれた言葉は決して軽いものではなかった。

 

「単刀直入に言わせてもらうぞ」

 

「........」

 

思わず息が詰まる。スバルは今更ながら気付いた。何のことはない、とっくのとうにバレていたのだ。

 

瞬間、気付かれたことに対する後ろめたさと罰の悪さに襲われる。スバルの表情から張り付いた笑みが消え、代わりに浮かび上がるのは叱られるのを待つ幼子のような弱々しい表情だ。

 

そのことに気づいているのかいないのか、上条はスバルの目を真っ直ぐ見つめ、言葉の続きを紡いだ。

 

「もっと、俺たちを頼ってくれよ」

 

それは、予想に反して優しく柔らかな言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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