Re:とあるヒーロー達の異世界生活   作:ちるみる

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E・M・T


第26話『慟哭』

「もっと、俺たちを頼ってくれよ」

 

「なッ.....ん!」

 

動揺のあまり、言葉が喉から出ることを拒否している。

 

そのくらい、上条の言葉はスバルにとって致命的なものだった。

 

冷静になるのにどれほどの時間が過ぎたのかはスバル自身もわからない。それは十秒にも満たなかったのかもしれないし、あるいは秒針が二週ほどしたのかもしれない。

 

ともかく、一旦落ち着きを取り戻したスバルは、

 

「俺の、聞き間違いか?」

 

「......」

 

「『頼れ』ってのはどういうことだ? じゃあ何だ、今までの俺はお前らを頼ってこなかったってことかよ」

 

「スバル、俺は______」

 

「んなわけねぇだろ!!」

 

否、スバルは落ち着きを取り戻してなどいなかった。冷静でいられるはずがなかった。むしろ、取り乱していないと、そうじゃないと自分が惨めでおかしくなりそうだった。

 

「俺がお前らに今までどれだけ頼った!? エミリアの徽章を取り返す時も、エルザと戦った時も、レムと戦った時も、そのレムが死んだ時も! 俺がお前らに頼ってない時なんて一刻たりともないんだよ! ああそうだ、俺はただの足手纏いだ! 所詮一人じゃ何もできない役立たず_______」

 

徹底的に自分を貶めるその言葉は、しかしながら最後まで紡がれることはなかった。

 

「俺は、お前ほど強い人間はそうそういないと思ってるよ、スバル」

 

「_______は?」

 

文字通り、上条の言葉がスバルの口を塞いだのだ。

 

「そいつは、皮肉、か?」

 

上条がそのような皮肉を言うはずがないなんてことはわかりきっているはずなのに、思わずその言葉が口をついて出てしまう。それほどまでに、上条の先ほどの発言はスバルにとって理解できないものだった。

 

自分が、強い? _______否、そんなことは絶対にありえない。死んで、死んで、繰り返すことでしか何かを為せない男、それがナツキ・スバルだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことができる上条当麻と一方通行の方がよっぽど強いではないか。

 

「違う。()()()()()()()()()()()。強いからこそ何回死んでも前を向ける。『誰も死なさないうえで何とかしたい』なんて綺麗事ばかり考えてる俺より、アンタはよっぽど強いよ、ナツキ・スバル」

 

「...屁理屈だろ」

 

()()()()()?」

 

そこで上条はふう、と息をついた。

 

「屁理屈だろうが何だろうが、俺がスバルのことを強いと思ってる事実だけは変えられないよ」

 

「_____100歩譲って。いや、万歩くらい譲ってそうだとしても、俺が足を引っ張っている事実は変わらないんだよ、当麻。だから、俺が何とかしなくちゃいけないんだ。今度こそ、うまくいくように______」

 

「スバルが足を引っ張っている...なんてことはこれっぽっちも俺は思わないけれど...」

 

足を引っ張っているどころか助けられている。何せ、戻るからこそハッピーエンドに辿り着けるんだし、と上条は呟く。

 

「俺が何回そんなことを言ってもスバル、アンタは認めないんだろう。だからこそ言うぞ」

 

「ッ_____何をッ!」

 

「もっと、俺たちを頼れよ」

 

スバルがどれだけ自分の惨めさを説いても、上条の主張はまるで変わらなかった。

 

「俺でもいいし、一方通行でもいい。何ならエミリアだって、ベアトリスだって、今はダメかもしれないけど、事態が解決すればレムとラムにだっていい。どうしようもないほどシンプルだろ。困ったときは、辛いときは周りに頼れよ」

 

言葉に詰まると同時に、スバルは目の奥から熱い何かが溢れてくるのを感じた。これも、どうしようもないほどシンプルだった。今まで溜め込んできたものが崩壊しただけだ。

 

「スバルは強いから、強いからこそ、すぐに一人で何かを抱え込むのかもしれない。責任を取らないといけない、なんて思ってるのかもしれない。でも、そんな必要はないだろ!」

 

「俺...俺はッ!!」

 

顔を見られたくなくて、下を向く。言葉が上手く出てこなくて、ただ嗚咽する。前提を覆された。足を引っ張ったから一人で抱え込まなくてはならない。いつの間にかそんな風に思い込んでいた。いつの間にか忘れていたんだ。自分がどれほど周りに恵まれているのかということを。

 

「だから、頼れよ。周りを_______」

 

上条の言葉がそこで途切れる。

 

「...?」

 

しばらくの間沈黙が流れ、不審に思ったスバルが顔を上げると______。

 

「スバル_______」

 

そこには弾む息を整えるエミリアの姿があった。先ほどまで会話をしていた上条の姿はどこにもない。

 

風に揺れる彼女の銀髪を視界に入れた瞬間、スバルの意識が音を立てて切り替わる。すっと、癖のように道化じみた言葉の数々が口の端から出かけた。

 

しかし。その直前、気づいてしまった。彼女が痛ましげな目を自分に向けていることに。

 

「あ________」

 

そして、すべてを悟った。自分の被っている拙い道化の仮面は、とっくのとうに彼女にばれていたのだ。その瞬間、再び恥ずかしさとバツの悪さに襲われる。上条だけではなく、エミリアにまで見透かされていたとは、つくづく自分が嫌になる。

 

しかし、もう自分は答えを見つけているはずだ。

 

『人に頼る』。上条がそれを教えてくれた。

 

「えっと...」

 

とはいえ、言葉が思うように出てこない。口を開こうと何度も試みるものの、肝心の言葉が見つからずに踏み出せないスバル。

 

そんなもどかしさを抱え込むスバルを見ながら、エミリアはふいによし、と小さく呟き、

 

「スバル、きなさい」

 

「へ?」

 

「いいから」

 

ぐいとスバルの腕を掴み、彼女が向かうのは今しがたスバルが出てきたばかりの客間の中だ。体半分が出ていただけの部屋に引き戻され、スバルは彼女の意図がわからずに疑問符を頭に浮かべる。

 

が、エミリアはそんなスバルの疑問に取り合わず、腰に手を当てて部屋の中をぐるりと見回すと、

 

「じゃあ、座って、スバル」

 

床を指差し、変わらぬ銀鈴の声音でそう言ってきた。

 

指に従って地面を見やる。床には絨毯が敷かれており、誰も使用していない部屋ではあるが清掃は行き届いている。もちろん、地べたも寝転がったって大丈夫な力の入れようではあるが。

 

「座るならベッドでも椅子でもよくね? わざわざ床に...」

 

「いいから座るのっ」

 

「はい、仰せのままに!」

 

いつになく強い口調で言われ、思わずその場に正座で従う。スバルが座るのを見届け、エミリアは満足そうに頷くとすぐ傍らへ。自然、低い体勢から彼女を見上げることになるが、そんな邪まな気持ちを抱くことすら今は浮かばない。ただただ、エミリアの真意を読み取るのに必死になるばかりだ。

 

「うん」

 

小さく、そう呟いたのはエミリアだ。

 

確かめるように、あるいは自分に言い聞かせるように息を呑み、エミリアはスバルの隣に同じく正座。

 

すぐ触れ合えそうな距離に美貌があるのにドギマギしつつ、スバルはその白い横顔から感情が見えないかジッと眺める。ふと、その彼女の白い横顔が紅潮し、耳がわずかに赤いのが見えた。

 

「特別、だからね」

 

「え?」

 

言い含めるような言葉に疑問符が浮かぶが、それを口にするより前にスバルの後頭部がなにかに押される。

 

自然、正座していた体は力に抗えず、そのまま勢いに流されるままに前のめりになり_______柔らかい感触に迎え入れられた。

 

「ちょっと位置が悪い。それに、ちくちくする」

 

もぞもぞと頭の下でなにかが動き、エミリアの照れ臭げな声がすぐ傍で聞こえた。驚きに視線を上げ、目の前の光景にさらに驚きが重なって目を見開く。

 

すぐ真上、それこそ顔と顔が触れ合いそうな近くにエミリアの顔がある。それは上下が反対に見えて、ああ、自分が逆さになっているのか、とどこかぼんやりと遠い感慨が浮かび上がる。

 

この距離で、上下が逆さで、頭の下に柔らかい感触。それらのキーワードが寄り集まり、スバルの中でひとつの形となって意味をなした。つまりこれは、

 

「膝、まくら?」

 

「なんか恥ずかしいからはっきり言わないの。あと、こっちの方を見るのも禁止。目、つむってて」

 

額を軽く叩かれ、掌で瞼を覆い隠されて視界が遮られる。が、スバルはそんな彼女の抵抗を手で除けた。

 

「変な強がり、もうやめた?」

 

「...もしかして当麻との話、聞いてた?」

 

エミリアは微笑を浮かべ、質問には答えないまま、ゆったりと幼子をあやすようにスバルの頭を撫で始めた。

 

「疲れてる?」

 

「そんなこと...」

 

彼女の前では、格好悪い真似などしないと、そう決めたのに。

 

「困ってる?」

 

「そんな、こと...」

 

頼ってしまいそうになっている。自分の問題は自分で解決すると決めたのに。同時に上条の言葉が頭の中に響く。そう、答えはもう見つかっているはずだ。

 

そして、エミリアはスバルにそっと顔を寄せて、

 

「_____大変、だったね」

 

「______!」

 

慈しむように言われた。いたわるように言われた。愛おしむように言われた。たったそれだけのことで、たったその一言だけで、スバルの内側にあったボロボロの堤防が決壊する。

 

壊れ、破れ、溜め込んでいたものが一気に外へと噴き出す。それは封じ込めたつもりで、しかし欠片も消すことのできずにいた激情の吹き溜まりで、上条とエミリアによってついに引き摺り出されたものだった。

 

「大変だった。すっげぇ、辛かった。すげぇ恐かった。めちゃくちゃ悲しかった。死ぬかと思うぐらい、痛かったんだよ...!」

 

「うん」

 

「俺、頑張ったんだよ。頑張ってたんだよ。必死だった。必死で色々、全部よくしようって頑張ったんだよ...! ホントだ。ホントのホントに、今までこんな頑張ったことなんてなかったってぐらい!」

 

「うん、わかってる」

 

「好きだったからさぁ、この場所が、人が。大事だと、思えてたからさぁ、この場所が...! だから、取り戻したいって必死だったんだよ。恐かったよ。すげぇ恐かったよ。また、あの目で、見られたらって...そう思う自分が、嫌で嫌で仕方なかったよ...ッ」

 

感情が制御できない。一度爆発したそれは堰を切ったように溢れ出し、微笑の仮面をかぶった臆病者の顔を涙で盛大に汚していく。

 

涙が止まらない。鼻水が垂れてくる。口の中にわけのわからない液体が溢れ返り、嗚咽まじりのスバルの泣き声をさらに聞き苦しいものへと変える。

 

みっともない。情けない。大の男が女の子の膝の上で、頭を撫でられながら大泣きだ。死んでしまいたいほど情けない。死んでしまうかと思うぐらい、心が温かなものに満たされている。

 

スバルの泣き言を聞くエミリアの相槌は優しい。わかってる、だなんて言っていても、スバルの体験のひと欠片も彼女に届いていないのはそれこそわかり切った話だ。

 

それなのに、エミリアの声には鼻で笑い飛ばすことのできない重みが込められていた。

 

理由はわからない。そう思いたいだけなのかもしれない。だが、スバルが今、そのわけのわからない温もりに救われたような気になっていたのは事実だった。

 

滂沱と涙を流し、スバルはエミリアの膝の上で泣き続ける。泣いて、泣いて、泣き喚いて、いつしかみっともない泣き声は遠く彼方へ消えて、静かな寝息だけが客間に落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかっただろ、これで」

 

「さァな。だが笑えるぜ。最終的にお姫サマの膝の上で熟睡ってか」

 

客間の外。上条と一方通行は、そこからエミリアとスバルの様子を見守っていた。見守っていた、というと少々語弊があるかもしれないが、とにかく見ていたのだ。

 

「とはいえ、オマエも随分と自分のことを棚に上げやがる。絶対的に自分より他人を優先するヒーロー様が『人に頼れ』たァ、冗談が過ぎる」

 

「お、お前だってろくに人に頼らないくせに...!」

 

「ハッ、間違いねェな」

 

一方通行は肩をすくめながら上条に背を向けた。部屋に戻るのか、あるいは禁書庫に行くのかはわからないがともかく。少なくとも、一方通行がスバルの様子を見に来たということだけは紛れもない事実だ。

 

「気色悪い勘違いすンじゃねェ」

 

上条の心情を見透かしたのか、一方通行が舌打ちをする。

 

「あの野郎のテンションがいつにも増してうざかったンだよ。だから蹴りを入れにきた。それだけだ」

 

そう言い残して、一方通行は不機嫌そうにポケットに手を突っ込んだまま去っていった。

 

「素直じゃない奴」

 

「あら、トウマくん。スバルくんの様子を見に来たんですか?」

 

「レム、か」

 

一方通行が去ったのと入れ替わるように、今度はレムが客間から出てきた。どうやら、エミリアとスバルの様子を見に来たようだ。

 

「スバルくんが今日は役立たずみたいなので、代わりにトウマくんの仕事を増やすことにしました」

 

「なんだとぅ!? くっ、今すぐにでもスバルの奴を叩き起こすべきか...!?」

 

「やめてください」

 

レムにパシッと叩かれ、思わず上条の口から不幸だ、と言葉が漏れる。

 

しかし、こちらも雇われの身なので不平不満は漏らせない。ストライキもできない。よろよろとレムの後を着いていくしかないのであった。

 

そんな折、ふと上条は思い出した。

 

「レム」

 

呼びかけに足を止め、レムはゆっくりと全身で振り返る。上条より小さいレムとの視線の高さは大きく違うが、それをもろともしない圧迫感が彼女にはある。その不思議な圧迫感に気圧されつつ、上条は口を開いた。

 

「スバルは、いい奴だ」

 

そう、もともとそんなことを言う必要もないくらい、スバルはいい奴なのだ。自分からアピールするまでもなく彼の人間性は伝わる。さっきスバルと話していて、上条はそれを思い出した。

 

「そう、かもしれません」

 

告げられた言葉に、レムは途切れ途切れに答える。それが意味するところを上条は知らなかった。

 

その時、無表情のレムの横顔に、ささやかな震えが走ったのは本人すら気付かない。

 

ただ、かすかに香る邪悪の臭いだけが、レムの心にわずかなしこりを残していた。

 

 

 

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