筆は遅いですががんばります。
「女の子の膝の上で、頭撫でられながら穏やかな眠りを迎える。それ単体で見たら、そりゃもう極上のイベントだったけどさぁ」
頭を掻き、スバルはばつの悪い顔でそう呟く。
目を伏せ、ため息を何度も噛み殺すその横顔、耳まで赤い状態で頭を掻き毟る手の速度を上げながら、
「意中の女の子相手に、超泣き喚いて泣き言ぼやいて涙と鼻水で顔面ぐっちゃぐちゃにして眠りこける。おまけにその状態で何時間もその子の膝の上独占とか、もはやどんな羞恥プレイだよ」
思い返すのはエミリアの膝の感触と、数時間も寝こけたスバルの深い眠りがもたらした彼女の膝の惨状。
涙と涎、鼻水その他でひどい状態で、衛生的な面から見ても純粋にスバルの男の子指数的な問題からしても看過できない状態だった。
にも関わらず、彼女は自発的にスバルが目覚めるまで彼を揺り起そうとはしなかったし、そんな風に服を汚されておきながら、目覚めて平謝りするスバルを責めるようなこともしなかった。
「少しでも休めたんならそれでいいの。それに、スバルはわかってないんだから」
「へ?」
「ゴメンって何度も言われるより、こういうときはありがとうって一回言ってくれたら相手は満足するの。謝ってほしくてしたわけじゃないし、してあげたくてしたことなんだから」
謝罪を口にする唇に指を当てられ、片目をつむってそう言われてコロっといかない男がいるだろうか。いやいない。事実、スバルはコロっとあっけなく転んだ。そもそも彼女に首ったけだったのだから、ダメ押しされて倍率ドンだ。
服を着替えると言い残したエミリアと別れ、ふらふらと夢見心地な気分のまましばし屋敷を徘徊し、我に返ってこの有様。
自分の今日の所業を振り返ると、その無様さに泣きたくなる。あれだけ泣いたあとなので今さら涙なんて流せやしないが。
「よぉ、気は済んだか」
自分に割り当てられた部屋の前で立ち尽くしていると、ふと聞き覚えのある声。振り向くと、そこにはツンツン頭の少年が立っていた。
「見てたか...って質問は愚問か。見てたに決まってるよなぁ」
頭に手を当て、しゃがみ込むスバル。
そんな彼に、上条はけらけらと笑いながら、
「俺だけじゃない。一方通行も、レムもラムもバッチリ見守ってたぜ」
「恥ずい恥ずい!」
顔を覆って喚くスバルを見て、上条はより一層笑い声をあげる。そして彼は口角を上げたまま、
「ちゃんと、頼れそうか?」
「あぁ、おかげさまでな」
スバルの表情に迷いはなかった。迷いは、涙とともにすべて流れ出してしまった、とでも言うべきか。いずれにせよ、好きな女子の膝の上で泣き喚いたという恥も、決して無駄ではなかったということだ。
「ということで」
よし、とスバルは呟く。そのまま近くにあった扉に手をかけ、
「早速頼るぜ。頼れる仲間にな」
思いっきり開いた。
そこには、もう何度か見た景色______大量の書架とそれに見合った大量の書物、そしてその中央で脚立の中段に腰掛けた少女______が広がっていて。
「おーい、ベア子〜」
「...うんざりなのよ」
幾度のループで何回も訪れたその場所______禁書庫の住人、ベアトリスが非常に嫌そうな表情を浮かべながらスバルたちを出迎えたのであった。
「ベア子、なぁベア子」
「......」
無視。徹底的なまでの無視。急に馴れ馴れしくあだ名で読んでくるスバルのことを、ベアトリスはこの場にいない者として扱っていた。
「少しくらい静かにできねェのかオマエらは」
なぜか上条たちが来る前から禁書庫にいた一方通行は、上条には到底読めそうもない分厚い書物を広げながら顰めっ面をしている。というかスバルと一方通行はベアトリスの扉渡りをどう攻略しているのだろうか。いくらなんでも自由に行き来し過ぎだろう。
「そう思うなら、お前がこの失礼な男を黙らせるくらいできないのかしら!?」
「あァ? それはオマエの仕事だろォが」
この部屋の主だろ、と素っ気なく応じる一方通行。
これはそろそろ怒りが爆発しそうだな、と直感した上条はベアトリスを宥めにかかることにした。
「まぁまぁ、いいじゃんか。...ベア子?」
「なんでそっちが勝手に呼び始めたくせにしっくりこない感じなのよ!? これ以上ベティーを侮辱するなら許さないかしら...!」
案の定、怒りが爆発してしまった。
「あーあ」
「...ふン」
「いやなんで俺が悪いみたいになってんだよ!?」
ベアトリスと上条をしきりに見比べて面倒くさそうな声を漏らすスバルと、こちらに見向きもせずにため息をつく一方通行に怒鳴る。そもそもスバルが変な呼び名で呼び始めたこと、ベアトリスがそれに過剰に反応したこと、それと一方通行が煽ったことが原因で揉めているのに、すべての責任を都合よく押し付けられている。
というかスバルが禁書庫に来た理由は一体_______。
「切羽詰まって八方ふさがりだ。ぶっちゃけ、お前の手が借りたい」
唐突に。上条の心中の疑問を読んだかのように、スバルが言った。
先ほどまでのふざけた態度とは打って変わって、真剣な面持ちでベアトリスに向き合い、頭を下げるスバル。
これが、スバルの出した結論だった。上条の言葉とエミリアの膝枕を受けての最終的な結論。『自分の力だけでは解決できないときは頼れる仲間に頼る』という結論だ。その記念すべき最初の『頼り』として、スバルはベアトリスを選んだ。
「お前の力が必要だ。全部まとめてひっくるめて、俺は俺が幸せでいられる場所を守りたいんだよ」
「...俺からも頼む」
スバルの出した結論を見て、上条もまた膝を地につけ頭を下げた。
「ベアトリス。俺たちはあんたにすでに何回も救われてるし、こんなことを言う義理がないこともわかってる。でも頼む。スバルの、力になってやってくれないか。...俺は、もう誰かが苦しむのは嫌だ」
「当麻...」
誰かが苦しむのは嫌だ、なんて。何回もスバルの死でやり直してきた分際で、どの口が言えたのか。この言葉だってスバルのためだなんて美談的な話ではない。これは単なる上条の我儘だ。
「面、上げるのよ」
どこか諦めたような、穏やかな声音が耳に届く。
ベアトリスに卑賤な懇願が届いたのか。そう思い、顔を上げると_______。
「食らうかしら」
「ぶべっ」
上条の顔面に何か固いものが思い切り叩きつけられる。首から絶対に鳴ってはいけない音が響き渡り、声にならない絶叫をあげながら上条は禁書庫の床で転げ回った。
頸椎を襲ったダメージに理解が及ばず、悶えながら視線をさまよわせ、腕を組んだ姿勢で片足を上げるベアトリスと視線が絡む。理解。少女が土下座する上条の顔面目掛け、容赦なしのヤクザキックをブチ込んだのだ。
「おま、なんてことすんだ!
「無駄に気持ち悪い関係みたいで何よりなのよ」
ベアトリスは呆れ顔でため息をつき、
「お前たちごときの頭が百個転がされたところで、ベティーの労力に見合うとか考える安直さが理解できないのよ。銅貨が何枚集まっても、聖金貨ひとつには到底届かない。それを知るかしら」
「いや、銅貨だって何千枚と集まれば聖金貨の価値まで届くだろ。もしかして例えとか下手な子か、お前?」
「その可哀想な子を見るような目をやめるかしら! ついさっきまでベティーを頼ろうとしてた奴のする目じゃないのよ!? 二回蹴るのも面倒だから何となくこっちのツンツン頭だけに蹴りを入れたのに、もしかしてお前もして欲しいのかしら!!」
「そっちの趣味は俺にはねぇよ! ...てかにぶいちで当麻って、お前ほんと運がねぇのな!!」
「ふ、不幸だ...」
上条は涙目で顔面をさすりながらようやく体を起こす。不幸には慣れているし、(不本意ながら)女の子からの理不尽な攻撃にも慣れている彼は、この程度でへこたれる人間ではないのだった。
「そうだ、銅貨も数ありゃ聖金貨に匹敵するように、俺たちだってこんだけ人数がいりゃあ、どんな難問だって解決できるだろ」
「おぉ、綺麗にまとめたな」
「ベティーはそんなつもりで聖金貨の例えを出したわけじゃないかしら!勝手に解釈するのもいい加減にするのよ!」
「...まさか俺も頭数に入れてねェよな?」
三者三様の反応に、思わず上条の口角が上がる。それは、安堵と希望の入り混じった決して後ろ向きではない笑みだった。
「まぁ、というわけで頼むよベアトリス。俺たちを助けられるのはベアトリスだけなんだから」
一歩間違えれば脅迫まがいの上条のお願いを受け、ベアトリスの表情に動揺が走る。
「卑怯、なのよ」
「渋るベア子に最後の切り札を突きつけるぜ! お前が協力してくれるなら、俺はお前のマナドレインを何回か我慢して受ける! もちろん当麻とアクセラレータもだ!!」
「オイ」
一方通行の(めちゃくちゃ怖い)鋭い視線をスバルは意図的に無視。ここぞとばかりに更に追い討ちをかける。
「俺のマナはパックも吸引した実績を持ってる。つまり、間接マナドレインだ。...意味がわかるな?」
顔色を変えたベアトリスが、交渉を優位に運ぶ優越感に浸るスバルに対し、悔しげに唇を噛みしめながら頷いたのが締めとなった。
何とも間の抜けた決着だ。しかし、上条たちは理解していた。わざとこの流れに持ち込むことで彼女は協力を取り付けてくれたこと。小さな魔法使いの、そんな不器用な優しさを。
「で、ベティーの手を貸してほしいってどういうことなのよ?」
打って変わってきっぱりと言い放つベアトリスに、上条は素直じゃないなと内心苦笑しながら、
「えーっと、何だっけ?」
「わかってなかったのかよ! 俺と一緒に頭下げてくれたのに!?」
「そこの救えねェ馬鹿はほっといてだ」
一方通行の容赦ない言葉が上条の胸に突き刺さる。
「お、おい! 当麻が顔を覆ってメソメソし始めたぞ!」
「ほっとけつってンだろ。...ともかく、引っかかるのはロズワールの野郎が言ってた呪術とかいうオカルトじみたワード」
と、そこまで聞いてようやく上条にも合点がいく。
三週目でレムの死因となった呪術。まるで眠りに誘うかのように対象者を死へと導くそれは、一周目ではスバルにその毒牙を向けた。
なぜ一周目でスバル、三週目でレムが呪術の対象となったのか。逆に、二周目で呪術による死者が出なかったのはなぜか。そこを紐解くことは、今回のループを抜け出す大きなきっかけとなるかもしれないのだ。
そこまでの上条の思考をまとめるかのように、最後に指を立てたスバルがベアトリスに向けて言い放った。
「つまり、ベア子にお願いしたいのはこれだ。呪術、ならびに呪術師について詳しく教えてほしい」
ゆっくりと、しかしながら確実に。死のループから抜け出す時が訪れようとしていた。