少女――サテラが壁側に佇み、まるで祈るような体制をとっているのが目に入った。よくみると唇がかすかに動いているのがわかる。
彼女は暫くそうしていたが、ふと顔を上げて上条の方を見た。
「すごーく悪いんだけど、ちょっとだけ何処かに行っててくれない?」
「え? なんで?」
唐突なサテラの言葉に疑問の声を上げるスバルだったが、上条には彼女の言動の理由がある程度予想できた。
(俺の右手、か)
上条は目線を自分の右手に落とす。
「えっと、スバルは別にそのままでいいの。 でも、トウマが居ると精霊達が怖がっちゃうみたいで...」
「えっ、当麻怖がられてんのかよ」
「わかった、俺はそこら辺で適当に時間を潰しておくから、終わったら教えてくれ」
スバルもしっかりな、と去り際に言って、上条は一旦彼らの元から離脱した。
(うーん、どうするか...。 サテラの精霊への聞き込み調査もどのくらいのものか分からないし、こっちでも一応聞き込みしとくか?)
そう考えながら通りをブラブラと歩いていた上条だったが、
「...なんか腹減ったな」
そういえばここに来てから何も口にしていない。 上条は自分のポケットをまさぐるが、案の定すっからかんで肩を落とした。
「そりゃ海に落ちたんだからないよな...不幸だ...」
言語が通じるのは幸いだったが、無一文では何も買えない。 そういえばスバルはコンビニ袋を提げていたし、何か食料を持っていたのだろうか。
「おい」
と、上条の肩に何者かの手がかかる。
「さっきはよくもやってくれたな」
「げっ」
聞き覚えのある声...というかつい先程聞いたばかりの声を耳にして、上条は思わず顔をしかめる。
「...どちら様でしょうか」
「とぼけんじゃねぇよ。 さっきのガキ共の仲間だろ? ちょっと面貸せや」
三十六計逃げるに如かず____上条は手を振りほどいて逃げ出そうとするが、直後、首に当てられた冷たい感触に動きが止まる。
「抵抗するんじゃねぇ。 こっちは3人だ、お前1人でどうにかなるとでも思ってんのか」
3人____先程スバルに絡んでいたチンピラ達が上条の周りを囲む。 流石に表通りで騒ぎを起こすつもりはないのだろうか、どうやら上条を路地裏まで連れて行こうとしているようだった。
(隙を見て逃げ出すしかないか...)
上条の幻想殺しはナイフには効かない。 そう考えると、チンピラ達は上条にとっては最強の敵だった。
「チッ、手間取らせやがって」
ようやく抵抗しなくなった上条をチンピラ達が裏路地まで連れ込む。
「一文無しをこんなところまで連れてきてどうする気だよ...」
「金がないなら珍しい服でも何でもいい...さっさと黙らせて見ぐるみ剥がすぞ」
どうやら、本気のようだ。 となると『黙らせる』というのも単に気絶させるという意味ではないだろう。
(3人だけなら割とどうにかなりそうだけど、ナイフがネックだな。 やっぱ逃げるか...?)
だが、チンピラ達は見た目に寄らず用心深く、きっちりと逃げ場のないように上条を囲んでいた。 その周到さを他に活かせよ、と思わず上条は場違いな気持ちを抱く。
「チッ、だんまり決め込んでんじゃねぇよ。 お前ら、さっさとやっちまうぞ」
チンピラ達が上条ににじり寄る。 上条も、諦めて戦闘態勢を取った。
と、ちょうどその時だった。
「そこまでだ」
路地裏に響いたのは、凛とした知らない男の声。
「あぁ!? 誰だ...よ」
気分を害され罵声を上げたチンピラだったが、声の主を見るなりその怒りも萎んでいく。
現れたのは、燃えるような赤髪の持ち主。 その下には真っ直ぐで、勇猛以外の譬えようがないほどに輝く青い双眸がある。 常識外れに整った顔も伴って、彼が桁違いの存在であると知らしめていた。
「ま、まさか……燃える赤髪に空色の瞳……鞘に竜爪の刻まれた騎士剣」
チンピラは男の顔、そして腰に下げられた剣を順に指差して、身震いする。 それはまるで、蛇に睨まれたカエルのような...。
「剣聖...剣聖『ラインハルト』!?」
「どうやら、自己紹介は必要なさそうだね。 ...もっとも、その二つ名は僕にはまだ重すぎるが」
威圧感が辺りに浸透する。 それは、おそらく助けられたであろう上条でさえも戦慄するものだった。
彼が規格外だと、この場の誰しもがそう実感していた。
「今逃げるなら、追わない。 もし抵抗するならその場合は3体2。 数では不利だが、一応僕も腕に覚えのある騎士だ。 僕の微力がどれほど彼の救いになるかはわからないが、騎士として全力を出させてもらおう」
「クソッ、割に合わねぇ!」
チンピラ達はラインハルトの言葉に後退りする。 誰の目から見ても、そして誰が相手でも、彼に勝てないのは明白で____。
「覚えてろよ!!」
これまた、テンプレの捨て台詞を吐きながらチンピラ達は逃げていった。 それを見て、上条は思わずホッと息をつく。
「怪我はないかい?」
「あぁ、大丈夫だ。...えっと、ラインハルトだったか? 助かった、ありがとう」
「いや、僕ももっと早く気付くべきだった...」
「何言ってんだ、路地裏で起こったことなんだから気付かないのが普通だろ? あと、俺は上条 当麻だ。 よろしくな、ラインハルト」
ようやく『こっち』でのちゃんとした知り合いができた、その事実に上条は嘆息する。
「ちゃんと事情を聞きたいところだけど、少し人を待たせていてね。 ここで失礼させてもらうよ」
「そうだ、そういや俺もサテラ達と合流しないといけなかったな...」
何気なく呟いた上条だったが、ラインハルトはその言葉に目を見張った。 何事か、と動揺する上条に、彼は疑念の声をかける。
「サテラ...今、君はそう言ったのか?」
「あ...あぁ、そうだ。 それがどうかしたか?」
ただ事ではないラインハルトの表情に驚く。 あれほど規格外の彼をここまで動揺させる存在は一体何なのか...。
「有り得ない...嫉妬の魔女_____アレは、封印された筈...」
「お、おい、何の話だよ? 現に、あの子はそう自称して...」
「だとすれば、それは偽名だ。 トウマ、気を付けた方がいい」
思わぬ発言に上条は目を白黒させる。 それと同時に、彼女がサテラと名乗った時の形容し難い拒絶感を思い出した。 偽名...それもかなりタチの悪い偽名だと考えれば、少女の抱くあれにも納得がいく。
「では、今度こそ本当にお別れだ、トウマ。 また困ることがあったら僕を頼って欲しい」
そう言い残し、去っていくラインハルトに、上条は何も言えなかった。
サテラが、偽名_____。
何故、誰のために、こんなことをする必要があったのか。 理由も分からない彼女の行動に、上条は拳を固く握る。
「やっぱり、信用されてなかったのか...」
当たり前だ。今日会ったばかりの見ず知らずの他人に、簡単に個人情報を教えられるものか。 それも、意味不明の理由で自分を手助けしようとする上条達を信じられる訳がない。
...と、そんな風に無理矢理納得しようとする。 だって、それが1番納得のいく理由だ。 彼女が、上条達を信じられなかった。 至って単純で、何とも至極真っ当で正当な理由である。
...だけど_____。
「そんな訳がねぇ」
彼女は、超が付くほどのお人好しではなかったか?
「あぁ、そんな訳がないんだ。 あの子は、都合の良い話だけど、俺達を信用していた」
だとすれば、偽名を使った理由は何だ。
上条は、『サテラ』と聞いた時のラインハルトの表情を思い返す。 驚愕、動揺、怒り、そして僅からながらの恐怖。 少し、ほんの少しだが、ラインハルトの瞳には確かに恐怖の感情が浮かんでいた。
怪物の名を騙り、上条達を恐怖させ、自分から遠ざけ、トラブルに巻き込まないようにする。 それが、あの優しい少女が考えた、上条達への不器用な配慮だったのではないか?
「...ふざけるな」
上条の拳がさらに強く握られる。 あのあどけない少女をこうまでさせるこの世界は、一体何だと言うのだろうか。
怒りのままに、上条は路地裏を出る。
と、そんな彼にかかったのは予想だにしない言葉だった。
「危ない!」
「あ」
馬車____ではなく、異世界特有のファンタジーな竜車。 恐らく暴走したであろうそれが、上条の元へと突っ込んだのである。
避ける術はなかった。 全ての異能を打ち消す右手も、純粋な質量が相手ではどうしようもない。
辺りの悲鳴と、内臓が吹っ飛ぶかと思うくらいのとんでもない衝撃を受けて、上条は意識を手放した。
上条さんが名前呼びされるのめちゃくちゃ違和感あるな