嫉妬の魔女サテラ。
かつて世界を叫喚させた魔女を一掃し、奪い取った力で世界の半分を滅ぼし、世界中の全てのものから畏怖される超常の存在。
その身は英雄の手で水晶の中に封じられ、今もなお滅ぼすことは叶わずに封印され続けているという。
荒唐無稽な話。それが、昨夜のベアトリスの話を聞いて真っ先に出てきた感想だった。元の世界でさまざまなオカルトの類と深く関わってきた上条だが、とはいえ超常的な現象すべてに耐性がついたわけでもない。そもそも、上条だってもともと科学サイドの人間なのだ。
そんな感想を思う傍ら、ベアトリスに語り聞かせてもらった内容を反芻し、上条は頬杖を着きながら隣を見る。
朝日の差し込む庭園で、緑の上に座るエミリアの周囲を淡い光が浮遊している光景があった。
「な、幻想的だろ?」
「幻想的って...きょうび聞かない独特な感想だな」
スバルから聞いたのだが、精霊たちと歓談するのはエミリアの朝の日課らしい。上条は今まで朝に庭に行ったことがなかったから知らなかった。とはいえ近づきすぎて『右手』が邪魔をしても申し訳ないので、彼女の日課が終わるまでこうして遠巻きから見守ることにしたのである。
「ずいぶん、いい顔をするようににゃったね」
緩い感じでスバルに話しかけたのは空中に浮遊するパックだ。
「ふふ...なんせエミリアの膝枕が炸裂したからな!」
「そろそろそれでいじるのやめてくれない!? エミリアたんに膝枕してもらったのはもうめちゃくちゃ嬉しいんだけど、周りにこうも見られていたとは_______」
頭を抱えて悶えるスバル。彼はふとその動きを止めると、パックに向かって、
「ひょっとして、お前もあの膝枕見てた?」
「あれだけ長い時間やってればね。何時間も正座は大変だろうし、何回か交代しようって言ったんだけど...安心していいよ。リアは最後まで役目を譲らなかった」
「さすがはエミリアだ。まさにE・M・T...」
エミリアたん・マジ・天使。羞恥で顔を赤くするスバルには(優しさから)あえて触れず、上条は感慨深くそう呟いた。心の中がぐっちゃぐちゃだったスバルをほんの数時間でスッキリさせてしまうとは、これをE・M・Tと言わずしてなんと言えばいいのか。
「まぁ、それは君の働きも大きいんだけどね...と言ってもわかんないか。トウマって鈍そうだし」
「あん?」
うまく聞き取れなかったのか怪訝な顔をする上条にパックはにゃんでもにゃいよ、と一言。彼は続けて、
「とはいえ、スバルだけじゃなくトウマまでリアに心酔とはね。これは男親としてしっかりガードをしてあげないと。ほら、君たちは今日リアに話しかけちゃいけません」
「そんな!! エミリアたんと話す時間が俺にとっては仕事の合間のオアシスみたいなもんなのに...!」
「...言っておくが、俺はスバルを応援してるぞ」
「当麻...! 心の友よ!!」
「というわけで害のない俺はエミリアに話しかけても大丈夫だろ?」
「唐突な裏切り!!!」
「トウマはリアにいかがわしいことをした前科があるから下手したらスバルより要注意だよ。あと僕にもあまり近づかないでね、その右手で消えちゃうから」
「ひ、酷すぎる! これは差別だ!!」
どの周回でも絶対に一回はどこかでラッキースケベを起こす人間のセリフとは思えなかった。ちなみに今回はこのツンツン頭、着替え中のエミリアと遭遇している。
「相変わらず凄く羨ましいような、羨ましくないような体質だな」
「ほっといてくれ...」
「またくだらない話してる」
上条とスバルがパックの絶対防衛ラインを何とかして越えようとしていると、当の本人が苦笑しながら近づいてきていた。
すでに精霊との歓談を終えたのか、彼女の周りを浮遊していた淡い光たちの姿はない。代わりに、今の今まで上条たちの傍らを遊泳していたパックが彼女の肩に乗り込み、
「定位置定位置。やっぱりここが一番落ち着くね」
「はいはい、お帰りなさい。いつもごめんね。でもパックがいると、他の精霊の子たちが委縮しちゃうから」
「精霊委縮させちゃうって恐れ多いの通り越して半端ねぇな。まるでパックが偉いみたいな勘違いが発生するぞ」
「ふふーん、偉いんだよ、こう見えてもボク。もっと尊ぶことを要求する! 具体的には貢物は煮干しでどうかにゃ」
「猫まっしぐらじゃん...」
「そうそう、俺も猫を飼ってて、スフィンクスって言うんだけど」
「もういいよその話!」
と、ここで上条は気づいた。意図的かそうじゃないかはわからないが、スバルがエミリアから目を逸らしているのだ。まぁ昨日のことを考えれば当たり前なのだけれど、どうやらバツが悪いらしい。
一瞬周りに沈黙が訪れる。しかしそれも束の間、スバルが静寂を破った。
「色々とありがとう。頭と心がもやもやラビリンスだったけど、ちっとはマシになったかなーと思わなくもなかったり」
その言葉にエミリアはしばし沈黙した。しかし彼女もまたすぐにスバルと向き合い、
「吹っ切れてるわけじゃないみたいだけど、吹っ切ろうって思えただけ前進ね。うん、少しでも手伝えたならそれでいいの。また、擦り切れそうになったら言ってきなさい。お姉さんが優しくしてあげるから」
「年上、か______」
「雰囲気ぶち壊しだよ!!」
(寮の管理人のお姉さんがタイプの)上条がぽつりと呟き、スバルがそれに怒鳴る。ともあれ、どうやらわだかまりもこれでなくなったようだ。
「ふぅ、一件落着」
「トウマの情緒、大丈夫かしら...?」
「気にしない方がいいよリア。彼、いろいろと変わってるから」
エミリアとパックの内緒話は完全に聞こえていたが、あえて聞こえないふりをする。なぜだろう、目の端から温かいものが流れてくるのは_____。
「当麻。お前は打たれ強いように見えて打たれ弱くて、でもやっぱり打たれ強いよ」
そんなスバルのフォローはよくわからなかったがありがたく受け取っておく。上条からすれば、何回も死に戻っているスバルの方がよっぽど打たれ強いと思うのだが______。
その後も他愛のない話をしていると、急にエミリアがきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「どしたの、エミリアたん」
「そういえばアクセラレータは? 最近見ないけど、元気?」
「元気だよ。....元気なんだよな?」
「俺に聞くな。あいつ朝遅いし外出ないしであんま人と関わらねぇんだよ。まぁ、言うまでもなく人と関わりたがるタイプには見えないと思うけどさ」
「それだけ聞くと引きこもりだな、前までの俺みたい」
「...そうなのかしら?」
納得いかないというように頬を膨らませるエミリアだったが、事実なのだから仕方ない。とはいえ簡単に死ぬタマでもない(というより死ぬイメージがまるでない)ということは上条が一番よくわかっている。ある程度は放っておいても大丈夫だろう。
「アクセラレータ、ほんとに朝弱いっぽいんだよな。親近感を感じる」
俺もめちゃくちゃ朝弱い、とぐったりしながら言うスバル。
上条も別に強い方ではないが、とはいえ今は雇われの身ということで毎回遅刻することなく早起きすることができている。
「そんな朝弱い俺でも、エミリアたんに会うためなら頑張れちゃうんだぜ!」
「そういや一方通行のやつ、俺が仕事で部屋に掃除に入る時もまったく起きる気配がないんだよな...」
「ちょい! 今俺のターンだったじゃん!」
きっと今も一方通行は惰眠を貪っているのだろう。なかなか目覚めないのは、恐らく就寝中もベクトル操作で余計な音を排除しているからかもしれない。そう聞くとオールマイティで便利な能力だが、その能力の行使には学年一位の頭脳が必要不可欠だと言うのだから、つくづく能力とは難儀なものである。
と、ここでスバルが何かを思い出したかのように『そういえば』、とエミリアに向かって言う。
「アクセラレータの奴、全属性に適性があるんだってさ。あ、魔法の話なんだけど」
「ほんとに!? それってすごーく珍しいことよ。ロズワールくらい凄いってことなんだから」
「ロズワールくらい、ねぇ」
あまり彼の実力を掴めてない以上、その例えはいまいちピンとこなかった。上条にとってロズワールは変人で変態、というイメージしかない。
でも、そういえば前の周で一方通行と戦闘を繰り広げていたような気もする。一方通行とある程度渡り合えるということは、やはりかなりの実力者に違いなかった。
「それで、二人の魔法の適性は?」
「陰です。でも才能はあんまりないらしいです」
「適性ゼロです。なんなら才能もゼロです」
渋々と言った感じで答えるスバルと上条にエミリアは苦笑い。
彼女の頭の上に乗っていたパックはスバルと上条に順番に触れ、
「うん、確かにスバルは陰属性まっしぐらだし、トウマの魔法の才能は皆無だね」
そんなにハッキリ言わなくても、と上条はうなだれる。スバルも隣でうなだれているが、上条からすれば適性が一個でもあるだけマシだった。
そんな彼らの様子を見て(というか心を読んで)、パックがふいに言った。
「もしかして、魔法使いたいの?」
異世界転生モノに憧れる人間なら誰でも夢見る魔法。ついに、上条とスバルはその片鱗に触れることになる_______のかもしれない。