せっかく意気込んだ2人だったが、探しても探しても偽サテラは見つからなかった。 そもそも、時間感覚が分からない。 フェルトによる徽章盗難がいつ起こるかも不明なのだ。
上条が頭を抱えていると、スバルが果物屋のおっさんに声をかけ始めた。 どうやら、知り合い______いや、前回のループで関わった相手のようだ。
(なんだかんだでコミュ力あるよな)
と、スバルの話をしかめっ面で聞いていたおっさんが、店から身を乗り出してとある方向に指を差した。
つられて目を向けると_____。
「なんだありゃ...」
露店のすぐ脇、細い路地に繋がる入口の壁に穴が穿たれている。 その数は四つで、大きさはいずれも五百円玉程度の大きさだろうか。 石材の壁に穴を開けるほどだから、その威力と速度は当たったときのことを考えると背筋が凍る。
程なくして、スバルがおっさんとの会話を終えて戻ってきた。
「今回はやけに殺気立ってるな偽サテラ」
「徽章ってのがよっぽど大事なものなんじゃ」
「まぁそれは今は置いとくとしてだ。 また出遅れちまったな、どうするよ」
思い返せば、前回のループでは偽サテラとの接触が無かった。 彼女についても色々とわからない点があるし、できれば再会したいところなのだが...。
「こうなると、彼女の動きは分からない。 ひとまずは、フェルトとの合流を優先した方がいいみたいだな」
スバルの言う通り、偽サテラと会うことのできない今、最優先事項はフェルトだ。 なるべく早く徽章を取り戻すのに越したことはないだろう。
「けど、フェルトの場所がわからないな...」
「そこは俺の天下無敵のコミュ力でどうにかするんだよ!」
任せろ、と言わんばかりに胸を張るスバル。 その姿を見て、上条は思わず笑ってしまった。
「前は全然人に話しかけられなかった癖にな」
「うるせぇ!! 引きこもりにしては上出来レベルだろ!」
軽口を叩き合いながら、上条達は走り出した。
向かう先は貧民街____ただし、盗品蔵とは別の方角。 あそこでフェルトを待ったところで前回の二の舞だ。 とすれば、別の線から攻めるしかない。
「フェルトの奴のねぐらか。そんなら、そこの通りを二本奥へ行った先だ」
「ありがとよ。助かったよ、兄弟」
「気にすんなよ、兄弟。_____その、なんだ、強く生きろよ?」
そう言って、苦笑いしながら軋む戸の向こうに中年の顔が消える。
「ほらな、俺のコミュ力を舐めるなよ!」
情報を聞き出せたぞ、とスバルは胸を張る。
泥まみれの埃まみれで、貧民街の住人から見ても酷い風体の状態で。
「完全に同情されてたな...」
「1周目の経験が生きたな!! 連中、明らかに偽サテラより俺に対して友好的だったからな...」
言いながら、スバルは乾いた泥でカピカピになったジャージの袖を払う。
貧民街に辿り着き、フェルトの行き先を突き止める過程でスバルが思いついた妙案が、このみすぼらしい姿の演出であった。
「けど、これでフェルトのねぐらは掴めたんじゃ?」
「まだわかんねぇけどな。 行ってみる価値はある」
正直、ねぐらにフェルトが戻ってくるかどうかは怪しいところだ。 むしろ、偽サテラに追われている今は戻ってこない可能性の方が高いんじゃないだろうか。
「その時はその時だ。 運の悪さを呪うよ」
「ごめんそうなった場合は十中八九俺の不幸体質のせいだ」
上条は改めて自分の体質を呪う。 学園都市では不幸の避雷針としてクラスメイト達から重宝されていた(不名誉)上条だが、今は避雷針としての役目も果たせていなかった。
「おいおい相棒、そんな顔すんなよ。 まだフェルトが戻ってこないって決まったわけじゃないんだから」
「フラグを立てんな」
スバルは元気を出せ、とでも言いたいのか、コンポタの袋を開けて上条に差し出す。
と、2人が袋を漁っていたちょうどその時。 通りの向こう側から、ふいに何者かが姿を現した。
「おっと」
反射的に避ける上条達。 ...が、スバルは避けきれずに壁に背中を打ちつけてしまった。 そんなスバルを見て、ぶつかりかけた相手はおっとりとした仕草で、
「あら、ごめんなさい。大丈夫かしら?」
「だいじょびだいじょび。こう見えても俺って丈夫なのが取りぇぇぇっ!」
見栄を張ろうと顔を上げて、相手を確認したスバルの語尾がすっぽ抜ける。 上条も、思わず言葉を失ってしまった。
ぶつかってきたのは、まさに因縁の相手_____エルザだった。
「楽しい子ね。それで本当に大丈夫?」
髪をかき上げるエルザ。 その仕草一つ一つが、なんとも色っぽいものに見えて仕方がない。
言葉を詰まらせるスバルを見て、上条がフォローに入る。
「ちょっと背中を打っただけっぽいな」
上条の言葉にエルザはそう、と応えたが、彼女がスバルから目を離す様子はない。
「そんなに恐がらなくても、何もしないのだけれど」
背筋に冷たいものが走る。 前回のループでも、エルザは上条の警戒心を見抜いていた。 野生の勘が鋭いタイプなのかもしれない。
エルザの見透かしたような言動を聞き、慌ててスバルが口を開く。
「こわ、恐がってとか、恐がってとかねぇですよ? なにを根拠にそんな俺をビビり君認定ッスか? マジ超ビビるんですけどー、そういうの凹むわー、ビビるんですけどー」
「恐がってるとき、その人からは恐がってる臭いがするものよ。あなた達は今、恐がっている。 ...それから、怒ってもいるわね。私に対して」
エルザは、的確に上条達の心情を見抜いてくる。 全て事実だ。 自分を殺した____あるいは殺せるような相手に、恐れを抱かない馬鹿が何処にいる。
何も言い返せないが、目だけは逸らさなかった。 それが、せめてもの抵抗だ。
「...少し気にかかるのだけれど、いいわ。今は騒ぎを起こすわけにいかないから」
「お、穏当じゃない発言だな。あんましビビらせると美人が台無しですぜ?」
「あら、お上手。_____敵意が隠せればもっと上出来よ」
伸びてきた指がスバルの額を押した。 一気に場の緊張感が霧散する。 上条は握り込んでいた拳を緩め、スバルは息を吐き、肩を上下させた。
「それじゃ、失礼するわ。また会えそうな気がするわね」
「次は明るくて人がいっぱいいる場所だと、俺もリラックスできるよ」
「そうだな、スーパーに買い物でもしに行くか?」
「提案が主婦!」
そんな、軽口めいた皮肉を告げるのが精一杯だった。
エルザは悩ましげな微笑だけを残し、黒い外套を翻して路地の闇に溶ける。 文字通りに消えた彼女を見送って、上条達はようやく肩の荷が下りたような気がした。
「よ、予想外の再会だったな、いやマジに。盗品蔵の前はこのあたりをうろついてやがったのか……」
「いつ襲われるかも分かったもんじゃねぇ...」
「それより、ここら辺にフェルトのねぐらがあるはずなんだけど...」
先程の再会のせいで、嫌な予感が上条の脳内を駆け巡る。
エルザは、まさに人の腹をかっさばいて快感に浸る変態だ。 待ち合わせまでの暇つぶしに、ちょちょっと二、三人刻んでいてもおかしくないだろう。
「び、びびらせんなよ当麻。 血の匂いもしないし、大丈夫だろ、多分...」
そろそろと探索を再開する2人。
やがて小汚いボロ屋に行き着いたのは、エルザとの遭遇から五分後のことだ。
「これ、か...?」
「待て、狭すぎないか?」
上条は首を傾げる。
目の前のボロ屋の大きさは、おおよそ工事現場などの仮設トイレ二つ分といったところだろうか。 立って半畳寝て一畳を地で行く感じだ。
「確かに、女の子が暮らすには狭すぎるような...」
「もしかして、こんなところで生活してるからあんなにがめつくなっちゃったんじゃ...? そう考えると哀れだ...」
「言いすぎだろ、胸糞わりーな。 人の寝床見て、どんだけだよ、兄ちゃん達」
完全に同情モードに入っていた2人だったが、声をかけられて振り向くと、そこにはフェルトが立っていた。 今回の逃走撃は更に熾烈なものだったのか、少しだけ前回より服装が小汚い気がする。
「おい、そんな目で見んな。 同情される筋合いはねーよ」
不快感を隠そうともしない少女に、上条達は思わず安堵に肩を落とす。
探していたフェルトの発見、それは素直に喜ばしいことだ。
「いや、会えてよかったぜ」
「なんだ、兄ちゃん達、客か?」
フェルトは油断ならない姿勢で上条達に向き直る。
「ここまできたってことは、アタシに用があんだろ? ...格好からして、ここの住人じゃなさそーだしな」
「違いが分かるとは、なかなかやるじゃねぇか」
「ここの連中でももうちょっと身綺麗にしてるっつーの。そんな汚してざーとらしすぎんだ。正直、うちの連中より小汚ぇよ今のアンタ。アタシ以上にな。 あとそっちの兄ちゃんは単純に服が変。 どういうセンスだよそれ」
「この学生服、そんなに変か...?」
上条は軽く落ち込む。 こっちとしては、異世界の服のセンスの方がよく分からないのだが。
「まぁ、ロシアもこれだと寒かったしな...」
「ロシア!?」
ぶつぶつと呟く上条と驚くスバルを無視し、フェルトは「で?」と身を乗り出す。
「用件は? 盗みの依頼なら前金出せよ。相手の質次第じゃ、追加貰うけどな」
「盗みの依頼ねぇ...」
「生きる手段の問題さ。これがなけりゃ、体でも売るしかねー。で、どーすんだ。 それとも他の用事か? 場合によっちゃ...」
フェルトはそう言うと、手の中でナイフを弄び始めた。 自衛のためのものだろうか。
実際、フェルトとやり合えば十中八九負けるだろう。 素早さに翻弄され、いつの間にかナイフで刺されてBAD ENDだ。
が、フェルトとやり合う必要はない。 前回と同様、上条達は交渉を持ちかけるために彼女に会いに来たのだ。
「俺の用件はひとつ。_____お前が盗んだ徽章を、こちらで買い取りたい」
2度目の交渉が、幕を開ける______。